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◆ 大切なこと


 久しぶりに “一仕事” こなし、ニーセンに戻ろうと歩いていた道の途中で。
「グリフィンさん!?」
 ころころと弾んだ声が、いきなり背後から飛んできた。
 追っ手の類と考えるには少しばかり無理のある、屈託ない響きに、つい警戒を忘れて振り返る。
 そこに居たのは、ひらひらしたピンクの服を着た栗毛の少女。
「……嬢ちゃん?」
 ギャグスの町で出会ったこと、妖精が友達だという風変わりなヤツだったこと。ああ、そうそう。オムロンに送り届けたとき、じーさんばーさんの大歓待には辟易させられたものだった。
 そこまで記憶を遡り、少し遅れて名前を思い出す――ティアだ。

「なんだ、偶然だな。元気か?」
「はい、お久しぶりです」
 ずりずり、がたがた、ごっとんがらがらと、ひどく不似合いな物体を引きずりながら、嬉しそうに坂道を駆け下りてくる。
「って、なんだよ、その大荷物は!?」
「野菜ですけど」
 のんびりと的外れなティアの返答に、オレは脱力した。
「いや、それは見りゃ分かるって……」
 ジャガイモ、にんじん、玉ネギ、トマトにキャベツ。どっからどー見ても野菜だ。自宅は農家のようだったから、取り合わせとしては不自然じゃないんだが、
「だから、なんで嬢ちゃんが朝っぱらから、こんなもん担いで歩いてんだよ?」
 大型リヤカーに山積みの野菜。
 男二人がかりでも重いんじゃないか、というくらい、とんでもない量を、少女は涼しい顔で持ち運んでいた。そこいらに連れがいるのかと思いきや、オレたち二人の他にはネズミ一匹見当たらない。
「おつかいです。隣町の市場まで、出荷しに行くんですよ」
「マジかよ!?」
 思わず耳を疑う。おつかいってレベルか、これが? 世間じゃ、せいぜい手提げカゴひとつが相場だろうに。

(…………怪力……こんな細っこいくせに……)

 儚げな第一印象が、けっこうな勢いで崩れた。
 が、年頃の少女を相手にしては、言っていいこととマズイことがある。
「止めといた方がいいぜ? 嬢ちゃんみたいな子が、ひとりで山道を歩き回るなんざぁ――最近いろいろと物騒だからな、この辺も」
「だいじょうぶですよ。通い慣れた道ですし、半日もあれば往復できるんですから」
 オレの本音に気づく様子もなく、ティアは、にこにこと首を振った。
「それに、おじい様たちに、こんな重いもの運ばせるわけにはいかないです」
「……見かけによらず強情だな」
 考えてみりゃターンゲリ家には、じーさんばーさんとコイツしかいないのだった。ティアの性格からして、力仕事も率先してやるのだろう。働くうちに自然と腕力も鍛えられた――そういうことだと願いたい。
「貸しな。隣町まで行くんだろ?」
「えっ?」
 きょとんと首をひねる、ティアの肩をぽんと押し退け、オレはリヤカーを引いてみた。
 ……重い。運べないほどじゃないが、ずっしりと冗談抜きに。
「ここで会ったのもなにかの縁だしな。嬢ちゃんがリヤカー担いでる横で、オレが手ぶらで歩いてたんじゃ格好つかねえだろうが」

 でも、なんだか申し訳ないですから――と渋るティアを半ば強引に説き伏せ、金にもならない運搬係を買って出たのは、男の意地というヤツかもしれなかった。

 道すがら、とりとめも無い話をしていた。
 ころころと変わる話題が、すっかり元の活気を取り戻したギャグスの町に及んだところで、
「……そうだ。悪りぃな、嬢ちゃん」
「え?」
「シルフェって妖精。見つけらんなくてさ」
 思い出した。探してやるつもりだったんだ――ティセたちに話してからこっち、事件続きでバタバタしていたうえ、クレアが怪我して戦線離脱。すっかり頭から飛んでしまっていた。

(そういや、確かローザが……)

 仲間に訊いてみると言っていたはずだが、今日まで、なんの音沙汰なかった。あの生真面目な妖精も、さすがに仕事に追われて忘れちまっているんだろう。
「ありがとうございます、気にしててくださったんですね」
 薄桃の目をくるんと見開いて、ティアは曖昧に、少し寂しげに笑った。
「やっぱ、あれからずっと会ってねーのか?」
 オレたちがでしゃばるまでもなく連絡が取れていれば、それに越したことはなかったんだが、
「……はい。でも、グリフィンさんに助けられてから、考えたんです」
 返ってきたのは、遠慮がちな肯定で。
「もしかしたらシルフェは、甘えてばっかりの私に呆れて――だから遊びに来てくれなくなったのかも、って」
「甘える?」
 あんな、手のひらサイズの生物に?

「…………ときどき怖い夢を見るんです、昔から」

 ティアは立ち止まり、朝焼けの空を仰いだ。
 つられてオレも、リヤカーを引く手を休める。
「私と、誰か……二人で逃げていて。真っ暗で……でも、気がつくと一人になっていて」
 夢の内容を思い返してるんだろうか、あどけない横顔に影が差す。
「そんなときは、いつもシルフェが傍にいて、なぐさめてくれました。だけど、顔を見せなくなるちょっと前――あの子、言ってたんです。もう子供じゃないのに、いつまでもそんなふうでどうするの。もっとしっかりしなさいよ、って」
 物思いを断ち切ろうとするかのように、きゅっと目を閉じて息を吸い、小さく首を振って。
「だから、また会えたとき、がっかりされちゃわないように頑張らないと」
 ティアは、はにかんだ笑みをオレに向けた。
「……そうか」
 ぽんと頭を撫でてやると、くすぐったそうに身をよじる。
「そう言えば、グリフィンさんは、今日はお仕事だったんですか?」
「へっ!?」
 おっとりした口調で、いきなり問われ、どんぴしゃ “仕事帰り” のオレは固まった。なにか怪しまれるような物でもぶら下げていただろうかと、内心焦りまくっていると、
「こんな朝早くに、偶然お会い出来るなんて思わなかったから……農家の朝は、だいたい早いんですけど」
 ティアは、無邪気そのものの仕草で小首をかしげる。
(なんだ、そーいう意味かよ……)
 安堵するより先に、ドッと疲れた。しかし――どう答えたもんだろう? まさか本業について話すわけにもいかないし、天使の勇者云々は尚更だ。
「オレは、その」

 キンバルトとクヴァールの国境付近、クルメナに関わりがあるとすれば、

「死んじまった両親の墓が、この近くなんでな……」
「えっ?」
 慌てていたせいか、とっさに “事実” が口を突いて出る。
「ご、ごめんなさい!」
 ティアは、こっちがバツ悪く思うほど、うろたえて頭を下げた。
「なんで、おまえが謝るんだよ? オレが勝手に答えただけだろ」
「でも……」
「もう十年以上前のこった。気遣ってもらう必要はねえよ」
 苦笑つつ言ってやっても、
「えと、じゃあ……今日は、お墓参りに行く途中だったんですよね? ごめんなさい、予定狂わせちゃって」
 彼女には逆効果だったようで、ますますしょんぼりと肩を落とす。その場しのぎの言い訳にすぎない “両親の墓” に、こうまで過剰反応されるとは思わなかった。
「だぁから気にすんなって。墓参りなんざ、別にいつでもいーんだし」
「そうですか? 大切なことだと思いますけど!」
 妙に語気強く、ティアは食い下がってきた。なにをどう言えば納得してくれるんだ、こいつは?
「妙なことに拘るヤツだな……」
「だって……行けないんです、私」
 閉口するオレに、ぽつんと少女は答えた。
「え?」
「なにも覚えてないんです。父のことも、母のことも――小さい頃、どうして自分には両親がいないのかって、ダダをこねたりもしたけど、おじい様たちは困ったような顔をするだけで、なにも話してくれなくて」
「…………」
「死んじゃってるんだろうな、とは思うんですけど。どんな人たちだったのか、なにも分からなくて」
 どう相槌を打てばいいものか思いつかず、

「だから……お墓があって、お参りにいけるって、大切なことだと思います」

 黙って突っ立っているオレを真正面から見つめ、ティアは、少し寂しそうに微笑んだ。




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ところどころ不自然さを感じました、接触イベントの台詞。当時5歳にも満たなかった幼女を、強情というのは無理があるのでは……? お兄ちゃん、きっと君の妹は反抗期だったんだと思うよ。