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◆ 旧友との再会(2)


「しかし……まさか、おまえも “天使の勇者” だったとは」
 ヴォーラス市街の、とある酒場。
 奥まったカウンター席に掛け、世の中とは狭いものだと苦笑する。
 レイヴは例によって腕を組んだまま無言だが、横顔には同感の意がありありと浮かんでいた。
「今日、偶然会わなければ、まだ当分知らずにいたかもしれんな」
 天使があの場にいたのは、英霊祭会場への道順を覚えるためだったそうだ。空から眺めていれば、そんな労力を費やす必要もないだろうに、
『鎮魂の儀式を見下ろすなんて、罰当たりなこと出来ません!』
 ――と頑なに言い張り、わざわざ一般市民に混じって見学するつもりでいるようだ。まあ、彼女らしい拘りではある。

「クレアたちも、もう少し詳しく話してくれればよかったものを……」

 男などどうでもいいと、聞き流していたのはシーヴァス自身だったが。
 ヘブロン在住の騎士というだけでは気づけと言われても無理がある。なにしろ、この国には何千人と騎士がいるのだ。
 勇者全員が天使と出会うまでには、数ヶ月のタイムラグがあったようで。半年ほど前、二人で呑みに出掛けたときは、レイヴはまだ勇者になっていなかったらしい――とはいえ、もう少し他の協力者について詳しく訊いていれば、容易に判明していたはずである。
 シーヴァスは女性以外に対する、レイヴは他人に対する、興味の薄さが露呈した結果ともいえた。 
「あの姿にしてもだ。天使に話しかけられても、人目を避けねば返事が出来んからな」
 ついでに言えば、彼女たちが “実体化” なる術を使えると、今日の今日まで知らずにいた点も同じだった。
 そうして翼を隠した天使には、常の儚げな雰囲気や、直接声が頭に響くような感触もなく、どこからどう見ても人間の女性だった……すぐにクレアだと気づけなかったのは、その所為もあるだろう。
 聞けば他の勇者たちとは、とっくに前から、あの格好で共に出歩いていたという。
 べつに秘密としていたわけではなく、話すほどのことでもないと思っていたそうだが、最初に教えてもらいたかったものだ。
 天使の姿は、基本的に人間には視認できない。人前で会話などしようものなら、傍目には、シーヴァスは宙に向かって独り言を呟く不審人物に映ってしまうわけだ。これまで同行されていた間、対応に四苦八苦していた苦労はなんだったのか。

「しかし、よく勇者などを引き受けたな。騎士団の仕事もあろうに――」
 グラスを手に取り、中身を半分ほど空ける。
「神の遣いと名乗る者の願いを、無下に断るわけにもいくまい」
 レイヴは、ようやく口を開いた。
 第三者が聞き咎めれば、頭がおかしいと思われそうな内容だが、幸い、バーテンダーはボックス席の女性客と雑談に興じており、他の客もこちらを気にとめている様子はない。
「そうまで信心深いとは知らなかったな。普段のおまえからすれば、相手が女性というだけで拒絶しそうなものだが?」
「……そうだな」
 揶揄を向けられ、真顔で肯くあたり。自覚しているとすれば、それはそれでどうかと思うが。
「だが、彼女たちに関わることは不快ではない」
 レイヴにしては意外な台詞に、妙に納得させられる部分もあった。
 出会って一年やそこらの相手に 『あの話』 をしているとも思えないが――クレアのことだ。こいつの性格を理解していて、傷に塩を塗るような無神経なことは一切、言わないんだろう。
「そうか。まあ、私も悪い気はしないな……」

 クレアは鋭い。
 色恋沙汰に関してはともかく、それ以外、人間の感情の機微は驚くほどよく察する。
 依頼を受け、ともに旅をしている間も。こちらが歩き疲れた頃合に休憩が提案され、掠り傷にもすぐ気づく――思慮深い、というのだろうか。
 押しつけがましければ鬱陶しいだけだろうが、彼女のそれはシーヴァスにも心地よかった。


 それから、しばし沈黙が流れ。


「レイヴ。おまえは、どう思う?」
 シーヴァスは、同じ天使の勇者に出会うことがあれば、訊くだけ訊いてみようと考えていた話題を振った。
「なにを、だ?」
「聞かされてはいるんだろう? この世界が置かれた状況について」
「ああ……」
 短く肯いた友人は、先をうながすように再び黙り込む。
「……私は、魔族とやらを直に見た。クレアたちの話も、彼女自身のことも一応は信用している」
 単なる人間の小競り合いに逐一構っているほど、天使という種族も酔狂ではあるまい。わざわざ天界が動く、それだけの危機が予見されているはず。
「だが、インフォスの平和が崩れかけていて、それを防ぐため我々が選ばれたというのがな――突き詰めて考えると、どうにも解せん。実感が湧かないと言ったほうが正しいかもしれんが」
 確かに物騒な事件は多発しているが、なにも今に始まったことではない。程度の差はあれ、インフォスの歴史において途絶えたこともないはずだ。なにより、
「いくら優秀な天使だろうと、クレアは華奢な女性。ティセナに至ってはまだ子供だ。仮に、各地で絶えない凶悪事件が、侵入した魔族の影響だとして……どれだけいるかも定かでない敵の鎮圧を、たった二人の天使と妖精、数名の人間に任せるだろうか。天界上層部とやらは、なにを考えていると思う?」

 戦いの定石には、いくつかパターンがあるもの。
 だが、この人員配置では “守護” の真意を疑わずにいられなかった。
 最善を尽くしている、天界における戦力があの四人だけだというなら――インフォスはともかく、他にも数多く存在するらしい他の地上界はお終いだろう。

「分からんな……」
 眉間にしわを寄せたまま、やがてレイヴは首を横に振った。
「だが、俺たちが憶測を繰り返したところで、どうにもなるまい。なにか理由があるにせよ、おそらくクレアたちは聞かされていないだろう」

(確かに、な)

 疑念を抱いた直後、それとなくクレアに訊ねてはみたのだ。
 しかし返ってきた答えは 『人手不足』 で、逆に 『私が守護天使じゃ、頼りないですよね。すみません……』 と、無意味に落ち込ませただけだった。
 彼女が、嘘をついているようには見えなかった――ということは、それが事実であるか、クレア自身がなにも知らされていないということになる。守護天使が把握していない問題を、補佐妖精が知るはずなし、子供のティセナでも同じだろう。
 いつだったか、ローザに聞いたことがある。
 クレアたちは確かに有能な天使だが、インフォス守護に関する任命指揮権は、あくまで “大天使ガブリエル” にあるのだと。その特別な地位にある天使の神聖さは、妖精からすればほとんど神と同義で、任命式以来、姿を目にする機会はないとシェリーも話していた。
 クレアでさえ、大天使への謁見を願うには、上層部の役人を通して面倒な手続きをしなければならないらしい。それでは、腑に落ちないから詳しく聞き出してこいというのも酷だろう。

「だが……おまえこそ、なぜ引き受けた? 厄介事とは、関わり合いにならない主義ではなかったか?」

 唐突に話を戻され、シーヴァスは言葉に詰まった。

「さぁ、な……」
 騎士の務め。暇つぶし。理由らしきものを列挙すればキリがないが、どれも後付けのような気がする。
 天使と初めて出会ったときは、ほぼ勢いで 『勇者として選ばれなくとも、事件に介入する』 と言ったが――もし、あのまま彼女たちに去られていたら、今はどうしていたろうか。
「ただ、いまさら投げ出すつもりもない。勇者として戦うからには、せめて、私の名を汚すような真似はしたくないな……」
 本当に危機など迫っているのかと疑いたくなるほど、世界の有り様は変わらないが。
 それがクレアたちの働きの成果だとすれば――もし、自分たちが傍観を決め込めば、すぐにでも魔族が跋扈し始めるのだとすれば、そうそう面倒だなどと言ってもいられまい。

「……そうか」

 気難しげな表情をわずかに緩め、レイヴは再び、グラスの中身に口をつけた。




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戦いの技術も経験もある人間――なら、天使の説明を少し疑うくらいのことはするよなぁ、と。ただ盲目的に、誰かの言葉を鵜呑みにするのは、信頼とは違うと思うのです。