◆ 暴れオーク討伐(1)
「あーあ、いい天気だなぁ……おい」
真夏である。これでもかってくらいの快晴に、木陰で昼寝でもしたら、さぞかし気分がいいだろう。
だがオレが今いる町は廃墟と化していて、目の前には、いきりたったオークの群れ。
「はー」
いまいちやる気が起きず、オレは再び溜息をついた。おとなしく山に逃げ帰ってくれりゃ楽なんだが、そうそう上手くいくはずもなく。連中は一声唸ると四方八方から襲い掛かってきた。
剣を抜き、身構える。今回は天使のサポート無しだが、まあどうにかなるだろう。そもそも、あいつらの手を煩わせないために、わざわざギャグスくんだりやってきたんだ。
一昨日。クレアたちを国境付近まで送り届け、ニーセンへ帰ろうとしていたオレは、酒場で厄介な噂を耳にした。クヴァール地方のギャグスが、オークに襲われているという。
ティセは、レイヴとかいう勇者と脱獄犯の捜索に当たっているはずで、このまま騒ぎが大きくなればクレアが戻らざるを得ない。ギャグスは、天使たちの進路からズレているが、オムロンあたりまで行けば話は嫌でも耳に入るだろう。
正直、今のセアラには、クレアがついていてやるべきだとオレも思う。
そのためには、先回りして事件を解決しておくしかないわけで――多少荒い海上ルートを経て、荒れ果てた町に乗り込み、あっさり敵を発見。今この状況に至るのだった。
オークは亜人種に分類されるモンスターで、平たく言やあ人型の猪だ。怪力だが、知能はさほど高くない。女子供や、丸腰の状態だとさすがにキツイが、大人が農具のひとつも持てば、どうにか太刀打ちできる程度の相手である。
北部四国なら、騎士団あたりが簡単に鎮圧しているところだろうが、クヴァールは 『国』 として統一されておらず、各地を治める領主どもは住民の安全なんざ欠片も気にとめちゃいない。これが、南北の極端な治安差の原因だった。
この地方で比較的まともに歩ける町といえば、毛織物業が盛んなオムロン、交易ギルドの本部があるタンブール、緻密な細工物で有名なガルフ……くらいのものだ。
なにはともあれ十匹ほど叩き伏せたあたりで、オークの群れは戦意を喪失したらしく――ぐるうる呻く仲間を担いで森へ逃げ帰っていった。
「……ま、あの村に比べりゃ、なんてことねえよな」
一息ついて、あたりを見渡す。田畑は荒れ、建物もところどころ壊されているが、ソルダムほどの惨状じゃない。オークの狙いは、あくまで食料だけだからだ。
本当に厄介なのは、本能で動くモンスターより、欲に駆られた人間なのかもしれない。
「しっかし、こりゃ――」
真っ昼間なのに誰もいない、だだっぴろい町は、どこか巨大な墓場にでも迷い込んだようで薄気味悪い。おそらく住人は、隣町にでも避難してるんだろう。どっか酒場で噂のひとつも流してやれば、そのうち聞きつけて戻ってくるか――
(火事場泥棒なんてのは性に合わねえしな。とっとと帰るか……)
とはいえ、タダ働きも趣味じゃないんだが。
少しばかり不満を残し、オレは町の出口へ向かった。
「ん?」
やや陽が翳りだした町を歩いていたオレは、ふとした違和感に足を止めた。
だが物音は聞こえず、敵の気配がするわけでもない。天使が傍にいるときの感覚とも違う。
気のせいか、ネズミの類かと思ったが――振り返ってみて納得した。さっき通り過ぎた空き地に、穀物が山積みにされていたのだ。平屋の家に近い高さで、しかも、てっぺんにド派手なピンクの布が掛かっている。オークには、食料を一箇所に溜めておく習性があるらしいから、これも連中の仕業だろうが――布は蝿避けかなにかのつもりか? この量に、あんな布切れを被せたって無意味だろうに――って、ちょっと待て!
「お、おいっ!?」
遅ればせながら、それが布なんかじゃなく人間の女だと気づき、オレは空き地に駆け込んだ。ぼてぼて転がり落ちてくるジャガイモやニンジンやらに辟易しつつ、てっぺんからそいつを引きずりおろす。
「おい、しっかりしろ!」
あらためて見ると、相手は女というより、まだ少女だった。ティセより年上のようだが、20歳まではいってないだろう。
布だと思ったのは刺繍が施されたスカートで、色彩は白とピンク。栗色の長い髪に飾られているリボンもピンク色だった……どうにも少女趣味な服装である。
怪我は無いようだが、両手首を縄でがんじがらめに縛られて気絶している。これが男なら叩き起こして終わりだが、子供相手じゃそうもいかない――だからって、目を覚ますまで呑気に待ってもいられない。
「ま、もらったモンだからな。多少、融通利かせてもいいだろ」
まず縄を切ってやってから、オレは道具袋から、以前、天使に渡されていた薬を取り出した。小瓶に入った薬草っぽい色合いの液体で、確か体力回復薬だと言っていた。気絶に効くかどうかは知らないが、飲ませて悪いことはないだろう。
「…………」
少しずつ口元に薬を流し込んでやると、少女は反射的に飲み込んだ。
そうして、わずかに身じろぎする。ぼんやりと見開かれた瞳は、この地方によくある薄桃色をしていた。
「……動けるか?」
とりあえず声をかけると、そいつは亡羊としてオレを見上げた。
「ここ……あなた、は……?」
「名前ならグリフィンだ」
さすがに盗賊だとは名乗れないんで、そこだけ答えておく。
「さっき、ギャグスを占領していたオークの群れをぶちのめして――町の中を歩いていて、あんたを見つけた」
「…………」
ぼけーっとしていた少女の頭に、また落ちてきた玉ネギがぽこんと音をたて、ぶつかった。そのまま転がっていく球体を目で追ううち、どうにか意識がはっきりしてきたらしい。
「あ、そっか――私――」
ふらふらと起きあがったが、まだ足元がおぼつかないようで、
「あー、いいから。もう少し座ってろ」
バランスを崩して倒れそうになった、そいつの腕をとっさに支え、地面に降ろす。
「すみません。ありがとうございます……」
少女は、申し訳なさそうに頭を下げた。
「それはいいけどよ……嬢ちゃん、家族は?」
親兄弟がいたんなら、こんな場所に置き去りにはされないだろう。となると、逃げる途中でオークに捕まったか、それとも身寄りがないのか?
「町の連中は、全員どっかに避難してるみたいなんだが――どこに送っていきゃあいい?」
「私……ティア・ターンゲリといいます。おじい様とおばあ様と一緒に、オムロンに住んでいます……」
「……そうか」
とりあえず、逃げ遅れた住人ではないらしい。帰る場所もあるようだ。
内心ホッとしながら、恐縮する少女を片手で抱きかかえ、オレはギャグスの町を後にした。
接触イベント同時進行。ひとつひとつ細かくは書いていられませんからね〜。それでも終わりが見えやしない。道程は遠い……。