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◆ 選ぶべき道(1)


「あんなこと言って、レイヴ様が自殺なんかしちゃったらどうするんですかあー!?」
「べつに、どうもしないけど?」
 牢獄に留まろうとジタバタする私を掴まえて、廃墟の外へ出たティセナ様は、
「テキトーに宥めてヘブロンに連れ帰ったって、また騎士リーガルが攻めてきたら同じことの繰り返しでしょ。誰かと関わって生きてる限り、命は独りよがりに捨てて良いモノじゃないけど――レイヴ様の気持ちは、そうじゃない」
 ちょこんと木陰に腰を下ろして、欠伸なんかしてる。
「支えやキッカケは必要だとしても、結局のところ、彼にしか解らないし救えない。ケジメは自分でつけるしかないんだから」
「だけどですねえっ、落ち込んでるときって優しくされたいものじゃないですか? かまうなって言われて、じゃあ勝手にしろは無いですよ!」
「シェリーは、いい子だねえ」
 ふわっと目を細めたティセナ様に、頭を撫でられた私は、
「でもね。弱ってるとこ同情されたらもっと死にたくなっちゃう、マイナス思考な人種もいたりするんだよ」
「…………」
 なんだか勢いを削がれて黙ってしまう。
「それに優しくっていうなら、ずーっとそうされてきたはずね。ファンガムとの戦いで、生き残ったレイヴ様が功績を独り占め――信頼されて賞賛浴びて、令嬢たちにきゃーきゃー騒がれて、ヴォーラス騎士団長にまで上り詰めたわけだけど? 羨ましがられこそすれ、彼を責める人間なんかいなかったと思うよ。戦死者なんて他に数え切れないくらいいただろうし」
「独り占め、って」
「たぶん、そんな認識でいるんじゃない? ……親友を踏み台にして生きてるって」
 そもそも軍人って仕事はそういう側面含んでるのにと、ティセナ様は嘆息した。
「剣の腕を磨いて理想描いて。だけど、どんな大義名分があったって戦場は殺し合いする場所――ヒトが簡単に死んじゃうってことは、直面してからようやく思い知ったんでしょ」
 そうかもしれない。
 だってみんな、きっと平凡な未来が続いていくことを疑わずに生きてる。
「あんな形で騎士リーガルと再会しなければ、時間に癒されるって選択肢も有りだったろうけど。インフォスにはもう、そんな余裕残ってないから……酷でもなんでも、傷痕は直視してもらうしかない」
「だからクレア様には、報せずに来たんですか? レイヴ様が見つかったこと」
「ん?」
「優しくしちゃうから」
 私の質問に、ティセナ様は 「なに言ってんの」 と笑った。
「ここへ来たのが彼女だったら、レイヴ様は今頃、往復ビンタ食らった挙句に叱りつけられてるよ。あなたがそんなことでどうするんですか!? ――って」
「うえぇっ?」
 想像できないような、考えるのが怖いような。
「……生きることに関しては、甘やかしてくれないヒトだから」
 ほんわかな外見に似合わず、喜怒哀楽がハッキリしてることは確かだけど。
「半分一緒に背負うからって、親身に考えそうなトコは “優しい” って言えるかもしれない。ただ――それに慣れちゃうと、いなくなった後がキツイしね」
 そうだった。
 ときどきうっかり忘れそうになるけど、私たちは、ずっとインフォスにいる訳じゃないんだ。
「だけど、もしレイヴ様が立ち直れなかったら……」
「じゃ、賭けでもする?」
 ティセナ様は、にやっと意地悪い顔をした。
「私は、底力見せてくれると思うけど。シェリーは彼が、あのまま自殺するって考えてるんだ?」
「そっ、そんなことないです! レイヴ様、そんな根性ナシじゃないはずですもん!」
「どっちも再起に一票じゃ、ちょっと賭けにならないねー」
 そうして大樹の幹に寄りかかって、事件の記録ノートなんかを取り出した。
「……ここで待つんですか?」
「うん」

 反対する理由も見つからなかったから、私は、大樹の枝に寝そべった。

「お天気いいですねー」
「そうだね、お昼寝日和?」
「こんなに晴れてるのに、やっぱり――インフォスの時間は淀んでるんですよね」
「さっさと黒幕を見つけて、たたっ斬れれば早いんだけどねえ」
「すみません……探索成果、出せなくって」
「シェリーが謝ることないよ。こんな少人数でどうにかさせようっていう、天界上層部がムチャなの」

 雑談しながらぼんやり過ごして、そろそろ一時間が過ぎるときだった。

 館の正門がギギィッと軋んだ音をたてて。
「あっ」
 ゆっくりゆっくり、長身の人影が歩いてくる。ダークブラウンの髪がそよ風に揺れて――彼の感覚じゃ、どれくらいぶりになるんだろ? 差し込む陽射しに眩しげに、空を仰いだ。
「レイヴ様!」
 肌が元から浅黒いから目立たないけど、治ってない傷から血が噴きだして。さっきより怪我が増えてる気がするのは、もしかしたら脱出する途中でアンデッドと戦ったんだろうか? そういえばクレイモアの刃もどす黒く汚れてる。
「…………」
 木陰にいる私たちを見つけた、勇者様は呼吸も苦しそうに掠れ声で言った。
「世話をかけたな、ティセナ。シェリー」
「まったくです」
 肩をすくめた天使様は立ち上がって、なにやら呪文を唱え始める。
 私はというと、嗅覚麻痺状態に陥って返事が出来なかった。
(うえええ)
 本当なら感動の再会シーンなんだろうけど、閉じ込められてた環境がアレだから仕方ないんだろうけど、ずっと牢獄にいた本人は慣れちゃって自覚無いのも分かるんだけど、現実は容赦なく立ち塞がるわけでレイヴ様ってば――
「!?」
 そこへドバシャーッと、局地的な雨が降った。
 ものっすごい臭いが掻き消された代わりに、また別の異臭が漂ってきて、私は涙目で鼻を押さえる。
(あう? これって、つい最近どこかで)
 “がふっ” とも “ごえっ” ともつかぬ声を漏らして、脇腹を押さえたレイヴ様はその場に膝をついた。
「なな、なんの回復魔法を使ったんですか? ティセナ様」
「魔法じゃないよ。消毒液とオールポーションを空中で混ぜただけ、悪臭除去、殺菌終了っと」
 ああ、そうだ。
 クヴァールの医師協会に充満してた、消毒液の臭い……って。
「傷口に消毒液って、メチャクチャ痛いじゃないですか! それをイキナリ重傷な勇者様の全身に浴びせるって、天使様がすることですかぁあああ!?」
「頭も冷えて、ちょうど良いでしょ? 痛けりゃ、夢じゃないって分かるし」
「――確かに、な」
「なに開き直ってるんですか、レイヴ様も納得してる場合ですか!? 激痛でショック死しちゃうケースだってあるでしょお!」
「そのくらいの痛み、耐える基礎体力はありますよね?」
「ああ。俺はそこまで、弱くない」
「なぁーに痩せ我慢してるんですかッ! リーガルさんに詰られただけで戦闘不能になっちゃうくらいデリケートなくせに……あれ?」
 ぐっと呻いたレイヴ様は、がっくり肩を落として動かなくなってしまって。
「シェリー、思いっきり致命傷えぐってる」
「え」
 うろたえる私に、わざとっぽく遠い目になるティセナ様。お日様ぽかぽか、なのに足元どんより湿った空気。
「つくづく容赦ないものだな、天の御遣いとは――」
「うわあ、ごめんなさいごめんなさい! えとえと、無理するのは良くないなぁって思っただけで」
「悪気ない方が困りものですよねえ? 怒るに怒れないし」
「そうだな……」
「みゃあああぅ〜」
 あたふた飛び回ってる私を眺めながら、勇者様と天使様は、どこか似通った表情で苦笑した。
「冗談だ、気にするな」
「――だってさ。良かったね、シェリー?」
「気にするなって言われたってなりますよぉ、冗談にも聞こえませんー!!」


 とにかく勇者様救出任務、完遂。


 今のレイヴ様に転移魔法の負荷は、さすがに酷だからと。
 脱出用に、いかだを造ることにして海辺へ出たら、船着場らしい入り江に係留されてる小船を発見した。
 ずいぶん古そうだけど腐ってはいない、2、3人が乗ってもビクともしなさそうだ。
 廃墟とはいえ城址があったわけだから、バルバ島を別荘地にしてたヒトの忘れ物なんだろうか。それとも……。
(なんにしたって、船は船だもんね!)
 ティセナ様が結界と、風の魔法をかけて。
 飲料水や保存食なんかも手際よく、ポンポンっと出してくれて。

「ティセナ」
 船に乗り込んで出発する前に、レイヴ様は、あらたまった調子で言った。
「迷惑をかけた。すまなかったな――だが、感謝している」
 憑き物が落ちたように穏やかに、微苦笑を浮かべる彼は、私が知ってる仏頂面の騎士様とは別人みたいだ。
「“犬死に” は、さすがに効いた」
「ほとんど受け売りなんですけどね、さっきの」
 ティセナ様は肩をすくめて、勇者様の背中を押し出した。
「ヴォーラスに着けば、息つく間もなく軍務に復帰でしょう。せいぜい身体、休めといてください」
 そうして、ひらひら片手を振って。
 船が潮風に乗りだしたのを見届けると、ふぃっと消えてしまった――また “狭間” の探索に戻ったんだろう。
 ローザは、行方不明になっちゃったアーシェ様を探してるはずで。

(ヴォーラスまでのお供は、私がしっかりしなきゃ!)

 遠ざかっていくバルバ島を見つめながら、レイヴ様は、ぼそっと呟いた。
「……シェリー」
「はい?」
「俺は、まだ間に合うか?」
 具体的になんのことを訊かれたかは、正直よく分からなかったんだけど。
「当ったり前ですよ、間に合いそうになくっても走って間に合わせなくちゃでしょ!」
 私は握りこぶしで答える。
「レイヴ様が失踪してから、もう嫌がらせかってくらいあちこち事件続きだったんですよ? 火を吐く巨人に遭遇したり、堕天使の分身まで現れて。デュミナス軍がカノーアに攻め入って、竜の谷は内乱! ドラゴンが半壊させたラルースを、后妃ミライヤがまた襲ったり――そんでもってファンガムじゃ大臣がクーデターが起こして、シャリオバルト城にも敵が潜り込んだり!」
「なに?」
「ヘブロンの王様暗殺は、シーヴァス様たちが防いだんですけど。ファンガムは、第一王女のアーシェ様が生き残っただけで……その彼女も行方不明になっちゃって。グルーチは、まだクーデター兵に占拠されたまま……ヴォーラス騎士団のヒトたち、レイヴ様がいてくれればって思ってるに決まってます!」
「そうか、シーヴァスが――」
 頷いたレイヴ様は、きりっと騎士団長の顔になってうながした。
「各地で起きた、事件の顛末……分かる範囲でかまわない、詳しく教えてくれ。ヴォーラスへ戻るまでに把握しておきたい」
「任せてください、おしゃべりは大得意ですから!」
 私は大張りきりで、報告を開始して。
 魔法に護られた船はヘブロン王国へ向けて、すいすいと浅瀬を北上していった。



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シーヴァスメインな小説である以上、彼を救出に向かわせるのが王道という気もしますが……レイヴ不在だからこそ、ヘブロンの守りに専念するというのも友情かと。