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◆ 襲撃された村


(……なんの因果だ、これは)
 考えるまでもない。前日の昼、持ち込まれた依頼を自分で引き受けたからである――が、不平のひとつくらい抱く権利はあるだろう。
 暑苦しい熱帯夜。シーヴァスは愛馬を駆り、鬱蒼とした山林を南下していた。

(国境を越えて一時間は過ぎたか……もう少しか?)
 
 道の分岐に差し掛かったところで、地図を確認するため馬を止める。
 ここはエスパルダ皇国。ヘブロンの南隣に位置する宗教国家だ。その東端、ソルダムという村を襲い、未だ略奪を続けている盗賊団を退治して欲しいとの要請で、こうして山道を移動している。
 比較的近くにいた別の勇者とクレアが、一足先に現地へ向かってはいるが、盗賊団はかなりの規模で、どちらにしても手が足りないらしい。首都オルデンから遠く離れた山村であるため、エスパルダの警察機構はまったく事態を把握しておらず、放置しておけば手遅れになりかねないという話だった。
 当初、依頼に来たのはローザだった。
 その手の輩なら斬っても罰は当たらんだろう、と引き受けたはいいが、道中で襲ってきたアリゲーターの群れから庇いきれず。負傷した妖精は、自分では凶暴化したこの地域のモンスターに太刀打ちできないと判断したらしく、ティセナを呼びに退却していった。
 戦闘に関して、ティセナのサポートはクレアより頼りになる。夜になれば、魔族に遭遇する危険性も増す。
 背に腹は変えられないと解っているが――会話も無く、ほとんど姿も現さずに同行されては、息が詰まって堪らない。
 といって、顔を合わせてもロクなことにはらないと想像つくが。
 
「……ん?」

 ふいに気配を感じ、地図から顔を上げる。
 横で休んでいた愛馬――フリートも、接近するものに気づいたようで身を起こし、しきりに鼻を鳴らし始めた。
「あ、やっぱり。ティセ! シーヴァス!」
 左手の森から聞こえた声に次いで、木々の間からガサガサと、ふたつの人影が現れる。

「クレア様……? フィン!」
 背後に滞空していたらしいティセナが、実体化して降り立ち、駆け寄っていった。
「もう先に着いてるかと思ってた」
「ああ、道中で魔物に出くわしまくってよ――かなり足止め食っちまった」
 応じた男は、おそらく南国の人間だろう。
 赤茶けた髪に、青い目。見事なまでに日焼けした肌。天使を連れて歩くにはどうかと思われる薄着は、季節が夏だということを考慮すれば、まだ理解できなくもない。しかしピアスやブレスレットだらけの風貌は、勇者というより街の不良に見えた。
「疲れてない?」
「なんてことねぇ。ソルダムを荒らしてる馬鹿どもを叩きのめした後で、ゆっくり休ませてもらうさ」
 フィンと呼ばれた青年は、不敵に笑った。クレアも、問題ないというように微笑んで、
「二人とも、怪我は無いみたいですね。ええと、あら……ローザは?」
 こちらを気遣い、そこで首をかしげる。
「途中で、モンスターの攻撃を避けきれなかったらしくて。たいした傷ではありませんが、部屋で休ませています」
「……そう。だったら、しばらく休養してもらったほうがいいわね」
 ティセナの簡潔な説明に、心配顔でつぶやく。
「でも、たった一日でヨーストからここまで――急いでくださったんですね。ありがとうございます、シーヴァス」
 丁寧に礼を述べたクレアは、すぐに緊迫した口調になり、うながした。
「この坂を上がりきれば、すぐにソルダムの村です。とにかく移動しながら話しましょう」
「ああ、そうだな」
 シーヴァスはザッと周囲を見渡し、街道から少し外れた木陰に馬をつないだ。村に辿り着けば十中八九、戦闘になる。フリートは、戦馬としての訓練は受けていない。ここから先へは連れて行かないほうがいいだろう。


×××××



「それにしても……なんなんだよ、ティセ。こいつは?」
 坂道を駆け上りながら、正確にはグリフィンという名らしい男は、横を飛んでいる少女に訊ねた。
「勇者様ってヤツ」
 天使は短く答える。シーヴァスに対するより格段に語調は柔らかいものの、素っ気ないという点では変わらないらしい。
「そりゃ、おまえと一緒に来たんだから、そーだろうけどよ」
 グリフィンは疑わしげに、こちらを一瞥した。
「これから一戦やらかすかもしれねーってときに、ちゃらちゃらした格好しやがって――マトモに戦えんのか? 言っとくが、オレは面倒見ねーぞ」
「気に障ったのなら悪かったな。私には、これが普段着なものでね」
「なっ……!」
 適当に言い返してやると、そいつは一瞬絶句した。
「てめぇ、貴族かよ?」
「そうだが?」
 睨みつけてくる両眼の鋭さに、敵意と剣呑さが加わった。だが、ほぼ初対面の相手に、貴族であることに文句をつけられる筋合いは無い。
「それよりクレア、この男こそ大丈夫なのか? どう見ても、そこいらのチンピラにしか見えないが――足手纏いとの共闘は願い下げたいものだがな」
「あら。グリフィンは、シーヴァスと同じくらい強いですよ。それに彼は、チンピラじゃなくて盗賊です」
 クレアは心外そうに主張する。
(ほう。それは一度、手合わせ願いたいものだな)
 あまりにサラリと言われたため、強い、という単語以外をうっかり聞き流しかけて、
「……盗賊!?」
 遅れて大問題に気づいたが、硬直している場合ではない。
「なにを考えているんだ、君は!? 盗賊退治に、盗賊を連れてきてどうする!!」
 信じ難い気分で、叫ぶ。
 出会ったばかりの頃の彼女なら、インフォスの言語を勘違いしている部分もあったが、すでに地上に降りて一年半。嫌というほど賊絡みの事件に直面してきているのだ。誤用の可能性は限りなく低い。
「なんですか、急に? グリフィンは確かに盗賊ですけれど、ソルダムを襲っている盗賊たちとは違います。一緒にしないでください」
 常の聡明さはどうしてしまったのか、不満げな彼女の反論には、なんら整合性が見つからない。そこへまたグリフィンが、天使二人に向かって喚く。
「おい、どういうことだよ、おまえら! 貴族が来るなんて聞いてねーぞ!?」
「聞いていないって――ずっと前から、他の勇者がどういう人か話しているのに、お二人がどうでもいいって聞き流していたんじゃないですか」
 クレアは呆れ口調で指摘した。
「…………」
 ティセナは無言だが、まったく以ってその通りと言いたげに頷いている。

 数秒、気まずい空気が流れた。

「とにかく、オレは貴族なんざ大嫌いだ! 共闘も御免だからな!!」
 気を取り直したらしいグリフィンが、こちらを仇のように睨み据える。怒鳴り声の後半には、言われるまでもなく同意見だ。
「それはこちらの台詞だ。盗賊と行動を共にするなど、家名に泥がつく」
「へっ――家名に泥、ね」
 男の眼つきに宿る敵意は、もはや殺気に近かった。
「平民を食い物に私腹を肥やしてる貴族が、恩着せがましく人助けか? 反吐が出るぜ」
「フン、どうとでも言え。他人の物を奪い取ることを正当化している人間となど、会話するのも馬鹿らしい」
 他者が築いた幸福を土足で踏み躙る、救いようの無い輩。連中が混乱の一因だということくらい理解しているだろうに。
(こんな男が勇者だと? なにを考えているんだ、クレアたちは……!?)
 言い争いは、しばらく続いた。
 売り言葉に買い言葉。チンピラ風の外見によらず頭が回るようで、たびたび嫌なところを突いてくるグリフィンの存在が、いい加減に腹に据えかね――先にこいつを叩き伏せて憲兵に突き出してやろうかと、剣に手を伸ばした瞬間、


「いい加減にしてください!!」


 ……怒鳴られた。
 血が上っていた頭に、冷水を浴びせられたような衝撃を受けた。グリフィンも、凍りついたようにぎくしゃくと、ほぼ同じタイミングで声の主を振り返る。
「貴族が嫌いだとか家名がどうとか、そういったお話は、あとでいくらでも聞きます! 一緒に行くのが嫌だというなら別行動で構いませんから、早く村に向かってください!!」
 いつになく感情的に、クレアは勇者たちを叱り飛ばした。
 細い肩は小刻みに震え、藍青の瞳に、穏やかさは欠片もない――本気で怒っている。

「……悪りぃ、クレア」
「すまなかったな……大人げなかった」

 興奮から冷めてみれば、さっきまでの言動は見苦しい醜態でしかなかった。二人してぼそぼそと謝罪すると、
「……謝っていただきたいわけじゃないです」
 天使は項垂れて、小さく首を振った。
 黙って彼女を見つめている、ティセナの表情が微かに動くが。そこに含まれる感情は、シーヴァスには読み取れなかった。
「戒律だからって、あなたたちに頼むことしかしない私の方が、おかしいんです」
 クレアは、今にも泣きだしそうな顔をしていた。
 唐突に、情けないような気分に陥る。行動の自由を許されていたなら、彼女は勇者に依頼などせず、もっと早く、自力で村人の救出に向かっていただろう。
「だから。苦情なら、あとでいくらでも聞きますから……ソルダムの人たちを、助けてください」
 消え入りそうな声音で言う。
 間違っているのがシーヴァスたちか、それとも彼女か。考えるまでもない。

「わかった、急ごう」
 仮にも天使が選んだ人間だ、戦力にはなるだろう。なにより、賊はかなりの数だと聞いている――頭数が多いに越したことはないし、相手が気に入らなかろうと信用できなかろうと、ここで持ち出す話ではない。
「ああ!」
 似たような結論に至ったのかどうかは不明だが、ひとまずグリフィンは頷いて返した。


 ソルダムの集落は、もう目前だった。



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シーヴァスとグリフィン。初対面で好感を抱くことはなさそうですねー。二人が、なんの事件にも巻き込まれることなく親元で成長していたとしても、それは同じだったと思います。