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◆ 森の迷い子、尋ね人(1)


「――ちょっと待て、クレア。泣き声がする」
 鬱蒼とした草木を掻き分け歩いていたオレは、地図を片手にひよひよと先を飛びながら、道を調べている天使を呼び止めた。
「なきごえ……小鳥ですか?」
 クレアはきょとんと振り返る。まあ、確かに鳥の大合唱は頭上から響いているが、
「いや。たぶんガキだな」
「こんな森の中に、泣いている子供が?」
「ああ、こっからそう遠くねぇ」
 盗賊家業に足を突っ込んで十年以上。ほんの小さな物音でも聞き逃せば、命取りになる生活だ。耳には自信があった。
「行ってみましょう、グリフィン」
 天使は、有無を言わせない口調でオレを急かした。


 声がする方角へしばらく進むと、やがて予想通りものが見つかった。


「あれは……」
「やっぱり、な」
 5歳か6歳くらいの子供だった。小川の淵にへたり込んで、すすり泣いている。
 オレたちが近づく足音に、びくっと顔を上げたそいつは、また怯えたように後退った。まあ、装飾品をジャラジャラつけたオレの格好じゃ、人畜無害な一般市民には見えないだろうから仕方ないか。
「おい、ぼうず。どうした? こんなとこで一人で――泣いてねえで、元気出せ」
 傍に屈んで、がしがし頭を撫でてやると、ガキは一応は口を開いた。
「ぐすっ……あそ、遊んでたら道に……迷っ……ちゃった」
 いくらか安心したのか、それともオレが怖いのか、
「うぇえええええええん!!」
「……迷子かよ。しょうがねぇなぁ……帰りたいんなら、連れてってやっから。なんてトコから来たんだ?」
 盛大に泣きだしたガキに辟易しつつも、訊くべきことを問い質すが、
「ひっく……わかんない」
「……じゃあ、どっちの方から来た?」
「わかんないよぅ……う……」
 返ってきた答えは、まったく参考にならない。そうこうしているうちに、
「うわあぁああああああぁあああん!!」
「ああ、おい、泣くなって!」
 ガキは火がついたように泣きだした。宥めようとしても焼け石に水っつーか、火に油――? 昔はよく、泣き虫だった妹の面倒を見ていたが、十四年も経っちまえば子供の扱い方なんざ忘れている。

(あー、駄目だこりゃ)

「頼む。どーにかしてくんねぇか、こいつ……どうにも泣き止んでくれねぇ」
 早々に匙を投げ、後ろの天使に耳打ちする。
「おまえなら、なんとかなるんじゃねぇか? 天使だし――なぁ、姿現して、こいつの機嫌とってくれねーか」
 オレの悪戦苦闘ぶりを、なにやら楽しげに眺めていたクレアは、
「そうですね。天使の姿で、というわけにはいきませんけど……お話してみましょうか」
 くすくす笑いながら頷き、手近な木陰へ飛んでいった。
 数秒後、白い光が空間を覆う。天使が 『実体化』 するときに起きる現象だ。理屈は不明だが、この光もオレたち 『資質者』 以外には見えないものらしい。そうして出てきたクレアには翼がなく、どこから見ても人間の若い女だ。
「ねぇ、ぼうや……泣かないで」
 クレアは子供に寄り添い、そっと髪を撫でた。
「ふぇ…………お姉ちゃん、だぁれ?」
 オレ相手とは、明らかに反応が違った。あくまで子供の感性の範囲で、だが、ちゃっかり天使の容貌に見惚れているようだ。
「お姉ちゃんはね、クレアって言うの。ぼうやの名前、教えてくれるかな」
「ぐす……ピート……」
「ピート君ね。お友達と遊んでいたの?」
 問い掛けられ、ピートと名乗ったガキは小さく頷いた。
「うん。でも、隠れんぼしてたら、はぐれちゃった……」
「そう。じゃあ、お姉ちゃんたちと一緒に、お家に帰ろうか」
 穏やかに笑いかけたクレアに、おずおずと訊き返してくる。
「僕……ママのところに帰れる?」
「もちろんよ。だから、お姉ちゃんが知りたいこと、教えてくれる?」
「……うん」
 クレアは容易く子供を泣き止ませ、ピートが遊びに出かけたのは昼食後で、住んでいる村の周辺に大きな川があることを聞き出した。
「ガキの足で二時間程度で、川沿い――ティアズの村か」
「間違いなさそうですね……それじゃあ、行きましょうか。この子も、もう落ち着いたみたいです」
 まだ少し心細げにしているものの、涙は引っ込んだようで、ピートはクレアの腕にしがみついている。
「――ったく、こんなことなら最初から、あんたに頼んどけばよかったぜ」
 事態が収拾したところで妙に気恥ずかしくなり、オレは、ガリガリ頭を掻いた。

×××××


 森を抜けると、すでに陽は沈みかけていた。

 眼下に広がる農村風景。
 柵で囲まれた牧草地に、羊や牛が寝そべり草を食んでいる。蛇行した川の向こうが、ティアズの集落になっているはずだ。
「あ……」
 道中で、もう歩けないとダダをこね、オレに背負われていたピートが勢いよく身を乗り出した。
「どうした?」
「ここ、家の近くだ!」
 パッと顔を輝かせ、高さも考えず飛び降りようとする。首根っこを掴んで地面に降ろしてやると、ピートは止める間もなく、転がるように走りだした。
「あ、おい! 疲れて動けないんじゃなかったのかよ……」
 現金なものだ。クレアも、横で苦笑している。
「お姉ちゃん、お兄ちゃん、早く――!!」
 ピートは橋の手前で立ち止まり、満面の笑顔で手を振ってきた。
「別にオレたちは行かなくていいだろうが……」
 ここまで来れば、もう迷うことはないだろう。用も済んだし、とっととニーセンに戻るぞ、と言いかけた瞬間、
「あっ!?」
 再び走り出したピートが、ものの見事にすっ転んだ。べちっ、と小さな身体が橋板に倒れ伏す。
「うっ、う――わああぁあああああああん!!」
 次いで響いた、耳をつんざく喚き声。
「グリフィン。やっぱり……家まで送って行きませんか? 足を滑らせて、川に流されでもしたら大変です……」
 ピートに駆け寄っていった天使は、泣きじゃくる相手をあやしつつ、ポーチから消毒液やらなにやらを取り出し始めた。
「……だな」
 オレは嘆息して、クレアの後を追った。

「あ、ピート?」
「ピートだっ!」
 村に入ると、同世代の子供が目敏くピートを見つけ、わらわらと集まってきた。
「シュウ、メルちゃん!!」
 ピートは嬉しそうに駆け出していき、頭を小突かれたりしている。
「ピートだって?」
「おお、見つかったのか!」
 すぐに大人たちも集まってきた。おそらく、ピートがいなくなったことを知り、総出で探し回っていたんだろう。
 年嵩の男に事情を訊かれ、森で見つけた経緯を説明していたところに、
「ピート!?」
 ひときわ大きな声がした。人垣から、三十代半ばの女が飛び出してきた。
「あ、ママ!!」
 ピートは弾かれたように、その胸に飛び込んでいく。
「大丈夫? 怪我はない!? いったい、どこにいたの。最近、怖い事件が多いし……ママ、本当に心配したのよ!」
「うぇえええん……ごめんなさい、ママ……」
 ピートは、またも泣きだした。母親は涙目で、息子を抱きしめた。
「いいわ、無事に帰ってきてくれたんだもの。お帰り、ピート……」
 クレアも、村の連中も、そんな二人を笑顔で見つめている。

(…………)

 既視感があった。
 この二人を、以前もどこかで見たような気がした。

(いや……違う。この親子のことじゃねぇ……)

 迷子になっていた、小さな子供。ようやく見つけた我が子を抱きしめ、喜ぶ母親を。
 こんなふうに眺めていたのは――



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実体化できるんだから、わざわざ正体バラさなくてもいいんじゃないか? と首をひねった、このシーン。イベントとしては大好きです♪