◆ 再会の後で
誰かと顔を付き合わせているのは億劫で、アジトに篭っていても気が塞ぐ一方で――なにを言いたいのかすら漠然としたまま呼びつけた、
「おまえ、知ってやがったな」
「なんの話?」
「オレの妹の話」
今となってはもう一人の妹と思えるくらい慣れ親しんだ天使を、問い質すオレは、どんなふうに見えただろう?
気分そのまま情けないツラを晒していたか、動揺をごまかそうと怒った顔にでもなっていたのか分からないが、
「……アストラル生命体だからね」
隣に降り立ったティセは、まったく悪びれも驚きもせず頷いて寄こした。
「血縁者って外見とか関係なく、魂の雰囲気が似てるから」
あっさり認められてしまえば文句を言う気も失せ、あーあ、と溜息混じりにボヤいて。
「あのとき死んじまったと思ってたのにな――」
腰掛けていた岩場に大の字になって、仰ぎ見た先には満天の星空。
“ティア” は今頃ターンゲリのじーさんばーさんと家族団欒、晩メシを済ませて、皿洗いでもしてる時間帯か?
「ようやく分かったぜ。おまえやシルフェが零してた、台詞の意味がよ」
“ねえ、あの子もしかして――”
思い起こせば最初から。
“ティアさんの護衛には、これ以上無いってくらい適任だって”
あいつの姉貴分だった妖精が妙にしつこく、オレの生活環境を問い詰めながら渋い顔をしていた理由や。
“……鈍感!”
“妖精レベルの直観力を人間に求めるのは、さすがに酷だよ。シルフェ”
バーンズが正気に戻り、イウヴァートを返り討ちにして、
“これからは、アンタがしっかり守ってよね!”
別れ際、ジト目で飛ばされた檄も、オレが天使の勇者だからって訳じゃなかったんだろう。
「記憶、戻ったの?」
寝転んだオレの横にちょこんと座って、ティセは小首をかしげた。
「ああ、いや。飛び飛びに――みてえだな」
「フィンのことは?」
「兄貴が居た、子供狩りに遭ったとき逃げる途中ではぐれちまった……ってくらいは、思い出したらしいけどよ」
「名乗らないの?」
相変わらずズバズバと無遠慮に、核心を突いてきやがる。
訊かれて、ぼんやり数日前を思い返す。
このところ寝ても覚めても同じことばかり考えていたから、記憶は、たった今出くわしたかのように鮮明だった。
気を利かせたんだろう、クレアがシェリーを連れて飛び去り。
『グリフィンさん? もしかして待っててくださったんですか? 私、一人で平気なのに――』
けどオレは、取るべき態度すら決めかねたまま、祈り終えた “妹” が戻って来るまで呆然とその場に突っ立っていた。
『……散々トラブルに巻き込まれるところを見て来たからな。オムロンまで送り届けなきゃ、気になって夜も眠れやしねえ』
内心動揺しまくってた割に、平静な声で相槌を打てたと思う。
恥ずかしそうにぷうっと膨れたリディアは、さっきまで跪いていた “両親の墓” を振り返りつつ問いかけた。
『そういえば、グリフィンさんは?』
『あ?』
『確か以前、ご両親のお墓がクルメナにあるって仰ってましたよね? どの辺りなんですか?』
今ここで、おまえがそれを訊くか? 無邪気な笑顔しやがってよ。
『もし良かったら、お花――』
『教えねえ』
『え?』
きょとんと見つめ返してくる薄桃色のどんぐり目玉。
ガキの頃も当然、そうだったんだろう……正直、妹の目や髪の色なんてうろ覚えだった。子供というより幼児だったコイツじゃあ、当時の記憶なんて戻ってもたかが知れている。
『教えたらおまえ “近いし、ついでだから” とか言って、供物だの掃除だの世話焼きそうだからな』
言いながら小突いた栗毛や、顔立ちも、オレとコイツの見てくれはまったく似ていない。それぞれ親父とオフクロの特徴が偏って遺伝したようだった。二人が並んでいても、誰も兄妹だとは考えないだろう。
『滅多に墓参りにも来ない息子の薄情さが際立っちまうだろ? だから教えねえ』
シルフェは妖精界に帰った。
クレアたちに口止めしとけば、リディアの生い立ちを知る人間は、オレ以外いない。
こいつ自身が思い出さない限り、これから先も “ティア・ターンゲリ” として、優しいじーさんばーさんと一緒に、親が殺された辛い記憶なんざ無いまま、毎日穏やかに笑って暮らしていける。
“ホントに分かってんのかしら……”
分かったけどな、シルフェ。
残念ながら。
“――きっと近いうちにね。もう一人、家族が増えるわよ”
それはねぇよ。
「オレは、ベイオウルフの頭目だぜ?」
実の兄貴がお尋ね者だなんて、世間様に知られた日にゃあ、あいつは嫁にも行けなくなっちまう。
けどオレは今も、盗賊稼業から足を洗う気はさらさら無かった。
クレアに説教されても、天使の依頼で人助けも悪かねぇなと思ったって……キタネエことして儲けてる金持ちから財宝ぶん取って、そういう連中しか狙わない義賊だってことがオレの、オレたちの誇りで。
インフォスから “悪党” が一人もいなくなりゃあ、めでたく解散してもいいけどよ。ベイオウルフの獲物は潰した端から、堕天使どもの企みとは関係無く、次々に湧いて出るだろう。
ある意味、魔物よりタチが悪いかもしれない。
だいたいカタギの暮らしに戻ったって、盗賊団を率いていた事実は消えないんだ。名乗れる訳がない。
「だけどティアさん……思い出したら絶対、フィンのこと探すよ」
いちいち理由を並べなくてもオレの考えていることは想像がついたらしく、ティセは、困り顔になった。
「逃げ切ってやるさ、一生な」
憲兵にも “リディア” にも、捕まってたまるか。
「――けど、おまえのお陰で妹に会えた」
暴れオークの噂なんざ、昔のオレなら聞き流していた。
時空の狭間に閉じ込められていたのも、助け出して。無事にじーさんたちが待つ家へ帰してやれた。
「堕天使の親玉をぶちのめしたら、“勇者の仕事” も終わりと思ってたけど……あいつが、こんな近くに住んでんじゃ、治安維持に手抜きは出来ねぇなあ」
今は義賊と言っても、あくどい金持ちからしか盗まないって信念を掲げてるだけだが。
戦う腕はあるんだ。天使に頼まれなくたって、モンスターが暴れてると判りゃ退治に行って、困ってる奴が居たら手を貸してやって――そうしていれば。
死んだ親父やオフクロも、ちったぁ息子を誇りに思ってくれるだろうか?
ゲイルやラスティたちも誘ってみるか? 天使の依頼で、タダ働きの人助けしてるなんてこっ恥ずかしくて知られたくなかったから、儲け話に乗ってるだけだって誤魔化してたけど……ガラじゃないと突っぱねたくなる気持ちは、あいつらも同じだろうから、最初はテキトーに理由を付けてでも。
オレは今のとこ辞める気になれないが、ひょっとしたら女に惚れたとか何とかで、裏稼業から手を引きたいと考えてる奴だっているかもしれないしと――盗賊団ベイオウルフの今後について、ぼんやり思いを馳せていると、
「……私、役に立てた?」
なんでかおそるおそるといった感じに、ティセが呟き。
「当たり前だろうが」
「そっか」
オレの即答を聞いて、嬉しそうに笑う。
「でもなあ―― “兄さんに会いたいです” って言われたんだよね。私」
「んだとぉ!?」
ギョッとして問い詰めれば、ティタニアとかいう妖精界の女王が、シルフェやバーンズの件で世話になったから 『願い事を叶えてやりたがっている』 そうだ。
「それ聞いて、なにか仕掛けてくる気かよ? その女王サマは」
「ううん。記憶、消すのは簡単なんだけど――思い出させる術って無いんだよね。だから困ってた」
そういやそういうモンだと、いつだったかコイツが話していた気がする。
「まあ、そんな訳で天界が横槍入れる心配は無いからさ、賭けない?」
「ああ?」
「フィンが一生逃げ切ったら、フィンの勝ち。ティアさんが望みどおり “お兄ちゃん” に会えたら、私の勝ち」
「へっ、おもしれえ。受けて立つぜ」
挑みかかられて気が紛れ、オレは上半身を起こした。
「じゃ、なに賭ける? 私はコレだけど」
すっかりいつもの澄まし顔で、胸元のバンクルを示してみせるティセに、
「なにったってなあ……」
あらためて訊かれ、戸惑う。
そもそも一生逃げ切った後じゃ、しくじってか寿命かどっちにしろオレは死んでるって前提だろ? 金目の物もらったって使えねーじゃねえか。天界は、エーピーとかいうエネルギーが通貨の代わりらしいし――金銀財宝は別枠なんだろうか?
そういや死んだ人間ってどこに逝くんだろうな。天使が実在するからには天国があって、地獄もあるんだろうか? だとするとオレは、やっぱり地獄送りか?
訊く気は無いし、訊けば教えてくれるとも思えないが……そういった疑問を抜きにしても。
「天使様に献上出来るような値打ちモン、オレは持ち歩いてないぜ。なにが欲しいんだよ」
「んー?」
夜空を見上げ、少し考えて、
「べつに高級品は要らないけど、賭け事で使える物がいいかな。インフォスが平和になったらなったで、また別の地上界に派遣されるだろうし」
「賭け事ねえ……あんまりガラの悪い店には行くんじゃねーぞ」
「はーい」
ガラでもない小言が可笑しかったのか、ティセは笑いながら生返事した。
そもそも子供にギャンブルを教えた張本人が、いまさら保護者ぶって釘を刺したって説得力皆無だろうが――
「あー。なら、コインってのはどうだ?」
ふと思いついて懐から、薔薇模様の金貨を引っ張り出す。
「……ふーん?」
手渡されたティセはきょとんと瞳を瞬いて、コインを月明かりに透かしてみている。
「蕾は裏だろうから、こっちが表扱いかな? 花びらも、縁取りの枝葉まで細かいねー」
「だろ? 珍しいコインで希少価値も高いんだけどよ。一般人にとっちゃ金貨一枚、それ以上でも以下でもねえから、どこかでコレクターに出くわしたら、高く売りつけてやろうと思って持ち歩いてたんだが」
「うん。じゃあ、これで決定」
満足そうに頷いて、金貨をオレの手に戻しながら、ティセは念を押した。
「いつか私が貰うんだから、マニアに遭遇しても売らないで持っててよね」
「おまえこそな」
軽口を返しながら、ふと思う――こんなモンでも気に入ってくれるなら、あげちまえば良かったかな。
考えてみりゃ知り合ってから今まで武器だの薬だのもらうばっかりで、オレから、なにか贈ったことは無かった気がする。
(その点、リディアは、きっちり礼を形にしてんだよなあ……)
シロツメグサで作った子供騙しの指輪、とはいえティセは嬉しそうにしていた訳で値打ち云々の問題じゃないんだろうし、そもそもコイツは子供なんだし、物を欲しがるタイプじゃないから何も要らないだろうと開き直るのは違うだろう。
だからと言って、じゃあ、なにをやれば良いのか?
(これ以上、ギャンブル絡みの物はなぁ――菓子は何でも好きみてえだけど、日持ちする菓子ってどういうのだ? 種類もよく分かんねえし――)
妹に名乗る名乗らないについては思い切れた、代わりに、ガラでもない悩みが増えた。
この二人は相性良いって前提で書いてきたけど、恋にはならなかったなー。グリフィンって、妹と同年代や下だと恋愛対象にならなさそうだ……。