◆ 襲われた領主の居城(1)
「へえ……それがどうした?」
グリフィン様の反応は、出会ったばかりの頃より素っ気なかった。
「えーっと、だからですね。ここにある領主のお城が怪物に襲われて、兵士さんたちじゃ歯が立たなくて」
面食らいながら地図を広げて説明する私を、ぎろっと睨んで、
「知ったことかよ」
舌打ち混じりに吐き捨てる。怖い。
最初だけ。少し動揺した、心配そうな眼をしたように見えたんだけど。
あとはもう、どんなに義理人情に訴えて宥めすかして持ち上げてみても、全面拒否――私が説得しようとすればするほど、意固地になって耳を塞ごうとしているみたいだった。
「でも、グリフィン様ぁ……」
そりゃ、いくら勇者だって、依頼をぜんぶ引き受ける義務なんかないんだけど。
誰より現場の近くにいるんだし。放っておけば解決するだろう、なんて静観していられる状況じゃないし。
グリフィン様が貴族嫌いなのは知ってるけど、このままだと周辺の町や村にまで被害が広がってしまうことは、疑いようもなくて。
困ってる人たちを見過ごせないところが、悪ぶってても正義漢で良いなぁって思ってたのに。
このところ、めったに事件解決を断られることが無くなってたから――なにか私、気に障るような言い方したのかなって考えたら、鼻の奥がつぅんとしてきた。
「……ホントに行かないつもりですか?」
この人に、協力してもらえないなら。
押し問答している時間はないんだから、次に近い場所にいるフィアナ様に報せるか、一足先にお城に向かって、避難誘導をしているはずの天使様たちの手伝いに行かなくちゃいけない。
食い下がるのはこれが最後、と上目遣いで仰いだら、グリフィン様は 「だあーッ」と唸りながら頭を掻き毟った。
「行くよ、行きゃいいんだろうが!? なんだってんだよ、ったく……!」
転がっていたベッドから跳ね起きて、がばっと荷物を担ぐなり部屋から走り出て行ってしまう。
「え、あっ? 手伝ってくれるんですか、グリフィン様?」
あたふたと追いかける私に、勇者様は “怒髪天を突く” 勢いでわめき散らした。
「オレが行かなきゃ、どうせあいつらが無茶すんだろーが!」
彼が、何に腹を立てているのかは、さっぱり分からないけど。返ってきた照れ隠しみたいな台詞は、ものすごくグリフィン様らしくて――こんなときに不謹慎だと思いつつ、ちょっと笑えてしまった。
やっとのことで駆けつけた、小高い丘に聳え立つお城は燃えていた。
そこら中の窓から、ぼうぼうと火が噴き出している情景を、命からがら逃げてきた感じの人々が不安そうに身を寄せ合って眺めている。
「グリフィン? シェリー!」
その輪に近づくと、救助活動のために実体化していたクレア様が、私たちに気づいて駆け寄ってきた。
「どうなってんだ、城の人間は逃げられたのか? 襲ってきたっていう、化け物は」
グリフィン様は、矢継ぎ早に問い質した。
「城内に現れたのは、炎を纏う合成獣に率いられたアンデッドの群れです。ここに住んでいる方たちは、全員外に避難した……はずだったんですけれど。誘導の先頭に立たれていた領主の娘さんが、さっきから見当たらなくて」
「なんだって?」
「たぶん、あの魔物たちを封じ込めるために城に戻ったんだろう――って、ティセが」
さーっと、勇者様の顔色が褪せる。
「相手がアンデッドなら戒律に触れることもないから、自分が片づけて、彼女を連れ出してくるって……中に入って行ったまま、もう30分以上経ってしまって」
「なんっでオレが来るまで待たねえんだ、あの馬鹿!」
「私も止めたんです! でも、この事件を依頼して、グリフィンが動くかどうかは賭けみたいなものだから、悠長にしてられないって」
「……見くびるなよ、あんにゃろう!」
ぎりっと歯軋りして、私たち以外の人には聞こえないような、微妙に抑えた声で怒鳴る。
「おい、防御魔法かけろ! あと、持ってんなら回復薬よこせ」
「は、はいっ」
クレア様は、あたふたと指示に従った。
「おまえはそこで、怪我人の手当てでもしてろ。ついて来んなよ、病み上がり――炎に囲まれちゃ足手纏いだ!」
好き放題に言い置いて、軽々と柵を飛び越えたグリフィン様は、開け放たれていた窓から城内に飛び込んでいった。
「……ティセと同じこと言わないでくださいっ!」
あっという間に見えなくなった勇者様の背中に向けて、顔を真っ赤にした天使様は叫んだけれど、遅すぎて聞こえなかったんじゃないだろうかと思う。
×××××
ごうごうと炎が燃え広がる中、城内を徘徊していたゾンビを蹴散らしつつ、
「ティセ――」
「遅い!」
四階に駆け上がったところで、ようやく発見した天使は、オレを見るなり手ひどい一喝をくれた。
……可愛げもなにもありゃしねえ。
「おまえな、たまには 『来てくれたのね、私の勇者様〜!』 とかなんとか言ってみたらどーなんだ?」
「うわ、気色悪っ。絶対やんない」
「嫌味だっての! オレだって見たかねえよ、そんなもん」
「ふーん、お互い利害が一致したね」
憎まれ口を叩きつつ、ティセはオレに防御魔法をかけた。
薄れかけていたクレアの術の効果がたちまち塗り替えられて、熱気と息苦しさが軽減される。
「それで、イダヴェルはどうした。ビュシークは? おまえ、なんでこんなところに突っ立ってんだよ、焼け死んじまうぞ!」
「だから遅いんだってば! あの合成獣なら、とっくに逃げてるよ」
「んだとォ!?」
「前に言ったでしょ、魔族化してるって――異空間を自由に出入りできるんだから、現れたところを仕留めなきゃ。こんなふうに、城を封鎖したって意味ないの!」
……それじゃ、話に聞いたイダヴェルの親父は、犬死にしたってことかよ?
考えると胸が悪くなった。
「だったら、なおさらだ! あの女とっとと探して外に出るぞ」
「イダヴェルさんなら、この部屋の中だよ。城内にはもう、他の生命反応ないから」
答えるティセは、いつになく落ち着きを欠いているようだった。
「そこまで判ってんなら転移魔法で、ばーっと行って戻ってくりゃいいだろうが。外で、クレアが泣きそうな顔してたぞ?」
「いくら魔法ったって、なんでも有りじゃないの! 火事のせいで空間の元素構成が狂いまくって……だいたい、この城の壁厚すぎッ」
天使は、腹立たしげに眼前の石壁を蹴りつけた。
「壊せばいいんじゃねえのか? ただの壁だろ」
「状況わかってる? 火事なんだよ――下手なことしたら、天井まで崩れてイダヴェルさん圧死しちゃうじゃない!」
「……って、そこに扉あるじゃねーか」
オレの指摘に、ますますイラついた様子で怒鳴り返す。
「中から鍵かかってんの、開けられないから困ってたんでしょ? フィン、私のこと馬鹿にしてる!?」
「なんだよ、開けりゃいいんだな? ちょっと退いてろ」
「え」
ティセを下がらせて、上着の裾から “仕事用” の針金を取り出し、鍵穴の前に屈む。
「よっしゃあ!」
所要時間、約十秒。オレは、じゃまな扉を蹴り開けた。
「あー……さすが、盗賊団のお頭」
しみじみと漏らされた感想は、今日のところは褒め言葉と受け取っておくことにした。
「いた!」
「よし、なんとか息はあるな」
イダヴェルは、部屋のど真ん中に倒れていた。擦り傷だらけだが、これといった外傷は無いようだ。
ただ、室内のいたるところに黒く焼け焦げた跡と、金臭い腐臭が漂っている……あきらかに人外のものだろう。
「ビュシークも、ここに居たみたいだね」
天使は顔をしかめながら、イダヴェルに応急処置の回復魔法をかけた。
「ちっ、窓はないか」
ぐったりしたままのイダヴェルを抱きかかえ、確認する。
「おい、オレたち二人を連れて飛べるか? 壁ぶち壊して脱出するぞ――来た道を引き返すより、早いだろ」
「地面に激突しないように、少し支えておけばいいんでしょ? それくらいなら、だいじょうぶ」
ティセは、余裕の笑みをみせた。
間を置かず、天使の攻撃魔法が炸裂する。大砲をぶっ放したような轟音とともに、前方の壁が吹き飛んだ。
さかさかイベント進行〜。
グリフィン絡みの話が書きやすいのは、彼の性格ゆえか……。