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† ボンクラ王子 †


 ゲルダさんを見かけた人がいないか探して回るついでに、チャゴス王子のことも聞いてみた。
 だって、エイトの様子がおかしいから、どうしたのかと思ったら “アレ” がミーティア姫様の婚約者だって言うのよ?
 ラグサットも、だいぶ情けない感じの優男だったけど、まだアイツの方がマシなレベルじゃない!? 気取ってはいたけど、あんな偉そうじゃなかったし、でっぷり太ってもいなかったわ。

 同じ西の大陸にあるとはいえ、かなり離れた街なのに皆やけに王子のことに詳しいのは、彼が、しょっちゅうカジノに遊びに来るからなんですって。
 その度にお城の兵士たちが連れ戻しに来て、渋々帰って行くんだとか。
 周りの人がいくら叱っても聞かないから、最近じゃサザンビークの城は、王子が政務や勉強から逃げ出したら扉ぜんぶ封鎖されて、見つかるまで誰も通れないんですって……迷惑にも程があるわよ!? そんな厳しい監視の目を掻い潜ってまで、足繁くルーラで飛んで来るんだとか。そこまでしてギャンブルしたいの? そもそも賭けてるお金って民が納めた税でしょ? 呆れたものだわ。
 しかも態度は横柄で、私のことも厭らしい目で見るし。最悪!
 ろくに剣の稽古も積んでないとか、臆病者とか、下町のダメ親父みたいとか。否定的な言葉って、こんなにバリエーションあるのねって感心しちゃうくらい。
『ちょっとスケベだけど女の子には優しいのよ?』
『頼りないしワガママだけど、根は悪い子じゃないんですよ』
 なんて、少しは好意的な評価をしてる人たちもいたけど、
「悪くない程度じゃ困るんだよ! 姫様の幸せが、かかってるのに――」
 いつも温和なエイトには珍しく、げんなりした表情で不快感を隠そうともしない。無理もないわよね。サザンビークのお偉いさんの息子って、マトモな男いないのかしら?

 今は “王者の儀式” っていうトカゲ退治を断固拒否して、さっきみたいにカジノへ逃げ込んだり、城の部屋に閉じこもって、こじ開けようとすると 『舌を噛み切る』 って脅して皆を困らせるんだって。
 どうせ、そんなこと言うヤツに死ぬ度胸なんか無いだろうけど。
 ベルガラックでさえ、こんな悪評ばっかりだなんて……サザンビークの城下町じゃ、どんなふうに噂されてるんだか?
 あ、だけど、お付の兵士や本人に聞き咎められる心配が無いからこそ、こうやって正直な人物評価を教えてくれるのかもしれないわね。やっぱり、いくらボンクラ王子でも、その国に住んでる以上は堂々と悪口なんて言いにくだろうし。
 それにしたって、どうしてそんなのを姫様の婚約者にしたのかと思ったら、彼女の祖母――つまりトロデ王のお母さんが発端なんだとか。

 なんでもサザンビークの前国王がまだ青年だった頃、身分を隠して諸国漫遊の旅に出ていて、そのときトロデーンのお姫様と恋に落ちたんだって。
 だけど当時、両国は戦争に発展しないのが不思議なくらい犬猿の仲で……周囲の猛反対にあって結婚を断念せざるを得なかった二人は、将来、自分たちの子供を結婚させようと約束して別れたけど、どちらも、生まれた子は男ばかり。前国王は、約束を果たせないまま亡くなって。
 それから即位したクラビウス王が、亡き父の願いを叶えてあげたいと。自分たちの子供を結婚させることで、親同士が果たせなかった約束を果たそうってトロデーンに申し出たんだって。
 トロデ王も賛成して、ほどなくチャゴス王子が、ミーティア姫様も生まれて――祖父母同士の果たせなかった約束が、孫の代で叶うのは悪いことじゃないかもしれないけど、言いだしっぺなら、もっと立派な王子に育てなさいよ!
 私だったら、息子があんなんになっちゃったら、恥ずかしくて婚約の話は取り消してくださいって頭を下げるわよ?

『お妃様が早くに亡くなって、ついつい忘れ形見の王子を甘やかしてしまったみたい』
 そんなのウチのお父さんや、姫様のお母さんだって同じよ! 言い訳にもならないわ。
『本来、国を継ぐはずだった兄王子のエルトリオ様が行方不明になったりもしたから、家族を失いたくない一心だったんでしょうけどねえ……』
 知らないわよ、そんなこと!
 なんだか街の人の話を聞いてると、良い為政者だって噂では聞いてるクラビウス王や大臣も実際のところはどうなんだか、って感じだし。サザンビークって将来、大丈夫なのかしら?

 そんなこんなでゲルダさんの行き先はまったく掴めないまま、あんまりなチャゴス王子の残念さに溜息をついてると、情報屋さんのところからククールたちが戻ってきた。

「ベルガラックの北にある小島、そこに闇の遺跡って呼ばれる建物があるらしいでげす」
「遥か昔に、暗黒神を崇める者たちが造った神殿と伝えられているけど、出入り口は妙な結界で覆われてて、誰も中には入れないんだってよ」
 二人の説明に、うつむいて考え込むエイト。
「怪しいね――その結界をどうにか消せば、中を調べられるかな」
「情報屋のダンナによると、言い伝えでは、サザンビークの家宝・太陽の鏡って代物で、結界を破れるって話でがした」
「家宝かぁ。貸してくれって頼んでも、はいどうぞって訳にはいかないだろうな……行ったことないから、ルーラじゃ飛べないし。地図を見た感じ、かなり遠い」
「ああ。敵が、ここへ来る方に賭けて留まるか、言い伝えを信じてサザンビークを目指すか――難しいな。ちょっとした用事を済ませるくらいなら、別行動を取っても、たいした危険は無いだろうが」
 応じたククールが、溜息混じりに首を振る。
「なにが潜んでるか分かったもんじゃない胡散臭い遺跡の探索と、ベルガラックでギャリングの周囲を警戒しとくこと、二手に別れてなんとかしようとするのは無謀すぎるだろ」
「うん。船旅の疲れもあるしね……とにかく今日は、ここで宿を取ろう。敵襲があるとすれば、夜の方が可能性は高い」

×××××


 ああ、くそっ! もう少しでリーチだったのに……。
 あいつらが後ろでワーワー煩いから、負けてしまったじゃないか!
 失礼な娘には会うし、父上にはクドクド叱られるし、誰も彼も二言目には儀式、儀式――ああ、イライラする! 耳にタコが出来そうだ!

 だけど、あんなおぞましい生き物と戦うのは絶対に嫌だ。
 そもそもトカゲの体内にある石なんか、いくら色がキレイで希少価値があるからって、もらって女性は喜ぶのか? そんなのを加工した指輪を嵌めた妃なんて、どんな美人でも気持ち悪いだけじゃないか!
 なんだってご先祖様は、あんなのと戦うしきたりなんか作ったんだ?
 わざわざトカゲ臭い粉を身体につけて、トカゲ臭い山に登って、巨大トカゲと戦って下手すれば怪我どころか死ぬかもしれないなんて!
 ああ、嫌だ嫌だ……だけど、ぼくが変えてやる。

 なんだかんだ言って父上は、ぼくに甘いんだ。
 トロデーンと犬猿の仲で戦争になりかけてた昔ならいざ知らず、こんな平和な世界で、王族だからって戦える必要は無いじゃないか。モンスターの駆除や城を警備する為なら、金で強い戦士を雇えば済むんだから。
 そりゃアルゴリザードが好戦的で数も多くて西の大陸中で人を襲ってるとかいうなら、退治する必要はあるかもしれないけどさ。臆病で、人間を見たら逃げ出すくらいだって話だし。
 宝石商にも狙われたりして絶滅寸前、王家の山で保護してるくらいなんだから、もう悪趣味なしきたりは廃止だ、王族の見栄の為にアルゴリザードを犠牲にするのは止めようとか何とか上手いこと言って、民を納得させればいいんだ。
 ぼくがトカゲ嫌いなんだから、嫌だって訴え続ければ、きっとそのうち父上が根負けして、古臭い習慣なんて撤廃してくれる。それまで意地でも逃げ続けてやる!

 あー、魔法の勉強なんて難しいしつまらないけど、ルーラだけは真面目に習得しておいて良かった。宮廷魔術師たちからも、筋がいいって驚かれたし褒められたし。うん、あれは悪い気がしなかったな。
 呑み込みの早さはエルトリオ様以上かもしれない、って一言だけは余計だったけど。
 なにしろ最近じゃ、ぼくがカジノに入り浸るからって小遣いも持たせてもらえないんだもんな。これじゃキメラの翼すら買えない。城下町のヤツらは、父上からのお達しがあるから、ぼくの命令は聞かないし。
 だけど屋外に出てさえしまえば、ルーラで飛んでいける。ベルガラックに着いてしまえばこっちのもの、街の連中も、ぼくが王子だと知ってるから金は借りられるし。

 ただ、ここ数日は、扉だけじゃなく窓際にも見張りの兵士が立ってて、抜け出すのも難しくなってきた――ああ、カジノに行きたい。
 美味い酒、ボインのバニーガール、うるさいこと言う臣下たちも誰もいない、ぼくに相応しい華やかな空間!
 ああ、どーんと勝って、一生遊んで暮らせるくらいの大金を手に入れて、どこか他国のリゾート地にでも逃げられたらなあ。
 政治なんて有能な大臣に任せておけばいいじゃないかって思うけど、さすがの父上もそれは認めてくれないだろうし、美人の婚約者は惜しいけど、ぼくは “王様の仕事” なんて面倒なものはやりたくない……まったく、エルトリオ伯父さんが行方不明になんかならないで王位を継いでいれば、ぼくは、もっと気楽な立場でいられたはずなのに。

 顔も知らない伯父を恨んでいると、コンコンと扉が鳴った。
「チャゴス様、午後のティータイムの用意が整いました」
 メイドの声だ。
(儀式に行かせようとする罠か?)
 とっさに警戒したけど、時計を見ると確かにお茶の時間だ。そういえば喉も渇いた。
 まあ、罠だったとしても逃げればいいや。
 ぼくは城内の誰よりも足が速い。はぐれメタル級だと誰かが言っていた。普段から鍛えてる兵士たちより早いんだから、よっぽどのことが無い限り、ぼくを捕まえて無理やり王家の山に行かせることなんか出来やしないんだ。
 そうだよ。モンスターの中でもトップクラスの素早さを持ってるっていう、はぐれメタルと張り合えるくらい、ぼくは速いんだから。
 もし魔物に襲われたって無傷で済むはずなんだから、鍛える必要なんか無いし、化け物トカゲと戦わなくたって誰も困らない。やっぱり悪いのは変なしきたりなんだ。

 部屋を出て、食堂へ向かう途中、城内が妙にざわざわしているのに気づいた。
 なんだろう? と思ってメイドや兵士の視線を追ってみると、向こうから黒尽くめの女が歩いてきた。
 結い上げた黒髪、白い顔、胸元が大きく開いた黒いローブ姿の娘。
 若くて美人だけど、唇まで黒いのは――なにか塗っているんだろうか? 見惚れるより先にギョッとしてしまう出で立ちだった。
「すごい格好ね……」
「胸でけー」
 確かに! 見事なボン、キュッ、ボーンのスタイルだ。豪華なドレスでも着たら、さぞかし映えるだろうに、なんでまたあんな黒一色なんだ?
「宮廷魔術師を志願して、売り込みに来た魔女かな?」
 ああ、なるほど。長年、責任者だった爺さんは、目を悪くして引退したからな。
「そこの兵士や。宝物庫は、どこだえ?」
「こ、この上の階だが――いくらサザンビークが庶民にも開かれた城とはいえ、さすがに家宝の数々は見せられんぞ」
「見る必要は無い。近くに行けば、マジックアイテムの気配は感じ取れるからのう」
「マジックアイテム……宮廷魔術師になりたくて来たのか?」
「わらわが?」
 なにが可笑しいのか、娘は、くすくすと肩を揺らす。
「宮廷魔術師とな。悪くない響きじゃな、偉大なる王に仕える美しき魔女――」
 誰もが認める美人だろうけど、自分で言うか?
 しかも、わらわって。どこぞの皇太后かって感じの似合わない口調だ。
 応対している兵士は真顔を保っちゃいるけど、その目はチラチラと、むっちりした娘の胸元を気にしている。
(ん? あの顔、見覚えがあるような……気のせいか?)
 あんな黒尽くめのグラマー美女、見たら簡単には忘れないと思うが。なにか引っ掛かる。
 気にはなったけど、城で雇われればまた見かける機会もあるだろうし、そろそろ小腹も空いてきた。早く食堂に行こう。

 そうして階段を下りていると、急に背後が騒がしくなった。
「キャーッ!? なにこれ!」
「う、腕が……!」
「ぞ、賊だ! 魔女だ! 取り押さえろ!!」
 魔女?
 あれ? さっきの女、もしかしなくても宝物庫を狙って白昼堂々、城に上がり込んで来た泥棒なのか?
 上階から聞こえるドタバタした足音、悲鳴はどんどん大きくなっていく。
 騒ぎを聞きつけたんだろう、下の階から駆けつけた兵士たちがゾロゾロと、ぼくの横を走り抜けて――あ、ラッキー! 窓辺の見張りもいなくなってるぞ。
 今のうちに脱出だ。カジノ、カジノ♪
 魔女だっていうなら魔法も使うだろうし、ぼくが巻き込まれて怪我でもしたら一大事だからな、うん。
 賊を捕らえて一段落するまでは、兵士たちも、ぼくを連れ戻しには来ないだろうから、普段よりゆっくり過ごせるかもしれない。茶菓子はベルガラックで食べればいいし。

 開け放った窓の外は、カラッと良い天気で、少し日差しが眩しい。
 さすがにサザンビークからベルガラックまで歩いて行こうとしたら、ギャンブルを楽しむ前に疲れてしまうからな。ルーラを編み出した魔法使いは、偉大だよなあ。



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チャゴスの内面。たぶんDQ8キャラ屈指の嫌われ者と思われる彼ですが、考えてることのあくどさなんて暴走中マルチェロさんに比べれば可愛い部類かと。小物で面倒くさがりで臆病で良いところ無しだけど、そんなんにしたのはクラビウス王の責任ですぜー。せっかくIF物二次を書いているので、強制的に親離れ自立していただきます。