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◆ 乙女の危機に(2)


「ねーねー、君たち二人だけ?」
「これから、どこ行くのー?」
「もうじき暗くなるし、こんな美女二人で出歩いてちゃ危ないって!」
 歩きだしてしばらくしたところで、急に声をかけられた。
 シーヴァスと同年代に見える青年が、五人。道を塞ぐようにして立っているので、クレアたちは足を止めるしかない。
「?」
 アーシェの知り合いではないようだ。向けられた視線が、あまり気持ち良いものではない。季節は秋だというのにやたら薄着で、眉毛がない者もいて、それぞれ鼻や唇にピアスをしている。
(耳ならまだしも、あの部位じゃ、毎日きちんと消毒しないと細菌感染の危険が――)
 などと、クレアが場違いな分析をしている間に、
「うるっさいわね……せっかく楽しく買い物してきたところなんだから、ジャマしないでよ」
 アーシェは不機嫌そうに、そのまま相手を押し退けていこうとする。
「うわっ、冷たいなー。ちょっと待ちなって」
 五人のうち一人が、彼女の腕をやや乱暴につかんだ。
「気安く触んないでよ!!」
 アーシェは相手をキッと睨み、すごい剣幕でそれを振り払った――とたん、男たちの態度が一変する。
「へっ……気が強えーな。この女」
「いいんじゃねえの。抵抗されないってのも、つまんねーし」
「なら、こっちの銀髪の姉ちゃんは、俺の好きにさせてもらうぜ」
「おい、たまにはこっちにも回せよな!」
 なにが楽しいのか顔を歪め、大声で笑っている。用件は不透明だが、どうやらこちらに危害を加えるつもりのようだ。
(ど、どうしよう?)
 武術の類はからっきしだし、相手が普通の人間では、浄化魔法は役に立たない。そもそも、地上の生物に危害を加えることは戒律で禁じられている。
「クレア、逃げるわよ!」
 アーシェは素早く踵を返そうとするが、行く手は、いつの間にか現れた別の男たちに阻まれてしまっていた。
「う……」
 身構えて、四方に視線を巡らせる、勇者の表情には焦りが滲んでいる。
「残念だったな、ここいらは俺たちの縄張りなんでね」
「言っとくが、泣こうが叫ぼうが助けは来ねーぞ」
「じ、自力でどーにかしてみせるわよっ! あんたたちみたいなチンピラに、負けるもんですか!」
 反駁して、腰のダガーを抜き放つ。すると連中は、
「おいおい、やめとけって。おとなしくしてりゃ優しくしてやるからよ――綺麗な顔に、傷はつけられたくねーだろ?」
 嫌な笑みを浮かべて、懐から大振りのナイフを取り出した。アーシェは、ぎょっと後退る。
「な、なによ、それ。か弱い女の子を相手に、そんなもん振り回す気?」
「逃がして役所あたりにバレると、厄介なんでね。こーゆーのは」
「さっさと連れてこーぜ」
「見たとこ、貴族の娘だろうな。金になるぜ、こりゃ」
 男たちは、じりじりと前後から近づいてくる。アーシェの頬を、冷や汗が伝う。
「ク、クレア……あなた一人だったら逃げられるでしょ!? 大通りに戻って、憲兵を呼んできて! そこらへん歩いてる人に訊けば、教えてくれるから!」
 天使の姿に戻って飛んでいけ、と言われているようだ。
「え、え? でも、協力者でもないヒトの前で――それに、私がいない間にアーシェが怪我でもさせられたら、治療が」
 モタモタしていると、勇者はわめき散らした。
「いーから! こーいう連中の戯言なんて、憲兵は信じやしないからっ! このまま連れていかれたら、怪我だけじゃ済まないのよーッ!!」
「わ、わか」
 問答無用といった雰囲気に押され、クレアは頷いた。
 幸い、相手は不特定多数というほどの人数でもないし、戒律に抵触はしないだろう……と、実体化を解こうとした寸前に、

「おい」

 ぶっきらぼうな声が路地に響いた。
「一応、そこの二人に確認しとくけど――ぶちのめして問題ないんだよな? こいつら」
 危ういところで術の解除に制動をかけ、振り返れば、路地の入り口に小柄なシルエットがあった。夕陽を背にして、ぱきぽきと両手を鳴らしながら近づいてくる。
(え、女の子?)
 少年めいた外見と言葉遣いだが、魂が放つ気配は、れっきとした女性のものだった。だいたい15歳くらいに見える。クレアたちを取り囲んでいた連中は、一様に不審げな目を彼女へ向けた。
「……刑務所送りにしたいものね、こういう乙女の敵は」
 目を丸くしていたアーシェが、すぐにニヤリとして言う。
「OK」
 短く答えた、栗色の髪の少女は、音もたてずに地を蹴った。

×××××


「秒殺ね、ホント」
 アーシェは、ぽかんとして呟いた。
「ですね……」
 唐突な展開と、速すぎる少女の動きについていけずにいる間に、男たちは彼女に叩き伏せられて路上に転がっていた。全員、白目を剥いて気絶している。当分は目を覚まさないだろう。
「ったく、どこにでもいるんだな。こーいう連中は。デカイ図体がこれだけ揃って、刃物ふり回してもこの程度かよ」
 少女は、呆れ顔で 「情けねー」 と憤慨しながら、ぱんぱんと、グローブをはめた手をはたいている。
「あの、ありがとうございました」
「ありがと、助かったわ」
 クレアたちが頭を下げると、彼女はひらっと片手を振った。
「いーって、これも修行のうちさ。この馬鹿どもは、オレが役所に突き出しておくから、あんたたちは早く行きな――事情聴取になんか、付き合わされちゃたまんないだろ?」
「いいの? ありがとう」
 アーシェは、ホッとしたようだった。確かに、役所で身元を調べられたら、家出王女だとバレてしまうだろう。
「でも……修行って、なにをされている方なのですか? 素手でこんなに戦えるなんて、すごくお強いんですね」
 外見とかけ離れた戦闘力を不思議に思い、クレアは質問してみた。
 地面に伸びている男たちを、何故か彼らの服から出てきたロープで縛り上げていた少女は、嬉しそうに振り向いて、
「オレか? 武道家さ。キンバルトのノバにある、グレイ流道場の看板背負って戦ってる。いつか、世界中に名前が知れ渡るくらい、強くなるから――覚えておいてくれよな!」
 そう、晴れやかに笑った。


「だけど美女のピンチを助けるのって、フツーは、美形の騎士よねぇ……あーあ」
 パスタをフォークでクルクルからめ取りながら、勇者がぼやいた。
「あの子、どう見ても年下だったし。ルックスは標準越えてたけど、好みじゃないし――武道家かぁ。まあ、助けてもらっておいて文句は言えないわよね」

 あのあと 『気分直しに!』 と意気込む彼女に連れられて、今度はちゃんと大通りを移動してレストランに入ったのだが。
 美味しい料理とお茶を前にしながら、アーシェは不満げだった。またもや 『絵にならない』 という話らしい。危ないところを助けられ、無事に済んだことのどこに問題があるんだろう?
「そういうもの、なのですか? その……女性を助けるのは、騎士の役目?」
 以前シーヴァスが似たようなことを言っていたなと思い出し、訊ねてみると、彼女は 「そうよ」 と肯いた。
「王道ね。可憐な女の子の危機に颯爽と現れて救ってくれる、カッコイイ騎士。ま、現実はこんなもんだけど」

(じゃあ……シーヴァスは、そういう騎士なのかしら?)

 インフォスでの任務が始まって、間もない頃。
 ヘブロン王国東部で、 『闇馬車』 と呼ばれる盗賊団が人攫いをしていると報告を受け。そのときは他に協力者がいなかったこともあり、シーヴァスに依頼に行ったのだが、あっさり断られてしまった。
「どうして自分が行かなければならない? その程度の事件、私でなくとも解決できると思うが」
 そう言われてしまうと、食い下がることも出来ない。
 手段が無いわけではないのだ。実体化して町の住人を装い、自警団もしくは騎士団に知らせれば――ただ、素性を名乗れないクレアたちでは、話を信用してもらえるかどうかが問題になってくるのだが。
「そうですか。美しい女性が危機に陥っている、と聞いたのですけれど……仕方ないですね。こちらでどうにかしてみます」
 妖精に聞いていたことを、ぽつりと呟くと、いきなりシーヴァスの態度が変わった。
「――待て! 気が変わった。引き受けよう」
 急にイキイキと装備一式を棚から引っ張り出し、旅支度など始めてしまう。
「え? あの、無理にとは」
「いや。たまには気晴らしも悪くない」
「き、気晴らしって……!?」
 そのときは、緊張感のない態度に絶句するばかりだったが。今思えば、彼の言う 『気晴らし』 とは戦闘ではなく、女性を助け出すことだったのかもしれない。
「さあ、行くぞ」
 足取り軽く出発したシーヴァスは、その日のうちに盗賊団を壊滅させて憲兵に引き渡し、囚われていた娘たちを見事に救出してくれた。
 そうして感謝を述べる彼女たちに、礼など必要ない、あなたと出会えて嬉しい――といった内容のことを朗々と語っていて、娘たちも嬉しそうに見えた。
 掴みどころの無い人だと思ったが、アーシェが言うのだから、騎士とはああいう人種なんだろう。

(う〜ん? シーヴァスより、さっきの子に助けてもらうほうが、ホッとすると思うんだけどなぁ)
 ミルクティーを片手に、クレアは首をひねる。

(兄様? やっぱり、人間を理解するには……道のりは遠いようです)




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ビーシア。彼女、性格的には好きなんですけど、他勇者のストーリーに絡ませるのは難しい……ので、道場破りではなく悪漢をボコボコにしていただきました♪