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◆ 異種族の調停者(2)


「す、すみませんっ。責めるつもりで言ったんじゃないんです、そんな顔しないでください!」
 うなだれると、逆に謝られてしまった。
「元々、ここに住んでいる俺たちが、どうにかしなくちゃならないことなんだからさ……! 俺も、天使様の負担が少しでも軽くなるように、頑張りますから!」
 必死に励ましてくれながら。リュドラルは少し表情を改めて、言った。
「俺は、たいていデュミナスの、ラルース村の周辺にいます。なにか力になれることがあったら、いつでも呼んでください。父も――天使様のことなら、歓迎すると思います」
「ワシらボルンガ族も、天使様の味方じゃて。手伝えることがあれば、遠慮なく言うてくれイ」
「……ありがとう、ございます」
 二人の言葉を心強く思いながら、クレアは頷いた。
 沈み込んでいても始まらない。彼らの厚意には、行動と、その結果を以って応えるしかないのだ。
「さぁて。名残惜しいが、そろそろ日も暮れてきおった……この辺にしとかんと、レイヴ殿が野宿する羽目になってしまうゾイ」
 枝で指し示された西の空は、わずかながら茜色に変化しつつあった。
「そうだな。ボルンガも、日当たりのいいところへ引っ越すんだろ? 急がないと、夜になっちまうぜ?」
「あー、ワシゃ、歩き疲れたでのう。担いで行ってくれんかのう」
 ボルンガの台詞を受け、青年はおおげさに肩をすくめた。
「無茶いうなよ。そんなことしたら、骨が折れちまうよ。体重何百kgあるんだよ、ボルンガ」
 クレアは、思わず笑ってしまった。
 確かに、ボルンガを背負ったりしたら、彼は押しつぶされて動けそうにない。

「それじゃあ、お二人とも。道中、お気をつけて」
「ああ、さよなら!」
「……失礼する」
「またのう〜」
 二人は明るく手を振りながら、山道を進んで行ってしまった。



「あの、レイヴ。お訊きしてもいいですか?」

 リュドラルたちと別れ、しばらく歩いて。クレアは勇者の隣へ並び、声をかけた。
「なんだ?」
 こちらを一瞥した、レイヴは短く先をうながした。
「さっき、お話の中に出てきた“竜の谷” って、なんですか?」
「デュミナス帝国南端部に広がる、渓谷の名称だ。竜族の棲み処と伝えられている」
「竜って……ドラゴンのこと、ですか?」

 アカデミアの書庫で、資料を読んだ記憶がある。
 ある記録では守り神として崇められ、また別の記録では破壊をもたらす悪しき存在とされる、不思議な生物。

「そうとも呼ぶようだな」
「――あ、あの! ドラゴンとも、お話って出来ますか!?」
 勢い込んで訊ねたクレアに、レイヴは 「……竜族に用でもあるのか?」 と眉根を寄せた。
「そういう訳ではないんですけど。人間以外の種族とお話したの、私、今日が初めてで――ボルンガさんたちのこと、なにも知らなかったんです」
 人間のことしか知らないのでは、地上界について理解したとはとても言えない。
「それで、もっといろんなヒトの話を聞けたら、勉強になるかと思いまして」
「そうだな。千年近く齢を重ねた竜族は、人語も操ると聞いたことはあるが……」
「せ、千年!?」
 とんでもない寿命の長さだ。絶句したクレアを見て、レイヴはほんの少し、おかしげに口元を緩めた。それはティセナと同じで、ほとんど無表情に近い笑みだったが。
「竜の谷は聖域だ。地形も複雑で険しい。人間が軽々しく踏み込める場所ではないし、竜も滅多に人前に姿は現さん――麓のラルースへは、ごく稀に降り立つとの話だが」
 レイヴは抑揚の無い調子で話し続ける。
「しかし、君は天使だ……歓迎すると、神官である彼が言ったのだからな。行ってみるのも良いかもしれん」

(そんなに寿命が長い種族なら、誰か――兄様に会ったことがある人も、いるかな?)

 つい、私情混じりに考えてしまった。
 今はまだ、そんな理由で会いには行けないけれど。インフォスの時を戻せたら。任務が無事に終わったなら……そのときは少しだけ、兄の話を聞きに行きたい。

「それにしてもレイヴは、本当に、いろんなことをご存知ですよね」
 しみじみと思う。
 ナーサディアとは全く異なる分野の知識が豊富で、それをひけらかすことは一切無いが、なにか質問をすると、的確に分かりやすく答えてくれる。物の教え方が上手いのかもしれない。
 ナーサディアより年上だろうと勝手に思っていたら、逆にひとつ下で、今は24歳だそうだ。
「ヘブロンとデュミナスは、飛んでいてもかなり離れていると感じますけど――レイヴたちには、そうでもないんですか? それとも、竜族やボルンガさんのことは常識なんでしょうか」
「モンスター分類・習性の把握は、騎士団に入隊する上での基礎知識だからな」
 話しながらも、レイヴは歩くペースは緩めない。
「ボルンガや竜族以外にもオークやコボルト、ゴブリン、巨人族などの亜人種は人語を解する。それぞれが、独自の生活圏と風習の中で暮らしている……互いの領域を踏み荒らしさえしなければ、そうは諍いも起こらん」
「そうやって、たくさんの種族が共存しているんですね」
 クレアが感嘆すると、彼は逆に渋い顔になった。
「そう、あるべきなんだろうがな。魔物に関する知識が乏しい民間人にとっては、姿形が異質なもの、すべてが排除すべき外敵だ」
(異質、だから? それだけで――)

 この世界も?

「それでも最近まで、表面上は落ち着いていた……だが近頃は、無害であったはずのモンスターまでが人里を襲う騒ぎが相次いでいる。こうなると、駆けつけた騎士団が理屈を説いたところで、人々は聞き入れようとせん」
 疲れたように息をつき、そうして言葉を続ける。
「リュドラル・アルグレーン――彼は竜の長の意向で、人間とモンスターの仲立ちをしていると聞いたが。気苦労が絶えんだろうな、今は――」
 対立する両者を、第三者が説得する。それには本物の誠意と根気が不可欠になる。
(あのヒトが、そんな大変なことを?)
 それなのに、あんなに明るくて。こちらのことまで気遣ってくれていた。


 沈黙が流れて。

 
「レイヴは、どう思いますか? 異質と呼ばれるもの同士が共に生き――理解し合うには、なにが必要なのでしょう」
 彼なら、きっと真面目に答えてくれるだろうと思え、訊ねてみると。
「……君は、どう思う」
 逆に、問い返されてしまった。
「私は――誤解や偏見は、諦めさえしなければ、いずれ取り払うことが出来ると思います。なにも考えずに誰かを傷つけられるのは、その痛みを知らないだけで――でも」
 インフォスに来る前から、ずっと考えていたことを、自分なりに整理しながら答える。
「相手を拒絶しているヒトに、話をする気を……理解しようという気持ちを持ってもらう方法は、なにも思いつきません……情けないですけど」

 譲りあい、助け合う。そうして生きられれば、どんなに良いだろうか。
 しかし相対する利害があり、けっして許せないことがある。だから争いは無くならない。
 すべてを踏みにじろうとする魔族の考えは、クレアには理解できない。同様に、魔族からすれば、クレアたちこそが理解できない存在なのだろう――だが、そういうものだと割り切ってしまえば、いつまでも同じことの繰り返しだ。

「……そうだな」
 レイヴは暮れゆく空を眺め、静かに言う。
「俺も、君に返せるような答えは持っていない。あるいは正解と呼べるもの自体、存在しないのかもしれん」
 思考の迷路に嵌りかけていたクレアは、
「だから今は、目の前で起きている事件をどうにかするだけだ」
 勇者の言葉に、ハッと我に返った。
 各地で事件が相次ぎ、人々の不安が増しては、いよいよ話し合いどころではなくなってしまう。
「行くぞ、クレア――明日の夕方までには、騎士団と合流せねばならん」
「はい!」
 そう。今は、立ち止まっている場合ではない……考えるより先に、やるべきことがあるのだから。




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リュドラルといえば、初プレイ時にオープニングムービーを見たとき、「ああ、この人が主人公なのか」と解釈してスカウトしなきゃと四苦八苦した記憶が(笑)。ついでに、画面を見て17歳くらいだろうとずっと思っていたのに、攻略本を買ったら19歳だった……。見えねー!!(爆) それじゃ少年じゃなくて青年じゃんよ。