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◆ アシハナ(2)


「……すまなかったな、今日は」
「え?」
「君は静養のためにここにいるというのに、余計な話をして」
 まだ少し頬を上気させたまま、客室のベッドの上で、半身だけ起こして枕にもたれ、
「そんなことないですよ」
 レジーナが入れたアイスティーを、美味しそうに飲んでいたクレアは、グラスをサイドテーブルに戻すと、軽くかぶりを振った。
「ディアンさんの話自体には、少し、気が滅入りましたけど――嬉しかったです」
「嬉しい?」
 一瞬、聞き違いかとも考えた。あの話に、喜ばれるような要素は欠片も無かったはずだ。
「ええ。シーヴァスが、ちゃんと真面目に物事を考えてくれているんだって、わかりましたから」
 予想外の返答だった。
 彼女は、心底嬉しそうに微笑んでいて、嫌味や皮肉で言っているわけではないのは確かなのだが。
「……どういう意味だ? それでは、まるで私がいつも、いい加減な振る舞いばかりしているようだな」
「あ、いえ。すみません! そういうわけじゃないんですけど……」
 顔をしかめてみせると、クレアは慌てて首を振り、しばらく考え込んでから、言った。
「シーヴァスは……あまり、気持ちを表情に出さないでしょう? それに今まで、こういう話をする機会もありませんでしたから。私たちの依頼で、勇者として行動することをどう捉えているのか……煩わしく感じているんじゃないかって。少し、心配だったんです」
 つくづく、細かいことに気を回す天使である。
「それこそ、余計な気遣いだな」
「良かったです」
 呆れ混じりに言ってやると、彼女はくすくすと笑っていたが、ふと眉をひそめた。
「でも、その取引未遂は、三ヶ月近く前のことなのでしょう? もっと早く教えていただきたかったくらいです――どうして、そのとき呼び出してくれなかったんですか?」
「……呼んだぞ」
 これは、さすがに癇に障った。おそらく妖精が知らせていないだけで、クレアに悪気はないのだろうが、意図せず語気が荒くなる。
「石は手元に無かったから、その翌日、すぐにな。事件が立て続いているとかで、ローザに門前払いを食わされたが」
「ど、毒薬の取引だったのにですかっ!?」
 天使は青褪め、うろたえて叫んだ。
「あ、ああ。それは――違うか。話したいことがある、としか言わなかったな」
 頭を掻きつつ答えると、クレアは一転、真っ赤になって喚いた。
「なんで詳しく言わないんですかっ、肝心なことを!」
「いや……事件性があるもしれない、という程度の話だ。現に起きている事件の解決が、先だろうと思ってな」
 しかし指摘されてみれば、その通りである。
 ローザはこちらの事情など知らない。あやふやに言葉を濁せば、たいした用ではないと解釈されても仕方がないだろう。
「……私たちも、このところ、ばたばたしていて……悪かったですけど」
 歯切れ悪く弁解するシーヴァスを見つめ、天使は困り顔で言った。
「そういうことは、話してください。妖精たちの探索能力は優れていますが、それでも、この世界で起きる事件の全てを察知できるわけじゃないんです」
「そうだな。ティセナにも、同じことを言われたよ」
「ティセ、ですか?」
「ああ。経緯を話して、エスパルダ政府の内情と、シエラたちの身元について調査を頼んだ。出来れば君には、ここにいる間だけでも伏せておきたかったんだが――ティセナは、薬品の類については専門外だと言うし、どういう代物か判らなければ捨てることも出来ないからな」
 そこまで説明したところで、クレアが表情を翳らせて黙り込んでいることに気づき、一抹の不安に駆られた。
「クレア。あの毒薬……捨てたのはいいんだが、燃やして問題ないんだろうな?」
 声を掛けると、彼女は 「え?」 と顔を上げ、
「ええ。強い毒性があるとはいえ、元は植物ですから。焼けば土に還るだけです」
 至極あっさりと肯いた。
 ひとつ、肩の荷が下りた気分だった。そこに、また別の疑問が浮かぶ。

「しかし、各地で同時期に事件が重なれば、多忙なのは理解できるが――ほんの十数分も顔を出せないほど忙しかったのか? こうして君と過ごすのは、半年――ティセナと顔を合わるのに至っては、ほとんど一年ぶりだぞ。他の連中も、そうなのか?」
「いいえ。シーヴァス以外の勇者とは、それぞれ半月は任務で同行していましたし……夜なら比較的ゆとりがありましたから、グリフィンやナーサディアには会いに行っていました」
 口振りからするに、どうやら、放置されていたのは自分だけらしい。面識ある男の名に、ますます神経が逆撫でされる。
「それで、どうして私のところには来ないんだ」
「え?」
「時間はあったんだろう? 夜なら」
「ええ、そうですけど――昼間じゃないと、伺えないじゃないですか」
「なんなんだ、それは」
「なに、って……迷惑なんでしょう?」
 戸惑い気味に、彼女は小首をかしげたが、言わんとするところが掴めない。
「はぁ? なにがだ」
 それはまあ一般的に、わざわざ夜中を選んで他人の家を訪れはしないだろう。だが用があり、またある程度、親しい相手なら話は別のはずだ。
「だから! 夜中に行くと、怒るじゃないですか。シーヴァスは」
「…………誰か、そんなことを言ったか?」
 わけが分からず訊ねると、彼女はじれったげに、一言ずつ区切るように、生真面目そのものの調子で主張した。
「以前、私が夜の――十時か、そのくらいに訪問したら、非常識だとか、自分に恨みでもあるのかとか、用事なら明日にしてくれとか散々に言って、問答無用で追い返したじゃないですか!」
「いつの話だ?」
 彼女が訪れるのは常に朝から夕方にかけてで、これまで任務中以外に、日が暮れてから顔を合わせた覚えはない。
「まだ、あなたと会ったばかりの頃です!」
 言われて、当時の記憶を順に掘り起こしていき、
「…………ああ!」
「ああ、って……」
「そうか、そんなこともあったな」
 ようやく思い出したはいいが、気の抜けたシーヴァスの呟きを耳にして、とうとう天使は怒りだしてしまった。
「な、なんですか、その言い方!? 人が、あの後どれだけ落ち込んだと……!」
 掴み掛からんばかりの剣幕である。
「い、いや。だが、あれは君が――」
「私が、なんですかっ!」

 ……来客中の寝室に、最悪のタイミングで現れようとしたのが悪い。

 あのとき。天使が近づいてくる気配に気づいて、ひとりベランダに出て待ち構え、適当に理由をつけて強引に追い返したため、あまり面倒な展開にはならなかったが――シーヴァスとて、相手の女性に訝しがられ、ごまかすのに苦労したのである。
 それ以来、クレアが夜に訪れることはなかったため、すっかり忘れていた。
 しかし彼女は、律儀に夜間の訪問を避けていたとなると、よほどシーヴァスの邪険な態度が堪えたのだろう。
 それでも、あの状況では、ああするのが最善の策だったはずだ。彼女に言葉で説明して、なにがどう差し支えがあるのか理解させられたとは思えないし……というか、今でも不可能だろう。

「あ、あのときは、少し……気分が悪かっただけで、だな……」
 正確には、気分を害したという方が正しいが。シーヴァスとしては、あらゆる意味で、あまり蒸し返したくない話題である。憤慨する彼女をベッドに押しとどめながら、
「だから、とにかく今後は、時間は気にせず来てもらって構わない」
「……いいんですか?」
 当たり障りのない語句を用い、話を結論に持っていくと、まだ腑に落ちない様子で天使は首をひねった。
「ああ。まあ、熟睡しているところを叩き起こされても困るがな」
「そんな滅茶苦茶なこと、しませんよ」
 苦笑した彼女は、ふと思い出したように訊いてきた。
「そういえば――どうして、あんな夜中に森にいたんですか? シーヴァス」
 これまた、蒸し返されたくない話題であった。
「しかも、魔族の領域に迷い込むなんて。寒気とか胸騒ぎ、感じませんでした?」
「感じるわけないだろう、そんなもの。ただの人間だぞ、私は」
「それはそうですけど」
 確か、ティセナも似たようなことを言っていたが、
「勘は鋭い方だと思っていたんですけど……疲れていたんですか?」
 二人して、なにを根拠にそう思うのだろう。
「別に疲れては――だいたい、勘と疲れが、どう関係あるんだ?」
「ありますよ。疲労やストレスが溜まっていると、鈍るものなんです。第六感って」
「…………」
 この半年の出来事を思い返しつつ、澄まし顔で解説する彼女を眺めていると、なにか唐突に困らせてやりたい衝動に駆られた。
「なるほど――ならば、私が魔族の罠に嵌ったのは、君の所為だということになるな」
「え?」
「ストレスが溜まっていたとすれば、何ヶ月も連絡なしに、私を放ったらかしにしてくれた、天使様が原因だからな」
 不機嫌を装いながら言い放つと、クレアは見事に真に受けたらしく、
「え……え? わ、私の所為ですか!?」
「ああ。厄介事を相談する相手もなく、苛立ちが募るばかりだったぞ」
「ご、ごめんなさいっ!!」
 うわずった声で、おろおろと首を振りながら、必死に弁明を始めた。
「違うんです! シーヴァスを蔑ろにするつもりなんて、なかったんです! ……で、でも、事件は待ってくれないし、勇者をひとりで事件現場に行かせるわけにはいきませんし、妖精たちは私たちより体力がないので、あまり無理はさせられなくて……!」
 サイドテーブルに頬杖をついたまま、目線を逸らして返事をせずにいると、彼女は終いには、ここ半年間に発生した事件の顛末を事細かに語りだした。ほとんど泣きだしそうな勢いである。
 気づかれぬよう、横目で窺う。これまで何度か目にした、クレアの毅然とした顔は、綺麗だと思う。が――こういうときの表情の方が年相応で、眺めているぶんにも楽しい。
「ふ……」
 彼女は真剣そのものなのだが、話が女勇者がゴブリンに子供扱いされた件に移ると、
「……ははっ! はは……はははは……!」
 渋面を保つだけの忍耐力も限界に達した。突然、腹を抱えて笑いだしたシーヴァスを、
「? ??」
 クレアは途方に暮れたように、眉根を寄せて見つめていたが、やがて、おそるおそる声を掛けてきた。
「あ、の……シーヴァス?」
「冗談だ。私は、それほど軟弱ではない」
 どうにかこうにか、笑い過ぎで乱れていた呼吸を整え、前言を覆すと、
「……は?」
「前日、かなり呑んでいたからな。原因は二日酔いだろう」
「…………!?」
 硬直していた天使の頬に、みるみるうちに朱が差していく。
「な、なんなんですか、あなたは? 真面目に心配した私が、馬鹿みたいじゃないですか!」
 抗議の声は、ほとんど悲鳴に近かった。
「半年以上も音沙汰なしに、放置していたのは事実だろう? 苛立ちを感じていたのも本当なんだがな」
 彼女は肌が白いから、赤面すると目立つな――この場合どうでもいいことに感心しつつ、意地悪く言ってやると、
「知りません、もういいです! 金輪際、あなたの言うことは信用しませんから!」
 返ってきた物言いが、また幼い。再び笑いが込み上げてきて、堪えきれずに吹き出し、そのまま笑い転げているシーヴァスに、
「いつまで、笑ってるんですかっ!」
 さすがに堪忍袋の緒が切れたらしい。天使が投げつけた枕が、ぼふっと間の抜けた音をたてて、後頭部を直撃した。




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後半、なんだかバカップル誕生? ちなみに 『アシハナ』 なんて有毒植物は存在しません。ユータナジーの和訳が『安楽死』 なのは本当ですが。シーヴァスのディアンに対する評価は、私自身が感じたこと。そしてシナリオを進めるうちに出した答えが、シーヴァスが辿り着いた結論です。