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◆ 魂の行く末


屋敷を出て、月と街灯に照らされた舗道を歩きながら、
「そういえば……会場で、出席者の方たちが話していたんですけれど」
「天使が、立ち聞きか」
 怒らせてしまうだろうなと予想しつつ、その話をレイヴに振ると、本題に入りもしないうちから嫌な顔をされてしまった。
「あ、いえ、そこにいたら、たまたま聞こえてきただけで!」
 焦って弁解しかけて、
「……でも、あの人たちに断りもなく聞いていたんだから、立ち聞きに変わりはないですね……すみません」
「俺に謝られてもな……」
 たちまち萎れたクレアを見やり、彼は、半ば呆れ口調で言った。
「君の姿は、我々以外には見えないのだから仕方あるまい……で、なんだ?」
「あ、ええ。あの――女の人が、レイヴがもう少し優しく接してくれればいいのに、と怒っていたのですが」
「俺は、この国を護るためにいる騎士だ」
 レイヴは言い切り、今度こそはっきりと眉をしかめた。
「おべっかを使う必要はない。そういったことは、他の貴族どもにしてもらえばいい」

 ……それも、ひとつの考え方だろう。レイヴが、誰の不評を買っても構わないというなら、他人がとやかく言うことではない。
 ただ、どうしても知りたいことがあった。
 今なら周りに誰もいない。彼は仕事中ではないし、任務の途中でもない。魔物や夜盗に遭遇する可能性も、まずない。こんな機会――次は、いつあるか分からない。
 不快な思いをさせたくはないけれど、訊かなければ始まらないこともある。

「レイヴは、ヘブロンを護る騎士でありたいんですね?」
「そうだ」
「だったら、あなたは何故、騎士としての立場を疎んじているのですか」
「…………」
 わずかに見えた動揺は、すぐに沈黙に押し隠される。
「フレンテの森で、リュドラルさんたちとお会いしたとき。それに、ラダール湖で戦った後も――みなさん、レイヴに感謝していて。でも、あなたはそれを嫌がっているように感じました」

 以前から、ずっと問い質したかった。
 なぜ、他者を避けるのか。自ら、戦いの渦中に身を置く理由を。

「いつも騎士団長として、立派に働いているじゃないですか? それなのに」
「騎士が――騎士団長が、立派か?」
 そこで突然、耐え切れなくなったように、勇者は荒い声で吐き捨てた。
「……この地位。名声や賞賛の言葉も、俺に受け取る資格などない。すべては……志半ばに逝った、英霊たちに捧げられるべきものだ」
 レイヴの答えは、ある程度――予想していたものと同義で。
「私は、騎士ではありません。ましてや人間でもない……亡くなられた方々が、なにを大切にしていたかも知りません」
 だから、返すべき言葉は決めていた。
「ですが、レイヴがその死を悼むほどの人たちであるなら。あなたの活躍を望みこそすれ、咎めることなど有り得ないと思います」

 この勇者は――死に惹かれている。
 少しだけ、似た人を知っていたから……初めて会ったとき、そう感じた。第一印象は違わなかった。
 アーシェ以外の協力者たちには、多かれ少なかれ、刹那的な側面を感じることがある。中でもレイヴは、かなり極端だった。
 危険も顧みず、酷使した身体を労わることなく、土砂降りの雨に打たれてもひたすらに剣を振るう。勇敢だとか正義感があるとか、そんな理由では説明がつかない。最前線で戦い続けていること、そして……勇者を引き受けてくれたことも。
 本心から絶望しているわけではないと思いたいが――少なくとも、理性は死に場所を探している。駆り立てているのは、おそらく――強い自責の念だ。

「それでも選んだ生き様だと仰るなら、私には、なにも言えません。ですが、レイヴがいたからこそ、今も平穏に暮らせている人々がいて……私たちも、こちらへ来てから、ずっと助けていただいています」
 具体的に、過去になにがあったか聞き出そうとは思わないし、訊いたところで話してもらえないだろう。
 苦い記憶であるなら、なおさら。
 それでも彼の言動は、自虐的すぎて見ていられない。本人の気持ちの問題だから、そっとしておくべきだ――などと割り切れる範囲を越えている。
「騎士団長であるレイヴが、それを否定してしまったら……部下の人たちが抱いている夢や、亡くなった方々の遺志まで、どこかへ消えてしまうのではないでしょうか」
「…………」
 青年の横顔が、苦しげに歪んだ。
 割り切れない想い。やり場のない感情だってあるだろう。事情を知りもせずに、勝手なことを言っているかもしれない――けれどレイヴも、堂々巡りを終わらせる 『道』 を探すことを放棄してしまっているんだから、無責任はお互い様だ。

「だから……せめて、お礼くらい言わせてください。助けてくれた相手に、なにも出来ないのは……ありがとう、って言えないままじゃ、助けられたほうも心苦しいです」

 忘れないで欲しいことがある。意識の隅に、追いやってしまわずに。
 レイヴが死者を悼んでいるように、彼が命を落としたら悲しむ人が、たくさんいることを。
 それを知る者は、きっと――安易な死は、選べない。


「……………………」


 再び、沈黙が落ちた。レイヴは無表情に戻ってしまい、
(言い方……悪かったかな……?)
 クレアは気落ちしながら、のろのろと後をついていく。そうやって、五分ばかり歩いただろうか。

「…………クレア」
 レイヴは足を止め、こちらを見ないまま口を開いた。
「は、はいっ」
「死んだ人間は……君たちの世界である、天へ……逝くのか?」
 唐突な質問に、クレアは少し戸惑う。
「え……いえ。地上には、そういったおとぎ話もあるようですが……天界で暮らすわけではありません」
 どこまで話したものかと迷ったが、結局、知っている全てを伝えることにした。
「天の中心に、死者が導かれる空があって。大天使様の 『力』 で浄化された魂は、生前の記憶や能力を失い、やがて……また新しい生の息吹に呼応して、いずれかの地上へ還りゆく。そうして生まれた 『命』 は、魂の原型は同じであっても、また別の存在……別の人格として生きていきます……」


 エミリア宮の統括者、大天使レミエルは、もうひとつ重大な責務を負っている。
 それは、プレア大聖堂の管理。死者の魂を清め、転生の時の訪れを見守ることだ。
 大聖堂には、四大天使すら無闇に立ち入らない。一介の下級天使に過ぎないクレアは、もちろん足を踏み入れた経験などない。ただ――昔、兄から話を聞いたことがあった。
 
 かつて、ラスエルに協力してくれていた人間が戦闘で重傷を負い、回復魔法も間に合わず、命を落とした。
 悲嘆に暮れる彼に、大天使ガブリエルは、勇者が死んでもレミエルに “力” を借りれば復活させられると告げた。
 ラスエルは、すぐさまプレア大聖堂を訪れ……聞かされたんだそうだ。
 復活とは、魔族と戦うにあたって貴重な協力者である彼らに、大天使の霊力を以って、仮初の命を与えるということ。守護天使の任務が終わり、彼らが勇者でなくなれば、再びあるべき死を迎えることになるのだと。
 死に再生はない――取り返しがつかないことなのだ。
 それではあまりに身勝手すぎると、うなだれた兄に、大天使レミエルは悲しげに微笑んで、勇者の魂と話をさせてくれた。
 天使の勇者となったが故に、命を落とした男性は、
『最後まで付き合ってやれなくて、悪りぃな、ラスエル……おまえは、意地でも死ぬんじゃねーぞ』
 最後に、そう言って笑ったそうだ。
 クレアが、医者になりたいと。大天使レミエルの元で働きたいと思ったのは、この話を聞いたとき。


「…………そうか」

 ぽつりとレイヴは呟いて、また黙り込んでしまった。
 いくらか気まずさの和らいだ空間を、クレアは、もたもたと彼についていく。

「……あれだ」
 しばらく歩くと、道の脇に馬車が一台だけ停まっていた。他には、ひとつも見当たらない。送迎の車は、皆いったん帰ってしまっていて、まだ迎えに来るような時刻ではないんだろう。
 ここで馬車を待たせていたということは、彼は最初から、夜会に長居するつもりがなかったらしい。
「人影はないな……これなら問題ないだろう。貸してくれ」
「はい」
 クレアは、荷物を袋ごとレイヴに渡した。実体を宿したそれは、かなりの重量であるはずだが、勇者は軽々と担ぎ上げ、いったん背を向けかけて、思い直したように天使に向き直った。
「少し、考えてみよう。君が言ったことは……」
 どこか遠い目をしたあと、レイヴは苦笑した。
「助けられた相手に、礼すら言えんというのは――確かに、な」
「……はい。ありがとうございます」
 伝わったのだろうか? 自分たちは少しでも、なにかを変えられるだろうか――
「お休みなさい、レイヴ」
「ああ……」
 勇者は短く頷いて、馬車の方へ歩いていく。
 彼に気づいた栗毛の馬が、ぶるるるっと鼻を鳴らした。それで目が覚めたらしく、御者の男性が緩慢に身を起こす。
「おおっ、レイヴ様。もうお帰りで?」
「ああ。寝ていたところを、すまんな。今日はもう帰る……出してくれ」


 しばらくして、ガラガラと動きだした馬車を見送り、シャリオバルト城へ向かった。
 ……ティセナはもう、待ち合わせ場所にいるだろうか?


 どこか懐かしい色をした、金の月が浮かぶ夜空を飛びながら、クレアは、なんとなく……胸元のペンダントに触れていた。まだ幼い頃、兄がくれた、深い藍青色の石に。



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プレア大聖堂での復活。勇者を戦闘で死亡させた記憶がなく、レミエル様を訪問したこともほとんどなし。物語として考えたときに、死んでも生き返るというのは嫌ですね。『純白』で、その辺のシステムが変わったのは嬉しかったです。一転して、レミエル様のところにも通い詰め(笑)