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◆ 砕け散る平和(1)


「ふん、まだ錆びついてはいなかったようだな」
「おいおい。剣術は、なにも騎士団の特権じゃないだろう」
 背中合わせに間合いを計りつつ、敵兵の一人を蹴倒して奪った白刃をかまえ、エディークはうそぶいた。
「レディを守れる程度の腕は、維持しときたかったんでね」
「ほう、残念だったな? ご婦人方は、とっくに奥の居館へ避難してしまった――それなりの雄姿も見届けてはもらえんぞ」
「賊をひっ捕らえた美青年に感謝ってことで、麗しき姫君から、接吻のひとつも賜れれば充分じゃないのー?」
 押しよせ斬りかかってきた侵入者を叩き伏せては、不敵に言い返す。
「おまえこそ、やけに余裕じゃん」
「ここ数年、クレアたちが持ち込む “依頼” に振り回され続けていたからな。鍛錬をサボる暇も無かったさ」
「そりゃ羨ましいこって!」
 チッと舌打ちして、また通路の左右からワラワラと数を増やした武装勢力を睨みつける。
「……で? なんなんだ、こいつらはッ」
「私が知るか! とにかく扉の先へは一歩たりとも通すなよ!」

 そうしてほどなく。
 シャリオバルト城を混戦状態に陥れた輩は、次々と捕縛され――動揺と緊張の尾を引いたままながらも、血生臭い剣撃音は途絶えた。



「王を暗殺して、政権を掌握するつもりだったぁ!?」

 憤然と地下牢から戻ってきた騎士団員を呼び止め、エディークが尋問の成果を訊ねれば。
「ああ。仔細は、ラーハルト様が直々に追及している最中だけどな」
「団長が失踪したまま英霊祭を控え、城の人間も忙殺されている今が狙いどき、と踏んで。夜まで階下の倉庫へ身を潜めようと、騎士に扮して白昼堂々、数人ずつ別々の通用口から侵入したらしい……巡回の衛兵に発見されて、あっという間にボロを出したわけだが」
 ウォルターとブライアンは、代わる代わる答えた。
「そんな理由でクーデターを企てるとは――ずいぶん舐められたものだな、我々も」
 シーヴァスは、やれやれと肩を竦める。
「自分ひとりを欠いただけで警備網が緩むような、半端な部下の鍛え方を、レイヴの奴がしているものか」

 ヘブロンは、常に屈強な騎士を求めている。
 自然、定期的に新顔が増えていくため、ヴォーラス市街で見慣れぬ鎧姿の人間とすれ違ったくらいでは誰も気に留めず。
 だからこそ城内規律は徹底しており、各塔を任された小隊は、ネズミ一匹も逃さぬほど監視の眼を光らせているのだ。そ知らぬ顔で通り過ぎようとしたところで、職務質問を受けず済まされるものではない。
 敵側の剣技は、可もなく不可もなくというレベルだったが。
 衛兵の迎撃を突破した一部の者たちも、たまたま現場に居合わせたシーヴァスらの手で、王の居館に辿り着くことなく取り押さえられていた。
 杜撰すぎる計画からして、黒幕は、この国の事情を表面的にしか知らぬ外部犯だろう。

「……いつ御自分が戦死してもかまわぬように、という考えの持ち主であったからな。団長は」
 つぶやく低い声に振り返れば。レイヴの副官が、苦りきった顔つきで立っていた。
「! お久しぶりです、ラーハルト殿」
「連中の自白は得られましたか? 我々に手伝えることがあれば――」
「いや、それには及ばん」
 こちらを一瞥、エディークの申し出には片手を振って、短く告げる。
「リーダー格の男が洗い浚いを吐いた。事の首謀者は、ファンガム王国大臣ステレンスだと」
「ファンガム!?」
「ああ。まず我が国の機能を麻痺させておいて、ブレイダリク王を殺害したのち、一気にカノーアまで支配しようと目論んでいたようだ」
 シーヴァスは、それを愕然と聞いていた。
 昨晩ちらりとヨースト邸に顔を出していった、ローザの話では、確か建国祭を機にと。

(家出中だった女勇者を送り返しに、クレアが……)

×××××


 久しぶりに任務抜きでゆっくりと面会に訪れた、天使が。
 マクディル姉弟がデュミナスを離れたこと。魔女と恐れられていた后妃の失踪により、帝国では穏健派が武装蜂起――ミライヤの側近だった武官は拘束され、ひとまずカノーアに迫っていた脅威が退いた旨を伝えると。
 アーシェは、どこか寂しげに笑って。

『クレア……私、国に帰るわ』

 他人に偉そうに説教しておきながら、自分だけ、立場から逃げ続けるわけにいかないから。
 最後に1日だけ、身分もなにも関係なしに遊びたいと。
 せがむ彼女に頷いて、足を伸ばすこととなったファンガム王国首都・グルーチ。



「見てみて、あっち――パレードやってる!」
「ホント、すごく華やかですね。皆さん楽しそう」

 アーシェが指差したメインストリートでは、愛嬌あるピエロなど、色とりどりに仮装した老若男女がラッパや笛を吹き、アコーディオンを奏で、太鼓を打ち鳴らしては練り歩いていた。
 会場のどこかで配っているんだろう、すれ違う子供たちのほとんどが風船を持っていて。
 駆け回るうちに手を離してしまったらしい赤や黄色の球体が、ときたまふわりと蒼穹を漂っていく。

「建国祭って、毎年開催されてるんですか? 五月頃に、上空を通りかかったことは何度もありますけど、こんなお祭りがあるなんて気づけませんでした」
「ううん。長年続いてた紛争のせいで、ファンガムの財政にはそんな余裕無いし……贅沢するより、まず民の日常生活を充実させて、っていうのがお父さまの政策だったから。だいたい五年に一回くらいかな?」
 出店で買ったクレープをぱくつきながら、少女は感慨深げに答えた。
「でも、ずいぶん派手になった! いつも、お城の中から眺めるだけだったから。こんなふうに楽しむのは初めて」
「せっかくですし、たくさん見物して回りましょうね。アーシェ」
「うん! ねえ、お城の方に行ってみない? もうすぐ、お父様がスピーチするはずなの」

 すっかりはしゃいだ勇者の提案により、公道に面したバルコニーを目指すこととなったは良いが。
 舞台へ近づけば近づくほど、押し合いへしあいの波に阻まれて一向に進めない。

「ごめんなさい、すみません、通らせてください〜」
「うーっ、見えないぃ!」
 ひしめく来場者にもみくちゃにされながら、悔しげにもがくアーシェ。
 神経をすり減らしつつ共に前進を続けていた、クレアはふと、ポーチ内にある “水の石” がせわしなく明滅していることに気づいた。
(……シーヴァス?)
 彼が呼んでいる反応だ。なにか急ぎの用だろうか?
 けれど、こんな場所で実体化は解けない。今日はアーシェに付き合うと約束したのだし、ファンガム界隈が平和なぶん、一番放ったらかしにしてしまった感もある。お祭り会場に一人放り出されてはたまらないだろう。
 なによりブレイダリク王の演説を聞くには、今からここを抜け出し、隣国の勇者を訪ねて帰る時間などありはしない。
(もう、こんなとき結晶石にテレパス機能が備わっていれば助かるのに!)
 とにかくスピーチを聞き終えてから、などと考えている間に、
「ああ、アーシェってば? 流されていかないでください、はぐれますっ」
「助けて、潰されるー!」
 わたわたと悲鳴を上げながら遠ざかっていく少女を、クレアは、急ぎ手を伸ばして捕まえた。
「もしかして、人込み苦手ですか?」
「だってこんな混雑した場所、徒歩で移動することなかったもの」
 乱れた黒髪を手櫛でなおしつつ、肩で息をするアーシェ。
「私もですけど、がんばりましょうねアーシェ! なんとかバルコニーまで――あっ、見えてきましたよ」
「ええっ、どこ?」
「向こうです、あれでしょう? 冠をかぶった男性や、アーシェに似た顔立ちの青年と、お付きの方々がたくさん立ってる」
「お兄様も出てるんだ? うわああん、見えなぁーい!」
 幾度となく背伸びするが、やはり視界に映らないようで。もどかしげに懸命に、人垣を掻き分ける。
「いーなぁ。私も、クレアくらい身長ほしかった。何cmあるの? 167とか、そのくらい?」
「センチ? さあ? 測ったことがないものですから……」

 答え、バルコニーの方へ眼を凝らそうとしたとき。
 晴れやかな歓声に沸きかえっていた一帯が、すうっと、水を打ったように無音の世界と化した。

 奇妙な静寂。
 前方から風に乗って、かすかに鼻腔を掠めた異臭に、クレアは眉をひそめる。

(――血の匂い?)

「おい、あれ……周りの兵士が、剣を抜いてるぞ」

 呆けたような、誰かの声を引き金に。
 恐怖に満ちたざわめきが、波紋のように広がって、そうして。

「はーっはっはっは! 我らが民よ、見るがいい――長年にわたり他国に媚びへつらってきた、腰抜けのブレイダリクは、たった今死んだ!」
 高らかに叫んだ兵士の足元には、倒れ伏す人影がふたつ。
 バルコニーの縁から、ぽたぽたと落ちる赤い雨。
「今日このときよりファンガムは、偉大なる戦神であらせられた先王の御遺志を、真に受け継ぐステレンス様のものだ!」
 宣言に応じて。
 白い髭をたくわえた初老の男性が、悠然とバルコニーへ姿を現したと思いきや、血に染まったブレイダリク王の冠を奪い取る。

「お父様が……殺された……?」

 アーシェの乾いた呟きが、ひどく現実味なく聴こえた。



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アーシェのシナリオって、何気に誰より酷かもしれません。心構えする間もなく、お父さんだけでなくお兄さんまで、すぐ傍で死んじゃうんだからなぁ。