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◆ 混乱の兆し(2)


 重なり合う剣戟が、雨雲に覆われた空に響く。
 レイヴ率いるヴォーラス騎士団。対するは、エスパルダ北部の要塞都市サルファを占拠した反乱軍。数の上ではほぼ互角だが、力の差は歴然としている。各要所を守っていた兵士たちは、次々と斬り伏せられて捕縛され、もはや勝敗の行方は明らかに思われた。
「…………」
 先陣に立つ勇者は、怪我ひとつしていない。どうやらクレアが出る幕はなさそうだ。
(……早く……終わらないかな……)
 誰かを敵として。剣を振り回して。大地が血に染まる――戦場は。この空気だけは、嫌いだった。
「……踏み込むぞ」
 城砦の手前まで辿り着き、騎士団が剣の柄を一斉に握りなおしたとき、

「おい、おまえら。退いてろ」

 奥へと続く鉄扉が開いた。数名の兵士を引き連れ、姿を現したのは、湾曲刀を携えた隻眼の剣士だった。
「クラウド……!」
 その場を固めていた反乱軍が、はっきりと安堵の息を漏らす。
「……なんなんだ、あんたら? いきなり現れて、砦を蜂の巣にしやがって」
「私はヘブロンの騎士団長、レイヴ・ヴィンセルラス」
 レイヴは短く答えた。
「へぇ――あんたが」
 クラウドと呼ばれた剣士は、どこか感心したようにレイヴを眺めやり、訊いた。
「……で? その騎士団長様が、なんだって俺たちの邪魔をする?」
「貴様らがやっていることは、いずれヘブロンの脅威となる」
 そう。今朝方、依頼に訪れると、彼らは既にこの事件について調査部から知らされ、反乱軍の鎮圧に赴くところだったのだ。
「脅威、ねぇ……ったく、どいつもこいつも解っちゃいねえ……」
 呆れたような、苛立ったような、それでいて面白がるような口調で、剣士は嘆息した。
「……貴様が首謀者か?」
「ああ」
 あっさりと肯定が返される。
「武器を捨て、投降しろ。このまま続けても……無駄な血が流れるだけだ」
「ま、こいつらに関しちゃ、そうだな。だが――」
 満身創痍の仲間たちを見やり、どこか自嘲めいた笑みを浮かべて。
「俺は、捨てるわけにはいかない。法皇を八つ裂きにして、あの魔女も殺す――それしか道は残ってないんでね」
 剣士は、三日月を思わせる白刃を引き抜いて、冷たい青の目でレイヴを見据えた。
「しかし、それには……まず、あんたを殺らなきゃならんようだな」

×××××


「だ、団長――」
「なんか……押されて、ないか……?」
「馬鹿、そんなわけねえだろ!」
 微かな懸念を滲ませて、ひそひそと、後方に控えた騎士たちが囁きあう。
「いや。ブライアンの認識は、誤りではない」
「副団長?」
 騎士たちは目を剥いて、声の主を注視した。
「あの男……かなりの手練だ。他の反乱兵とはレベルが違う」
 確か、ラーハルトという名前だった。レイヴの副官が、斬り結ぶ両者の動きを追いながら言う。
「……おまえたち、よく見ておけ。あれは暗殺を生業とする者の剣だ。上を目指すならば、いずれ相見えることもあるだろう。奴らに、我々騎士の儀礼は通用せん」
「…………」
 騎士たちは、神妙な顔つきで押し黙る。

(ど、どうしよう……)

 クレアは、はらはらしながら、勇者と反乱軍リーダーの一騎打ちを見つめていた。すぐに決着するかと思われた攻防は、実力が拮抗しているらしく終わりが見えない。両者の体力と精神力が、じりじりと削り取られていくのが伝わる。回復魔法が必要なはずなのだ。だが、近づこうとすると、レイヴは『手を出すな』 とばかりに自分を睨む――

(これ以上……少しでも危なくなったら……怒鳴られても援護しなきゃ……)

 いつでも魔法を発動できる体勢で、息を詰めていると、
「……へっ」
 白刃が火花を散らしてぶつかり、また互いに飛び離れた。隙を窺っていた隻眼の剣士が、唐突に言った。
「雑念だらけの太刀筋だな、噂どおり」
「……なんだと?」
 眉をひそめたレイヴに、剣士は音もなく斬りかかる。
「っ……!」
 ギリギリのところで、また刃が咬みあった。ギィン、と。硬質の音が地に響く。
「技量、装備、素質――どれを取っても、あんたが上だろう」
 まるで世間話でもするかのような口調で、喋り続ける。それでも、その流れるような動きは少しも鈍らない。
「それが、なんで俺相手に手こずる?」
 剣士の身のこなしは影のように素早く、クレアには、勇者が焦り翻弄されているように見えた。
(ああ、でも勘違いなのかな。大丈夫かな……)
 ティセナがいれば、両者の実力を的確に分析してくれただろう。だが、自分では判断がつかない。
「これじゃあ、あの野郎も化けて出るはずだな。殺り合ってると苛々するぜ」
 皮肉な笑み。振りかざされた剣先が、優雅に弧を描く。
(……あの野郎? 化けて出るって……なんのこと?)
 レイヴも一瞬、訝るような表情を見せたが、余計なことに気を散らしている場合でもない。
「…………」
 彼は、無言でツヴァイハンダーを構えなおした。


 間もなく――相手方の剣が真っ二つに折れ、それで戦いには終止符が打たれた。


「……ちっ」
 欠けてしまった刀身を見やり、剣士が軽く舌打ちする。
「…………」
「ま、待ってくれ!」
 その喉元にツヴァイハンダーを突きつけたまま、難しい顔をしていたレイヴに、反乱軍の兵士たちが取りすがった。
「俺たちが悪かった! もう、反乱なんてしない。だから、命だけは――命だけは助けてくれ!」
「……よかろう。生きて、己の犯した罪を償うがいい……」
「あ、ありがたい……」
 反乱軍は、疲労困憊という感じでへたり込んだ。
 レイヴは、いくらか肩の荷が下りた様子である。元々、騎士団は反乱の鎮圧に来たのだ。彼らが武器を捨てるなら、もう戦う必要はない。
「け、けどな、悪いのはクラウドじゃないんだ!」
「ある男に唆されて――いや、脅されたから俺たちが……!」
 数人の兵士が、口々に訴えた。周りを取り囲む騎士たちが、一様に不信の眼差しを向ける。
「……やめろ、おまえら」
 隻眼の剣士が、それを不愉快そうに遮る。
「なんだよ、事実じゃねえか! 政府の連中が、俺たちみたいな人間を――」
「やめろっつってんだろ。俺は、自分の意志でここにいるんだ」
「……誰の差し金だ。その男は、どこにいる」
 ただの言い逃れではないと判断したらしく、レイヴは短く訊いた。
「いや、それが俺は、顔も見てなくて――」
 兵士たちは、決まり悪そうに言葉を濁して、互いに顔を見合わせている。すると、
「探さなくても、向こうから現れるだろうよ……そう遠くないうちにな」
「……なに?」
 言葉は、どこか意味ありげで。レイヴも引っ掛かりを感じたらしい。
「あんたは永遠に、あの男には勝てない。俺相手に手間取ってるようじゃな――」
 折れた武器を手に、剣士はゆっくりと首を振った。
「生きて償えって? ……今のあんたに、説教される筋合いはねえよ。法皇とあの女を殺さない限り、どのみち、この国に先はねえんだ」
 そうして二、三歩後ろに下がり、こちらに背を向けると、無造作に両腕を広げた。
「俺は、獄死も人体実験も御免なんでね――選ぶとするなら、斬死だな」

「……え?」

 ぽつんと落ちた、ひどく乾いた声は――自分のものだったか、それとも反乱軍か、騎士団の誰かだったのだろうか。
 暗闇から黒い人影が現れ、それが滑るように動いて、ギラリと閃いた白銀の長剣が、隻眼の剣士の胸を深々と貫いていた。
「…………」
 刃が、無言で引き抜かれる。まるで大きな鴉のような、漆黒の影がふわりと後ろへ跳んだ。仰向けに倒れた剣士の身体から、溢れ出した鮮血が、赤黒く大地を染めていく――

「ク、クラウド!?」

 反乱兵が叫んだ。騎士団も絶句している。
「……駄目です。もう、亡くなられています。レイヴ……」
 倒れた剣士の傍に降りて、クレアはそう告げるしかなかった。完全に、心肺機能が停止している。即死――痛みすら感じなかっただろう。苦悶の表情は、そこには無かった。
「…………」
 勇者は、挑むように前方を見据えた。
「……フ」
 視線を感じた。宵闇の塊――いや、人間だ。ひどく気配が乱れているが……人間のようだ。黒ずくめの騎士。全身、漆黒の板金鎧に覆われていて、顔は見えない。ただ、唯一見える口元は、わずかに笑みを刻んでいた。細身の刀剣は、てらてらと赤い血に濡れている。
「……何者だ。貴様」
 感情を無理に押し殺した声で、レイヴは問うた。
「…………」
 黒衣の騎士は、それには答えず、すでに縡切れた剣士を見ているようだった。兜で隠れた表情は窺えず、視線の意味合いもよく分からない。
「この反乱の、黒幕か」
 重ねての詰問には答えず、影は剣の切っ先をレイヴに向けた。届くほどの距離ではない。殺気らしきものも、クレアには感じられなかった。
「……時は来る。いずれ……また会おう……」
 黒衣の騎士は、ばさりと漆黒のマントを翻した。次の瞬間には、もう姿が見えなくなっている。
「――待て!!」
 レイヴは走りだした。クレアも急いで後を追い、城門をくぐる。彼が裏で糸を引いていたなら、捕らえて話を聞かなければならない。だが――
「……消え、た…………?」
 呆然と、レイヴが呟く。
 城砦内に逃げ込んだはずの黒衣の騎士は、影も形もなく。物陰に隠れたにしても、上の階へ逃げたとしても物音くらいするはずなのだが、すべてが幻であったかのように消え失せていた。
 追ってきた騎士団が手分けして、城砦内部や周辺をくまなく調べて回った。それでも、やはり発見できなかった。

「…………あの声……」

 レイヴは、いつになく言葉少なに、考え込んでいる様子で。
 結局なんの手掛かりも得られずに、反乱軍を捕縛して、ヘブロン国内の刑務所に収容することで、この事件は一応の幕を閉じた。




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ゲームの感じのままじゃ盛り上がりに欠けるので。反乱軍リーダーは、黒衣の騎士と気が合ってた感じに変えちゃいました。