† 呪われしゲルダ (1) †
ボンクラ王子に関する噂は笑えるほど聞けたが、肝心な、女盗賊ゲルダの行方はサッパリ掴めないまま日が暮れて――オレたちは、街の外で野宿することになった。
とはいえ、ギャリングの屋敷周りを警戒しておく必要もあるから、ペア組んで交代で夜のベルガラックをぶらついている。
マホカトールを使う為にも気力・体力を温存しといてもらわなきゃならないユリマちゃんは、最初に見回り当番を終え、一足先に馬車で就寝中。
その美貌とナイスバディで、あんまり夜遅い時間帯になると、ラプソーンとは別件のトラブルを招きかねないゼシカも、さっきオレたちと交代したところ。
ここから先は、きらびやかな夜景をバックに、男だけの楽しくない散歩が続くって訳だ……あーあ。せっかくベルガラックに来れたってのに、華も無けりゃカジノにも行けない。
洒落たホテルに泊まったところで騒ぎが起きりゃ高い宿泊料をドブに捨てざるを得ないとくれば、節約家のリーダーが首を縦に振るはずもなく。
見回り当番の相方、ヤンガスは、パルミドで馬姫様が誘拐されちまった件の責任を感じてるのか、知り合いらしいゲルダって女が気になるのか――口数も少なく、ただでさえ悪い目つきをギラギラさせて方々を注視しているもんだから、雑談すら出来る雰囲気じゃない。
オレが一緒にいなかったら、空き巣にでも入る先を物色している泥棒か何かと誤解されて、カジノやホテルの警備員に職務質問されてること間違いなしだな。
しかしダルい。いくら夜型人間のオレでも、こんな過ごし方をしてちゃ欠伸を噛み殺すのさえ億劫になってくる。
どのみち賢者の末裔を狙うつもりなら、さっさと現れてくれないもんかね……と内心ボヤいていた、オレの祈りが暗黒神に通じたわけでもないだろうが、唐突に、覚えのある気配を感じた。
オディロ院長を襲った、あの禍々しい波動――
「ヤンガス、あの女だな!?」
北から飛来する影。不夜城ベルガラックとはいえ夜だし遠いしで、目を凝らしても顔や背格好までは判別できないが、それが鳥なんかじゃなく人型で長い棒状の物を持っていることくらいは見て取れた。
「! ゲルダ……!!」
オレの注意喚起で夜空を仰いだ、ヤンガスは血相変えてギャリングの屋敷がある方へと走り出してしまい。
呼び止めても無駄だろうなと判断した、オレは仲間のところへ報せに向かう。
エイトたちを連れて駆けつけると、ヤンガスは案の定、屋敷の門番と押し問答していた。
「どけってんだよ! てめぇの主が殺されちまってもいいのか!? 早くゲルダを止めねぇと――」
「なにを訳の分からんことを言っとるんだ貴様、酔っ払いか? 人間が空を飛べるはずがなかろう!」
門番は、呆れたような眼でヤンガスを見下ろし、
「屋敷の守りは鉄壁! よしんば入り込む者がおったとしても、中には手練の護衛が大勢いる。そもそもギャリング様は無敵の男だ、侵入者など蹴散らしてくれるだろうよ!」
主人を自慢するように胸を張る。
まあなあ、こっちの事情なんか知らないんだ、そう簡単に信じてくれっこないよな……招かれざる客の主張を真に受けて、あっさり門を開けてちゃ門番の存在価値は無い。
「帰れ帰れ、この悪人面の酔っ払いめ。あんまりしつこいようだと捕らえて牢にぶち込むぞ!」
「それはこっちの台詞だ、この分からず屋のすっとこどっこい! 通さねえって言うんなら、力づくで通らせてもら――」
「ストップ、ストーップ!!」
ぶち切れて背負ってる斧を引き抜きかけたヤンガスと門番の間に、慌てて割って入るエイト。
「ちょっと落ち着きなよ、ヤンガス。お屋敷の人を脅かしてどうするの、これじゃ僕らが不審者扱いされちゃうよ?」
「……ハッ! す、すいやせん兄貴! つい頭に血が上っちまって……」
ぷるぷる震えながら平身低頭するヤンガスを見て、門番は目を丸くしている。
「兄貴? その小僧が? あんたら全員この酔っ払いの連れか? それにしては、ちぐはぐというか何というか――」
訝しげに首をひねりながら、不安げなユリマちゃんに目を留め、きょろきょろとゲルダの姿を探している様子のファルマを見やり、ヤンガスを叱り付けているゼシカの巨乳に釘付けになるも慌てて居住まいを正すと、次にオレをしげしげと眺め、
「あれ? 確か、その服……マイエラの聖堂騎士団? え、まさか空飛んでギャリング様の命を狙いに来る危険人物がいるって、酔っ払いの戯言じゃなくて……?」
「すぐに信じられないのは当然だが、呪いの杖の封印が不幸な事故で解けちまったんだ。オレたちは、そいつを追ってきて――屋敷に向かって突っ込んでいく姿をさっき見た。なんなら、あんたの監視付きでかまわない。中に入らせてくれないか?」
「そ、そうなのか? いや、しかし……」
ヤンガスに対しているときよりは、だいぶ険の取れた顔つきになった門番だが、それでもまだ迷っているようだ。
「お願い、ギャリングさんが危ないの! 私の兄さんは、あの杖に操られた道化師に殺された――早く封印しないと、また犠牲者が出ちゃう!」
「私に魔法を教えてくれた、おじいさんも、七賢者の末裔だからという理由で……!」
「うっ、わ、分かった。だが勝手に屋敷の中をうろちょろするんじゃないぞ、いいな?」
涙目のゼシカたちに縋られて、ようやく門番は折れた。よーし良いぞ二人とも。必死な顔して食い下がる可愛い女の子の頼みを断れる野郎なんて、そうそういないもんだ。しかも見事に違うタイプだからな――両方とも好みじゃないってことは、まず無いだろうし。
そうして頑丈な門の鍵がガチャリと開いた、その音に被せるように、
「キャーッ!?」
遠くから、だが夜気を伝い確かに響く、甲高い悲鳴が聞こえた。
「ゆ、ユッケ様の声だ! 本当に侵入者かよ……!?」
ぎょっと踵を返した門番が走り出す、その後を追って進むオレたち。
景色や敷地内の間取りを気にする余裕も無く、大騒ぎになっている1Fの通路を突っ切り階段を駆け上がった先には――あの日を再現したような、けれど似て非なる情景が広がっていた。
「ギャリング様、ユッケ様!!」
門番が開け放った扉の影から、まずは中の様子を伺う。
月明かりに照らされた広い部屋の中央。
ふわりふわりと宙に浮く、呪いの杖を携えた女の姿。
対峙するように身構えた、ずんぐりむっくりしたパジャマ姿の男は傷だらけで。
「パパぁ!」
そいつの背に庇われるように壁際にうずくまる少女と、傍らに立つ少年。
「動くんじゃないと言われただろう、ユッケ! 私たちの腕で加勢しようとしても、父さんのジャマになるだけだ!」
「だって、だってパパは無敵なのに、あんな……血がいっぱい出て、あの女は、変な術を使うしピンピンして……! ちょっと、あんた早くパパを助けて!!」
駆けつけた門番を急かしつつ自ら今にも飛び出して行きそうな少女の首根っこを、
「だからおまえは、じっとしてろ! バカ!」
ぞんざいな手つきで押さえつける少年も、あちこちに傷を負っているようだった。
さらによく見ると室内の床には、魔法使いっぽい赤毛の女や、僧侶らしき出で立ちのヒゲ面中年、いかめしい風貌の金髪男が剣を握り締めたまま、ズタボロになって倒れていた。
「ん? なんだい、しつこいね――あたしを追ってウロウロしてるだろうとは思ってたけど、この街に居やがったのか。先に、もう一人の方を狙えば良かったね」
脂汗を浮かべながら武器を構える門番を素通りして、身を潜めているオレたちの方へと向けられる視線。
以前ルイネロの水晶球で拝んだ女盗賊に違いないが、その顔や肌の色は、あの日に見たドルマゲスと同じく不健康な青灰色で、さらに血管が異常なほど浮いていた。
門番と戦ってる隙を狙ってマホカトール、という手っ取り早い手段は、どうやら使えなくなったようだ。どの程度かは分からないが、あちらさんも気配の類を感知可能らしい。
「ま、全員まとめて殺しちまえば手っ取り早くて済むか」
紅い唇でにやりと笑い、ぼそりと呟く。
「……キラージャグリング」
途端、渦巻く突風。
「うわっ、なんだ!?」
「バギ系の魔法――違う、短剣!?」
目で追えない程のスピードで飛んで来た鋭利な刃が部屋中を切り刻み、両腕で急所を庇ったギャリングの身体から地飛沫が、少女の悲鳴が上がる。
「ひ、ひぃえええっ!?」
へっぴり腰の門番をあっさり薙ぎ払い、オレたちの方へも飛んで来たソレは、防御に出たヤンガスの鉄の盾に弾かれ事なきを得たが、衝撃に耐えられなかったらしい盾は真っ二つに割れちまった。
「おい、ファルマ! ゲルダのヤツ、腕っ節は弱かったはずだろ!? なんだよこりゃあ!」
青褪めたヤンガスが、背後でへたり込んでるファルマを問い質す。
「し、知らねえよ! 確かにゲルダ様は短剣を武器にしてるけど……モンスターと戦っててピンチになった時だって、あんなけったいな技を使ってるの見たことねえだ」
「ユリマさん、スピオキルトを頼む。あとは下がってて――僕らで、なんとか動きを止めるから」
指示を出したエイトが、ホーリーランスを握り締め。
「ファルマさん。出来る限りでいいから、彼女を敵の攻撃から守ってあげてて?」
「あ、ああ。分かっただ、がんばるべ。この子の魔法が命中すりゃあ、ゲルダ様は元に戻るんだよな?」
今にも泡吹いて気絶しそうだったファルマは、ゼシカに頼まれ、我に返ったように立ち上がった。
「それにしても……ドルマゲスの戦い方とは、まるで違う?」
「暗黒 “神” って呼ばれてるくらいだ、乗っ取った人間の潜在能力を引き出して戦わせてんのかもな。マイエラで戦った記憶は、参考にしない方が良さそうだ」
エイトの疑問に応じつつ、オレもクロスボウをつがえる。
末裔の犠牲者は増えていないし、中身はともかく相手は女。力量がドルマゲス以下なら、たぶん止められると楽観していたが――ゲルダが元々あの三流魔法使いより強いなら、ヤバイかもしれない。
「おい、ゲルダ! 目ぇ覚ませ! これや」
鉄の斧を構えつつ、もう片方の手を懐に突っ込んだヤンガスを待たず、襲い来る第二波。
「どわっ!?」
「きゃあ!」
かわしきれなかったヤンガスとゼシカが傷を負い、エイトはギリギリ槍で弾くも上着の裾がザックリ裂けていた。
「すごい威力だ……直撃を食らったら、危ないな」
出来ることなら避けまくりたいが、ユリマちゃんを狙われちゃ万事休す、だ。後ろの二人へ攻撃が及ばないよう、なるべく叩き落さなきゃならない。
「どおりゃああ!」
敵の注意がこっちに向いている隙を突き、攻撃に転じたギャリングの拳が連続でゲルダに命中する。骨が折れたであろう、鈍く嫌な音――しかし杖は握られたまま、
「……ベホマ」
短く紡がれる呪文に、オレは思わず目を剥いた。
「うげっ、それ使うか!?」
回復魔法の最上位だぞ――これじゃ一撃で気絶させるか、魔法も唱えられないくらいのダメージを負わせるしかない。どっちも無理なら、相手のマジックパワーが尽きるまで持久戦だ。
「やれやれ、キリが無ぇな……んで、なんだい? あんたらは」
流れる血を拭いながら、視線はゲルダから外さずギャリングが問う。
「今晩、来客の予定は無かったはずだがな」
「すみません、彼女を追ってきた者です!」
「悪いのは暗黒神ラプソーンって野郎で、あいつは操られてるだけなんだ!」
「杖から手を放させさえすれば、魔法で封じ込められるはずなの!」
「へえ、暗黒神とはなぁ……」
事情を説明しつつ、ギャリングと連携する形で敵の手元を狙うが、当然あっちも警戒している訳で、簡単には近寄らせてくれない。そもそもスピードが尋常じゃない――ほとんどの攻撃を、ひらりひらりとかわしちまう。さすがは女盗賊。仲間うちで一番素早いのはゼシカだが、彼女の鞭さえマトモに当たらないんじゃお手上げだ。
オレはオレでベホマを唱えるのに手一杯、なかなか攻撃に加われず。
ギャリングの動きは見かけによらず敏捷で誰より速く、かなりの打撃を与えはするんだが、なにせ相手はベホマ使い。ユッケという名らしい少女たちを庇いながらでは決め手に欠ける感じだ。
あー、まだ旅が長引くようならさっさとベホマラーを覚えねえと、いくらベホマの回復力がすごくても一人ずつしか治せないんじゃ、強敵と戦うにはちょっとな……。
怪我人が転がってる室内じゃ、攻撃魔法も使いにくくて、なおさら不利――となれば。
「おい、ヤンガス! ダメで元々だ、さっさと例の宝石を出せ!」
「あ、ああ、そうだった」
ゲルダの攻撃の凄まじさに気を取られて、もう忘れてたのかよ? この鳥頭。
「おい、ゲルダ! 約束どおり “ビーナスの涙” を取ってきたぞ! これやるから、その物騒な杖から手ぇ放せ……な?」
青く光る宝石を、でかい手のひらに乗せて差し出したヤンガスを見とめ、
「…………」
宙に浮いていたゲルダは、ふわりと降りてきた。
(話が通じた? 正気に戻ったか?)
一瞬期待するも、立ち上るヤバイ雰囲気はまるで変わらない。隙が生じた感じもしないどころか、なんか――異様なオーラが増してねえか?
「ほら、よく見てみろ。本物だぞ? おまえ、これ欲しがってたろ?」
「…………」
そうしてツカツカと無言のままヤンガスに歩み寄り、おもむろに短剣を投げ捨てたゲルダは――唐突に、見事な右ストレートを叩き込んだ!
「ふごっ!?」
容赦なく顔面にめり込んだ拳は、いったいどれ程の威力だったのか……潰れたカエルみたいな声で呻いたヤンガスは、その場に仰向けにひっくり返り。
予想外の展開に固まるオレたちの眼前を、ゲルダの手に渡るはずだったビーナスの涙が、ころころ転がっていった。
ギャリング氏。ルックスと、無敵の男って称号から、なんとなく格闘技使いのイメージがあります。あと、エルトリオさんとは友人だったというか、ちょっと年の離れた兄弟みたいな感じで、ウィニアさんのことも紹介されてて、運命の恋って良いなあと夢を見ちゃってこじらせ赤い糸の相手を探し続けるロマンチストという裏設定。