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◆ 暴れオーク討伐(2)


 いつの間にやら、すっかり日が暮れてしまった。
 ティア・ターンゲリと名乗った娘は、街道の小石につまづいちゃあ転びかけ、かと思えば脇道に咲いている花に気を取られてみたりと鈍くさく、歩調は遅々として進まない――それでもなんとか今日中には、自宅に送り届けられそうである。
 基本的にだらだら歩くのは苦手なんだが、こうまで極端だと諦めもつこうってもんだ。

「それにしても、家はオムロンなんだろ? なんだってギャグスの騒動に巻き込まれたんだ? あの町に知り合いでもいるのか?」
 オレは、むしろくつろいだ気分で、横を歩く少女に話しかけた。
「あ、いえ。シルフェ……友達が、このところ顔を見せなくなって、心配で……森の中を探していたら急に気が遠くなって、目が覚めたらあそこに」
 よく覚えてないんです、どうなっているんでしょう? と、ほけっと首をかしげる。
(自分が置かれてた状況、まるっきり解ってねえな……こいつ)
 おおかた殴られて気絶したまま 『食料置き場』 に担がれて行ったんだろう。
 飢えたオークは、人間さえ食らう。襲われておきながら無傷で済んだのは、強運というか悪運というか――だが、とにかく無事だったんだ。わざわざ怖がらせることもない。
「友達……猟師か樵の娘か? そいつの家が通り道なら寄ってくか? まあ、じーさんばーさんのこと考えりゃ、早く帰った方がいいだろうが」
「え、その、そうじゃないんです。人間の女の子じゃなくて」
 ティアは、はたはたと両手を振った。
「人間じゃない? ウサギか? それともリスか?」
 動物に話しかけて懐かれ友達扱い――この少女ならやりかねない。まあ、それが似合うような気もするが。
「冷たいこと言うようだが、そんなもん、だだっ広い森を当てずっぽうに探し回ったって見つかりっこねえぞ」
「えっと、違うんです……動物でもなくて」
 なぜか視線を泳がせ、口ごもる。
「なんだよ、いいから言うだけ言ってみろ。それらしいのを見かけたら、捕まえてやっから」
 そう促すと、ティアはますます萎縮したように俯いてしまった。
 オレも、なるたけ怯えさせないように接してるつもりなんだが。
「気が進まねえなら別にいいけどな。二度とひとりで森なんかうろつくんじゃねえぞ? 最近はここいらも物騒だし、おまえになにかあったら、じーさんばーさんも、その友達だって泣くだろうが」
 それでも、とにかく釘は刺しておくべきだろう――事件に巻き込まれたところで、助けなんざ来ないのが普通なんだ。
「…………」
 しばらく無言で歩いていると、ティアはおずおずと切り出した。
「あの……」
 まるで、悪さして母親に白状する子供みたいな、決まり悪そうな顔で言う。
「笑わないでくださいね?」
「? ああ」
 そうまで前置きを長くするような話か? と怪訝に思ったところで、


「…………妖精……なんです。シルフェ……」


 ティアは今にも消え入りそうな声で呟き、真っ赤になって目を伏せた。

 そりゃ、前置きしたくもなるだろう。
 昔のオレなら、精神年齢いくつだこいつ、と呆れ返って一蹴したろうが。幸か不幸か、今は 『妖精』 と称する知り合いが二人ほどいたりした。
(タンブール出身の賞金稼ぎ……ファンガムの家出王女……)
 面識ある踊り子を除けば、残る女勇者は二人。そいつらなら妖精を知ってはいるだろうが、ありえん。世界がひっくり返ってもありえん。こんな細っこい運動音痴が、剣を振り回して戦うなんざ。
「その妖精っての、見た目はどんなだ?」
「え?」
 ティアは、当惑気味に目を瞬いた。
「ええと、ですね。手のひらに乗るくらいの大きさで、透明な羽が生えていて――目は緑で、髪は菫色で長くて、ちょっと寒そうな服を着ていて」
 事細かな解説が続いたが、とりあえず、その妖精は猫モドキでも鹿モドキでもないようだ。まだ他に、補佐妖精ってヤツがいたんだろうか? しかしそれにしては、シルフェなんて名前は話の端にも出てきたことがない。
「……グリフィンさん?」
 考えあぐねていると、不安げな声がかけられた。
「あー、いや……悪りぃ。なんつーか……さすがに予想外の答えだったんでな」
「…………」
 ひどく恐縮した様子でいた少女は、
「シルフェ、な。オレはだいたい仕事であちこち駆けずり回ってるから、それらしいのが飛んでるとこ見かけたら、嬢ちゃんに会いに行くように伝えといてやるよ」
 請合ったオレを、鳩が豆鉄砲を食ったような顔で見つめた。
「グリフィンさんって、変わってますね」
「あ?」
「このこと話すと、みんな呆れたみたいに笑って――夢の見すぎだ、って言うのに」
 そりゃそうだろう。
 それが世間一般の反応だ。それでもティアなら、まだ夢見がちって評価で済むだろうが、大の男が言いだした日にゃ変態扱い必至である。
「初対面の相手に嘘ついたって、なんの得もねえだろ。嬢ちゃんがいるっていうなら、確かにいるんだろうさ」
 だが、非現実的だろうとなんだろうと、実在するモンはするんであって。
「はいっ……!」
 話を疑われていないことが伝わったんだろう、少女は満面笑顔になった。

 なんにせよ、妖精なんて種族が、何百匹もインフォスをうろついてるとは考えにくい。ティセにでも聞けば造作なく見つかるだろう――とはいえ、さすがにそこは話せない。
 ティアなら、天使の存在は簡単に信じるだろうが、確かあいつらは、資質者以外の人間には無闇に素性をバラせないはずだった。会ってみたい、とかねだられても困る。
「……ほら、いいから行くぞ。そのシルフェが、嬢ちゃんの留守中に来てたらどうすんだ?」
 無邪気に向けられた笑顔が、どうにも直視できず、オレは少女の後頭部を軽くはたいた。
「そ、そうですね。早く帰って、おじい様とおばあ様にも謝らなきゃ」
 ティアは、わたわたと追ってきた。

(…………またかよ)

 既視感。
 思い出すつもりもないのに、脳裏に浮かぶ過去。

 甘ったれで泣き虫で、どこへ行くにも後をくっついていきて、それすら可愛かった妹――リディア。
 ちょうど今みたいに、いつもオレは先を歩いて、あいつはちょこまかと追ってきた。引っ込み思案なくせに好奇心だけは旺盛で、すぐなにかに気を取られて、ふらふらどこかに見えなくなっちまうから、慌てて探し回るのも日常茶飯事で、遊びに出て家に帰る頃にはいつも日が暮れていた。
(そっか……四つ下だったんだよな。生きてりゃ、ちょうどティアくらいか……)

 あの頃、オレが今くらい強ければ――リディアを守ってやれただろうか。親父もオフクロも死なずに済んだんだろうか。
 あんな事件さえ起こってなけりゃ、こうして隣を歩いていたのは――

(……ちっ。馬鹿馬鹿しい)

 感傷に浸るガラじゃないだろう。
 もしもあのとき――そんなことを考えて、なんになる?

「あんまり慌てると、転ぶぞ」

 足を止め、振り返った先にいるのは妹じゃない。妖精が友人だという、風変わりな少女。
 そう。守ってやれるのは……今、生きてこうして傍にいる奴だけだ。




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ティア。彼女がハンマー振り回して戦うって、ものすごく無理があると思うんですよねー、絵的に。私が男天使だったとしたら、頼りにはしても恋愛対象にはできないなぁ……第一印象とのギャップがひどすぎて(笑)
なので、 『ディケイド』 では最後まで、あくまで普通の村娘さんでいてもらいます。