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◆ 聖なる夜に(2)


 キンバルトへの旅路に。
 シーヴァスは、オムロンを訪れていた。

 以前はセアラを連れていたため、ともに宿を借りたクレアだが――今回は、実体化することなくベランダへ降り、沈んだ面持ちで外を眺めている。

(……クリスマスを祝うどころじゃないな、まったく)

 椅子の背に、上着を投げ出しながら。
 通過してきた街並みの暗澹たる様を、つられるように思い返して溜息ひとつ。

 なにも宗教祭りに便乗して、浮かれ騒ぐシュミは無い。つい最近、フィアナ・エクリーヤの快気にかこつけ、教会でホームパーティーを味わいもした――が、まるっきり冬を感じさせぬ南国にて、シャンパンすら出ない素朴な夕食。
 なにより葬式さながらに漂う、陰鬱な空気は、どうにかならないかと思ってしまう。

『――アルプへ?』
『縦縞ポンチョの子よね? 確かに、そう言ってたわ』
『この村を通ったのは、半月前じゃったかな。もう辿りついている頃だろうねえ』
『そうですか、ありがとうございます!』

 先日、立ち寄った集落で、ヤルル・ウィリングの目的地が判明したまでは良かった。しかし、

『もしかして、あなたたち……アルプへ向かうつもり? 今は、やめた方がいいと思うけど』
 心配そうに呟いた孫娘に、傍らの老人は苦笑しつつ応じた。
『なぁに、だいじょうぶだろう。この人たちは子供じゃないんだから』
『だけど実際は、抵抗力の問題かもしれないでしょ? クヴァールとキンバルトの国境だって、いつ封鎖されるか分からないわよ』
『なにかあったんですか? 国境封鎖って』
 含みある会話に、クレアが眉をひそめ。
『疫病が流行りだしてるんですって、原因不明の。ちょうど、ヤルルちゃんが出発したすぐあとだったかな?』
 相手は、難しげな顔つきで。
『南大陸のあちこちで、子供ばっかり集団発症してるって噂を聞いて――話に出た地名が遠いところばかりだったから、そのときは、大変だなぁ〜としか思わなかったんだけどね。この間、隣町から来た行商人が、アルプに住んでる子たちも似たような症状で倒れたっていうのよ』
 せっかくクリスマスシーズンなのに、お祭り騒ぎする雰囲気なくなっちゃったわ、と嘆いた。
『まあ、医師協会でも治療法の確立されてない奇病じゃ。大人に感染例が無いからといって、油断は出来んのう』
 しみじみと肯いた祖父に、意を得たりとばかりに語気を強くして言う。
『もちろん、無理には引き止められないけど……あの子を見つけたら、すぐアルプを離れた方がいいわ。発病しないうちに』


 そうして辿り着いたオムロンでは、まだ感染例こそ報告されていないものの。
 すっかり風評に怯えた親たちが、我が子の発症を阻止すべく、門扉を堅く閉ざし外出を控えているため――聖夜にも関わらず、路上は閑散としていた。

「一難去って、また一難……か」

 ベランダへ出て話しかけると、クレアは、心ここに在らずといった様子で振り向いた。
「やたら元気のいい少年だ。そう簡単に、流行り病などかかるとは思えんが――無事でいてくれれば良いな」
 曖昧に 「……ええ」 と頷くが、表情の翳りは拭えない。
「――少し、訊いていいか?」
「は、はい」
 戸惑いつつも了承した天使に、シーヴァスは気後れを持て余す。
 だがアルプへ到着すれば、まず間違いなく天界がらみで忙殺されるだろう。話をするなら今のうちだ。
「ジャックハウンド捜索が、なぜ “個人の用” になるんだ」
「え?」
「勇者を付き合せては気が引ける、と言ったろう? 堕天使の手掛かりを追うなら、れっきとした任務の範疇だろうに」
 認識があれど、無意識にしろ。
 私情を挟んでいなければ、ああいった物言いにはならないはずだ。それに、
「いまさらだが、あの夜――悪ふざけが過ぎて、君にひっぱたかれた日だ。本当は、なにか話があって来たんじゃないか?」
 からかって反応をおもしろがり、彼女を憤慨させた前科は数知れず。
 しかし、件の激昂ぶりは尋常でなかった。
 語調の苛烈さときたら、かつてソルダムを目前に、グリフィンと言い争って受けた叱責に近かったくらいだ。
「…………」
 困り顔でうつむいた、クレアは気まずげに視線を泳がせ。
「いや、終わったことを蒸し返すつもりは無いんだ。教えられないなら、無理に答えなくていい。ただ――」
 シーヴァスは迷いつつ、言葉を続ける。
「なんというか、怒り方が……君らしくなかった気がしてな」


 それきり、沈黙が落ち。
 話題を変えて室内に戻ろうかと考え始めたところで、ようやく彼女は重い口を開いた。

「……兄様が、いないんです」

 しかし途切れがちに語られた、 あやふやな主観が入り混じり、インフォスと天界を背景に時系列も前後した “事情” は、まるでを要領を得ず――あらかた聞き出してしまうには、たっぷり一時間近くかかった。

 面識ある踊り子が、とうに齢百を越えていること。
 クレアの兄・ラスエルと愛し合い、将来を誓い合った行では、さすがに理解力が及ばず話の腰を折っていた。
「そんなことが、出来るのか……?」
 天使が人間になり、地上で生きるだなどと。
 姿形こそ似通う部分はあれど、寿命はおろか、生物としての有り様さえ異なるというのに――単に実体化したまま、人間社会に留まって暮らすという意味だったなら、有り得るかもしれないが。

「分かりません、でも」
 ぽつりぽつり呟いて、クレアは、理解不能だと言うように頭を振った。
「ナーサディアはずっと待ってるのに、どうして兄様は、彼女を放ったらかして……約束を反故にするなんて」
 今にも泣きだしそうな目で、ラスエルを詰りつつ。
「恋愛って、なにを根拠に成立するんでしょう? 好きだとか愛してるとか、男の人は、そういうこと、冗談で言えるものなんですか」
「違う、私は――!」
 縋る藍青の眼差しを向けられた、シーヴァスは、反射的に口を突いて出かけた単語に、当惑して息を呑む。

(……私は、なんだ?)

 漠然としたそれを表す、適切と思われる単語はあった。だが、
「あの……?」
 訝しげに首をかしげた、彼女の声に、はっと我に返り。
「いや、私を基準に考えるな。普通は、戯れに愛の告白などしない――真面目な性格の男であれば、なおさらだ。そんな魔法がナーサディアに施されていたからには、相当の理由があったんだろう」
 焦りを押し隠しつつ、消息不明の男天使を擁護した。
「ラスエル・ヴァルトゥーダは、自慢の兄だったんじゃないのか? 君が信じてやらずに、どうするんだ」
 恋人や妹に見限られては戻ってきても顔を見せにくいだろう、と宥められて。
「そう、ですよね……嘘だったなんてこと、ないですよね」
「ああ」
「ジャックに訊けば、なにか分かりますよね」
「無駄足にはならないだろう」
 少し安堵したように表情を緩めた、クレアの横顔を盗み見つつ、シーヴァスは自問する――ついさっき湧いた、感情の核を。
 あらためて考え、失笑した。

(馬鹿げたことを……彼女は、天使だぞ?)

 気の迷いだ。
 そう片付けてしまえば、くだらない錯覚のように思え。それきり、浮かび上がっていた感覚は再び意識の底へと沈んだ。




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自覚……未遂。なんでしょう。
戸惑う勇者を放ったらかしに、天使は兄さんのことで頭一杯です。