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◆ 兇賊狩りのエクリーヤ


 タンブール市街の中心地、交易ギルド本部事務所。
「――ですので、間違いなく賞金首の魔将ゼビア、並びにその郎党たちであると確認が取れました。こちらが報奨金の五万ダルクです。お納めください」
 フィアナが提出した書類に、ぽんと印鑑を押した受付嬢が、茶封筒を差し出した。
「ん、ありがと」
 受け取った封筒を、うぎゅーっと大事そうに抱きしめ、
「くぅ〜っ、やっぱ五万の重みは違うわね!」
 勇者は満面笑顔、今にも躍りだしそうな足取りで駆け戻ってきた。
「お待たせっ♪ 手続き終わったよー。さっ、行こ行こ!」
「は、はい」
 女子供すら容赦なく手にかけるという、悪名高い盗賊団の捕縛を依頼したのは、一昨日のこと。
 たまたま彼らはギルドの指名手配犯でもあって、フィアナは大張り切りで現場へ向かい、小馬鹿にした態度で襲い掛かってきたゼビアたちを、見事に返り討ちにしてくれた。
「♪ 〜♪♪ 〜♪〜」
 そうして今日、彼らの身柄を、ギルドへ引き渡して来たのだが、

(おい、聞いたか? あいつ、とうとう五万の賞金首を捕ったんだと!)
(どういう腕と情報網してんだ……本当に女か? あの胸、実は偽モンじゃねーのか?)
(そんで、あっちの姉ちゃんだろ? “兇賊狩り” の相棒って――ヒトは見かけじゃ判らんもんだな)

 居合わせた男たちがこそこそ囁きあう声や視線は、天使の感覚には筒抜けだった。
 ちなみに “兇賊狩り” とは、危険な賞金首を追い続けるうち、いつしか付けられたフィアナの綽名らしい。普段の彼女なら、聞き咎めてギロッと睨み返していただろうが、
「……ご機嫌ですね、フィアナ」
 今日は、そんな周りの噂話も、まったく耳に入っていないようで、
「そりゃそうさ。嫌な奴らをぶちのめして、たっぷり賞金が入ってもう言うことなし! あー、いっつもこんなだと楽でいいんだけどなっ♪」
 終始にこにこしていたところに。
 正面玄関の扉がキィッと開き、黒髪の剣士が姿を現した。

「ん? なんか今日は騒がしいな――」
「げっ、ロイ!」

 彼に気づいたとたん渋い顔になって、飛び退くように身構える勇者。
「ああ、なんだ。おまえが原因か」
 フィアナも女性にしては長身な方だが、ロイと呼ばれた男性は、彼女より頭ひとつぶん背が高かった。
「今度は何をやらかした? また酒場で乱闘か。逆恨みした商人が、ギルドに泣きつきでもしたか」
「ふんっ。あんたらがのろくたやってた間に、五万ダルクの賞金首をとっ捕まえて、ギルドに突き出してきたんだよ!」
 自然、フィアナは彼を見上げる格好になるため、威張ってみせてもいまいち迫力が出ていない。
「なんか胸だけじゃなくて、態度までデカくなってきたな。おまえ……」
「んなっ!?」
 フィアナは瞬時に耳まで赤くなり、ばっと両腕で胸を隠した。
「ど、どどど、どこ見てんのよっ? この変態!」
「だったら、どーにかしろよ。その服を。剣が無けりゃ、自意識過剰な色ボケ姉ちゃんにしか見えねーぞ」
 呆れ顔で肩を竦める人物を前にして。ひくひく――と、こめかみに青筋を浮かばせた勇者は、
「ぬ゛ぁんですって、ぇええええ!?」
 うがーっと意味不明な奇声を発し、相手に斬りかかった。
「フィ、フィアナ、ちょっと落ち着いてください! こんなところで剣を抜いたら、危ないですってば」
 クレアは必死で押し留めた。運動神経は鈍くても腕力は人並みと自負していたのに、それでもズルズル引きずられてしまう。
「はーなーせ! 幹竹割りに真っ二つにしちゃるー!!」
「ダメですーっ!」
「ああ、もしかして君がクレアさん?」
 じたばたと “ファルシオン” を振り回して暴れ続ける、彼女の剣幕に動じた様子もなく、
「初めまして。俺はロイ・ヴァンディーク。こいつと同業で、賞金稼ぎをやってる」
 名乗った男は、くいっと親指でフィアナ指した。勇者を羽交い絞めにしたまま、クレアもどうにか自己紹介を返す。
「あ、はい。初めまして。クレア・ユールティーズと申します。医学生です」
「……噂どおりな感じだな」
 ヴァンディークは、興味深げにしている。
「 “兇賊狩り” の相棒だって聞いたけど――大変だろ? こんな暴力女を面倒見るの」
「そんなことないですよ。フィアナは優しい人です。それに、仕事を手伝っていただいているの、私の方なんですよ」
「ふぅん……」
 クレアたちを交互に見やり、彼は小さく笑った。精悍な顔立ちが、途端に人好きのする印象に変わる。
「ま、このじゃじゃ馬には、君みたいなタイプが合うのかもな」
「だぁーれが、手に負えない暴れ馬かー! くぬっ、くぬっ!!」
「誰もそこまで言ってねえよ」
 呆れたように突っ込んだヴァンディークは、すれ違いざま、素早くクレアに耳打ちした。
「ほどほどのところで、上手く抑えてやってくれよな。暴走した挙句に、息切れしてぶっ倒れかねないからさ、この女」
「え? ええ」
 奇妙な既視感。
 それが、初対面のとき、フィアナの体調を訊ねたシスターの態度に酷使していたんだと――ようやく思い至ったときには、
「じゃあな」
 ヴァンディークは片手をひらつかせ、受付の方へ歩いて行ってしまっていた。
「待ちやがれ、こらあ! 勝負しろー!!」
 彼の背中へ向け、フィアナは罵詈雑言を浴びせかけている。
「ほらほら、フィアナ。もう出ましょう。教会に遊びに行くんでしたよね。ね?」
 もう少し、ヴァンディークと話したい気がしたが。
 周りから突き刺さってくる好奇の眼が、かなり恥ずかしかったので、クレアは全力で彼女を外へ押しやった。


「……ったく、あの野郎! 今度会ったら、ぎったんぎったんにしてやる!!」


 ひとしきりギルドの玄関口で暴れて、ようやく歩き始めても、フィアナはまだ不満たらたらの様子だった。
「ヴァンディークさんは、お知り合いなんですか? 昔からの」
 機嫌を直してもらうには、話題を変えるのが一番だろうが、それよりも今は好奇心が勝っていた。
 シスターや教会の子供たち以外と、あんなふうに親しげに (ケンカ腰ではあるにせよ) している姿を見たのは初めてだった。なんとなく、リオとエミィの口喧嘩を思い出す。ケンカするほど仲がいい――なんて言ったら、彼女はまた怒りだすかもしれないけれど。
「え? まあ、あたしが賞金稼ぎになった頃から、ギルドで顔合わせてたから。知り合いといやそうだけど……」
 当時を回想するように、視線を宙に彷徨わせながら。
 すたすたと先を歩いていたフィアナの動きが、急につんのめるように停止して、
「――うぐっ!」
 小さく呻いた彼女は、胸元を鷲づかみに押さえた。
「フィ、フィアナ?」
「うっ……ん……ぐ……ゲホッ!!」
 様子がおかしい。
 あわてて覗き込んだ横顔は、白蝋めいて真っ青、びっしりと脂汗さえ浮かんでいる。
 片手で胸を、もう一方の手で口元を押さえ――崩れ落ちるように路上にうずくまった勇者は、激しく咳き込みだした。
「ど、どうしたんですか! フィアナ!?」

 なにかの感染症か、それとも先の戦闘で内臓に損傷があったのかと 『診て』 みても、異常は見つからない。間違いなく身体的には万全で、実際さっきまで体力が有り余っているような状態だったのに、
(なのに、どうして……!?)
 自分の知識が及ばない、インフォス特有の病だろうか? 症状的には喘息――それも、重度の発作に近いと思われた。
 ただ手を拱いているよりはと、抱き起こして起坐呼吸の姿勢をとらせ、道行く人々には気づかれないよう、一帯の、空気の浄化を試みる。気管支系の病なら、砂埃舞う街の環境が原因である可能性が高い。

「う……ゴホ、ゴホゴホッ……!」

 フィアナは、蒼白を通り越して土気色の顔で、ぜいぜいと喘いでいる。ほとんど、呼吸困難に近い状態だった。
 大多数の通行人は、不審げに一瞥してそのまま通り過ぎていく。数名、遠巻きにクレアたちを眺めながら、
「なに、急病人?」
「おい、リトリーヴ医師呼んで来てやったほうが良くねーか」
 ざわざわと囁き合っている者たちもいた。

 医師と聞こえた――近くに、病院があるんだろうか? 応急処置、魔法。どちらも効果らしきものは見られず、自力では対処できそうにない。とにかく誰かに道を訊こうと立ち上がりかけたとき、

「……っ……はあ、はあっ……」

 身じろいだ勇者が、クレアのローブの裾をギュッと掴んだ。
「動かないで! じっとしていてください、フィアナ。すぐに、お医者さんを呼んで――」
「なんでも、ないのよ……ごめん。ちょっと咳が……出ただけ、だから」
「なに言ってるんですか!? これが、ちょっととかいう――」
 思わず声を荒げてしまい、はっとして続きを飲み込む。大声すら、今の彼女には障るかもしれない。
「ごめんなさい……私が、無理ばかりさせていたから」
 ようやく解った。
 ヴァンディークやシスターは、きっと何度も、この発作を目にしていたのだ。フィアナは、どこか身体を悪くしていて――普段は元気そうに見えても、疲労が重なると病状が再発してしまう。そういうことなのではないか?
「違う。平気……だってば……」
 かぶりを振る動作も、ひどく緩慢で弱々しい。
「昔から、ときどき……こうなっちゃうのよ。体質みたいな、もの……少し……休めば、治るわ……」
 彼女は建物の壁に凭れて、大きく肩で息を吐いた。
「――体質って」
 (時の淀みを抜きにして考えれば) 丸二年間、健康そのものだった人が。いきなり呼吸困難に陥るような発作を起こす体質など、聞いたことがない。なにか、れっきとした理由があるはずだ。
「とにかく病院に行きましょう。回復魔法が、効かないみたいなんです。ちゃんとした、人間のお医者様に診てもらわないと」
 ひどく荒かった呼吸は、次第に穏やかになってきている。このまま、いったん治まれば、短い距離なら移動しても大丈夫だろう。
「行っても……無駄よ、お金の」
 しかしフィアナは頑なで。こんなときですら、お金の、というところだけ妙に語気が強い。彼女らしくて安心するような、閉口するような。
「何度も、診てもらったんだから……エレンに、あちこち連れてかれて」
 それもそうだ。
 知っていれば、シスターなら必ず、治療させようとあらゆる手を尽くしたはず。
「……でも、病気じゃないって。医学的には、なんの……異常もないって、さ……」

 異常なし?
 この世界の医師が診ても、原因は不明?
 あんな苦しそうな咳が十分近く続いていたのに――ただの体質だなんてことが、有り得るだろうか?

「だから、大丈夫……あんたの近くにいたら、なんとなく……楽だし……」
 浅い呼吸を繰り返しつつ、フィアナは、うっすら微笑んでみせた。
「だからさ、エレンには……内緒にして、おいてよ、ね? 余計な心配、かけたく……ないから」
(気持ちは、解らなくもないけど――)
 伏せておくのは気が引けるし、そもそも隠し通せるだろうか? ずっと彼女を育て、その成長を見守ってきたシスターには、黙っていても察知されてしまうのではないか?
 とはいえ、原因も改善方法も分からないのでは、確かに話しても心配をかけるだけだろう。

(とにかく、インフォスの医学書を調べて。当分は、フィアナから目を離さないようにしなきゃ……)

 それからしばらく、その場で安静にしているうち、窺うような通行人の視線もやがて霧散していった。
 小一時間もするとフィアナ自身、まるで、あの酷い発作が嘘だったかのようにケロリとして。教会に着いてからは、狼狽するクレアを適当にあしらい、少年たちに剣の稽古までつけていた。
 シスターに相談しようかと散々迷い、結局は言い出せずに。彼女の発作は、再発することなく月日が流れて。

 約一年後の、夕刻。
 クレアは医学生として、そして天使として。いかに自分が未熟だったかを――最悪な相手から、思い知らされることになる。



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フィアナの同業者 (男) 。出したかったんですよねぇ〜。やっぱりシスターエレンだけじゃ、話が膨らまないわけですよ。天使が女だから、尚更。ちょくちょくストーリーに絡んでもらうつもりです。