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◆ 黒衣の騎士


 ヘブロンとの国境から南に数百km。
 エスパルダの草原には、夜露をしのげるよう野営テントが張られて。
「道中モンスターにも遭わなくて、順調に、首都オルデンへ向かってたんです。レイヴ様たち……」
 敵グループとの交戦中に見失ったまま戻らない団長を、残された部下の人たちが必死に捜索して回っていた。
「だけど日が暮れたとたん、嫌な気配に囲まれて――地面からぞろぞろ現れた、鎧姿のアンデッドモンスターが襲い掛かってきて」
 剣技と人数、どっちもヴォーラス騎士団は引けを取っていなかった。むしろ優勢だったと思う。
 実際、ほとんどのモンスターは倒されて土に還ったのに。
「そこに一人だけ交ざってた、死霊か人間か区別のつかない真っ黒い騎士を一目見るなり、レイヴ様ってば指揮も戦闘も放っぽりだしちゃって」
 森の奥まで、敵のボスらしい影を追っていった。
 敵も味方も鎧姿で入り乱れてたから、団員の誰も、すぐには彼らしからぬ行動に気づけなかったみたいだ。
「“おまえ、リーガルなのか?” って、訊かれた騎士が……顔半分覆ってた、兜を外して」
 まず目を惹いたのは鎧と真逆な、白銀の短髪。
 骸骨に決まってると思い込んでたら意外にも、淡い月光に照らされた素顔は端正な、人間の。

『久しぶりだな、レイヴよ』
 勇者様と同年代に映る青年は、薄っすら笑みを浮かべてた。
『リーガル! おまえ、生きていたんだな』
 普段は顔面神経痛なんじゃないかってくらい無愛想な、レイヴ様が。驚きと歓びのない混ぜになった表情で、馬を下り駆け寄って。
『ヴォーラス騎士団を率い、反乱分子の討伐か? たった数年で、ずいぶん立派になったようだな』
 だけどリーガルと呼ばれたヒトは、嘲り牽制するように片刃の剣を突きつけた。
『すまない――俺は、おまえに謝らなければならない』
 旧知の相手らしいことは会話内容から判ったけど、どっちにしろ、戦闘を仕掛けてきた敵に変わりないはずなのに。
『あのとき俺は、おまえを見捨てた。親友のおまえを……言い訳など出来ない所業だ』
 見る間に青褪めたレイヴ様は、震える声を絞りだすように 『すまなかった』と頭を垂れて。しかも騎士にとっては命に等しいだろう剣を、鞘ごと投げ捨ててしまったのだ。
『おまえの望むようにしてくれればいい――許してくれ、リーガル』
 ほとんど土下座の体勢で膝をついて、謝罪を繰り返す。正気の沙汰とは思えなかった。
『……本心か?』
『ああ』
 返された即答に、不機嫌そうに両眼を細めて。
『惰弱な。それが騎士の誇りある姿か!? レイヴよ――さあ、剣を抜け!』
『いや。俺は、おまえと戦うことは出来ない……ぐぉッ!?』
 舌打ちした騎士リーガルは憤怒もあらわに、無抵抗の勇者様をめった斬りに痛めつけた。
『これでもか、レイヴ!? さあ、俺と戦え!!』
 どんなに挑発されて、とうとう甲冑が壊れて全身傷だらけの血塗れになっても、レイヴ様は反撃しなかった。
 私は瘴気の渦に阻まれて近づけなくて、回復魔法も届かなくて。
 向こうの会話が聞こえるんだから私の声だけ届かないはずないのに、なんだか騎士二人は切り離された世界にいるみたいだった。
『愚かな――おまえは、この程度の男だったのか? ヴォーラス騎士団長の最期にしては、あまりにも無様だぞ!』
 足元に倒れてピクリとも動かなくなったレイヴ様を、青年は、苦々しげに見下して詰った。
 そうして二人とも、黒い霧に包まれて消えてしまったんだ。

「私っ、同行してたのに……! レイヴ様」
 あの騎士に殺されちゃったんでしょうか、とは怖くて訊けなくて。
「だいじょうぶ」
 えぐえぐ泣きじゃくる私を慰めるように、だけどティセナ様は、さらっと物騒なことを言う。
「ここいら一帯、死臭が染みついてるけど、レイヴ様のは無いから――とりあえず、まだ生きてるはずよ。死んだなら遺体は放置していくだろうし」
「助け、られます……よね?」
「あの人が欠片でも、生に執着してるなら」
 肯定というには曖昧な返事をしたティセナ様は、森の片隅に飛び散った真新しい血痕を、凪いだ眼で見つめていた。

 たとえすぐさま救出できたとしても、レイヴ様は瀕死の重傷だ。
 回復魔法だけで完治するレベルの怪我じゃない、しばらくは絶対安静だろう。
 ファンガムからヘブロン、エスパルダまでの地域をカバーするのに、アーシェ様ひとりじゃあ心許ない。
 幸いフィアナ様が、戦線復帰できるくらい元気になっているから。ひとまずシーヴァス様には、ヘブロンに戻ってもらった方が良いだろうという話になって――クレア様は、異変に気づいて飛んできたローザと一緒に、教会へ報せに向かった。
『サルファで戦った黒衣の騎士が、去り際に言ったの』
 そうして二手に別れるとき、唇を噛んで、ずっと前に投げかけられたという台詞をこぼしていた。

“……時は来る。いずれ……また会おう……”

 今になって聞けば、この事態を想定していたように思える。
 天使のジャマが入らないときに、って意味だったのかは判らない。考えても遅すぎることだけど。

「また “狭間” か――いよいよインフォスの境界も、ぐちゃぐちゃになってるね」
 私にへばりつかれながら、ずっと辺りを探っていたティセナ様が溜息をついて、漂う瘴気を軽々と吹き飛ばした。
 景色はひとつも変わらない、だけど次の瞬間。
「みぎゃああああ!?」
 思いっきり至近距離な大樹の根元に、あぐらをかいた真っ黒な影。
 ただでさえ緊張してた私の心臓は跳ね上がって、しっぽの毛まで爆発しそうだった。
「……あなたがリーガル?」
「ティセナ・バーデュア、か」
 悲鳴がわんわん森にこだまする中、平然と問いかける天使様、気だるげに応じる素性不明の騎士。
「なんだ。私のこと知ってるなら、前置きは必要ないよね。攫ってった矢先に悪いんだけど――レイヴ様、返してくれないかな」
「連れ帰ってどうする? あの腑抜けを……放っておこうが引きずり戻そうが、もはや廃人同然だ」
 あくまで剣が届かない間合いを保ちつつ、会話する二人には、妙に敵同士という雰囲気が希薄だった。
 そりゃあ、彼女が強いのは知ってるし。
 レイヴ様の居場所を聞きだすまで、下手に攻撃する訳にもいかないんだろうけど。
「さあ? あの人が死にたがってるのは、知ってるよ」
 ティセナ様は、ひょいっと肩をすくめた。
「だけど、それを嫌だって泣く人もいるんだよね――死んで解決する問題ならともかく、あれこれ思い詰めてる魂って地縛霊になりかねないしさ」
「他人の心配をしている場合か? 貴女は」
 立ち上がった黒い騎士は、ふと哀れむような眼つきになった。
「……こんなところに居ていいのか」
 もどかしげで、困って、怒って、諦めた、嘆くような声音は。
 つい数時間前、ひどく激昂してレイヴ様に罵声を浴びせてた敵とは、ずいぶん印象が違って寂しそうにさえ映った。
「なに、なんの話?」
 さすがのティセナ様も戸惑ったみたいで、眉をひそめて訊き返す。
「騎士崩れのレイヴなら、廃墟の館に、鎖で拘束したまま捨て置いた――インフォス全土、くまなく調べれば見つかるだろう」
「どっ、どこに居るんですか! レイヴ様は!?」
 すっかり怯えていたのを忘れて私が問い質すと、黒い騎士は失笑した。
「敵に塩を送るにも程があるだろう? 連れ戻す価値があると思うなら、探すがいい……奴の牢には呪術を施してある。歪みを凝縮した時の中、飢餓、失血、衰弱、すべての死は訪れることなく苦しみだけが永劫に続く、まさに生き地獄だ」
「あ、悪趣味ーッ!!」
 憤慨する私を一瞥して、ティセナ様に視線を戻す。
「俺が “アンデッド” ということは判るな? レイヴを放り込んだ館は、我が魔力の支配下にある――いまここで俺を屠れば、あいつも魂ごと消滅するぞ」
「勇者の命か、敵の速やかなる抹消かの二者択一……ずいぶん用意周到ね。こっちが探索に手間取ってる隙にまた、どこか別の場所を狙うっていうの?」
「さあな」
 天使様に睨みつけられても、レイヴ様が人質になってる限り手出しできないと踏んでいるのか、それきり話を打ち切って。
 リーガルという人間だったらしい騎士は、黒いマントを翻した。



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普通にゲームプレイしてると、ティア復帰と入れ替わりに行方不明になる騎士様でした。
リーガルは、天使の横槍無しにケリをつけたかったんじゃないかと夢を見てみる。