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◆ 竜の洞


 手掛かりが見つからないなら、探し続けるだけだ。
 今まで、自分の眼で確かめられたことなんて、世界の流れの一握りに過ぎないのだから――

「お久しぶりです、リュドラルさん」
「天使様!?」

 いきなり訪ねて行ったにも関わらず、竜の谷の神官は、爽やかな笑顔でクレアたちを迎えてくれた。


『長寿・博識を誇るという、竜族に会って話を聞きたいんです』

 不躾とも思われる申し出は、あっさり快諾されて。
 思い立ったが吉日とばかりに、リュドラルの案内のもと、竜の洞と呼ばれる場所を目指すことになった。
 そこに、彼の養父でもある一族の長、アウルという名の老白竜が住んでいるらしい。

「……空気がキレイな土地ですね」
 険しい山脈に、深い森。長い歴史と伝統が息づく、インフォス北東の大陸。
 竜王の称号を冠する皇帝が、代々統治してきた――デュミナス。
「本当に。他の国々に比べて、事件の発生頻度がいちじるしく低かった理由が、よく分かります」
 探索にと同行していたローザが、ふわふわ飛びながら感嘆する。
「これだけ清浄な気に包まれていては、魔族も干渉しにくいと思いますよ。やはり、竜族の加護を受けているという土地柄でしょうか?」
「それに、人間とモンスターの諍いは、リュドラルさんが諌めていらっしゃるんですものね」
「このあたりの村を守っているのは、アウルたちですよ」
 賛辞を受けたリュドラルは、ぽりぽりと頬をかきつつ首を振った。
「確かにラルース近辺は、まだ平和なもんですけど。首都サルトゥスあたりじゃ、后妃が政権を握るようになってから、きな臭い噂も耐えないし……あれ?」

 話しながら先を行く青年の、言葉と足が同時に止まる。
 その理由と思われる人物は、きょろきょろと忙しなく周りを見渡しながら、街道の脇道から走ってきた。
「こんな山奥に、女の子が?」
 訝しむ天使と妖精の存在は、アストラル体であるが故に当然のごとく無視された。

「リュドラル様!」
「君は、麓の村の――」
「はい。村長の娘の、トリシアです。先日は、結構な贈り物をありがとうございました」
「あ、いや。たまたま旅先で見つけてさ」
 駆け寄ってきた少女と向き合い、リュドラルは照れ臭そうな笑みを浮かべた。
「味気ないモンだけど、使えないことはない……よな?」
「もちろんです。味気なくなんかないですよ、嬉しかったです!」
「そっか。気に入ってもらえたんなら、良かったよ」

 ずいぶん仲が良さそうだ。もしかしたら、恋人なんだろうか?
 クレアは興味津々、会話する二人を眺めやる。

「けど、どうして君がこんなところに? もうじき陽も暮れるし、女の子が一人で出歩いちゃ危ないぜ」
「いえ、その……このところ村においでになられないので、どうしていらっしゃるのかと」
 頬を染めたトリシアは、もじもじと両手を組んだ。
「村を訪れた行商人に、なにか噂だけでも知らないかと尋ねたら――リュドラル様が、谷の方角へ向かうのを見たと教えてくれたものですから。まだ間に合うかもしれないと思って、追いかけてきたんです」
 トリシアと名乗った少女は、好意を前面にして憚る様子がない。
「あの、お急ぎでなければ、これから村を訪ねていただけませんか? このまま進まれては、野宿になってしまうでしょう?」
「それは、まあ」
 まんざらでもなさそうなリュドラルは、やや困り顔で、ちらりと頭上を窺う。
「私たちのことなら、気になさらないでください」
 村に寄れば、このあたりの風習や伝承なども聞けるかもしれない。クレアが促すと、青年は少し思案してから頷いた。
「じゃあ……お言葉に甘えようかな」
「ぜひ、そうしてください。前の大祭以来ですもの、きっと村のみんなも喜びます!」
 トリシアは瞳を輝かせ、彼の手を引っぱった。



 竜の使いである青年を、大歓待する村人たち。
 にぎやかな歌と踊りに、振る舞われたごちそう。
 楽しげな笑い声と、祭りの熱気に包まれたラルースの夜は更け――そうして、また朝を迎えた。



「すみません、天使様。なんか、道草食わせたみたいで」

 宛がわれた宿から起き出してきたリュドラルは、外の木陰で涼んでいるクレアたちを見つけると、気まずそうに頭を下げた。
「そんなことないですよ。アウルドラゴンにお目通りを願うにしても、夜中に押しかけるわけにはいきませんし――こちらの都合で野宿させてしまう方が、忍びないですもの」
「私たちも見物していて、楽しかったですしね」
 ローザと顔を見合わせて笑い、ふと昨晩の、空になった皿の山を思い出す。
「それに、あれだけ美味しそうに食べていれば、もてなした方々も嬉しかったと思いますよ」
「美味かったんですよ、実際。ここに来るの久しぶりだったし、腹も減ってたんで、つい……食べ過ぎたかな」
「トリシアさんが作ったから、ですか?」
 よく知る人の手料理というのは、それだけで美味しいものだ。てっきり、肯定が返ってくるものとばかり考えていたのだが、
「……! そっ、そんなんじゃ……!!」
 リュドラルは、なぜか瞬時に真っ赤になって否定した。
 そこへ、祭りの余韻が残っているのか、普段よりくだけた物腰のローザが追い討ちをかける。
「違うのですか? それでは、彼女に贈り物を差し上げたというのは――」
「み、土産だよっ、ただの土産!」
 ラルースの村人全員から慕われ、崇拝されている青年は、ぎくしゃくとゼンマイ仕掛けのような足取りで歩きだした。

「あと半日も歩けば、竜の洞に着きますよ! 行きましょう」

×××××


 山岳地帯にぽっかりと口を開けた、横穴の奥。
「アウル、入るぞ」
 半径百メートルはありそうな空洞に、白い鱗のドラゴンが横たわっていた。
「……眠っていらっしゃるみたいですね」
 地面にとぐろを巻いてぐうぐうイビキを響かせている巨体を、リュドラルは両手で揺さぶった。
「おーい、アウル」
「安眠を妨げるのは、どうかと思いますが――」
「いいんですよ。寄る年波には勝てないとかいって、最近じゃ、起こさなきゃいつまででも寝てんだから」
 ためらうクレアに肩をすくめてみせ、竜の耳元に顔を寄せると、遠慮なしの大声を出す。

「起きろよ、天使様を連れて来たぜ!」

「……リュドラルか」
 気だるげに薄目を開けたドラゴンに 「やっと起きた」 と、ぼやきながらも心配そうに尋ねた。
「やっぱ、起きてるのはキツイのか?」
「さあな……そうかもしれんな」
 対する老竜はどこ吹く風、我が身について問われているというのに、まるで他人事のような口振りである。
「おいおい、しっかりしてくれよなぁ」
「気にするな、たいしたことではない」
 脱力する青年をゆっくりした口調で宥め、首をもたげる。穏やかな光を湛える瞳孔は、夜半の猫のように縦長に開いていた。
「リュドラル。隣におられるのが、天使殿か?」
「初めまして、アウルドラゴン」
 すいと視線を向けられて、クレアたちは遅まきながらに頭を下げた。
「クレア・ユールティーズと申します。この地上の混乱を正すため、天界から遣わされてまいりました――彼女は、補佐妖精のローザです」
「うむ……」
「リュドラルさんには、以前、事件解決に協力していただいて」
「いや、どっちかっていうと助けられたのは俺なんだけど」
「ボルンガ一族とマキュラについての話は、谷まで伝わっておる――竜族の長として、礼を言わせてもらいたい。お手を煩わせたな、お二方」
「と、とんでもないです。元はといえば、私が守護天使として至らないから!」
「いえっ! 探索任務を負っているのに、混乱の原因を見つけられずにいるのは私たちで、クレア様は」
「……なあ」
 放っておくと長くなりそうだと判断したのか、
「堅苦しい挨拶は、そのへんにしようぜ。今日は土産も持ってきたことだしさ」
「あ、そうでした! こちらに向かう途中で、ラルースという村に寄ったんです。そうしたら、発つときにトリシアさんという方が」
「ほら、これっ!!」
 話題を変えようとして墓穴を掘ったリュドラルは、嬉々として話しだした天使を遮るように、担いできた酒樽をどんと地面に下ろした。
 耳の後ろまで赤くなった青年を見やり、ローザは、懸命に笑いを堪えている。
「なんと…… “火吹き山” か。この酒には目が無くてな」
「ラルースのでっかい祭りのときは、いつも御神酒として出てたからな。元気もつくかと思ってさ」
「おまえと杯を交わせるとは、嬉しいものだ……」
「なに言ってんだよ、アウル。こんなんで嬉しいんなら、いつでも持ってきてやるぜ」
 しみじみと目を細める老竜に、リュドラルはからっと笑いかけた。
「けど、まずは天使様の話を聞いてくれよ。俺も、相談したいことがあるしさ」
「うむ……して、天使殿?」

 うながされたクレアは、はっとして居住まいを正した。
 寝ていたところを起こしてまで、話をさせてもらおうというのだ。あまり長居して、時間を取らせるわけにもいかない。

「ボルンガさんたちの一件も、そうだったんですけれど。魔力を持たないはずの生物が術を使い、悪魔と取引して合成獣になった人間や、死んだと思われていた者の影までちらついて――」
 マキュラドラゴンの件が伝わっているようだから、インフォスの状況や勇者について、細々と説明する必要はないだろう。
 そう判断したクレアは、前後を省いて切り出した。
「世界の理が、少しずつ、狂って来ているように感じます」
「モンスターたちの様子も変なんだ……おとなしかった奴らまで、急に人間を襲うようになったりしてさ」
 隣のリュドラルも、表情を曇らせて言う。
「何度か、俺も討伐に出たけど、どうしても納得いかないんだ。人間の横暴さが、モンスターを煽ることがあるのは知ってる。元から、乱暴な奴らがいることも――でも今は、そんな目に見える理由なしに事件が起こってる気がする」
「……疑問に思ったなら、それを突き詰めればいい」
 竜族の長は、静かに応じた。
「おまえには自由に動ける足があり、人間やモンスターの話を聞く耳もある。さらに天使殿は、視野を広げる翼をお持ちだ」
 クレアと、その後ろに控えているローザに視線を留め、
「今のインフォスのことならば、誰より深く把握しておられるのだろう? ならば、求めるのは “過去” の話か」
 憶測というより、確認するように問う。
「私の、先代の守護天使――名を、ラスエルと言います」
 緊張に身を固くしつつ、クレアは首を縦に振った。
「今より、約百年前に。魔族によるインフォス侵攻を防いだあと……誰にもなにも告げず、天界から姿を消しました」
 まだこの世界に降りて間もない頃、フレンテの森で。
 千年の齢を重ねるという竜族の存在を知ったときには、ただ漠然と 『自分の知らない兄の話を聞きたい』と思っただけだった。けれど、
「……世界の異変に、なにか関係があるのではないかと考えています」
 老いぬままに時を経た、勇者ナーサディア。彼女にかけられた、相反する魔法。加えて、ボルサに現れたという黒い影。
「インフォスで、青い髪の天使を見かけたことは、ありませんか?」
 兄が生きているのなら。
 彼に会って、事情を聞くことが出来れば。
 複雑にこんがらがった謎の糸は、あっさり解きほぐされるかもしれない。

「……すまぬが、記憶に無い」

 老竜のつぶやきに、再び途を閉ざすかと思われた一縷の望みは、期待したものとはまた別の手掛かりを示した。
「だが、五十年ほど前に――ジャックハウンドと言葉を交わしたことは、ある」
「じゃっく?」
 きょとんと首をひねる青年と妖精の隣で、その名に引っ掛かりを感じたクレアは、おぼろげな記憶をたどる。
「守護天使に仕えていたという、青い毛並みの獣だ。あの者ならば、なにか知っているかもしれん」
「……犬!!」
 突然すっとんきょうな声を上げたクレアに、その場にいた全員が目を剥いた。
「ク、クレア様?」
「任期中にね――ときどき会いに来てくれたの、兄様」
 “青い毛並み” をとっかかりに、鮮やかに浮き上がってきたのは、すっかり色褪せて意識の底に沈んでいた思い出。
「そのとき、青い仔犬を連れていて。相棒なんだって……毛並みつやつやで、角が生えていて。ジャックっていう名前だったわ!」
「へえ、天界の犬には角があるのかぁ」
 リュドラルが、感心したようにつぶやく。
「青い毛並みっていうのも、珍しいよな。こっちじゃ、そうそう見かけないぜ?」
「……おそらく、バーンズと近い種族の神獣だと思います。クレア様、その獣は、人語を解しませんでしたか?」
「そう、しゃべるのよ!」
 妖精の指摘に、クレアは勢い込んでうなずいた。
 ラスエルと一緒にいなくなってしまった、あの仔犬は、インフォスで生きていたのか?


 竜族の長が、ジャックハウンドに遭遇した場所は、シュランク島の森だったという――



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ゲームプレイ時、(管理人の場合) 連続発生することの多かった、リュドラルの固有イベント。次は、リュドラルの故郷1〜3までまとめて進行です。