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◆ パーティー・ナイト(1)


「信じていいのね? シーヴァス……」
 長い口付けを交わしたあと。甘やかな仕草で、しなだれかかってきたフェリスに、
「ああ」
 ためらいも無く肯いてみせる。これまでにも幾度となく繰り返してきた類の会話だった――が、彼女の態度はそこで一変した。
「じゃあ、昨日会っていた女性の話を聞かせてくれる? 一昨日会っていた方でもいいわ」
 ピリピリした棘のある口調。
 猜疑と確信、ある種の期待を滲ませた視線に。
「ぜんぶ聞かせてくれる? 詳細に。私が聞いた話と比べてみるから」
 シーヴァスは、べつだん焦りもしなかった。
 すべて知ったうえで近づいてきたんだろうに、いまさら何を? 打算か独占欲でも生まれたか。
「……ねえ?」
 適当に言い繕えば関係を保つことは可能だろうが、それも面倒だった。
 美貌と教養を兼ね備えた、愛を囁いていて退屈はしない女性――それだけだ。付き合い方を改めてまで繋ぎとめたいとも思えない。
「答えてみて?」
「フッ。君も人が悪いな? ムダな言い訳を、私から引き出そうとするなんて……」
「そう。やっぱり――」
「これ以上の抵抗は、やめておくよ」
 腰へ回していた腕を放して、降参のポーズなど取ってみせたシーヴァスの淡白さに、瞳を翳らせ。静かに 「お別れね」 とつぶやいた、彼女の横顔はそれなりに寂しげに映ったが、
「お別れのキスは、さっきしたわね」
「そうなるかな」
 感傷や未練は今だけのことだ。遠からず社交界で、フェリスに新しい恋人が出来たという噂でも耳にするだろう。
「じゃあね」
「ああ」
 それで、ひとつの関係は清算された――ただ相手が違うだけで、いつものように。


 会場へ戻っていく元恋人を、しばし見送り。シーヴァスは前方の木陰を一瞥した。


「いるんだろう、天使様?」
「どうも。こんばんは、勇者様」

 なんら動揺した素振りも見せず、少女はおもむろに姿を現す。

 レイヴと大差ない長さの髪は、淡いブラウン。
 不似合いな旅装束風の衣装に、1メートルはあろうかという長剣を背負い――闇に映える翼はひどく無機質な白で。
 冷めたアイスグリーンの瞳が、投げやりにこちらを見返している。
「君だけか? クレアもいたように感じたが……」
 さっきまでは確かにあった気配の片方が、いつの間にか消えていた。
「 “この目に嘘が見えるかい?” のあたりで帰らせました。どう転んでも、目の毒になりそうな雰囲気でしたし」
 無造作に大樹に寄りかかったまま、ティセナは、ご丁寧に会話内容まで再現してみせた。
「フン、覗きか? 天使ともあろう者が」
 おとなげない――とは思うが、彼女を相手にしていると、どうやっても話が辛辣な方向へ流れてしまう。これだから、なるべく顔を合わせたくないのだ。
「いつ伺っても女連れの勇者様に遠慮して。そのたびに出直していたら、私も仕事になりませんから」
 少女は不快そうに顔をしかめている。

「……で? なんの用だ」
 早急に話を終わらせるべく、シーヴァスは先をうながした。
「新しい装備品を渡しに来ただけです」
 端的に告げ、ティセナは天界のものらしき言葉を紡ぐ。
 テラスの奥で空気が不可思議な色合いに凝縮し、光を放つと――そこに一振りの剣と鎧一式、さらに小箱に納められた指輪が具現した。
 この現象を、初めて目の当たりにしたときは絶句したものだが、いちいち驚いていては身が持たない。
「ほう。良い品だな……」
 どれも天上の物だけあって精巧な造りだ。指輪に嵌め込まれている石は、真珠だろうか? シャリオバルト城の武器庫や一流の宝石店でも、そうはお目にかかれそうにない代物である。
 試しに近づいて手に取ると、指輪は急に重みを帯びて手のひらに転がった。
 シーヴァスが触れていない剣や鎧は、現時点では、地上に存在していても他の人間には視認できない――らしい。まあ、天使と似たようなものか。
「品質に関して、ご不満はないようですね。許可をいただけるなら、ヨースト邸の玄関先にでも運んでおきますが」
「ああ、そうしてくれるか?」
 指輪はともかく、剣や鎧を担いではパーティー会場に戻れないと頷き返したところで、


「ねえ。今夜はシーヴァス様、来ていらっしゃるのかしら?」
「そうね、ぜひ来ていただきたいわ」
「私、まだ彼に声をかけてもらったことがありませんの。それがもう悔しくて……!」

 正門の方角から、弾んだ声が入り混じって聞こえてくる。到着したばかりの令嬢たちだろうか?

「ねえ、シーヴァス様の話?」
「彼だったら、さっきテラスで誰かを口説いていらしたわよ」
「まあ、来ていらっしゃるのね!」
「良かったですわね、あなた。お目通りが叶うかもしれませんわよ」

 そのあたりで館内へ入ったか――遠ざかっていった彼女たちの会話は、ふっつりと聞こえなくなった。


「さて、用が済んだなら帰ってくれないか? 私も、それほど暇ではないのでね」
 夜はまだ始まったばかりだ。こんな場所で、天使と皮肉を応酬するために赴いたのではない――社交界の噂話に興じるも良し、先程の令嬢を探して口説いてみるのも一興だろう。
「そうですね」
 どうでもよさそうに少女が背を向け、シーヴァスも踵を返しかけたが、
「……楽しい、ですか?」
「ん?」
 問いかけられて立ち止まる。けれどティセナは、こちらを見てはいなかった。
「楽しいんですか? ああいうの」
 語調に嫌悪を滲ませながら。そこに仇でも居るかのように、夜空に浮かんだ、淡い金色の月を睨みつけている。
「思ってもいないことを言って、相手をその気にさせておいて――平気な顔して裏切る」
 彼女の毒舌に慣れてはいたが、それにしても随分な言われようである。
「口出しされる筋合いはない、あんなものは予定調和のひとつだ。私の趣味をとやかく言う前に、君は、その覗き癖をなんとかすることだな」
「言われなくても見たくないし、お会いしたくもありません」
 ティセナは、心底不機嫌そうに吐き捨てた。
 互いの利害は一致しているようだが、こうまで詰られて気分の良かろうはずもない。
「ああ、じゃあな。君もお別れのキスが必要か?」
「いりません!」
 嫌味は見事に通じたらしく、ほとんど怒鳴るように切り返して、少女の姿と気配は消え去った。

「フ、行ったか……」

 スッとしたのも束の間、奇妙な倦怠感に襲われ、シーヴァスはテラスの柵に背を預けた。

(……気分が悪い)

 華やかな音楽と笑い声が。どこか遠いモノに感じられ――そんな自分の思考にも苛立ちを覚える。


『楽しいんですか? ああいうの』

 投げつけられた言葉が、頭の中から消えない。

『思ってもいないことを言って』

 (……思っているさ、最初はな。ただ、それが続かないというだけのこと)

『相手をその気にさせておいて――』

 私の女癖など、社交界では周知の事実だ。
それを解っていながら、独占欲など抱く側こそどうかしている。

『平気な顔して裏切る』

(裏切り? ……今の、どこがだ)

 口説かれたがっていた女性を口説いた。それで関係が出来た。
現実に不満を抱いた相手が、勝手に離れていった。
それだけのことだ。

そう思うのに、重苦しい気分は拭えない。

(――馬鹿らしい。さっさと会場へ戻るか)


 強引に気分を切り替え、テラスを後にする。
 住まう世界の異なる天使には、所詮、解るはずもないのだから……なにを咎められようが気にする必要もない。

『こんばんわ、みなさん』

 いつもそうしているように微笑んで、大広間へと続く扉を押し開ければいい。そこに夜の闇は届かない。
 すべてが美しく、虚ろな世界が広がっている――



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夜会。帰る/見届ける、両方書きたかったので、天使二人とも出してみました。フェリス嬢との会話は、去る者追わずって感じですね、シーヴァス。ゲームでは、このあと会場に戻る彼ですが、ここでは、気が塞いで会場から出て行って、独りでいるようなイメージで書いています。