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◆ 私とワルツを(1)


「パーティー……」
「そう。今夜、この街で、ミリアス王子が主催するパーティーがあるって聞いたの」
 滞在先の、宿屋のベッドに寝転がって。
 ファンガムの家出王女様は、いたずらでも思いついたような顔で話しだした。
「アーシェの、元婚約者の?」
 ティセナ様が、あんまり興味なさそうに訊き返す。
「カノーアの王子様ですよねぇ。なんだかんだ言って、気になるんですか?」
 世の中っていうのは、ややこしいもので。
 地雷を踏まないためには、かるーく聞き流した方がいいこともあるらしい。私が、おもしろがって探りを入れたら、
「気にしてなんかいないわよッ、婚約破棄になって、せーせーしてるっていうのに!」
 アーシェ様は、むきーっと怒りだした。

「でも、どんなヤツなのか顔くらい見てみたいと思うじゃない?」

 五分くらい、じたばた暴れていたら気が済んだみたいで、けろっとして同意を求めてくる。それを気にしてるって言うんじゃないかなぁ――と思ったけど、ちゃんと今度は黙っておいた。私にだって学習能力はあるのだ。
「けどさ。女二人で行くものじゃないよね、それ」
「だからぁ、カッコイイ男の子の姿でお願いね♪ 聞いたわよ? あなたたち天使って変身できるんでしょ。ぱぱーっと」
 勇者様はおねだりポーズで、にやりと笑った。
「シェ〜リ〜……?」
「ごごご、ごめんなさい。妖精仲間から、そんなこと聞いちゃったもので!」
 天使様にジト目で睨まれた私は、いつものごとく笑ってごまかした。
「確かに、地上での私たちの姿は仮物だから。イメージ固まってる知り合いの姿なら、なんとかなるだろうけど――それでも、せいぜい半日しか保たないよ?」
「充分よ。どれだけ長引いたって、日付が変わる頃にはお開きだもの」
 渋るティセナ様と対照的に、アーシェ様は楽しそうだ。

「…………これでいい?」

 少し考え込んでいたティセナ様が、あきらめたように溜息をついて、ぽんと姿が弾けて、
「ミミミ、ミカエル様ぁー!?」
 きゅうっと元素が収縮した、次の瞬間には、銀髪碧眼の大天使長がそこに立っていた。
「んー。美形だけど、ちょっと老け過ぎかなぁ」
 アーシェ様は、あろうことか、天界で一番偉い天使 (のルックス) に難癖をつけた。それからティセナ様は数回変身を繰り返したけど、彼女は、どれもこれもお気に召さないみたいで、
「アーシェ……勘弁してよ、もう。どーいうのなら文句ないの?」
 ルシードさんの姿に 「年下すぎ」 と文句をつけられたところで、ティセナ様は少年声でうんざりと訊ねた。不思議なことに、変身していると声までその人のものになるみたいだ。
「だからこう、すらーっと長身で誰から見ても完璧に美形で、二十歳前後くらいの白馬の騎士みたいな!」
「あ。それじゃ、シーヴァス様に変身したらどうですか? イメージにぴったりだと思いますけど」
 提案してみると、
「シーヴァス、って……まさかシーヴァス・フォルクガング?」
「知ってるの?」
 不快そうな天使様の問いに、同じくらい嫌そうな顔をした勇者様は肯いた。
「女誑しのプレイボーイって、社交界じゃ有名よ」

 そっちこそ、なんでその名前知ってるのと訝しむアーシェ様に、勇者の一人だと説明すると、

「へぇ……まあ、あれで騎士としては一流だっていうもんね」
 顔がいいのは認めるけど、うっかり元恋人にでも出くわしたら面倒だから、それはパス。そんな評価が返ってきた。
「ふーん、ああいう系統が好みなわけ?」
 分かんないなあ、と呟いて、またティセナ様は変身した。
「わあっ」
 さらさらのプラチナブロンドに、ロイヤルブルーの瞳。身長はちょうどシーヴァス様と同じくらいで、貴公子然とした美青年――その姿を見るなり、アーシェ様がぱあっと瞳を輝かせた。
「なによぉ、もったいぶっちゃって!」
 ティセナ様 (変身中) を肘で小突きながら、じっと検分するように眺めて、満足そうにニッコリする。
「あるんじゃないの心当たり。うんうん、ばっちり!」
「そう……こいつ、そういう部類に入るんだ」
 物憂げに髪を掻き上げる、見知らぬ男の人は、ホントにうっとりするくらい美形だった。
「ねえ、変身できるってことは知り合いなんでしょ? なんて名前なの、その人」

 質問に、ちょっと間を置いてからティセナ様は答えた。

「……キース・アスラウド」
「そう。ティセって思いっきり女の子の名前だから、会場にいるうちはキースって呼ぶわね!」

 ベッドから飛び起きたアーシェ様は、うきうきと身支度を始めた。

×××××


「遅いですねぇ、アーシェ様」

 とあるお屋敷のベランダで、私はティセナ様と一緒にボケーッとしていた。
 普通、パーティー会場に入るには招待状なんかが要るんだろうけど、天使様の転移魔法で潜り込んでしまえば、あとは館内をうろついていても見咎められたりしなかった。
 美青年 “キースさん” に、さっきから、着飾った女の人たちが熱視線を向けてくるけど、ティセナ様は上手いこと移動したりかわしたりして、近づけさせない。アーシェ様に同行したのがクレア様だったら、こうスムーズにはいかなかっただろうなぁと思う。

 ちなみに立案者のアーシェ様は 「お手洗い!」 とホールを出て行ったっきり、戻ってこない。

 理由は、分かる気がする。テーブルに並んだお料理をつまみながら、目的のミリアス王子が現れるのを待っている間、いろんな噂が聞こえてきたのだ。
 王子の人柄を絶賛するものと、アーシェ様を誹謗中傷するもの。
 そもそも二人の間に縁談が持ち上がったのは、ファンガム王女が一方的に片恋していたせいで、しつこさに閉口したミリアス王子が彼女を振ったんだとか。あの国では反王家勢力が動いてるって噂もあるし、婚約解消されて良かったんだ――とか、デタラメにも程がある感じだった。

「泣いてるか怒ってるか分かんないけど、気が済んだら戻ってくるよ」

 ティセナ様がそう言ったとき、ざわっとホールの空気が動いた。
 ようやくミリアス王子が登場したんだろうか? いやいや、もしかしたら鬼みたいな形相のファンガム王女が発見されたのかも……と思って見に行ったら、どっちも違っていた。


 紳士淑女の輪の中に、なんだかポツンと浮いてる女の子がいたのだ。
 ベリーショートの髪に、淡いオレンジ色のドレス。顔立ちは勝気そうなのに、すごく居心地悪そうに俯いている。


「見かけない子ね……どこの令嬢かしら?」
「ずいぶんと変わったお召し物ですこと」

 ひそひそと囁かれるたびに、沈んでいく表情。こんなところに慣れない様子でいるのに、同伴者はいないみたいで一人きりだった。そこへ、

「ビーシア!」
 全身から “良い人オーラ” を発してる感じの青年が、人波かきわけて現れて、彼女に話しかけた。
「来てくださったんですね、ビーシア! お待ちしていましたよ」
「あ……」
 やっと知り合いが現れたらしいのに、女の子の反応はぎこちない。
「武道家の衣装も凛々しくて素敵でしたが、ドレス姿も新鮮ですね。とても可愛らしい――」
 青年に親しげな態度で褒めちぎられて、嬉しそうにも見えるけど、周りを気にして萎縮しているみたいだ。

「あら、あの子。ミリアス様に声かけられてるわ」
「変わった趣味をお持ちですのね、ミリアス様は」
「王子はお優しいですからな。場違いな客に気を遣っとるんでしょう」

 近くにいたお客さんたちが、またひそひそと陰口を叩く。
(……あの人がミリアス王子?)
 なんか、優しそうだけど、ものっすごく鈍感っぽい感じだ。

「食事は済まされましたか? 立食式のパーティーですから、どのテーブルでもご自由に」
 にこやかな王子の誘いを、
「あ、あの!」
「すみません……こういう場所は、やっぱり苦手で」
 ビーシアさんは、あたふたと遮った。来なきゃ良かったという後悔が、表情にありありと滲み出ていた。
「もう、帰ります」
「ビーシア?」
 驚く王子を残して、彼女は、とても貴族のお嬢さんとは思えない俊足で駆け去っていった。




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このシーンの、ビーシアのドレス。
似合っていたと思うんですよね。ただ、ベリーショートの髪にリボンはジャマだった気が……。