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◆ 彼女の事情(1)


うーっ、あーつーいよー……)

 焼けるというより、焦げている気分だった。だんだんと思考力まで削り取られつつある。
 知識だけなら、あった。実体験は確かに大切だろうが、

(……もう……砂漠にだけは、来たくない……これなら、茨の森の方が……マシ……)

 火と地が構成元素の九割を占める灼熱地獄。水属性のクレアには、息苦しいことこのうえない環境だった。
(今は春なのに、これじゃ……夏は、どうなってるんだろう?)
 考えるだけで恐ろしい。
 最初は飛んでいたが、照りつける日差しが強すぎ五分でギブアップ。こうまで元素に偏りのある地形では、実体化していたほうが精神的な負荷が軽減されて楽なため、とぼとぼ砂丘を歩いているのだった。
 それでも暑いことに変わりはなく、体内の水分が蒸発していく感じだ。何度、足を砂にとられて転びそうになったことか。

「結構、歩きますね……」
 つい、弱音が口から転がり出てしまった。
「まぁね。でも、もう少しだからさ――あそこ、岩陰になってるけど、ちょっと休憩してく?」
 さくさくと前方を歩いていた勇者が、振り返って提案してくれた。
 彼女の名前はフィアナ・エクリーヤ。年齢は22歳。賞金稼ぎという仕事をしており、日々、賞金首と呼ばれる犯罪者を追いながら、クヴァール全土を転々としている。

 現在、天界に管理勇者として報告している協力者は、彼女を含めて六人。ちょうど男女三人ずつだ。
 ティセナたちと話し合った結果、装備品や回復アイテムの準備――また依頼時には極力、誰かが同行すべきであることを考慮すると、これ以上の人員増加は、マイナスになりかねないという結論に至ったため。勇者候補の捜索は、レイヴをスカウトした時点で打ち切り、妖精には事件探索に専念してもらっている。
 勇者たちにはインフォスの現状を、時が淀んでいるという一点のみを伏せて説明していた。こればかりは気づかずにいたほうが、精神的にも身体的にも悪影響が少ないからである。

 ともあれ昨晩、花園を荒らしていた魔物をフィアナが退治してくれたので、今朝、様子伺いに宿を訪ねると、彼女はもう旅支度を済ませており、
『タンブールの、古い教会に用があってさ。天使様も一緒に来る?』
 そう、気さくに誘ってくれた。
 地上界において神を祀る建物――知識はあれど、見たことがない施設で。今は報告されている事件もないしと、喜んで同行したものの、

 暑い。半端でなく、暑いが、

「……いいえ、これくらいで音は上げられません。山道を歩くときとかに困りますから!」
 気力を振り絞って首を振る。依頼を引き受けるたび、彼女たちは、こんな大変な道程を旅してくれているのだ。疲れたなどと甘えていられない。

「そう? じゃ、根性で頑張れーっ」
 からかうように言うと、たたっと砂丘を越えて行ってしまう。

「あーっ、フィアナ! 置いていかないでください〜」

 ここで燻製になるのとスライムで窒息するの、どっちがマシだろう? ふと、そんなことを本気で考えたが――やはり両方とも願い下げたい。
 クレアは、ふらつく足を引きずるようにして、勇者の後を追いかけた。

×××××


 なんとか街に辿り着き、そのまま歩き続けること約三十分。ようやくフィアナは立ち止まった。
「ほら、クレア。着いたよ。お疲れさん」
 自身はまったく疲れていない様子で、水筒を差し出してくれる。
「ありがとうございます……はー。やっぱり、まだ修行が足りないようです……」
 道沿いの柵に凭れて、受け取った冷水を喉に流し込むと、混濁していた思考力も少しずつ戻ってきた。
「ははっ、まあ、ずっと飛んでばっかりだったんだろうからね。そのうち慣れるさ」
 ぽんとクレアの肩に手を置き、優しく笑う。
 こんな表情を見ていると、剣を振り回す姿は、あまり似合わないと思ってしまう。
「さて、と。エレンいるかな――」
 足元に置いていた荷物を、ひょいと担ぎ上げて。フィアナは、前方の建物の敷地内へ入っていった。少し遅れて、クレアも続く。
 
 ここが目的の教会であるようだ。
 青みがかった屋根に石壁造り、やや大きめの家。玄関の真上には、真鍮の十字架が掛けられている。緑の木々に囲まれた、優しい雰囲気の場所だった。

「おーい、エレーン!」
 声を張り上げ、あちこちの扉や窓を覗き込んでいたフィアナは、
「エレンー? あ、いたいた!」
 やがて探していた相手を発見したらしく、建物の裏手に駆け込んでいった。
「おやまあ、フィアナじゃないか!」
 嬉しそうに彼女を迎えた人物は、青紫の長衣に身を包んだ老女だった。足元には、木製のカゴと洗濯バサミ。中庭に、洗剤の匂いと洗濯物がひるがえっている。
「お久しぶり! 元気だった? エレン」
「ああ、私も子供たちも、元気でやっているよ。しかしまぁ、随分と立派になって……」
(お母さん、なのかな?)
 エレンと呼ばれた老女は目を細め、感慨深げにフィアナを見つめている。すると、なぜか勇者は顔を赤らめ、胸元を手で隠してしまった。
「や、やだなぁ。前と変わんないよ! そりゃ、少し大きくなったかもしれないけど」
 首をかしげていた老女は、すぐに呆れたように苦笑した。
「なに言ってんのかね、この子は――胸じゃなくて、風格だよ。また一段と、強そうになったじゃないか」
「え……あ、あはははは! そ、そうだよねっ。まあ……けっこう戦ってるからね。仕事も増えたし」
 ますます顔を赤くした彼女に、老女は困り顔で言った。
「まだ賞金稼ぎなんてやってるのかい? そんなことばかりしていると、お嫁にいけなくなっちゃうよ」
「いいんだよ、男なんて! あたしが女だからって、ナメてかかってくる奴ばっかりでさ。そういう連中は本当に許せないから、片っ端からノしてやるんだ!」
 フィアナは堂々と胸を張った。老女は、やれやれと嘆息して、クレアたちを交互に見やる。
「ところで、そっちのお嬢さんは? 知り合いかい?」

(あっ、そうか。実体化したままだったんだっけ、私)

「あ、うん。ちょっと旅先で知り合ってね。いつもってわけじゃないけど、一緒に旅をしてるんだ――クレア、この人は教会のシスターで、エレンって言うの。あたしを育ててくれた人だよ」
 フィアナは簡潔に紹介してくれた。
「初めまして、エレンさん。クレア・ユールティーズです。フィアナには、いつもお世話になっています」
 挨拶をすると、シスターは目を丸くした。
「ええっ!? じゃあ、あなたも賞金稼ぎなのかい? はー、とてもそんな風には見えないけどねぇ」
「ぶっはは、あはははは! そ、そーんなわけないじゃん、エレン。ここまで歩いてくるだけでバテてるくらいなんだから、この子は! 頼まれて剣術教えたことあるけど、全く才能ないしさーっ」
 フィアナは遠慮なしに笑い転げ、クレアはほんの少し、へこんだ。
「……う。そこまで言わなくても…… (事実だけど)」

 ナーサディア以外の勇者五名は、全員が武器として剣を使うので、指南役を頼んでみたことがあったのだ。
 しかし、男性陣からは 『怪我をするから止めておけ』 と断られ、フィアナには 『素質皆無』 と断言され、アーシェにも早々に匙を投げられてしまっている。

「クレアは、まあ、怪我したときに治療してくれたりね。故郷じゃ、医者やってたらしいから」
「そうなのかい?」
「ええ、まだ研修生ですけれど」
 アカデミアの医学部は卒業したが、医師として正式に認められるには、まだ実務経験が足りない。インフォス守護の任務を終えて戻ったとしても、あと三年は勉強しなければならないだろう。
「そうかい。そういう人が傍にいてくれると、心強いねぇ……これからもフィアナのことを、よろしくね」
 だがシスターは、にこにこと頷いてクレアの手を握ってくれた。
「はい、頑張ります!」
「ちょっと。あたしが嫁にでも行くような会話を、クレア相手に展開しないでよ――」
 ぎゅっと、温かい手を握り返していると、まだ顔の赤いフィアナが半眼で文句をつけた。そうして、話題を変えるように教会に目を向ける。
「でも……しばらく来なかったうちに、また教会、少し壊れちゃってるね」
「ああ。この間、地震があってね――小屋がひとつ、傾いちゃったんだよ」
 よくよく見れば、建物全体に老朽化している箇所が目立つ。おそらく建築されてから、かなりの月日を経ているんだろう。
「エレン、これ。また教会の修繕に使ってよ」
 言葉とともに、荷物から取り出されたものには、見覚えがあった。確か彼女が、仕事で得た金銭を保管している麻袋だ。
「ありがとう、フィアナ……大切に使わせてもらうよ。でもね、おまえの体を、もっと大事にしておくれよ」
 シスターが複雑そうに袋を受け取ると、
「わーかってるって! 相変わらず心配性だなぁ――」
 フィアナは、むず痒そうに頭を掻いた。そうして荷物を担ぎなおすと、
「……さてと。じゃあ、そろそろ行くね」
「え?」
 てっきり、今日は一日ここにいるものとばかり考えていたクレアは、戸惑った。
「もう行ってしまうのかい? 中で、休んでいけばいいじゃないか。子供たちも会いたがってるんだよ」
 耳を澄ますと、確かに教会内からは、にぎやかな騒ぎ声が聞こえてきている。フィアナの兄弟がいるんだろうか?
「いや、仕事の途中だからさ。また今度ゆっくり寄るよ……行こう、クレア」
 シスターの勧めを断り、勇者は、あっさりと踵を返してしまった。




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フィアナ。あの服装は、やっぱ南国の暑さ対策? 下手したら、ナーサディアより露出度高いもんなぁ。なんのかんの言って、自信あるんでしょうねぇ。じゃなきゃ「立派になった」=「胸」なんて勘違いしませんて。あの服も着られませんて。