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◆ 襲われた領主の居城(2)


 オレたちが脱出して10分と経たないうちに、炎に覆われた古城は燃え落ちた。

 数人が怪我しただけで、火災とアンデッドの群れから逃げおおせたのは不幸中の幸いだろうが、イダヴェルは、そうとう煙を吸い込んだらしく気絶したままだ。
「おまえら、これからどーすんだ?」
 呆けた顔で立ち尽くしているメイドやらに、今後の身の振り方を尋ねても、
「ど、ど……どうしたらいいんでしょうか?」
 化け物襲撃のショックから抜けきれずにいるようで、実のある答えが返ってこない――オレに訊くな! と突き放してやれたら、どんなに楽だろう。
 この後どこに連れて行きゃいいんだか、辟易しつつ天使と話し合っていると、

「うぉおーい、イダヴェルー! 無事かぁー!?」

 麓から、恰幅のいい中年男を先頭に、馬に乗った集団が駆け上がってきた。
「ロンディン様!」
 使用人連中が、ぱあっと顔を輝かせ。
「別荘が、火事になって……化け物が暴れとると報らされて来たんだが、まさか、また “あれ” が出たのか?」
 ぜーはー息を切らせながら馬を下りたそいつは、黒焦げになった城には目もくれず、一箇所に固まっていた城の人間に走り寄ると、安否を確かめた。
「この方たちが、お嬢様や我々を助け出してくださったんですよ!」
 料理人らしき風体の男が、余計なことを言い。
「おお? ありがとう君たち、恩に着るぞー!!」
 ロンディンは歓喜に咽びながら、握ったオレたちの手を上下に振り回す。逃げる暇も、拒否する隙すらありゃしねえ。
「いえっ、あの。助けたのは――こっち。こっちの人たちですから!」
 こういう屈託なく押しの強い輩は苦手らしい。握手攻撃からやっとのことで解放された、ティセは顔をひきつらせ、オレとクレアの背後に逃げ込んだ。
「……あんた、イダヴェルの身内か?」
「ん? ああ、ワシかね。養父と言うかなぁ……彼女の、母親の弟だよ」
 どうにも田舎臭いというか貴族らしからぬ印象の男は、それでもイダヴェルの保護者であるようだ。
「しかし、良かった……この子まで、義兄さんみたいなことにならんで」
 涙目で、しみじみと言う。
 あとは任せて問題なさそうだと、天使を連れて引き上げようとした、オレの耳に。

「叔父さま……?」

 細い声が聞こえた。イダヴェルが意識を取り戻したのだ。
「どうして、私……おじい様は……」
 まずい、と思ったときにはもう手遅れで、ロンディンは嬉しそうに要らんことを言った。
「今は、だいじょうぶだ。彼らが、化け物を追い払ってくれたからな」
「――グリフィン様!?」
 一拍遅れて、すっとんきょうな叫びがこだまする。
「グリフィン様……グリフィン様が、私を助けてくださったのですか?」
 連呼するな! と怒鳴りつけるわけにもいかず振り向くと、身を起こしたイダヴェルは、信じられないというようにダークグリーンの瞳を瞠っていた。
「別に、そんなんじゃねえよ。仕事のついでだ」
 こいつを助けに来たわけじゃない。たまたま、事件現場がこの城で、見過ごす理由もなかっただけだ。
「ま、待ってください!」
 しつこく追いすがる声が―― 「あっ?」 という悲鳴に変わり、続けざまにべしゃりと鈍い音。
 イダヴェルは、ドレスの裾を踏んづけ転んでいた。

 否応無しに、こっちに集中する周りの視線。

「……おら! だいじょうぶか?」
 渋々ながらに戻っていって、倒れたまま起き上がれずにいる娘の、手首を掴んで引き起こす。
「す、すみません!」
「あん?」
 唐突に謝られて、なんのことだと思いつつ見返すと、
「ご、ごごご、ごめんなさい。ありがとうございます! でもあの、家財一式焼けてしまって、謝礼もなにも――」
 イダヴェルは、ひっと身を竦ませまくしたてた。
「必要なものがあれば、叔父さまに借りてでも必ず工面します。私に出来ることなら何だってしますから、どうしたらいいのか教えてください!」
「……もういい」
 放ったらかして立ち去ることも出来ず、諦念にも似た気分で答える。
「もう、喋るんじゃねえ」
「…………」
 痛々しいほど必死で、不安げな表情。
 それは、あのときも同じだったろうに――誠意もなにも認めず、罵声を浴びせて追い詰めたのは、オレだった。
「前にも言ったろ。金は要らねーし、頭下げられても困る」
「…………はい」
 萎れた顔つきで、押し黙ったイダヴェルは、
「確かに、おまえはビュシークの孫だろうけどよ。あのトチ狂った領主本人じゃねえんだ……化け物ごと焼身自殺されたって、誰も喜びゃしねーよ」
 そこで、弾かれたように顔を上げた。
「土地を治める立場にいるんなら、住んでる奴らのために出来ることがあるだろ? だったら、領主らしいことをしろよ」

 たとえば、ティアズの子供たちが、安心して暮らしていられるように。

「おまえが、ビュシークと逆の道を行くって言うんなら――あの化け物は、オレが止めてやる」
 オレ自身の手でカタをつける。
 これだけは、天使や他の勇者に譲るわけにはいかない。
「じゃあな」
「あ……」
 まだ何か言いたげなイダヴェルに、オレは今度こそ背を向けた。

 頭で割り切れても、感情はついていかない。そこまで物分りのいい人間にはなれない。
 “ビュシークの一族” に対する、わだかまりは一生残るんだろう。けど――オレの家族がどうして死んだかなんて、わざわざあいつが知る必要もない。

 おろおろと、こっちを窺っていたクレアの隣で、
「……お人好しだよね、やっぱり」
「ですねー」
 ティセとシェリーが聞こえよがしに笑み交わしていたが、当然聞こえないフリをした。


×××××


『ビュシークの巣穴になってる “狭間” ……見つかる可能性は薄いけど。少し、このあたりを調べてみる』
『それじゃ私、ベテル宮に戻って報告書まとめてますね?』

 ティセとシェリーは、ひらひら手を振ると事件現場から去っていった。

「ま、待ってください、グリフィンっ!」
 今日はこのままオレに同行することになった、クレアが小走りに追ってくる。
 ストレスが心配だから 『祝福』 をかける必要がなんとか――と、ティセたちに言いくるめられて残ったわけだが、要は、まだ本調子じゃないんだから勇者の傍でおとなしくしてろ、ってことだろう。
 本音を言うと、今は一人でいたかったんだが。

「あー、熱ちぃ」
 防御魔法に守られてたって炎の中で暴れ回りゃあ、さすがに喉もカラカラだ。
 林道の奥に小川を見つけ、これ幸いと浴びるように水を飲むオレに、
「知り合い……なんでしょう、彼女? どうして、あんな態度を取るんですか。怪我人なんですよ!」
 イダヴェルの出自など知らないクレアは、困惑顔のまま、単純な疑問をぶつけてくる。
 傍からは、そう見えるんだろう――化け物に襲われ、城を焼け出された傷心の女を、知人らしい男が突き放したように。
「べつに理由なんかねえよ」
 いちいち手ですくって飲むのも面倒になり、ざばざばと膝まで水に浸かった。汗だくの身体に、冷え切った流れが心地いい。
「オレが貴族嫌いなのは知ってんだろ、おまえ」
 仔細を語って聞かせる気分にもなれず、頭から水を引っかぶりつつ、テキトーにはぐらかそうとするオレに。
「…………」
 細い眉をよせ、川縁に立っていたクレアは、しばらく考え込んだあと真面目そのものの調子で尋ねてきた。

「好きになったんですか?」

 言われた意味が呑み込めず、その場に固まること数十秒。
 呆けたオレの頭上を、草原から出てきたヒバリが二羽、ぴよぴよ鳴きながら飛んでいった。

「アホかっ!!」

 肺活量の限界、ここに極まれり。
「んなワケねえだろ、寝惚けてんのか? それとも熱さに頭やられたか!?」
「だって……人間の男性は、好きな女性をいじめたり冷たくしたりして、気を引こうとするものなんでしょう?」
「どこのガキんちょの初恋だ、そりゃ!」
「本を読んだら、そんなふうに書いてあったんですけど。違うんですか? イダヴェルさんへの態度――嫌いだから、という感じには見えませんでしたよ?」
 どやしつけられているにも関わらず、どこまでも真顔のクレア。ああそうだ、そーいやこんなヤツだったよ、この天使様は。
「……なにを読んだんだよ、おまえは」
 ぼやいた端から馬鹿らしくなった。訊くまでもない、どうせ子供向けの童話かなにかだろう。

 呆れるのも通り越し気が抜けて、オレは、ばしゃりと浅瀬にあぐらをかいた。
 そうして、一息ついてから言う。
 
「前に、話したろ? オレの家族が死んだ―― “子供狩り” を始めた領主」
「? はい」
「あいつ……イダヴェルは、その孫娘だ」
「え、ええっ!?」
 クレアは、ぎょっと来た道を振り返った。だいぶ遠くなった空に、うっすら立ち上る黒煙が尾を引いている。

 炎の残滓。

「ちょうどおまえがケルピーとかいう魔族と戦って、怪我したのと同じ頃、オレんとこに押しかけてきた。あちこち町を襲ってる、化け物を退治してくれってな」
「…………」
 色恋絡みの話はともかくとして、こいつは察しが良い方だ。
 事細かに説明しなくても、そのときのオレが言いそうなことくらい想像がつくだろう。腑に落ちない部分があるなら、あとでティセにでも訊いてくれりゃいい。
「見たんだろ? 合成獣ってヤツを」
「はい、少しだけでしたけれど」
 クレアは、真剣な面持ちで肯いた。そう、これはオレの私怨だが、同時に 『任務』に関わる話でもある。
「そいつ、元は人間だ」
 事ここに至るまで、もしかしたらオレは、頭の隅で否定しようとしていたのかもしれない。
「名前は、ビュシーク。悪魔と契約して、不死の身体を得る代わりに化け物にされちまった――オレの家族の、仇だよ」
 だが、それが現実だ。
 さっきまでとは別種の緊張と驚愕に、クレアの顔から血の気が引いていった。
「けど、あの野郎がトチ狂った理由とは、どう考えても無関係だろ。当時せいぜい4、5歳の孫じゃあな」
 今になって思う。
(当たってたのかもしれねーな、ティセの憶測は……)
 ビュシークの最も身近にいたんだろう、孫娘のあいつが。あれから十数年過ぎても、なお暗く怯えた瞳をしている理由は。

「なのに、当たり散らしちまったから――少し、悪かったと思っただけだ」

 それ以上でも、それ以下でもない。




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イダヴェル嬢。別に嫌いではないのですが……グリフィンの通常EDで、彼女とくっついたという表示が出たときは、ぶっ飛びました。