◆ パーティー・ナイト(2)
「はぁ……こうヒトが多いと、石の波動もほとんど探れないわね」
でこぼこに膨れた重量級の袋を引きずりながら、クレアは、パーティー会場を右往左往していた。
「どこへ行っちゃったのかしら? 間違いなく、敷地内には居るはずなのに――」
館内を隅々まで捜し歩けど、騎士団長は発見できず。
困り果てテラスへ戻ってみれば、すでに誰もいなかった。装備品の受け渡しは、無事に終わったんだろう……となると、ますますレイヴのぶんだけ遅らせたくない。
シーヴァスに訊けば行き先が判るかもしれないが、あの令嬢と一緒にいるなら話しかけられないし、それ以前に彼の姿も見かけない。
いったい普段は何百人が暮らしているのか――だだっ広い屋敷の天上には、シャンデリアが燦然と、真昼のように室内を照らしている。大音量の吹奏楽。色鮮やかなドレス、カクテルのグラス。
度を越した明るさは、じっと眺めているうちに目がチカチカして、頭も痛くなってくる。
「それにしても、レイヴ様はストイックなお人だ」
ぼんやり目をこすっていると、不意に勇者の名が聞こえ。それでクレアは我に返った。
「あーら、あれではあまりにも冷たすぎですわ!」
「まあまあ、それもレイヴ様らしさというものではないかね? 騎士団長という立場にもなられれば、いろいろと気苦労もおありなんだろう」
「でもぉ。ヴィンセルラス様って、いつも不機嫌そうで……」
フィアナと同年代の女性が、おずおずと呟き。
「そうですわよ! 今夜あの方がご出席なさると聞いて、武勇伝を楽しみにしてまいりましたのよ?」
それが苛立ちに火をつけたか、二、三年上と思しき令嬢はぷりぷりと怒りだした。
「それなのに――話しかけた私を無視して、そのまま通り過ぎて行ってしまいましたの! ひどすぎると思いません!?」
「きっと式典やら何やら働き詰めで、お疲れだったんだろう。あまりワガママを言うものではないよ」
初老の紳士が、しきりに宥めるが、
「それにしたってあんまりですわ! ああっ、あれでもう少し、女性に優しいところがおありになれば宜しいのに……」
令嬢は、我慢ならないといった語調で喚く。もう一方の彼女も控えめに同調していた。
「本当に。家柄も地位も器量も申し分ない方なのに、勿体ないですわよねぇ――」
……なにやら、レイヴが非難されている。
彼が戦功を自慢げに語る姿など、想像がつかないが――話しかけられて返事もしないのは、確かに良くないだろう。
それにしても本人は影も形も見当たらない。まさか、とっくに帰ってしまっているのか?
ここを当てずっぽうにウロウロしているより、宿舎を訪ねた方が早いだろうか。
(でも何ヶ月か前、うっかり夜に訪問したら 『もっと考えて行動しろ』 って叱られて、追い返されたのよね……)
だんだん憂鬱になりながら、ごったがえす会場内を歩いていると、
「あ」
馴染みあるフォルムが目に映った――グランドピアノだ。形は多少異なるが、天界のものとさほど変わらない。今夜は使われる予定が無いんだろう、全体に暗紫色の布がかけられたままだ。
「……っと」
つい鍵盤に触れようと伸ばしてしまった指を、ハッとして戻す。
天使の姿は資質者以外に見えないんだから、音が鳴っては不自然だ。地上界では、妖精の悪戯が “ポルターガイスト” という超常現象として扱われているとも聞く――それは困る。
(子供の頃は……日課みたいに弾いてたのよね)
アカデミア中等部に在籍していた頃までは、毎日飽きもせず、音楽室で過ごしていたけれど。
たくさんあった理由は、隣に在った歌声も欠けてしまって。兄が奏でるヴァイオリンの音色を聴くことも、もう二度とない――それらが戻らない今、たとえ同じ曲を弾いても同じ旋律は奏でられないだろう。
「……あれ?」
ピアノから視線を逸らす流れで、ふっと窓の外が目に映り。なにか景色に違和を感じて、
(あ、やっと見つけた)
原因に気づいたクレアは、つい吹き出してしまった。
会場の喧騒から離れた庭園に、ひとり佇んでいる――レイヴに間違いない。パーティーの出席者たちは、誰もがドレスやタキシードで着飾っているというのに、あの人影だけ青銅色の鎧姿だ。
×××××
「こんばんわ、レイヴ」
噴水の傍、腕組みをしたまま直立不動でいる人物に呼びかけてみる。
「……クレアか。なんの用だ」
彼は振り向いてくれたものの、ひどく機嫌が悪そうで、
「す、すみません。外出先におじゃましてしまって――新しい装備品が揃ったので、お気に召すかどうかだけでも確認したかったんですけれど。日を改めた方が良かったですね」
焦りながら手短に用件だけを述べると、なぜか勇者の表情は和らいだ。
「いや、構わん。見せてくれ」
「ありがとうございますっ! (助かります〜! 正直、持ち運ぶの重いんです、これ……)」
ついつい、私情混じりの感謝を抱きながら。
敷石の上に荷物を降ろして武具一式を並べ。次いでレイヴにも視認できるよう、空中の元素を注ぎ込む。
「…………」
レイヴが無言で剣を取り、鞘から引き抜いた瞬間。
その構成分子は物理レベルで結合した。今なら、インフォスの生物すべてに剣の存在が視認できるはずだ――目撃されたら怪奇現象だろうが、幸い、辺りには誰もいない。
鋭い諸刀の切っ先が、月に照らされ白銀に輝いている。
名称は “ツヴァイハンダー” ――天界軍の騎兵部隊が、好んで扱う大剣だそうだ。
「どう、ですか? ティセが厳選してくれているので、品質は確かと思いますが……」
「文句のつけようがないな」
不機嫌モードにならないということは、お気に召したらしい。
「では、これはどうしましょう? 宿舎に届けておけば良いですか?」
「それには及ばん。屋敷の裏手に馬車を待たせているから、荷台に積んでおけばいい」
「分かりました。その馬車に、目印になるような特徴ってあります?」
袋に戻そうと拾い上げたブレスレットに、レイヴは 「……いや、俺が運ぼう」 と手を伸ばしてきた。
「貸してくれ」
「えっ? このくらい、私が運びますよ」
「無理をするな、君には重いのだろう? 特に鎧など――」
図星を指されてしまった、クレアは一瞬くちごもる。
「いえ、ええと、それはまあ……じゃなくて! 外へ出るには、会場内を横切らなくてはならないでしょう? いきなり鎧を担いでいたら、いくらなんでも皆さん不審がりますよ」
さっきまで散々うろうろしていたから、分かる。
庭園からは外に出られない。石壁を乗り越えるという選択肢もあるだろうが、泥棒じゃあるまいし――といって、ホールを通過すれば嫌でも人目に触れる。
「……そうだったな」
思い出してもらえたらしい。ややこしい注意事項で、しかも受け渡しのときしか意識しないことだから失念されて当然だ。クレアとて、普段は忘れている。
「俺が持った時点で、他の者にも見えるのだったな。それは、まずいか――」
彼は、出しかけていた手を引っ込めた。
「馬車まで案内する……すまんが、ついて来てくれ」
「あ、はい! こちらこそすみません、お時間とらせてしまって――せっかくのパーティーなのに」
「気にすることはない。英霊祭記念の夜会で、出席も半分義務のようなものだから顔を出しただけだ」
勇者は、本当にどうでもよさそうに。
「ちょうどいい。このまま帰るか……」
ぼそりと呟き、すたすた歩きだしてしまった。
「え、そんな、帰るって? パーティー、始まったばかりなのでは?」
クレアは面食らいつつ、必死で彼を追いかけた。
周りから浴びせられる熱い視線には目もくれず、主催者らしき人物に短く挨拶だけして、レイヴは館を出て行ってしまった。
ゲームプレイ時にも思ったんですが、パーティーに鎧姿で現れるって、浮くよなぁ……レイヴ。シーヴァスやアーシェは、普段着のままでも違和感ないですが。