NEXT  TOP

◆ 真実の序章(2)


 深い深い、森の奥――

「よっしゃー、久々の賞金首ッ!」
 カノーアくんだり、報奨金付きの魔物を追いかけてきたフィアナ様は、ぶちのめした相手を片足で踏んづけて勝利の雄叫びを上げた。
「……くっ」
 ぬめぬめした胴体に紫の羽を生やした奇形の蛇が、ぎょろっと目玉を動かすのを見て、
「なんだ、まだ息があったのか。しぶといね……」
 むっと眉をひそめ、引き抜いた剣をかまえ直すと。

「おまえは呪われた勇者だ……このままでは、生きていられまい……」

 今にも自分に止めを刺そうとしている彼女を前にして、合成獣と呼ばれる種の怪物が、にたあっと嗤った。
(みゃー!?)
 あんまりな気味の悪さに、思わずフィアナ様の陰に飛んで隠れる。
「アポルオン様の力を見るがいい――」
 なに言ってるんだろう、こいつ。呪い? あぽるおん? 怖いのを我慢して聞き返そうと、私が身を乗り出すより早く、
「……!!」
 フィアナ様は、足元に転がるモンスターに、だんっと長剣を突き立てていた。
「ぐ……くく……くっくっく……」
 この森に巣食い、人間も動物も見境なく噛み殺していたという大蛇は、しつこく嘲笑を響かせながら黒煙になって消えた。

「なんの話をしていたんですかねえ、あれ……フィアナ様?」
「ただの負け惜しみだろ、気にすることないさ」

 素っ気なく応じる勇者様の表情は、いつになく険しかった。
 ブロードソードを握りしめる指先も、かたかた震えている――どこか、怪我でもしたんだろうか?
 回復魔法をかけようと、彼女の手を取ろうとした私は、逆にむんずと捕まえられてしまった。
「ちょっと、シェリー! なんだって死体ごと消えちまうんだい、あいつは? これじゃあ、退治した証拠をギルドに持って行けないじゃないか!」
「ふええええ?」
 戦闘で負傷したんじゃなくって機嫌が悪いだけぇ!?
 目を三角にしたフィアナ様に、至近距離で詰め寄られてからじゃ、退散しようとしても手遅れだった。
「ま、ま、魔族だったからだと思います〜……アストラル体だと、こっちの世界のモンスターと違って、死んだら実体化も解けて消えちゃうんで……」
「止めてよ、戻してよ魔法かなんかで! これで賞金出なかったら、旅費と労力の丸損じゃないかッ」
 大蛇が消えた辺りを指差しつつ、わめき散らす勇者様。
「……それは私の所為なんですか?」
「補佐妖精なんだから、任務完了まで補佐しなさいっての」
「補佐の意味がズレてますよぉ! 消滅しちゃったものを戻す魔法なんか、ありませんってばー」

 怒り狂う彼女を宥めすかして、次善策で妥協してもらうのは、凶暴な怪物と戦うより骨が折れる役目だった。
 ……シェリーちゃん、お休み欲しい。

 とにかく最寄の支所に連絡つけて、問題の魔物がいなくなったことを確認させてやるんだと息巻いて、フィアナ様は足音も荒く、森の出口へと向かった。
 げっそりした気分で、彼女を追いかけ飛んでいると、

「まさかね、あの夢が――」

 ぽそっとした呟きが、風に乗って流れてきた。
「え?」
 その声が聞こえにくかったのと同じように、訝る私の声も届かなかったみたいで、
「なにモタモタしてんだい、置いてくよ。シェリー」
 勇者様は、文句たらたらに街を目指して歩いていった。

×××××


 ひとまず、カノーア支所のギルド職員 (怯えて半泣きになってた) を現場に引きずっていって、三日かけて、森を調べても大蛇が襲って来ないと確認させて。それを証言する公文書を入手……現地で叶ったのは、そこまで。
 あとはタンブール本部に交渉・要求してくださいと拝み倒された。
『石頭な連中』 に、フィアナ様は憤慨してたけど。ターゲットを倒した証拠もないのに、ぽいぽい言われるままに賞金渡していたらギルドだって潰れてしまうわけで。
 門前払いを食らわなかったのは “兇賊狩り” の名声と、彼女の押しの強さがあったからこそだろう。

 そんなこんなで、航路でタンブールを目指して――下船したあたりからだった。

「どこかで休憩しましょうよ〜、ね?」
 見るからに具合悪そうになっていくフィアナ様に、必死で縋りつくことになったのは。
「……ただの船酔いだって」
「船酔いで咳の症状なんて、聞いたことありませんよー!?」
「なら、夏風邪か何かだろ……賞金を貰い終えたら、教会に行って休むからさ」
 困り果てる私をあしらう、彼女の顔は、青褪めるのを通りこして土気色になっていた。
 苦しそうな咳がひっきりなしに出て、通りすがりの人たちが心配そうに振り返るくらいふらついてるのに、いくら説得しても歩くのを止めてくれない。

 どうしよう、クレア様を呼んで来ようか?
 それとも、この地方にシーヴァス様が来ているはずだから、探して手伝ってもらう?
 でも、そんなことしている間に道端で倒れてしまいそうに思えて、別行動にも踏み切れずに。
 なんとか本部の事務所に辿りついて、申請手続きをしている勇者様の傍で、私はずっとヒヤヒヤしていた。

 知り合いらしい剣士に話しかけられても、気づかず素通り。
 前になんか因縁があったらしいオジサンたちが、陰口たたいていても無反応。
 ギルドの責任者が、怪物を倒したものと仮認定して――虚偽・誤報が判明した場合は全額返却する、もしくは無条件に依頼を請け負うという条件付きで――賞金を出したのは、フィアナ様の実績に加えて、いかにも “強敵と死闘を繰り広げてきた” ような疲労感が見て取れたからだと思う。
 まあ、魔物を倒したのは事実だし、疲れ切っているのもホントだから、賞金を受け取れたのは良かったんだけど。

「おい、フィアナ! 賞金取りに来といて忘れてくって、どういう……」

 正面玄関から外に出たところで、黒髪の剣士が、茶封筒を持って追いかけてきた。
 さっき書き物をするときに、ちょっと机の端に立てかけて――そういえば、そのままにしちゃってたような?
「うええっ? フィアナ様が、お金のこと忘れるなんて!」
 私もびっくりしたけど、忘れ物を届けに来てくれたその人も、信じられないという顔つきで眉をひそめていた。

「返してよ、あたしのよ……エレンに届けなきゃ……」

 ふらーっと幽霊みたいに危なっかしい動きで、長身の相手に近づいていって、茶封筒に手を伸ばす。
「返すのはいいけどよ。おまえ、あんなところに置きっ放しちゃ、誰に盗られても文句は」
 呆れたようで気遣わしげな、彼の言葉は最後まで続かなかった。
「!?」
 その途中で、がくんと膝から力が抜けたように、フィアナ様が道端に崩れ落ちたのだ。
(あああ、地面に頭からぶつかっちゃう!)
 あわてふためく私の前、すんでのところで、親切な剣士さんが抱きとめてくれたけど。
「危ねえな。賞金稼ぎなら体調管理も――」
 普段なら、相手を突き飛ばしているだろう体勢で、彼女はぐったり目を閉じたまま、浅い呼吸を繰り返すだけ。
「……って、おい! フィアナ!?」
 二人がかりで呼びかけても、いくら私が回復魔法をかけても、意識すら戻らなかった。




NEXT  TOP

フィアナの固有ストーリー、山場はやはりこの一連の話でしょうか。スカウトしていない勇者候補が、堕天使の陰謀やら事件やらで失踪・落命し始めるのもこのあたりからですね……。