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◆ 森の迷い子、尋ね人(2)


 村人に見送られながらティアズを発ち、エルバレー街道に差し掛かると、もう空は暗くなっていた。
 とはいえ、ここまで来れば、ニーセンまで一時間もかからない。どうにか勇者に野宿させず済みそうだ。

「無事に送り返せて、よかったですね」
「……ああ」
「グリフィンが、あの子に気づいてくださったお陰ですね。私も、もっと注意力を養わないと――」
 夜には肉食獣も徘徊する深い森で、あのままピートが発見されずにいたら……想像しただけでゾッとする。
「そうだな――」
 普段なら間違いなく 『おまえがボーッとしてるからだろ』 とか言いそうな場面なのに、グリフィンは短く相槌を打つだけで上の空。さっきから、ずっとこんな調子だ。
「もしかして、私……余計なことを言ってしまいました? あの村に、泊めていただいた方がよかったんでしょうか?」
 窺い見た横顔も、どこか浮かない。
 ピートや母親の熱心な誘いを、先を急ぐからと丁重に断り、村を後にしたのだが。
「あ? ……んなこたねーよ。オレは、さっさとニーセンに帰って、ゆっくり寝てぇんだ」
 問いは、きっぱり否定されてしまった。

 この勇者、悪徳商人に対しては、金品を奪って悪びれもしないが、善良な人々から盗むことは一切しない。
 さっきのような厚意に甘えないのも、自分はお尋ね者の盗賊だから――万一、憲兵に見つかったら、なにも知らずに親切にしてくれた村人まで共犯の嫌疑をかけられないから――それが理由だろうと、前にティセナが言っていた。
 彼女が懐くのも解る。優しくて正義感が強くて、誰より曲がったことが嫌いな青年だ。それでいて窃盗を是とする持論は、本来の気質から外れているように感じるが……。
 
「つーか、おまえが休みたかったのか? だったら、もう天使の格好に戻れよ。ただでさえ体力無ぇくせに――とろとろしてっと置いてくぞ」
「いえ、そうじゃないんです。ただ……」
 適切な表現が見つからず、クレアは言い淀んだ。
「グリフィンが、どこか気落ちされているように見えたものですから。お疲れなのかと……」
 勇者は、戸惑ったように足を止め、ついと顔を背ける。
「……いや、なんか……な……」
 そのまま黙り込まれてしまうかと思ったが、再び歩きだしたグリフィンは、ぽつりぽつりと話し始めた。
「ピートが母親と、泣きながら再会したの見てたら――少し、昔を思い出しちまった。まだ、両親や妹が元気だった頃を――」
 クレアは、少し遅れてついていく。隣に並んで、顔を覗き込むことは憚られた。
「ご家族は……今は、どうされているのですか?」
 躊躇いながらも、訊いてみる。

 グリフィンの家族については知らない。一緒に住んではいないし、連絡を取っている様子もない。ベイオウルフの団員たちとは兄弟のごとく親しげだが、血の繋がりはないようだった。
 ただ、なんとなく感じる……表面的にはなんら共通項を見出せない、レイヴとも同種の翳り。
 おそらく彼も、親しい誰かを失ったんだろうと。

「みんな死んじまった。昔、起きた――とんでもねえ事件のせいで」
 クレアに聞かせているというより、独り言に近い口調だった。
「ガキの頃……オレが住んでいた地方を取り仕切っていた領主のヤローは、正気じゃなかった」
 いつもの歯切れ良さは、どこにもなく。
「 “子供狩り” ってヤツを、突然始めてよ。自分の部下に……領内の子供を全員殺せと、命令しやがったらしい」
 訥々と語られた過去に、クレアは返す言葉を失う。
(子供を!?)
 病死や事故死も、理不尽な別れには違いないが。よりにもよって――同じ人間の手による 『殺人』 で、なんて。
「そんとき。オレを助けようとして、両親は殺された」
 その光景が脳裏を過ぎったんだろうか。つぶやく語尾は、わずかに震えていた。
「妹も……途中まで一緒に逃げたけど、結局……死んじまってな」

 気遣いや同情を求める人ではないと分かっていても、語られた以上のことは訊けずに。

「その領主は……どうなったんですか?」
 口を突いて出たのは、そんな質問。
 けれど訊くまでもないことだった。家族の仇が、罪を償いもせず、のうのうと生き延びているなら……グリフィンは、それを放ってはおかないだろう。
「ああ。五年くらい前だったか……家臣に焼き殺されたって、噂で聞いた」
 答える声には、憎しみや、怒りといった感情は見えなかった。
 相手を、許した訳ではないんだろう。ただ――失ったものが大きすぎて。もう、どうしたって戻らなくて。憤りをぶつける相手すら亡くして。
「自業自得ってヤツだろ。まあ、もうオレの知ったこっちゃないがな……」
 気まぐれに吹いた夜風に、青年の、赤褐色の髪がさらさら揺れた。
「ぜんぶ、過ぎたことだ。気にしちゃいねぇよ」
 ふぅっと息をついた彼は、
「……ほら、とっとと行くぞ。任務帰りで疲れてる勇者に、野宿させる気か? 天使サマ」
 ぺしっとクレアの頭を叩き、軽く笑って歩きだした。


(もっと前だったら、良かったのに……)


 インフォス守護を、もっと早く命じられていれば―― 『子供狩り』 を防げたかもしれない。グリフィンの家族は、今も元気に暮らしていたかもしれないのに――彼らだけじゃない、フィアナの両親も助けられなかった自分が、天界が、資質者だからという理由で危険に巻き込んでいる。

「……なぁーに突っ立ってんだ、こら」
 
 声がして。なにかが頭に、コツンと当たって。
 驚いて顔を上げると、いつの間にか引き返して来ていたグリフィンが、半眼でこちらを見ていた。
「え? あ、あのちょっと、グリフィン、痛いです……!」
 拳骨で頭をグリグリとやられて、おたおたしているクレアに、
「真面目に落ち込むな! これじゃ、オレが苛めてるみたいだろーが――ったく、これだから、おまえにこういう話をすんのは気が引けるんだ」
 嘆息した勇者は、ふと真顔になって言う。
「おまえら、なにしにこっちに来た?」
 質問の意味合いを読み取れず、クレアはまごついた。
「は……?」
「嫌な思い出ぐらい、誰にでもある。ティセも――おまえだってそうだろ?」
 グリフィンは腕組みをして、じろりとクレアを睨んだ。
「オレたちを扱き使ってんのは、そういう目に遭う奴が少しでも減るように、ってことじゃなかったのか?」
「えと、あの」
「違うのかよ」
「いえ、そうですけど、でも……」
 へどもどする天使を眺めていた青年は、やがて、ふっと表情を緩めた。
「だったら堂々としてろ、司令官」
 いきなり、冗談口調で。
「そんで家に着いたら、なにか美味いモンでも作ってくれ。オレには、それで充分だ」

 深刻な話は、もう終わり。
 だから、おまえも考え込むなと、態度が告げていた。

「……はい。そうですね」
 応じて、どうにか気分を切り替えようと、グリフィンをからかってみることにした。
「勇者の体調管理も、司令官の務めです。それに――不摂生が祟って、お頭が病気で倒れたりしたら、盗賊団ベイオウルフも終わりですものね?」
「おまえなぁ……さっきまで、あんな顔しといて、そういうこと言うか?」
 素でムッとしたような彼に、クレアは思わず吹き出してしまう。
「あら。堂々としてろって仰ったの、グリフィンでしょう? 先月、生魚を齧って腹痛を起こして三日間寝込んだこと、忘れたとは言わせませんよ」
「げっ!? なんで、おまえがそれ――」
 言葉途中で、理由に思い至ったらしい。グリフィンは勢いよく夜空を仰いだ。
「あいつ……黙っとけっつったのに!」
「あなたが、ティセに心配かけるからでしょう。だから、ナマで食べるのと盗って食べるのは止めてくださいと――」
「あー、うるせえ!」
「好きでうるさくしてるんじゃないです。魚介類の食中毒は危ないんですってば! 普通、腹痛じゃ済みませんよ?」
「オレはそんなにヤワじゃねえ。ずっとナマで食ってて、なんともなかったんだからな。あの魚の保存状態が悪かったんだよ!」
 やはり、この勇者の持論は理解不能だ。
「なんともなかったのが、おかしいんです。魚に罪はありません!」
「放っとけ! オレはガキじゃねーんだ。自分の面倒ぐらい、自分で見る!」
「だったら面倒がらずに、卵や魚くらい焼いて食べてください!」


 いつまでも折り合いのつかない、小言と主張。
 ぎゃあぎゃあ騒ぎながら、夜の街道を歩いていく。

 “子供狩り” さえ起きなければ、家族を相手にしていたはずの、口喧嘩――だけど、死者を甦らせることは出来ないから。

(……私は、私の仕事をしよう)

 いつかグリフィンに 『恋人』 が出来て、新しい家族と暮らす未来に、その幸せが壊れてしまうことがないように。



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会話シーンで『自分で食事を作ったりしますか?』と訊いたときの返答は、ショックでしたね〜。料理をしないのはいいとして、ナマで食うか盗むか、って……どっちもダメでしょう!! 普通に外食してくれ、頼むから。