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◆ 呑み比べ(2)


「……なんか、フィンとクレア様だけ、ノリ悪い〜?」
 ティセは眠そうに、かくんと首をかしげた。
 グラスの中身、味すら分からなくなりつつあるこいつには、さっきからクレアが酒と称して水を飲ませている。横のテーブルでは、見事に出来上がってしまった団員たちが、調子っ外れに歌い踊っている。
 時刻は、すでに深夜三時過ぎ。
 他の客や店主以外の従業員も、とっくに帰ってしまっていた。
「どーして、いつもと変わんないの?」
「当たり前だろ。オレがこの程度で潰れるか」
 ナーサディアの絡み酒に付き合う気にも、いつもとは別人のごとく子供じみたティセを、場の雰囲気で猫っ可愛がりする気にもなれず、オレは一人で黙々と酒瓶を空けている。
「クレア様は〜?」
「私まで正気を無くしたら、その後どうするの……」
 クレアの口調にも、疲労が滲んでいた。ついさっき、ばったり動かなくなった数人を二階の大部屋へ担ぎ込み、放っておいて問題ないか診てもらったばかりだ。
「じゃあ、どっちがお酒に強いの?」
「そりゃー、クレアよぉ! このナーサディア様が、いっくら飲ましても酔わないんだからぁ〜」
 まだ潰れてなかったらしく、えへらえへらと身を乗り出してくる酔っ払い。
 踊り子だとかで、いくぶん意識のはっきりしていた小一時間ほど前まで、見事な舞で酒場を沸かせていたこの女は、やはり勇者の一人だという。
「何杯いったって、ずーっと涼しい顔のまま。酔っ払えば違う一面も見られるかな〜と思ったのに、まったく普段どおりなんだもの。今だってそうよね、酒豪? 酒豪なの?」
「へぇー、なんか意外っすね。グラス一杯で真っ赤になりそうな感じなのに」
「慣れもあるけど体質の影響が大きいからな、こればっかりは」
「ウワバミのお頭より、強い娘っ子がいるとはなぁ」
「こいつがいくら強かろうが、オレが負けるか」
 ぼそっと反論すれば、酔いどれ勇者はビシリと指を突きつけてきた。
「あら。言うわねぇ――だったら勝負ね! 二人で勝負しなさぁい!!」

「なにぃ〜? フィンとクレアさんが呑み比べだぁ?」
「賭けかー?」
「第二ラウンドは、誰と誰だー?」
「オレは勘弁してくれ……これ以上呑んだら、さすがに死んじまう」
「お頭、がんばれ〜♪」
 一方的な決定事項に、生き残り組であるゲイルたちが、やんややんやと反応する。

「そぉねぇ〜。やっぱり勝負は、なにか賭けないとぉ――クレア! なんでもいーから、決めなさいっ♪」
「…………」
「罰ゲームにするぅ〜? それとも願い事ぉ?」
 話を振られたクレアは、さっさと帰りたいんだろう。なにも言わない。
「えっーと、ねぇ。クレア様はぁ、いつかフィンが捕まっちゃうんじゃって心配だから〜。無茶な仕事は止めてほしいんだよね」
 しかしティセが代わりに、きゃっきゃと笑いながら答えてしまう。
「ええ。それは、まあ」
「んでぇ、フィンは。儲け話は大歓迎だけど、お説教は聞きたくないってー」
(? ああ、そう言やあ――)

 まだ、こいつらに出会って間もない頃。戦利品の品定めをしていてクレアに見つかり、延々と小言を食らった。
 そのあと、やってきたティセに話したが、苦笑混じりに 『あのヒトは、天使だからね……』 と流されたんだったか。

「……そんなこと言ってたんですか」
「おまえこそ、性懲りもなくンなこと……」
 互いに顔を引き攣らせた、オレたちに構うことなく、
「じゃあ決まりねー、負けたほうは、勝ったほうの言うことを聞くぅ!!」
 ナーサディアが高らかに宣言した。団員たちが 『わー♪』 だのと、テーブルとフォークをドラム代わりにはやし立てる。
「はあぁ、もう」
 クレアは、今度こそ深々と溜息をついた。

×××××


「うー、頭いてぇ……」
 頭蓋骨を内側からハンマーで殴られてるように、ガンガンと――遠くで響くスズメの鳴き声すら、うざったい。
 目覚めると昼だった――というか丸一日が経過していて、その次の昼間だった。
「あれだけ飲めば、当たり前です。二日酔いで済んだことすら、奇跡的です!」
 横でタオルを水に浸していた天使が、ピシャリと言う。
「なんで、おまえだけピンピンしてんだよ……」
「……さぁ。そんなに飲んでいないからじゃないですか?」
 あっさり首をひねられてしまい、オレの敗北感は更に増した。

 あのあと――結局、オレはクレアと呑み比べる羽目になった。
 周りで騒いでいた奴らが酔い潰れて、寝てしまった時点で止めておけばよかったんだが。いくら飲んでも顔色ひとつ変えないこいつ相手に、ついムキになってしまい、いつの間にやら記憶が飛んでいた。
 気づけば、他の団員たちと一緒に大部屋に転がされていた。
 適度に飲んだところで眠ってしまった数人と、酒豪のゲイルはいくらかマシなようだが、それでも全員がぐったり寝こけている。洗面器を抱えて吐き続ける奴。半死人の形相のまま、ピクリともしない奴……こんな状態で憲兵に見つかりでもしたら、盗賊団ベイオウルフは一巻の終わりだ。

「まったく。これだから、お酒なんて飲むものじゃないんです」
 クレアは、いつになく憤然としている。
 物見遊山に来ているわけじゃない天使としては、正常な反応だろう。
「ティセにも、起きたら二度と飲まないように言っておかないと――」
(…………?)
 そう呟いたところで、声の調子が微妙に変わった。
 室内に、ティセとナーサディアの姿はない。女子供を板張りに寝かせるわけにはいかないと、店主が客間を提供したんで、そっちで眠っているそうだ――とはいえ、状態はこっちと大差ないらしい。
「そんなに、ひどいのか?」
「いえ、ひどいというか……嫌な夢でも見たのか、ずっと魘されていて」
 確かに、あいつは普段は酒なんか飲まないだろう。まだガキだし。
 ギャンブルは、前に教えてやったら興味を示して、暇さえあれば酒場近辺で、いつも身につけている純金製のバングルを餌に、勝負を吹っかけて回っているようだが。
「明け方に一度、目を覚ましたんですが、そうしたら今度はここが何処か、私のことも忘れてしまったみたいに、“家に帰る” って暴れて」
 クレアは、なにか気に掛かることがあるようで考え込んでいたが、
「――とにかく! 私は仕事があるので、これで帰らせていただきます。あとでローザに来てもらいますから、おとなしくしていてください。この国でも、しっかり指名手配されているんですからね、あなたたちは」
 遠慮なしに釘を刺すと、すたすた部屋を出ていってしまった。

(…………二度と、天使と酒なんか飲まねえ……)

 寝相の悪いラスティに脇腹を蹴られながら、オレは固く心に誓ったのだった。




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クレアとグリフィン。真面目な学級委員と不良少年ってとこでしょうか。なんだかんだ言いつつも仲は良いですが、この二人は恋愛関係にはなりません。