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◆ シロツメグサの咲く丘に(1)


 ふわふわ近づいて来る、よく知ってる気配に、私が報せるまでもなく気づいたみたいで、
「こんにちは、グリフィン。シェリーも同行、お疲れ様」
「お疲れ様ですっ」
 空から降りてきた天使様を、立ち止まって迎える勇者様。
「おう、クレアか。どーした?」
「特に用があったわけじゃないんです。シーヴァスが、数日ヴォーラスに滞在することになったので、その間にみんなの顔を見て来ようかと思って」
「そっか、もう英霊祭の時期なんですね」
 暦の上では4月末。キンバルトも春には違いないけど、砂漠地帯の町並みは変化に乏しい。
 特に、ここ最近は淀みが酷くなったから、植物も、四季を感じる力が鈍ってるらしくて、咲くはずの時期に咲かなかったり、逆に狂い咲きしたり――季節感はメチャクチャだった。
 こういう恒例行事の話を聞くと、ちょっとホッとする。
「……シーヴァスか。最初は、温室育ちの貴族サマに天使の依頼なんざ、務まるわけねえと思ったんだがなあ」
 ソルダムで戦ったの、どれくらい前だっけな? と懐かしそうにしている勇者様の横、クレア様は笑顔で冷や汗をかいている。
 そういえばグリフィン様には何度か、淀みが原因の異常を勘付かれかけたんだった。
(年数なんか訊かれちゃったら、どうしよ!?)
「みんな――ってことは、タンブールにも寄って来たのか? セアラは元気だったか」
「はい。ただ……」
「声が出ねえのは、変わりなしか」
「ええ」
 心配は杞憂に終わって、グリフィン様は話題を変えた。
「身体に異常無くて気持ちの問題なら、待つしかねえけど――あのまま大人になっちまうと自活するには辛えな」
「シスターエレンも同じことを仰って。今は、お裁縫を習っているそうです」
「裁縫?」
「教会の卒業生が、服や帽子を作って売るお店を経営しているとかで。見習いの針子さん……ですね」
 気落ちした表情から一転、クレア様が嬉しそうに説明する。
「根気のいる作業が苦にならない質らしくて、元々手先も器用だったみたいで。今は教会でも、シスターたちの繕い物を手伝っているんですって」
「なるほどな。あっちの保護者も、ちゃんと考えてるか」
 納得したように頷いた、勇者様はスタスタと西へ向かっている。
「ところでグリフィンは、お出掛けですか? おジャマでしたら出直しますけど――」
「べつに、かまわねえよ。ただ待機って言われても手持ち無沙汰だから、暴れてる魔物がいねーか見回りがてら、クルメナに行くだけだ」
「クルメナ……」
 つぶやいたクレア様は、ぽんと両手を打った。
「ご両親の、お墓参りですね? 是非ご一緒させてください」
「物好きなヤツ」
 相変わらずなグリフィン様の相槌を笑って流して、地面に足を着けたけど、実体化せずにそのまま歩き始めた。
 最近ずっと忙しくて、ゆっくりする暇が無いことを差し引いても、ちょっと不自然な光景――行方不明だったレイヴ様が帰還したとき、シーヴァス様に、地上に慣れて油断し過ぎだってイジワル言われたの、まだ気にしてるのかなぁ?

 それからしばらく、盗賊団ベイオウルフがすっかり開店休業状態だとか、シルフェたちは妖精界でどうしてるかとか、そんな雑談をしながら街道を歩いていると、

「あら? グリフィン、向こうから歩いてくる子……」
 なだらかな細い道が、東西南北に交差する手前で、クレア様が背伸びしつつ指差したのは。
「ティア?」
 長い栗毛を桃色リボンで結んだ女の子。ターンゲリさん家の、ティアさんだった。
「グリフィンさん? お久しぶりです」
 嬉しそうに駆け寄って来たんだけど、私たちは挨拶も無しに素通りされちゃって。
「どうやら、もうアストラル体は見えなくなったみたいね」
「そんな! シルフェと離れたから、ですか? こんなに早く?」
 急には信じられなくて目をぱちくりさせてる私に、
「これが正常なのよ。ただでさえ瘴気に蝕まれているインフォスで天界の加護も受けずに、いつまでも視認出来ていたら、その方が問題だわ――私たちが見えるなら、同じように魔族の存在にも気づいてしまうということだもの」
 クレア様は切なそう、だけどキッパリ言い切った。これで良いんだって。
「…………」
 グリフィン様もこっちを横目に複雑そうだけど、私たちは居ないものとして、ティアさんと世間話している。
 私はそんな彼らを、しょんぼりした気分で眺めていた。

 寂しい。
 寂しいなあ――
 クローバーが絨毯みたいなお花畑で、ティアさんとおしゃべりして。
 ティセナ様とお揃いのお花もらってから、ほんのちょっとしか経ってないのに……遊びに行っても、もう、嬉しそうに迎えてくれる女の子はいないんだ。
 “ちょっと” だと思うのは私が妖精だからで、人間には、明確な変化が起きるくらい時間が過ぎたんだろうけど。
 むしろ変わったことを喜ばなきゃ。まだ猶予がある、時流が停まってないって証なんだから。
 だから――残念だからって、ここにいるなんて主張しちゃダメだ。
 だってシルフェは、きっともっと悲しい想いしてるんだから。

「おまえまた、どこ行く気だ? 若い娘が一人で、うろうろしてたら危ないだろ」
「両親のお墓参りに。ちゃんと、暗くなる前に帰りますから」
「墓参り?」
 グリフィン様は首をひねった。
「……おまえ、親の顔もなにも覚えてないって言わなかったか?」
「はい。忘れていたんですけど――昔から繰り返し見ていた怖い夢を、これは夢だって。怖がらないでいようって、目が覚めた後も思い返すようにしていたら」
 前に会ったとき話してくれたことと、だいたい同じ説明をするティアさん。
「もしかしたら夢じゃなくて、昔の記憶なんじゃないかって思えてきて。そうしていたら、思い出せたんです。お墓の場所……両親が、誰かに殺されて。兄と一緒に泣きながら埋葬したの」
 話しながら、二人は揃って北へ曲がった。
「記憶を辿っていった景色と同じ場所に、ちゃんとあったから。畑仕事も疎かに出来ないし毎日は無理ですけど――今まで行けなかったぶん、たくさんお参りしようと思ってるんです」
 てくてく歩きながら、はにかんだ笑顔で、バスケットの中を開けてみせる。
「そのリース……」
「お墓に供えようと思って。森の中に咲いてる野草も、もちろん可愛いですけど――私が育てたお花だよって、両親に見てもらいたいから」
 戸惑い気味なグリフィン様の肩越しに、色とりどりの花輪を見つめて、クレア様はサファイアブルーの瞳を丸くしていた。
「お参りして、心の中でいろいろ話しかけていると、落ち着くんです。まだお墓の場所くらいしか分からないんですけど……」
 グリフィン様の顔色は、肌が浅黒いから傍目には判りにくいけど、血の気が引いてる感じだった。
「両親や兄の顔、名前だってちゃんと墓碑に刻みたいし、昔住んでた家があった場所も判ったら訪ねてみたいし。ちゃんと自分がどこの誰なのか思い出せたら、おじい様たちに、子供の頃は困らせてごめんなさいって――あ、なんで私にはパパとママがいないのって、駄々こねちゃってたんです――」
 恥ずかしそうに肩を竦めて、ティアさんは、道から逸れて森に入っていこうとする。
「おい、そっちは……」
 グリフィン様が、掠れた声で呼び止めた。きょとんと振り返った彼女は、
「だいじょうぶ、そんなに奥まで行きませんから。街道が、ぎりぎり見えるくらいの距離なんです――迷子になったりしませんよ」
 森の奥を指し示す。
 目を凝らすと確かに、お墓らしい十字架が小さく見えた。
「なんだか私の話にばかり付き合わせちゃって、すみませんでした。失礼します」
 ぺこんと頭を下げて、今度こそ森の中へと歩いていった。

「……グリフィン」

 その場に呆然と突っ立っていた勇者様は、おそるおそるといった感じのクレア様に声をかけられて、ようやく我に返ったみたいだけど、
「言うなよ」
 たったそれだけの短いやり取りで、あとは黙り込んじゃって。
 お墓の前に屈んだティアさんの後ろ姿を、また途方に暮れたように眺めている。
「分かりました。また、日を改めて伺いますね」
 様子がおかしいことは分かるんだけど具体的に何がどうしたのか、事情が飲み込めずに、そわそわしていた私を手招いて、

「シェリー。ちょっと席を外そう?」

 二人の姿が見えなくなるくらい離れてから、クレア様は、あの墓碑がグリフィン様の親御さんの物でもあるんだって話してくれた。
 勇者様が今どんな気持ちでいるのか想像して――私は、また少し寂しくなった。



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義賊かつ勇者とはいえ、兄貴が前科者じゃあ嫁にも行けないって、たぶんグリフィンなら、ティア=リディアと判明しても名乗ろうとはしないでしょう。原作ゲームでは、一緒に暮らそうとか言ってたけど……再会の喜びが先に立ちすぎての、勢い発言だったと思ってます。