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◆ 呪われた大地(2)


「こ、こんな感じでいいの?」
「ええ。呪文の詠唱は途中で止めて――そのまま」
 ニーセンへの帰路。
 逃げ出した住民が戻らず、文字どおりゴーストタウンと化したクルメナ近郊の港町。
「閉じ込められてる女の子が、浄化の資質を持ってますから。共鳴反応が起きたら、干渉できる範囲でいいから手繰り寄せてください」
 指示されたクレアが魔法の発動体制に入ったとたん、一帯を覆っていた息苦しさ、ひやりと肌を刺す靄が薄れ始め。
「今からちょっと “狭間” に入って、媒介してきます」
「分かったわ……けど、あんまり長くは制御できないから、急いでね」
「頼んだぞ、おまえら。いくらシルフェが一緒にいるったって、じーさんばーさんは心配してるだろうし――今を逃したら、また一年経つまで連れ出せないんだろ?」
 腹は減らないし、凍死の心配も無用とは言われたが……世界中を駆けずり回ってる天使たちだ、来年この時期、ティア救出に出向く余裕があるとは限らない。それ以前に、変わらずインフォスに留まっている保証も。
「ん、任せといて」
 頷いたティセは、なにも無い空間へ融けるように姿を消した。
 魔物との切ったばったはともかく、こういった場面ではオレに出来ることなどなく、少し離れた位置から見守るだけだ。
 逆巻く風にたなびく天使の銀髪とローブ、次第に輝きを増していく白光――そうして、

「……見つけた!」

 クレアが弾んだ声を上げ、次の瞬間には、膨らみすぎた風船のように閃光が破裂してクルメナの地を灼き払っていた。
 あまりの眩しさに、たじろぎ右腕で両眼をふさぐ。
 視界を灼いた純白はやがて季節外れの雪めいた粒子になって、曇りが失せた空を舞い散り――
「あ、ありがとうございます……きゃあっ?」
「危ないよ、いきなり出たら」
 5mほど上空。
 ピンク色の布きれと揺れる栗毛がちょこんと覗き、ふらついて引っ込んだ。
「おい、だいじょうぶか!?」
 思わず呼びかけると、おそるおそる顔を出したティアは、特にやつれた様子もなく笑顔を見せる。その傍らには、妖精シルフェ。
「グリフィンさんに、天使様まで!」
「無事に救出しましたっ、というわけで――」
 二人の後ろから現れたティセは、いつになく悪戯っぽい表情で。
「え」
 おもむろに、ぽんっと少女の背中を押した。
 空飛ぶアストラル生命体と違って、引力に逆らう術なんぞ持ち合わせない生身の人間だ――足場を失えば当然、真っ逆さま。
「きゃー?」
 ティアはやや緩い悲鳴を上げ、ロングスカートの裾をはためかせながら落っこちてきた。
「わー!?」
 唖然と立ちすくむクレアの横を突っ切った、オレがスライディングでどうにか抱きとめている間に。
 さっき抜け出してきた空間へ向け、無造作に光球をぶっ放したティセは 「はい、封鎖完了」と、涼しい口調でこっちを見下ろす。
「ちゃんと家まで送ってあげてね、フィン」
「危ねーだろ、バカ!」
 たまらずオレは怒鳴り返した。二重三重の負担を強いられた心臓が、ばくばく言ってやがる。
「はぁ、びっくりしたー」
 他方、心底驚いたように仰向いたまま、どんぐり目をぱちくりさせるティアと。
「すごいです、グリフィン! たった数秒で落下地点を読み違わず受け止めるなんて、まさしく神業です!」
 真顔でピントのずれた感嘆を漏らす、インフォス守護天使。
「ちったぁ怒れよ、おまえら……」
「ちょっとあんた! なーにを勝手に、嫁入り前の女の子をお姫様だっこしてんの!? 放しなさいよーッ」
 ティセの乱暴ぶりに憤慨すると思いきや、すっ飛んできたシルフェまでが耳元で旋回しつつ、とんちんかんな主張をがなりたてる。
「文句つける相手が違うだろ、不可抗力じゃねえか!?」
「心配ないよ、クレア様。シルフェも」
 末期の脱力感に苛まれるオレを知ってか知らずか、降りてきたティセは、のんきに右手をひらつかせた。
「フィンは強いから。落っことしたり、しないから……ティアさんの護衛には、これ以上無いってくらい適任だって」
 口を尖らせ 「あのねえ、そういう問題じゃあ」 とぶーたれる妖精に向かい、
「ね?」
 人差し指を唇に当て、やけに楽しそうに片目を瞑った。
 苦笑いや微笑ならともかく、こいつが “にっこり” といった感じで笑うのは珍しく――なんとなく毒気を抜かれたオレは、面食らった様子のクレアと顔を見合わせ。
「わー……!」
 ティアに至っては、ほんわ〜と瞳を輝かせている。
 おいおいおまえ、さっき間違いなくその天使様に突き落とされたんだぞ? なに素直に憧憬の眼差し向けてんだ。
 そんな少女とオレを不満たらたら見比べていたシルフェだが、突然 「あ!」 とすっとんきょうな声を上げ、弾かれたようにティセを窺う。
「安心でしょ?」
 なにがおもしろいんだか、ますます笑みを深くする天使に。
 むぐう、と溜息まじりに呻いたシルフェは、へなへな草むらに座り込むなり呟いた。
「これで、いよいよ負けられなくなったかな。堕天使には――」

 ようやく一心地ついて、奇妙な圧迫感がキレイに失せた港町を後に。

「マジで元気そうだな……訳わかんねー場所に閉じ込められて、退屈しなかったか?」
「はい! シルフェと、たくさんおしゃべり出来ましたから」
 衰弱しているだろうとの予想は大きく外れ、笑顔で答えるティアはぴんぴんしていた。
 むしろオムロンへ送り届ける道すがら延々と、なぜかシルフェに睨まれ、職業女関係生活習慣etc質問攻めに遭ったこっちの方が、ターンゲリ家へ到着する頃には疲労困憊という有り様だった。

×××××


 丸2日もどこに行っていたんだ、と。
 わんわん泣くじーさんばーさんに平謝りするティア、こうして少女を連れ帰るのは、暴れオーク退治に引き続き二度目となったオレ。
 しきりに勧められた茶を断りきれず、2時間ほど、祖父母と孫の会話に交ざっていた。
 一緒に出された菓子は美味かったが、なにしろ家族団欒とは無縁の身。むず痒い居心地の悪さは、どうしようもなく。
「おわ!?」
 先を急ぐからとターンゲリ家を辞して、オムロン郊外まで出たときには正直ホッとしたんだが。
「ちょっと待てよ、あいつ――丸一年間行方不明だったんだろ?」
 とんでもない事実に、はたと気づいて立ち止まる。
「狭間じゃ時間の流れが違うったって、なんでじーさんたちの感覚まで狂ってんだ? なんだよ丸2日って……ちょっと森で迷子になってました、で片付けられる話じゃねえだろ!」
「え」
 右隣を歩いていたクレアと、ティアの前では出来ない話があるといって付いてきたシルフェは、びくっと硬直。
「ああ、うん。魔法ね」
 混乱するオレに、さらっと応じるティセ。
「おじーちゃんたちの心労は少ない方が良いでしょ? だからオムロンの町全体に、ちょっと魔法かけといたの」
「そ、そうそう、そうなんです! だってほら、ですね――お孫さんが悪霊に攫われたなんて言えないじゃないですか、大騒ぎになっちゃうでしょう?」
 クレアはこくこくと肯いたが、その表情はどうにもぎこちない。
「……おまえら、なんか隠してないか?」
「べつにー」
 そ知らぬ顔のティセ、ぶんぶんと首を横に振るシルフェ。
 やっぱり怪しいなと睨みを利かせたところへ、聞き覚えのある騒がしい声が音速で飛んできた。

「ティ、ティセナ様! 大変なんです、クレア様ーっ!!」

 涙目で天使に泣きついたシェリーは動揺しまくった早口で、戦った騎士がどうこうとまくしたてる。
 説明はまるっきり要領を得ず、レイヴと呼ばれる男と面識のないオレには、勇者の一員が敵に連れ去られたということくらいしか聞き取れなかったが。
「嘘でしょ? 予定だと、まだ国境を越えてもいないくらいじゃ」
 クレアは蒼白になって息を呑み、
「ごめんなさい、ごめんなさいーっ! 私じゃ全然、真っ黒いヒトに敵わなくって」
「狙ったようなタイミングね――もしかしたら、嵌められたのかも?」
 ティセは険しい眼つきで、オレたちに向き直った。
「ごめん、フィン。エスパルダ方面がまずいことになった……シルフェも。また会いに来るから、バーンズの件はそのときに」
 そうしてクレアとシェリーを伴い、転移魔法でその場を去った。



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グリフィンとティア。兄弟ネタは、まだ秘密♪時の淀みを伏せていても、なにかの拍子に気づく、気づきかける人間はいておかしくないと思う。