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◆ 絡み酒


「ナーサディア、お元気でしたかっ?」
「クレア!」
 ひしと抱き合う美女二人。目見麗しいその光景に、酒場に居合わせた客連中からどよめきが湧いた。

 これが初対面となる勇者ナーサディアは、鳶色の髪を豪奢に波打たせ、大胆なスリットが刻まれた紫紺のドレスを纏う、プロポーションも極上の迫力美人だった――だいたい二十代半ばだろうが、年齢不詳の雰囲気である。
 まるっきりタイプの違うクレアと並ぶと、相乗効果で華やぎ艶めいて、悪目立ちどころの騒ぎではない。
(公衆の面前ではしゃぐのは、控えてほしいものだな……)
 周囲の注目を集める一因に、己の同席も含まれるのだとは気づかず、シーヴァスはその光景を生暖かい目で見守っていた。


「でも、本当に心配したわよ? ケルピーと戦って怪我したって聞いたときは」
 二人とも五体満足で済んだのは幸いだったけど。ワインを呑み干しながら、ナーサディアは言った。
「……すみません。協力を頼んだ当人が、こんな状態で」
 カルーアミルクのグラスを前に、天使は律儀にしょげ返る。
 そもそもの原因である、自分の失態を当てこすられているなら言い訳も出来ようが、
「いいのよ。今のところ、これといった事件は発生してないみたいだし、たまには羽を休めなさいな」
「ケルピーと戦ったことがあるのか、貴女は?」
 そんな器用さは彼女に無いと解り切っているので、シーヴァスは、さっさと話題を逸らした。
 勇者同士の気安さか、踊り子という職業柄か。ナーサディアは話しやすく、他人行儀にかしこまらず済む相手だった。
「昔ね。私が戦ったのはブラッドサッカーって、あれの色違いみたいな魔物だけど」
 深い森を歩くときは気をつけた方がいいわ。
 幼子に “怖い話” をするような声音で囁く彼女には、余裕さえ感じられた。妙齢の女性とはいえ、天使の依頼をこなしているからには、やはり相当の手錬なのだろう。


 ナーサディアの舞いを眺めながら夕食に舌鼓を打ち、世間話に花を咲かせ。テーブルに酒のボトルが転がって、小一時間が過ぎようという頃合に、
「クレア。眠いなら無理しないで、寝た方がいいわよ。私が借りている部屋、ベッドひとつ余ってるから」
 いつになく口数が少ない天使を見やり、女勇者がうながした。
「ええ、ありがとうございます。でも……ナーサディアたちは寝ないんですか?」
 小さく欠伸を噛み殺しつつも、
「まだ、夜の十時過ぎよ? 大人が眠るには早すぎるわ」
「…………子供じゃないですよ、私」
 旅の疲れが溜まっているのか、こくんと頷いたクレアは席を立った。
「あの、シーヴァス」
 部屋はこっちよ、と先導するナーサディアに続きかけ、思い出したように振り返る。
「ん」
「ごめんなさい、お先に失礼します……ナーサディアをお願いしますね?」
 半分閉じかかっている目を擦りながら、ひどく心配そうに彼女は言った。
「あ? ああ」
 そのときは、とっさに意味も分からず返事をしたが。
 どうとでも理由をつけて部屋に引っ込んでいた方が身の為だったかもしれないと、心底後悔するのは、円熟した魅力漂う女勇者がテーブルに戻ってきてからのことになる。


「お酒〜、こっち二本追加お願いね〜!」
「はーい、ナーサさん」
 朗らかに応える従業員。向かいの席には、極上の美女。運ばれてくる酒の味も悪くない。
 まさしく宴もたけなわ、というところなのだが、
「いや、待ってくれこれ以上は……」
「なぁによう! そんな涼しい顔してるくせに、もう呑めないなんて言わせないわよ!?」
 それは単に酔いが顔に出ないだけであって、このまま彼女のペースに付き合わされるには、かなりキツイものがある。泣き上戸に、笑い上戸――酔った人間の傾向も多々あるが、ナーサディアの場合は典型的な絡み酒というヤツだった。

( “お願いします” とは、このことか)

 遅まきながらに悟る。
 ……天使め、まさか眠気にかこつけ逃げたんじゃないだろうな?
「それとも、なに。私のお酌じゃ不満だってこと? クレアだったら呑むって言うのぉ!?」
「そういう問題じゃなくてだな……」
 シーヴァスは、半分テーブルに突っ伏して頭を抱えた。
「あなた――私の業界でも、けっこうなプレイボーイだって噂は聞くけど。まさか、クレアにまでちょっかい出してるんじゃないでしょうねぇ?」
 ずずいと顔を近づけたナーサディアは、探るような視線を向けてきた。
「そんな訳ないだろう。彼女は天使だぞ」
 酒は嫌いではない。
 むしろ好きだが、ゆっくり味わう時間こそが良いのであって、酔っ払いの相手は御免被りたいものである。
「ホントにぃ? じゃ、なんで勇者なんてメンドクサイもの引き受けたのよ〜」
「騎士としての務めだ」
 簡潔に説明するなら、そういうことになるだろう。
 あやふやな物言いをすれば、ますます絡まれそうだったので、シーヴァスは敢えてきっぱりと答えた。
「貴女とて、そうだろう? 見過ごせぬ話だと思ったから、クレアたちに協力しているんじゃないのか」
「……違うわよ」
 すると彼女は、苦々しげに顔を歪めた。
「クレアが女の子じゃなかったら、勇者なんて引き受けなかったわ」
 刺々しい口調で吐き捨て、ぼそりと呟かれた意味が分からず首をひねるシーヴァスに、
「まあ、手ぇ出してないならいいけど……気をつけなさいな、天使も魔物よ。囚われたら逃げられない」
 さらに不可解なことを言う。問い返そうとするより先に、うふふと不気味な笑みを浮かべたナーサディアは、
「逃がさないわよ〜、一晩中付き合ってもらうんだから!」
「はぁ!?」
 ぐあしっ、と両腕でしがみついてきた。完全に目が据わっている。怖い。
「お酒ー、お酒まだぁー!?」
 駄々っ子のようにわめき散らす女勇者を横目に、
「…………」
 シーヴァスは深々と嘆息した。訊くだけムダだ、意味もなにもあるまい……ただ酔っ払っているだけだ、これは。




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酔っ払って絡むナーサディア。元ネタは、男天使バージョン……? スカウトシーンの台詞も、天使の性別で違う彼女。ゲームしてても、おもしろいです。