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◆ 護りたかった、誰か(1)


 軍会議が終わってから二言三言、レイヴと言葉を交わし――城を発とうとしていたところ。
「シーヴァス殿! ……少し、良いだろうか?」
「どうしました?」
 呼び止められて振り返れば、
「貴公に目通りを願う者が、来ていてな」
 さっきまで諸国より集った将校らと、ステレンス一派に関し対策を練っていたはずの、ヴォーラス騎士団副長がつかつかと歩み寄ってきた。
「? 軍の関係ですか」
「ああ。ただし、ヘブロンの人間ではなく」
 ラーハルトは一呼吸置き、なにやら難しい顔つきで答える。
「カノーアのヒューバート元帥直々に、紹介を受けた。生き残った王族派を束ねる、ブレイダリク家の忠臣だと――」

×××××


 いつになく物々しい空気に浸された、ヨースト邸の応接間にて。
「お初にお目にかかります、クレア殿」
 ソファに腰を下ろそうともせず直立不動で、彼女を待ち侘びていた男は、深々と頭を垂れた。
「ファンガム王国将軍、ウォルフラムと申します。本日は、是非お願いしたいことがあり……こうして失礼を承知で、突然おじゃましました」
 白い顎鬚に、やや後退しつつある頭髪と、老年に差し掛かりながらも衰えを感じさせぬ屈強な体躯。
「は、初めまして。クレア・ユールティーズです」
 引き合わせる前に、相手方の用件は掻い摘んで伝えていたが――それでも当惑は隠せないらしく。
 見知らぬ人間の面会希望に応じた、天使は、辞儀を返しながらも不安げで。
「……そう緊張するな、私も同席する」
 シーヴァスが苦笑まじりに囁くと、ようやく表情を緩め、客人をうながした。
「あの、どうぞお掛けください。すぐに済むお話ではないのでしょうし、私もお聞きしたいことがありますから」

 正直、屋敷へ招くだけのことにも抵抗を覚える相手ではあった。
 なにしろファンガムとヘブロンは、数年前まで武力衝突を繰り返していた間柄である。
 和平条約を結び、友好関係も修復されつつあった、とはいえ――同僚を殺し殺された軍部同士の遺恨は、そうそう薄れるものではない。レイヴが “ああなった” 原因も、元を辿れば隣国との紛争だ。
 さらに齢50をゆうに越えるウォルフラム将軍は、アーシェと異なり、近隣へ侵略戦争を仕掛けていた時代のファンガムを支え戦ったに違いない猛者であり。
 シーヴァスは、彼が本当に、王女の味方であるか否かを判断する術を持たない。
 対面した限りでは実直な武人という印象、嘘をついている様子も無かったが……たとえウォルフラムが善人であっても、王族派という触れ込みの人間全員を信用できるとは言えないのだ。
 クーデターを起こした逆賊が、どこの誰であるかを思えば。
 ファンガム政府の重鎮であった者たち、すべて疑ってかかるくらいの用心はすべきだろう。
 しかもシーヴァスを訪ねてきた理由が、よりにもよって 『姫様の友人と思しき、銀髪の女性を探している』 となれば――
「お話は分かりました」
 王女の居場所に心当たりは? と。
 問われたクレアも、期待を抱くと同時に警戒したか、保護下にある女勇者のことは億尾にも出さず。
「確かに私は、アーシェと個人的に親しくしていました。彼女の身を案じていますし、早くファンガムに平和が戻れば良いと思っています」
 さすがに “家出” では体裁が悪く、アーシェ個人の経歴にも傷が付きかねなかったからだろう。
 ウォルフラム将軍によれば、王女の不在に関してファンガムでは、見聞を広めるため留学中ということになっていた (まあ大雑把に考えれば間違ってはいない) らしい。
 そうして行方不明のアーシェを探すうち、よく一緒に街を散策していた女性の目撃証言が相次ぎ、どこの令嬢だという話になり。ヘブロン界隈での聞き込みを経て…… “シーヴァス・フォルクガングの知人” に辿りついたという。
 いくら人目を惹く容姿をしているとはいえ、名も素性も定かでないクレアを探し出すとは――もはや根気を通りこして執念以外の何者でもない。
「でも……彼女を探して、どうなさるおつもりですか?」
 天使は、ゆっくりと訊ね返した。
「御父上も兄君も喪って、ファンガムへ戻れば間違いなく命を狙われるでしょう。アーシェは」
 彼女を亡き者にすれば、ブレイダリクの王統は途絶える。
「本人も、クーデター兵から逃れるために身を隠しているのでは? 安否を確かめたいお気持ちは分かりますが――先日の、シャリオバルト城の例もあります。ヘブロン領内といえど、ステレンスに与した者が潜伏していないとは限らない。あなた方が不用意に動き回れば、いたずらに彼女を危険にさらす事態になりかねませんよ?」
 敵もまた、血眼になって王女を探しているだろう。
「アーシェ様の御身にかかる負担は、重々承知しております。ですが……」
 反乱軍にはモンスターも含まれるため、戦力差を考えれば、王族派はあきらかに不利な状況にある。
 だが、王家が存続していると判れば、出方を決めかねている諸侯や隣国の支援も得られるはずだと。
「我々には、アーシェ王女が必要なのです!」
 必死の形相で食い下がるウォルフラム将軍に、なにか分かれば連絡すると約束して、ひとまず引き取りを願ったあと。

「……シーヴァスに心配されたとおり、ですね」
「? なにがだ」
「私が人間の姿で、あちこち出歩いていたことが。アーシェの消息の手掛かりにされてしまうなんて――」
 クレアは、すっかりしょげた様子で。
「今回、お越しになった人物はウォルフラム将軍でしたけど……もし、これが素性を偽ったクーデター兵だったりしたら。お屋敷の皆さんにまでご迷惑をお掛けしてしまうところでしたし」
 うっかり見咎められては取り返しがつきませんしと、溜息まじりに呟いた。
「当分、実体化の術は自重します」
 そこまで深く考えて説教した訳ではなかったシーヴァスは、反応に詰まり。結局、そうだなと曖昧に頷いた。


「ウォルフラム将軍が!? 来てたの?」

 夕方になって。
 修行疲れの昼寝から起き出してきた少女は、事の展開に目を丸くしていた。
「ええ。王族派を指揮するため、表舞台へ上がれば――クーデター兵に付け狙われる危険はありますが。ファンガム奪還を志すには、またとない機会でしょう」
「……うん」
「まず数日間、将軍の身辺をローザたちに調べてもらって。不審な人物が紛れ込んでいなければ」
 クレアは慎重な語調で、私見を述べた。
「このまま勇者として単独行動を続けるよりは。国だけではなく、あなた自身の為にも――彼らと共に行った方が良いと、私は思います。どうしますか?」
「行くわ。私でも役に立てるなら」
 問われた少女は、まっすぐな眼差しで即答した。
「そうしたら勇者の任務、しばらく引き受けられなくなっちゃうだろうけど……たまには会いに来てくれる?」
「もちろんです」
 出発までに体調を整えておいてくださいねと、天使は笑って応えた。



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ゲーム中、いきなりアーシェの宿を突き止めて押しかけてきていたウォルフラム将軍。どーやって調べたのさ!? と度肝抜かれましたが、アーシェの家出って城内ではどういう扱いになっていたのか……。