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◆ 過去の囚人(1)


「冗談じゃねえぞ! いくら天気悪くたって、こんな真っ昼間からユーレイなんざ出るか、普通……!?」
 事件だとせっつかれるままに駆けつけた、クルメナ近郊の港町は大混乱に陥っていた。
 巨大化したアメーバのような魔物が、落ち窪んだ眼窩をぎらつかせ、うぉんうぉん吠えながら頭上を飛び交っている。
「違います、グリフィン様。あれは幽霊ではなく、悪霊です!」
 ローザは大真面目に、この際どうでもよさげな突っ込みを入れた。
「どっちだって似たようなモンだろうが、あークソッ、よりによってこんな町のど真ん中に……!」
 いくらオレが身軽だろうと、斬りかかれる高さには限度ってものがあるわけで。右へ左へと逃げ惑う町の連中に遮られちゃ、下手に剣を振り回す訳にもいかない。

「テメー、こら! 降りてきやがれ!!」

 たまらず怒鳴りつけると――言葉を理解したわけでもあるまいが、化け物のうち一匹が 『うをををん!』 と唸りながらこっちに向けて突進してきた。
「どわっ?」
「きゃー!?」
 ローザを抱えて横っ飛びに避け、体勢を立て直している間にまた、今度は三体同時に襲いかかってくる。
 正面から来たヤツの腹部に “クレイモア” を喰らわせ、返す刀で右後方。
「って、手応えなしかよ!?」
 その勢いで残る一匹に斬りつけたが、舌打ちしたくなるほどスカスカした感触が残った。
 それでも剣撃自体は効いているようで、化け物は揃ってのたうちながら上空に避難、ぐるぐると様子を窺うように旋回を始めた。数の多さよりなにより空に逃げられては、飛び道具を持たないオレには打つ手が無い。
「……ちっくしょう」
 しかしクレアは未だ戦線から外れたまま、ティセも別件でカノーアに出向いたまま戻っていないという。
 ここは根性で切り抜ける他なさそうだ。
 せめて、町の人間が避難を終えるまでの時間稼ぎだけでも――と、ざっと巡らせた視界の隅に、どこかで見たような色が引っ掛かった。ピンクと、白、それから栗毛の。

「しっかりして、ティアってば! 早く逃げないと」
「や……嫌、怖い……ッ」

 続いて聞こえた声に、思わず耳を疑う。
 建物の陰にうずくまって震えていたのは、顔見知りの少女だった。ひっくり返ったリヤカーの周りに、野菜が散乱している。

「あのバカ――なんだってまた、こんなところに」
「……妖精?」
 ぎょっとするオレと同時に、ローザも息を呑んだ。
 よく見るとティアの傍らに、なにか、きらきら光るものが浮いていた。小鳥ほどの大きさ、透明な羽。
「ほら、立って! こんなところに居ちゃダメよ!」
 必死の形相で、少女を叱咤しているそれはローザと同種族であろう妖精だった。
(……シルフェ、か?)
 以前、教えられた名前を思い出す。だが、そんなことに気を取られている場合じゃなかった。

「きゃあああっ!!」

 妖精の呼びかけに、涙目で身体を起こしたティアが、今にも卒倒しそうな勢いで悲鳴を上げた――亡霊じみた敵がまた、家屋を薙ぎ倒しながら襲い掛かってきたのだ。
 だがオレが、間に割って入ろうとしたところで、
「あ?」
 一帯に蔓延っていた化け物は、例外なく宙でぴたりと静止した。そのまま、陸に放り出された魚のように痙攣しながら、少しずつ縮んでいく。
「浄化、の……資質者?」
 ローザは、呆然とつぶやいた。
 頭を抱えてうずくまったティアの身体を、ひどく弱々しい――だが煌々とした “気” が覆っている。淡い白光が点滅するたび、町全体を浸していた邪気が急速に薄れていく。

 一方、シルフェは特に驚いた様子もなく、気遣わしげな面持ちで少女に寄り添っていたが、

「! やばっ……」

 突然、びくっと顔を上げた。
 断末魔にも似た雄叫び最後に、化け物どもが霧散する寸前――凝った霧が触手のように、ティアたちを周りの空気ごと覆いつくしたのだ。
 なにが起きたのかまるで解らず、手を伸ばす暇さえ無かった。

 一瞬後、視界が晴れたときには。
 化け物の群れも、ティアたちも、最初からそこに居なかったかのように消え失せていた。

×××××


「ティセ!」

 呼び出されて急行した、タンブールの遥か東に位置する町は、しぃんと薄暗く静まり返っていた。
「女の子が、瘴気に巻き込まれたって?」
「ああ、この辺一帯、探し回ったけど見つからねえんだ……一緒にいた妖精ごと、消えちまった」
 駆け寄ってきた勇者様が、いらいらと悔しげに答える。
「町で暴れていたのは、悪霊なんだよね」
「はい」
 ローザに確認したティセナ様は、ゆっくり、周りを見渡しながら通りを歩いていった。
「ここ、みたいだね」
 なんの変哲もない建物の手前で立ち止まると、すっと宙に手を伸ばす。ふわりと揺れた空気の先に――確かに誰もいなかったはずのそこに、不安そうに立ち尽くしている栗毛の少女が見えた。
「ティア!?」
 彼女に向かって走りだしたグリフィン様は、どげしっ、と足を蹴り飛ばされた。かなり痛そうだ。
「お、まえ……今っ! 脛……」
「猪突猛進もけっこうだけど、あんまりあちこち飛び込まないで」
 文句たらたらの勇者様にかまわず、
「今、少し見えたでしょ? あの子たち、時空の狭間に閉じ込められてる」
「狭間?」
「それぞれの世界を隔てる、異空間のこと」
 ティセナ様は説明したけど、グリフィン様にはいまいちピンと来ないみたいだった。
 常夏の国で暮らしている人に、雪の結晶の話をするようなものだろうから、まあ無理もないんだけど。
「幸い、まだインフォスに近いところにいるけど。アストラル体でもないフィンが割り込んだら、全員どこに飛ばされるか分からないよ」
「じゃあ……おまえなら、あいつら助け出せるのか?」
 なんだかんだ言って、グリフィン様はすごいなぁと思う。理解不能なことは置いといて、本題に戻れる切り替えの速さや、順応力とか。
「今は、無理」
 ティセナ様は、翳していた手を下ろすと、
「ずっと昔に、たくさんの人が死んだんだね……この土地で。どこにも行けずに彷徨ってた、殺される謂れのなかった魂が、魔族侵攻の余波で目覚めて暴れだしたんだ」
 小さく息を吐いて、曇り空を仰いだ。
「私は、あそこに行けるけど。閉じた直後の狭間から連れ出したりしたら、妖精はともかく、ティアさんの身体がタダじゃ済まないよ」
 強ばった顔で 「だったら、どーすりゃいいんだよ!」 とわめく勇者様に、

「悪霊たちの、命日――1年後の同じ時間帯なら、また自然に時空が緩む」

 ティセナ様は、いつもの落ち着きを崩すことなく答えた。
「ローザの話からして、まだ不安定で自覚も無いみたいだけど……クレア様と同質の力を秘めた資質者なら、浄化魔法に呼応するはずだから。内外から歪みを融かして、無傷で外に出られるよ」
 悪霊たちは彼女の “力” を嫌って、異空間に弾き飛ばしたんだろう、と。
「って、そんなに放ったらかしてたら飢え死にしちまうだろーが!」
「だいじょうぶ」
 人間の感覚ではもっともな突っ込みに、ティセナ様は微苦笑で返した。
「こっちと狭間じゃ、時の流れが違うから――おなかが空くことも、暑さや寒さを感じることもないの」
 そして、歳を重ねることもないのだ。
 ナーサディア様は、魔法の所為で。インフォスに生きるすべての命は、時の淀みに囚われて。

「それじゃ、あの子たちにも説明してくるから」
「待ってください、私も行きます!」
「わーっ、置いてかないでくださいよ〜」
「……いいけど、離れないでね。二人とも」
「お、おい!?」
「だーかーら、フィンは付いてくるなって言ったでしょ。そこで見張りでもしてて!」

 再び、勇者様を足蹴にして。
 私たちを連れたティセナ様は、難なく “狭間” に入っていった。


「――誰っ!?」


 私たちの気配に、びくっと振り向いた栗毛の少女は、
「てん……し……さま?」
 ティセナ様を目にしたら、怯えも混乱もなにもかも吹っ飛んだみたいで、
「こんにちわ、ティアさん」
「…………」
 ぽわーっと、しばらく彼女に見惚れていた。
 うん。だって、まだ子供だってことを差し引いても、ティセナ様は文句のつけようもなく綺麗なのだ。
 おまけに、相手を安心させるためなんだろうけど、ふわっと微笑してみせている――ここにシーヴァス様が居合わせたら、普段のイメージとの落差に腰を抜かしたかもしれない。
「は、はい! ティア・ターンゲリです、初めまして! あと、それから、この子は友達のシルフェですっ」
 やっと我に返ったらしい女の子は、直立不動に畏まりながら挨拶をした。
「初めまして、ティセナ・バーデュアです」
「ローザと申します」
「シェリーで〜す」
 ティアさんは、私たちを見てまた 「妖精さんっ!」 と目を輝かせた。

「バーンズ捜索チームの、シルフェよ」

 苦笑しているティセナ様を、それから私たちを、やや警戒するように初対面の妖精は名乗った。
「あんたが噂の、インフォス守護天使……?」
「――の、補佐役だよ。この子たちもね」
 気負うでもない彼女の返事を聞いて、やっとシルフェは肩の力を抜いた。
 一方、ティアさんはすっかり頬を紅潮させて、はしゃいでいる。
「感激です、天使様にお会いできるなんて! でも、どうしてこんなところに?」
「あなたたちを助けてって、頼まれて来たの。グリフィン・カーライル、知ってるかな」
「グリフィンさんが?」
「すぐそこに来てるよ。ちょっと、ここからは見えないけどね」
「あ……」
 きょろきょろと視線を巡らせ、嬉しさと不安が入り混じった表情で、彼女は当然の質問をしてきた。
「あの、お聞きしても宜しいでしょうか? ここ、どこなんでしょう」
「説明するのは難しいんだけどね。インフォスとは違う、もうひとつの世界に続いてる場所だよ」
「シルフェの故郷と?」
 グリフィン様とまるっきり違う反応をしたのは、女の子だからか、妖精という存在に馴染んでいたからなのか。
「妖精界への通路は、また別のところにあるの」
 どっちにしろ、すんなりイメージを思い描いてもらえれば、状況を理解してもらうのも難しくはなさそうだ。
「この空間は、どこに繋がってるのか分からないから――ここを動かないで。あの町を襲っていた悪霊をなんとかして、無事に戻れるようにして迎えに来るから。2、3日かかると思うけど、待っていられるかな?」
「はい。シルフェも一緒だから、だいじょうぶです!」
 ティアさんは、素直な信頼を込めて肯いた。
 純粋というか、子供っぽいというのか……これまた、ある意味すごい適応力の持ち主だ。
「うん。二人でおしゃべりでもしていてくれたら、すぐだよ」
 そんな彼女に優しく笑いかけて、ティセナ様は、菫色の髪をした妖精に向き直った。
「バーンズのことも含めて、話したいことは多いけど――外に出られてからで、かまわないかな」
 シルフェは、しょうがないでしょ、と澄まして答えた。
「ティアのことは、あたしに任せて。さっさとインフォスをなんとかして来てよ」
「わかった」
 頷いたティセナ様は、おもむろに片耳のイヤリングを外した。
「これ、あげる。お守り代わりに、持っててね」
「わぁ、キレイ……ありがとうございます!」
 ティアさんはすごく嬉しそうに、手渡された、透明なアイスグリーンの結晶石を抱きしめた。
 そんな彼女を見つめ返したティセナ様は、ほんの一瞬、ひどく不思議そうな顔をしていた。



「ねえ、あの子もしかして――」

 “狭間” から出たところで、あれこれ中の様子を問い質してくる勇者様に、
「なんだよ」
「ん……」
 なにか言いかけた天使様は、少し考えて、なんでもないよと首を振った。
「ただ、少しタイミングが違ってたら。フィンじゃなくて、彼女を勇者にスカウトしていたのかもしれないなぁ……って、思って」
「はあ? あんな細っこい運動音痴に、おまえらの依頼なんざこなせるワケねえだろうが」
 まあ女にしちゃ怪力かもしれねーけどよ、とかなんとか、グリフィン様は根拠不明なことをぼやいている。
 なにも戦闘力だけが、勇者の条件じゃないんだよと肩をすくめて、ティセナ様は言った。

「ティアさん助けるためにも、まずは、やることやらないとね」



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ぼやくお頭&冷静な突っ込み役のコンビ。兄妹ネタを知ったあと、グリフィンで解決に向かったらティアと接触できるものだとばかり思ったんですよ、この戦闘イベント〜(期待外れた)