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◆ 呑み比べ(1)


「うっひぇー、お頭すげーっ!」
「なんだよ、これ。いくらあるんだよ!?」
「……さすがだな、フィン。単独行動で、これだけ稼ぐたぁ」

 空き家に見せかけた、ベイオウルフのアジト。
 ランプひとつ置いてあるだけの薄暗い床に、担いできた袋の中身をぶちまけてみせると、仲間たちがギョッと目を剥いた。
 エルバレー街道で手に入れた金品は、半年分の稼ぎを遥かに越えている。
「まーな。おまえらも、腕上げたみてーじゃねーか」
 盗賊団全体で見ても、稼ぎは上々だった。
「俺としては、もーちっといけるつもりだったんだがなー。憲兵がうろちょろしてっから、迂闊には動けねーしよ」
「最近、妙な事件が多いからな。俺たちとは無関係に」
 ラスティがぼやき、ゲイルが冷静に応じる。

 こいつら二人は、盗賊団結成当初からのメンバーだ。
 ベイオウルフの名が知れ渡り、憲兵や賞金稼ぎに付け狙われ始めてからは、古株の団員を中心に、いくつかのチームに分かれて行動するようになっていた。こうして全団員が顔を合わせるのは、ほぼ半年ぶりである。

「そーいやブスダム砂漠じゃ、この夏、ミイラになって発見される人間が絶えなかったってな」
「そうそう、生き残ったキャラバンの証言じゃ、でかいアリジゴクに襲われたとか、なんとか……」
「それを言うなら、カノーアだろ。ボルサの森に蛭女が出て――」
「デュミナスでも、新種の化け物が出て、何人も沼で溺死したって聞いたぜ」
「アホか。どれも根も葉もない噂だろ。遭難者が相次いで、話がおおげさになっているだけだ」
 断言し、不毛な話を打ち切らせたものの、

(噂、か……どれも、やっぱ……あいつらが言う 『事件』 の話なわけか……?)

 それらしい感はある。とはいえ、全部がそうとは限らないし、四六時中気にしてもいられない。
「まあ、つまんねー話は抜きだ。久しぶりに全員そろったんだしな。今日は呑もうぜ」
「おう!」
 待ってましたといわんばかりに、ラスティが立ちあがる。オレは、椅子に引っ掛けておいた上着を手に取った。季節は冬。いつもの軽装では、さすがに外を歩けない。
「――で、どこに繰り出す?」
「エスパルダとヘブロンの国境に、穴場の店があってな。店主は無愛想だが、客の素性に首突っ込むこたねーし、酒もメシも美味いぜ。一晩騒ぐには充分だろ」

×××××


 戦利品の一部を闇市場で換金し、オレたちは目的の酒場に到着した。
「……いらっしゃい」
 店主である爺さんが、グラスを拭く手を止めもせず、ぼそりと呟く。
 男ばかりで二十人近い団体としては、席に空きがなければ別の店を探すしかないが――そろそろ日付も変わる時刻。どうせガラ空きだろうと思いきや、店内は予想以上に賑わっていた。
 そうして、思い切り客連中 (主に男) の視線を集めている女三人組の姿が、否が応でも目に飛び込んでくる。
「ほらっ――いい加減にしてください、ナーサディア! ティセも!」
 完全にシラフな、貴族の類にしか見えない物腰の、20歳くらいの女と。
「え〜? まだ飲むもん、ねー? ナーサディア〜」
 けらけら笑い転げている、男っぽいナリをした10代前半の少女と。
「そーよぅ。まだ夜は始まったばかりなんだからぁ……ほぉら、クレアも飲みなさいって!」
 ボトル片手にしたたかに酔っ払っている、20代半ばと思しき派手な女。
「ああ、もうっ! 急性アルコール中毒になったって、この辺りに病院はないんですよ!?」
 グラスごと取り上げようと伸ばされた手を、残りの二人がキャッチボールの要領で避ける。未開封の酒瓶が、天井を掠め弧を描いた。大騒ぎしている面々うち二人の顔に、オレは覚えがあった。
「ティセ……クレアぁ!?」
 なんでこいつらが、こんな時間に酒場なんかにいるんだ?
「? あ〜、フィンだ! ちゃ〜お♪」
 見事、酒瓶を受け止めたティセが、能天気な笑顔で手を振ってきた。年相応でかわいいが……普段とのギャップがありすぎる。
「あ、グリフィン? こんばんわ」
 クレアは、目を丸くしながらも、律儀に頭を下げてきた。

「美人揃いだが――妙な組み合わせだな。知り合いか? フィン」

 呆気に取られる団員たちの中で、真っ先に我に返ったゲイルが訊ねる。
「ああ……まあ、な」
 知ってはいる。もう半年以上も前に突然現れて、妙な頼み事をしてきた天使だ。エルバレー街道の一件も、元はこいつらに解決を依頼された事件だった。まあ、倒した魔物が溜め込んでいた貴金属を失敬し、助けた商人からも金をせしめたのは、趣味と実益を兼ねたオレ独断の行動だったが。
 ――とはいえ、そんな説明をするわけにもいかない。あいつらが、実体化の術とやらで人間と変わらない格好をしている限り、ふざけていると思われるのがオチだ。
「あら、なぁに? もしかして……あのボーヤも、お仲間ぁ?」
「そー、グリフィン・カーライル。長いと呼びにくいから、フィン。21歳。職業は、公衆の面前だから秘密〜♪」
 ナーサディアという名らしい女が、スリットスカートの裾を揺らしつつ近づいてくる。お仲間、ということは――
「ふぅ〜ん……」
 じろじろと無遠慮に顔を覗き込んでくる。妖艶な美人には違いないが、化粧と酒臭さは勘弁して欲しかった。
「な、なんだよ?」
「クレア。あなた、こーゆータイプが好きだったの?」
 少しばかり気圧されていると、女は手を腰に当て、天使たちを振り返った。
「? ええ。好きですよ」
 おそらくは、なにも考えていないクレアが当然のように肯き、背後で立ち尽くしていた団員たちが騒然となる。
「どええええーっ!?」
「フィン! おまえ、まさか別行動とか言い出したのは、あの美女と懇ろよろしくやるためか――」
「お、お頭……なんって恨めやましい、いや羨ましい……」
「アホかっ! 違う、そーいうんじゃねえ!!」

 オレは即座に否定した。このテの話題を放っておくと、連中は勝手に脚色を始めかねない。

「ティセも好きよねー?」
 誤解されかけたことなど欠片も気づいていないクレアが、傍らのティセに話を振る。
「うん、フィンは好き〜♪」
 どこか妹を重ねて見ていたあいつが、そう即答したことは嬉しかったが。
「えーっ。じゃあ、私のことはぁ?」
「ナーサディアも好き〜♪」
「あら、嬉し〜☆」
 ナーサディアとやらに問われて呑気に答え、抱きしめられて嬉しそうに、きゃあきゃあ二人してはしゃいでいる。
「……なにやってんだよ、仮にも天使だろ、おまえら」
 呆れ混じりに耳打ちすると、
「それが、その。ちょっと目を離した隙に、彼女がティセにまで飲ませてしまって――ナーサディアが酔い潰れたら、あの子と二人で運んで帰るつもりだったのに、収拾がつかなくなって」
 クレアは途方に暮れた様子で答え。そうこうしているうちに、ナーサディアが、うちの団員に矛先を向けた。

「ほぉら、なーに突っ立ってんの、あんたたち。座って、座って」

 手当たり次第、空いているに椅子に座らせては、使いかけのグラスに酒をドボドボ注いでいく。
「い、いやあの、俺らは……」
「なぁによう! まーさーか、私の酒が飲めないってんじゃないでしょうねぇー?」
 たじたじとなる野郎どもを、女はギロリと一瞥した。完全に目が据わっている。かなり酒癖が悪いようだ。他方、物珍しげにメンバーの顔を眺めていたティセが、ふらふらしながら首をかしげた。
「ねー、ゲイルとラスティって、どの人〜?」
「ラスティは俺だけど?」
 ラスティが応じると、天使はちょこんと頭を下げた。
「初めまして〜。ティセナ・バーデュアです」
「はい、初めまして。ラスティ・ガルファです。そっちに立ってんのがゲイルね」
 元から子供好きのラスティは、相手の身長に合わせて屈み込み、説明してやっている。
「……リーダーがガキ大将で、心中お察しいたします」
 しみじみとティセが言う。オレには不本意そのものの台詞だったが、団員どもは爆笑した。
「ぎゃはははははっ! 子供にガキ言われて、どーすんだよ、フィン!!」
「そうそう、お兄さんたち大変なんだよー」
「お嬢ちゃん、可愛いねぇ〜。お菓子あげるから、愚痴に付き合ってくれるかな?」

(大変ってーのは、どーいう意味だ、この野郎!)

 全員、張り倒してやろうかと思ったが、ラスティに頭を撫でられているティセが、気持ちよさげに目を閉じ、されるがままになっているので、なんとなく手が出せない。
「ティセナちゃん、なにか食べたい?」
「甘いのとか、あったかいの好き〜」
「よしよし、じゃあ、お嬢ちゃんはここに座ってね。すいませーん、オーダーお願いしまーす」
 ラスティが陽気に片手を上げ、あれやこれやと注文を始める。

 ナーサディアのペースに巻き込まれた連中と、すっかりティセを気に入ったらしい連中が一気に盛り上がり始め……天使と盗賊団一行は、そのまま大宴会に突入してしまった。



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グリフィンのシナリオに、他の団員が全く顔を出さなかった理由を考えてみました。
ティセナ嬢。第1話とは別人状態。彼女は酒癖が悪いです。理由は、いずれ判明します。