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◆ 妖精たちの日常


「あーあ、お休み終わっちゃったなぁ……」
 食う寝る遊ぶの三拍子で、あっちこっち出掛けてたらあっという間だった。
(いっぱい遊んだし、また頑張らないとねっ♪)
 フォータ離宮の通路をへろへろ進んでいると、よく知る人物が事務室にいるのが見えた。
「あ、ローザ――」
「終わってないって、どういうこと!?」
 呼びかけは、あえなく怒声に消し飛ばされた。私は条件反射でびくっと柱の影に隠れてしまう。でも、
「近くを通ったから様子を見にきてみれば――この書類、提出期限は昨日までよ! どれもこれも白紙じゃない!!」
「うるさいな〜……聖アザリア宮の定例会議に間に合えばいいんでしょ? あと二時間以上あるじゃん」
 怒られているのは私じゃなくて、離宮仕えしてる他の妖精たちだった。カーペットに寝転がったり、お菓子をつついていたりと、みんな揃ってやる気なさげだ。そんな彼女たちを、いきり立ったローザが怒鳴りつける。
「たった二時間で間違いなく終わるわけ!?」
「あー、もう! 書けばいいんでしょ、書けばー!!」
「めんどくさいな〜」
「そんなに言うならローザがやんなさいよぉ」
「インフォス守護の補佐妖精とか、偉そうな肩書きあったって、地上ふらふら飛んでるだけでヒマなんじゃないのー?」
「あたしたちが書いてたって、どうせ字が汚いとか計算が間違ってるとか、文句つけるくせにねー」
 みんな不満たらたら、鬱陶しげに耳を塞いだりしている。
「ローザに比べたら、まだレーパスが仕切ってたときの方が楽だったよね」
「うんうん、ガミガミ怒鳴ったりしなかったもん!」
「あーあ、あたしも妖精界に帰りたい。早く任期、終わんないかなぁ」

「……………………」

 ローザは、もはや無言で。横顔に青筋がひくついている。
(やばい。ぶち切れるッ!?)
 ここが妖精界なら、リリィが仲裁に入ったり、フロリンダが間延びペースで緊張感ぶち壊してくれるんだけど。
 今こっちにいるのは、典型的な妖精気質の面子ばかり。ケンカになろうものなら、おもしろがって、はやし立てたり我関せずを決め込むに決まってる。
 ローザみたいな真面目な妖精は、かなり珍しくて。
 彼女がいないと、仕事がはかどらなくて困るんだけど、融通が利かないところに他のメンバーが反発してちょくちょく険悪ムードに突入してしまうのだ。
 なんとかしたいけど、理屈で攻めるのは苦手だし、下っ端な私の事態収拾力は皆無に等しい――
(……ええい、どうにでもなれ!)
 限界まで息を吸い込んで、満面笑顔をどうにか装い、

「みんな、おっはよー!!」

 私は事務室に飛び込んだ。
「!?」
 ローザ、以下六名がギョッとして、こっちを振り返る。
「どもどもー。みんな、お仕事お疲れサマ〜。シェリーちゃん、休暇から復帰しましたぁ!! またドジ踏んでも大目に見てねっ?」

 えへへと笑いながら頭を掻くと、室内に、しらけた空気が漂った。

「……もうちょっと静かに入ってきてよ、シェリー」
「こっちは仕事三昧で疲れてるってのにさ」
 みんな、ぶつぶつ言いながら机に戻っていく。ローザはふいっと踵を返して出て行ってしまった。
(ど……どうにか……なったのかな……)
へらへら笑ってごまかしながら、ローザの行き先を気にしつつ、お土産の瓶入り蜂蜜を配って回る私だった。

×××××


 梅雨明け空の下。クレアは、待ち合わせ場所へ向かっていた。
(あ、いた!)
 カノーア王国首都、ノティシア。
 ルースヴェイク城の小尖塔に座っている妖精を見つけ、呼びかけようとして――つい、二の足を踏んでしまう。
(……どうしたんだろう?)
 今にも泣きだしそうな暗い顔をしている、ローザの姿に。なんとなく声を掛けそびれていると、

「バッカヤローーーーー!!!」

 大音量の絶叫に、フラッグスタッフを止まり木にしていた鳩の群れが、ばさばさと逃げ去っていく。
「ひゃっ!? ろ……ローザ……?」
 普段のイメージとかけ離れた大声に、クレアは驚くと同時に呆気に取られた。
「……っ、クレア様!?」 
 こちらに気づくなり、妖精は真っ赤になった。
「ど、どうしたの? 急に大声だして」
「も、申し訳ありません! 驚かせて――こうすると気が晴れると、本に書いてあったものですから、その」
 うろたえながらも居住まいを正し、ローザは深々と頭を下げた。
「気が晴れる、って」
 さっきの思い詰めたような様子といい、
「なにか嫌なことあったの? それとも働き過ぎで疲れたとか……だったら、しばらく休みにしよう? 今日からシェリーが仕事に戻るし、ゆっくりしてきて大丈夫よ」
 頼りになる妖精だからと、知らず負担をかけすぎていたのかもしれない。けれどローザは端的に答えた。
「いえ、それには及びません。疲れてはいませんから」
「え? でも」
 シェリーなら、おなか空いたとか眠いとか、調子が悪いときは素直に言葉にしてくれる。
 ところがローザは逆で――疲労困憊でも我慢する、弱音は吐かない。誰かを頼ろうともしない強情さは、ティセナといい勝負だ。
「なにか悩み事があるんじゃないの? 私で良かったら、相談に乗るわよ」
「……ありますよ。ですが、クレア様では手に負えない問題です」
 さらりと告げられてしまい、
「え、えええっ!?」
「冗談ですよ、ちょっと思い切り叫んでみたかっただけです。天界では、こんなこと出来ませんから――おかげで、すっきりしました」
 おろおろしているクレアを眺め、くすっと微笑した妖精は、
「クレア様は私のことよりも、ご自分の心配をされたほうが良いのでは?」
 ますます人を混乱させるようなことを言う。
「え、え? (……ごまかされたの? それとも私が原因なの!? な、なにか怒らせるようなことやったっけ……?)」
「今日の予定は、事件探索でしたよね。それでは行きましょうか」
 思い悩んでいた様子は、どこへやら。やけにさっぱりした表情で、鼻唄まで歌いながら、さっさと先に行ってしまう。
「えっと、あの、ローザ。ちょっと待って――」
 クレアは、ばたばたと後を追った。

(……いつか、妖精学の教授に会ったら提言しよう)

 妖精がみんな、単純明快で解り易い性格をしているだなんて、どう考えても間違いだ。

×××××


「シェリー……」

 さっきから、名前を呼ばれてる。
 鈴が鳴るみたいな音――知ってる声のような気がするけど、誰だっけ?

「シェリーってば」

 眠たくて、返事するのも億劫だから、なにも聞こえてないことにしていると。

「……ねえ、ちょっと起きて」

 声の主は、ゆさゆさと私を揺さぶり始めた。毛布が鼻にかかってムズムズする。
 いやいや今は夏だから、そんな暑苦しいものは被ってない。これは確か、枕にしていた猫のおなかで――

「うるさいっ!!」
 安眠妨害。我慢の限界。私は跳ね起きて、喚いた。
「起こしたら噛みつくって言っただろう!」

 大声に目を覚ました枕――もとい、猫が飛び起きて逃げていく。
 いつの間にやら隣に座っていたその人物は、目をぱちぱちさせて、静かに首をひねった。
「……とりあえず、それは初耳だけど」

 シェリーちゃん、硬直。

「うわっ、ティセナ様!?」
 そこでようやく天使様相手に怒鳴ってしまったことに気づいて、私は遅まきながらに飛び上がった。
「あ、あはは……すみませ〜ん……ちょーっと、寝ぼけてまして……」
 だらだら冷や汗を流しながら、弁解を試みると、
「……そうみたいだね」
 ティセナ様は、夕暮れ時の平凡な農村風景をくるりと見渡して、鋭くツッコミを入れた。
「で? 誰に噛みつくつもりだったの」

(うっ、それは牛とか犬とか蝶々にであって)

「ティ、ティセナ様じゃないことだけは、確かです……」
「じゃあまあ、そういうことにしておくとして」
 もごもごと言い訳していると、ティセナ様は、とぼけた調子で話題を変えた。
「クレア様が、昼間シェリーに預けたっていう書類と地図が、まだ届かないんだけど。いつになるのかな?」

「あ」

 きれいさっぱり忘れてた。
 シェリーちゃん、本日二度目の硬直。

「すみませんごめんなさい許してください! シェリー、海より深く反省してます!!」
 シェリーちゃん変化。コメツキバッタ。
「あーあ、もう……どうしたのシェリー。休暇中の遊び疲れ?」
 ティセナ様は、ぷっと吹き出した。
 自分でも、そそっかしい性格をどうにかしなきゃとは思うけど、こうして彼女が笑うところを見られるんなら、おっちょこちょいでもまあいいか、という気もしたりする。
「いや、あの。今日は、ちょっと空気の悪いとこに行ったんで、気分的に疲れたような――」
 少し迷ったけど、本人には言いにくいことで、やっぱり気になったから訊いてみることにした。
「……ティセナ様。クレア様って、昔からあんな感じなんですか?」


 今日は、インフォス全土を探索しても、なにも異常が見つからなくて。
 午後から、レイヴ様を訪問するっていうクレア様に、ベテル宮で復帰早々ぼけーっとしてるよりはとついていったら。
 彼女は 『刑務所に行きたい』 なんて、とんでもないことを言いだして、なに考えてるんだか勇者様も了承して、二人して街外れの刑務所へ出掛けてしまった。
 びくびくしながら追っていくと――暗くて冷たい鉄格子の地下牢で、以前ナーサディア様が捕縛した山賊ドラッケンを始め、そこに収容されている大勢の犯罪者の、無茶苦茶な言い分を真面目に聞いてる天使様。
 訳がわからなくてレイヴ様に訊くと、クレア様は、もうずっと前から任務の合間を縫っては刑務所を訪れていたらしい。
 レイヴ様や看守さんたちも、もちろん最初は 『一般人、しかも若い女性が出入りするなんてとんでもない!』 ってお説教したけど、彼女と話すと、反抗的だった囚人がおとなしくなったり、黙秘を決め込んでいた犯人が一転して自白して、それで叙情酌量の余地が出てきたりするから、今では黙認状態なんだそうだ。
 

「ただでさえ、お仕事いっぱいあるのに。犯罪者の事情聴取なんて、騎士団とか自警団の仕事じゃないですか」
 クレア様に刑務所なんて。似合わないこと、このうえない。納得いかない。ティセナ様なら全面的に同意してくれるだろうと思ったんだけど。
「あの人は、天使だからね……」
 話を聞き終えた彼女は、ふっと笑うだけ。そりゃまあ、クレア様もティセナ様も天使だけど――
「……で? たくさんあるシェリーのお仕事は、どうなったのかな」
「い、いやその、それはこれから――」
 そこで話を戻されてしまい、結局しどろもどろする私だった。



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妖精のストレスがたまらないように注意してプレイしてたんで、実は家出イベントはほとんど見たことがありません。攻略本を読んで存在を知った次第。盲点だった……。