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◆ 魔樹ボルンガ反乱(2)


 みんなの手当てや、被災した街の様子を見に飛び回ってる間に、空は茜色に変わり始めていた。
「う゛〜……?」
 ごそごそ寝返りを打ったボルンガの枝が、隣に転がってるボルンガの幹に、べしっと乗っかって。
 それっきり、また静けさが戻ってくる。
 浄化魔法で洗脳を解かれてから、もう一時間近く経つけど、みんな揃って気絶したままだなぁ――と心配してたら。

「……重たいワイ!!」

 急にむくっと起きたボルンガが、仲間の腕 (?) を押し退けて。ぐるんと辺りを眺めながら幹を傾けた。
「ヌ? なんでワシはこんなところで寝とったんじゃ?」
「ボルンガ! 良かった、正気に戻ったんだな!?」
 リュドラルさんは目を輝かせて、そのゴツい生物に抱きついた。微笑ましい――というには、ちょっとビミョーな組み合わせである。
「ンン? なにやっとんじゃい、リュドラル。暑苦しいのう」
「……ボルンガさん?」
 ますます斜めに傾いている巨木に、クレア様が話しかけた。
「前に、この森でお会いしたボルンガさんですよね? 私のこと……覚えていらっしゃいます?」
「ヲヲッ? 天使様ではないか! 覚えておるとも、おるとも。相変わらず別嬪さんじゃの〜」
 彼女に向き直って、ふぉふぉふぉと機嫌よく肯いたと思ったら、
「そ、そうじゃ! ワシらは――」
 ぐぁばっと洞を開いたボルンガは、どどどっと砂煙をたてて走りだした。反動でリュドラルさんが 「のわっ?」 とスッ転ぶ。
(てゆーか、なにアレ! 口!? 外見は木なのに喋ってるし!)
「くぉりゃー起きんか、おまえたち! のんきに寝とる場合かぁー!?」
 根っこをうねらせながら、ぐうぐう寝ている仲間をゲシゲシと蹴り飛ばした。
「む〜……なんだよ爺ちゃん、眠いよぉ」
「むにゅにゅう……」
 だけど他には誰も、まだ一向に目を覚ます気配がない。
「あ、まだ寝かせておいてあげてください。あなたは長い月日を生きて、しっかりした自我をお持ちだから、短時間で目覚められましたけど――本当は、まだ休んでいた方がいいんです」
「イヤ、そういう訳にはいかんよ。ワシらは、とんでもないことをやらかしてしもうた……天使様の手まで、煩わせてしもうたようじゃな」
 がっくり枝を落としたボルンガに、
「覚えているんですか?」
「ああ、悪い夢に思えたが――現実なんじゃろう?」
「あなたたちの所為じゃない。ただ……覚えているなら、教えてくれませんか。事の元凶を」
 ティセナ様が訊ねた。確かに隠しても、襲われた集落の近くを通れば判ってしまうことだし、なにより――この騒動を引き起こした犯人をどうにかしなきゃ、きっと似たような事件が続いてしまう。

「……ワシらの住んどった森に、ドラゴンが来たんじゃ」

 ボルンガは、沈んだ口調で話し始めた。
「いきなり現れて、人間を皆殺しにするから協力しろと、のたまいおった。ワシらは当然、断ったワイ。そうしたら奴が黒い煙を吐いての。その霧を吸うたとたん、頭が朦朧として物もよう考えられんようになって―― 『殺せ、殺せ』 と囁く声だけが脳ミソの中をグルグル回っとった――」
「竜族が!?」
 リュドラルさんは絶句した。そうして、ぎりっと奥歯を噛み締めて、
「すまない、ボルンガ。酷い目に遭わせちまって……落とし前は、俺が必ずつけさせるよ。だから教えてくれ……どんな奴だった、そいつは?」
「腹に黒い痣のある、まだ若い黄金のドラゴンじゃったよ。しかしな――おまえには、なんの非もないじゃろう、リュドラル。そんな顔をするでない」
 宥められたリュドラルさんは、ぶんぶんと頭を振って呻いた。
「マキュラだ……」
「まきゅら?」
「……心当たりが?」
 怪訝そうな天使様たちに、彼は肯いて返した。
「昔から、竜族の長の座を狙っている奴です。そういえば最近、谷で姿を見かけなかったな――人間嫌いのあいつなら、他のモンスターを煽るのも解る」
 説明の途中で眉間にしわを寄せて、
「けど、馬鹿力だけが取り得のマキュラに、なんでボルンガたちを操るような真似が……?」
 自問して、そのまま考え込んでしまった。

 答えは、たぶんティセナ様の推測どおりなんだろう。まともな地上界の生物に、黒魔術なんて使えっこない。
 問題のドラゴンが 『傀儡の邪法』 でボルンガ族を操ってたなら、それは悪魔の手先として動いてるということだ。

「そのマキュラという、竜の居場所は?」
「いや、ちょっと今は――見当もつかないです。すみません」
 リュドラルさんは、心底申し訳なさそうに答えた。
「なら……あなたたちは、しばらく人里から離れた場所に身を隠したほうがいい」
 ティセナ様は、まだ熟睡中のボルンガ族を一瞥した。
「またマキュラに見つかれば、同じことになりかねない。それに、たいした被害は出なかったにしろ、被害を受けた人間に事情を打ち明けたところで納得してはくれないでしょう」
「そうじゃな。お嬢ちゃんの言うとおりじゃ――」
「だ、だったら、みんなでラルースに来ないか?」
 すっかり萎れているボルンガに、リュドラルさんが提案する。
「谷に降りてしまえば、人間と顔を合わせる心配も無い。なによりマキュラは、もう谷に戻れやしない。こんな酷い事件を起こしておいて、のこのこ顔を出したらどうなるかくらい解ってるだろうからな。そこいらの森や島に隠れておくより、ずっと安全だと思う」
「そうじゃノウ……しかし、一族そろって押しかけては迷惑じゃろ」
「そんなことないささ! 元々、竜族の不始末が原因なんだ」
 一生懸命、熱心に、それこそ誠心誠意って感じで。
「マキュラは俺が探して締め上げて、きっちり償わせてみせる。だからボルンガたちは、谷でのんびり日向ぼっこでもしながら待っててくれよ」
「……すまんの」
 説得されたボルンガは、いよいよしょぼくれてしまった。
「ワシら、なんの役にも立てんどころか……面倒かけただけじゃのう」
「い、いや俺が言いたいのはそういうことじゃなくてさ――」
 リュドラルさんは、おろおろと困っている。本人に悪気はないんだろうけど。
(あー、うんうん。ひどい失敗したときにあんまり励まされると、逆に落ち込んじゃうんだよねぇ……)
 私が、実体験に基づく親近感を抱いていると、
「被害地区の人たち……確かに怪我はしていましたけど、どれもこれも二、三日で治るような軽傷でした」
 静かにかぶりを振って、クレア様が言った。
「そのドラゴンは 『殺せ』 と言ったのでしょう? でも、そうはならなかった。みなさんが黒い霧に必死で逆らったからでしょう」
「……自信ないノウ。脳ミソぐらぐらしとったし、たまたまじゃないかの……」
 なんだかいじけてしまっていたボルンガは、
「それじゃあ、無意識になんですね。尚更すごいです」
「…………」
 笑顔を向ける天使様に、面食らったように洞をしぱしぱさせた。
「……それに」
 そこへ、ティセナ様が重ねて言う。
「あなたが覚えていたから、手掛かりを得られた。これで黒幕を追える」
「ただ、異変に関する情報は――いくらあっても足りなくて」
 クレア様は、ボルンガの枝に手を添えた。そうして、リュドラルさんとボルンガを交互に見つめた。
「今回のことも含めて、ここ数十年に起きた事件の概要を知りたいんです。また近いうちに、みなさんのお話を伺いに行っても構いませんか?」
「も、勿論じゃとも! 一族全員で協力するゾイ!!」
「俺もです!」
「良かった、よろしくお願いしますね」
 少し気まずかった空気は、いつの間にか晴れていて。
 それから、リュドラルさんは気絶から覚めたボルンガ族を連れてデュミナス帝国へ向かい、天使様たちは被災地の救援活動に戻っていった。




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ボルンガ族って、性別あるのかな? 
ゲームに登場したのは、おじいちゃんと小さな男の子だけでしたが……。謎だ。