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◆ 王族派の協力者


「アーシェ様、よくぞ御無事で!!」
「ウォルフラム将軍……」
「お探ししました、必ずや生きていらっしゃるはずだと」
 一週間ぶりに再び、ヨースト邸の応接間へ招かれた老将軍は。
「ありがとうございます、お二方! 王家筋の人脈をいくら辿っても行方の判らなかった王女を、こんなにも早く見つけ出してくださるとは――この御恩は、必ずや何かで」
 目じりに涙を溜め打ち震え、こちらの手を交互に握って振り回しながら。ごく当然だろう問いを発する。
「それにしても今まで、どちらへ避難されていたのですか? 姫」
「え、ええと」
「すみません。実は、その……最初からアーシェは、ここに」
「は?」
「クーデターが発生したとき。私は、クレアと一緒に、建国祭会場に居たの――お父様のスピーチを聞こうとして」
 王女の言葉に、将軍はハッと表情を強ばらせた。
「お城へ近づいては危険だと、私の独断で。残りたがる彼女を引っぱって、グルーチから逃げたんです」
 気まずく思いながら、クレアは説明を続ける。
「ファンガムの内情については詳しく知らなかったものですから。あなたが本当にアーシェの味方だとしても、王族派を名乗る人々の中に “敵” が紛れ込んでいる可能性はあると……つい悪い方に考えてしまって」
 妖精による身辺調査は “不審点無し” となり、結果、取り越し苦労だったわけだが。
「失礼だとは思ったんですけれど。少し、調べさせていただきました」
「いいえ。それはアーシェ様の安全を考えれば、当然の対処でしょうから」
 ひとまず納得したらしいウォルフラム将軍は、また新たな疑問をぶつけてくる。
「しかし貴女方が、あのとき王都にいたなら――どのようにして脱出を? 国境はすべて、魔物を従えた兵士によって封鎖されていたはず」
「助けに来てくれたのよ、そちらの騎士様が」
「先日、シャリオバルト城で騒動を起こし捕まった賊が、ファンガムのクーデター計画を吐いてな」
 アーシェに指し示されたシーヴァスは、浮かぬ顔つきで、掻い摘んだ事情を告げた。
「すぐに馬を飛ばしたんだが、間に合わなかった。力及ばず申し訳ない」
「な、なにを仰います! 我々こそ、軍部の監視不行き届きから、ヘブロン王の御身まで危険にさらす事態を引き起こし……お詫びのしようも」
「もう、止めてよ二人とも! 謝らなきゃいけないのは、私なのに」
 そのまま延々と謝罪し続けそうな彼らを遮り、
「ごめんなさい、本当は――私の方から、あなたたちを探しに行かなきゃいけなかったのに」
 アーシェはぎゅっと身を硬くして、頭を下げた。
「お父様たちが殺されたんだって、目の前で起きたことなのに認めたくなくて……なにをしたら良いのか、分からなくて。ずっと、ここに匿ってもらって」
 そうして将軍を労るように、微笑みかける。
「あなたこそ、無事で良かったわ。クーデター発生時は城内に居たんでしょう?」
「いえ、いいえっ。私めなど!」
 面食らった様子でいたウォルフラムは、次いで、激しく首を横に振り、
「お傍におりながら、主君を守りきれず。いち将校の分際で、姫に面会をと望んだこともおこがましい限りですが、それでも――ステレンスを討ち果たすまでは、たとえ生き恥を曝しても戦い続ける所存!!」
 抱えていた激情を吐き出すように、まくしたてた。
「父王を、兄君を亡くされ傷心の姫に、さらなる負担をかけるは本意ではありません。ですが、どうか……祖国の行く末を憂いてくださいますならば……」
「クーデターを鎮圧するため、集まった軍勢の、陣頭指揮を執れば良いのですね?」
 口ごもった将軍のあとを、さらりと継いだアーシェは苦笑する。
「クレアから話は聞いています。ねえ、そんなに畏まらないで――私の方こそ、あなたに協力を頼みたいと思ったから来てもらったんだもの」
「……それでは!?」
「ええ、引き受けます。ファンガムに平和を取り戻すため、私に果たせる務めがあるなら」

 快諾した少女を穴が開くほどに見つめ。
 よほど感極まったか、とうとうウォルフラムは泣きだしてしまった。いわゆる“男泣き” といった様である。
 気持ちが伝染したようにアーシェも、えぐえぐとしゃくり上げ始め。
 つられて涙目になりながら懸命に両者をなだめようとするクレアを、シーヴァスは一人やれやれと肩をすくめ眺めていた。

 しばらくして平静さを取り戻した将軍は、まず仲間たちに報せてくると言った。
 ブレイダリク王家を正統と認め、支援を約束してくれたカノーア王国の、ルースヴェイク城を拠点にする予定だという。
「明朝、お迎えに上がります」
「ええ。それは良いんだけど……来るのは、あなた一人だけにしてね?」
「何故ですか? 市街地といえど、護衛が多いに越したことは」
「クレアたちには、なにも隠すことないんだけど。お屋敷の使用人さんは、私の素性までは知らないの――ただ、クーデターで混乱してるファンガムから逃げてきた子、としか思ってないから。これ以上、驚かせたり心配かけたくないのよ」
 もちろんウォルフラムとて、個人の邸宅に、百人単位を引き連れて押しかけはしないだろうが。
 屈強な男が十数人も固まって歩けば、それなりに目立つ。
「逃げるとき離れ離れになってたおじいちゃんが見つかって、孫を迎えに来たって感じで、話を合わせてくれないかしら?」
「ま、まままま、孫!? そそ、そんな畏れ多いとんでもない!」
「いいじゃない。ここを出発するとき限りのお芝居なんだし、ねっ?」
 あわてふためく相手を、かわいらしく押し切って。
「あ、うーん。やっぱりルースヴェイク城に着くまでは、そういうことにしてもらった方がいいかな?」
 ふと真顔になって深呼吸した、アーシェは真剣に言う。
「それに私これから、軍を統率するため必要なこと、たくさん教えてもらわなきゃいけないんだし――王女だからって遠慮しないで。もちろん軍人のあなたたちには敵わないだろうけど、武術訓練は欠かしてないんだから。簡単に音を上げたりしないわ」
「……なんと、まあ」
 目を白黒させていたウォルフラムは、やがて “参った” というように口許を綻ばせた。
「これほど近くで、姫のお言葉を賜る機会は今までありませんでしたが――亡くなられた王に、よく似ていらっしゃる」
 今度はアーシェが、きょとんとする番だった。
 ブレイダリク王の忠臣だった武人は、そんな彼女に愛しむような眼を向ける。
「古い慣習やしきたりには囚われず。我ら家臣を “兵隊” ではなく、ひとりの人間として遇してくださる御方でした」


 しかし旅程の安全を確保するには、アーシェだけでなくウォルフラムも人前をうろつかず済ませた方が良い。
 二人きりでは検問に引っ掛かった場合や、その他トラブル発生時に面倒なことになるだろうと、ルースヴェイク城まではシーヴァスが同行することになった。


 話がまとまり、その日。

「アーシェは、ウォルフラム将軍のことはご存知だったんですね」
「んー、顔見知りってくらいかな? よく、お父様と話してて。お兄様も信頼してる感じだったから」
「クーデターを起こした大臣は……どういう人物だったんですか?」
「ステレンスはね、守旧派代表の人間だったの」
「しゅきゅう?」
「ファンガムがまだ侵略戦争を繰り返していた時代に、権勢を誇ってた有力貴族で――お父様のやること成すことに、いーっつもネチネチ嫌味言ったり難癖つけてたわ」
 入浴を終えたクレアは、勇者と肩を並べ話し込んでいた。
「同じ保守系で一定数の支持者がいるから、無視できない相手ではあったけど。侍女たちからの評判は最悪レベルだったわね」
 ずっと政治に興味など無い、自由に楽しく暮らせれば良いという態度で。
 あまり祖国について語ることもなかった彼女だが、
「お母様は、私がまだ小さい頃に病気で死んじゃったんだけど。そうしたらステレンスの奴が、ファンガム安泰のためにも後妻をって自分の娘を勧めてきたらしくて……もちろんお父様は、愛している女性は一人だけだからって、キッパリはっきり断ったんだけどね! それ以来、ずーっと折り合いは悪かったみたい」
 家族に関することだから、とはいえ意外と城内の人間関係や確執も把握していたようだ。
「たぶんその頃から、ずっと王権を狙ってたんだと思う――」
 ステレンスについて語り、苦々しげに吐き捨てたあと、
「実力と、民の支持があるんだから。なにもあんな男を大臣にしとかなくたって……そんなふうに進言されることも一度や二度じゃなかったらしいけど。お父様は……違う考えの人間を排除しちゃダメだって。話し合いを重ねていけば、もっと国の為になる政策が見つかるはずだからって。それなのに」
 うつむいた彼女は唐突に抱きついてきた、というより、
「あ、アーシェ??」
 ほとんど頭突きの勢いでぶつかってきた。痛くはないが、そこそこの衝撃にクレアの息も詰まる。
「……ちょっと甘えたくなる季節もあるの!」
 そんな体勢だからクレアには、くっついたまま怒った口調で主張する、勇者の後頭部しか見えない。
「これなら泣いても私には分かりませんよ?」
「泣いてないもん!」
 やはり顔は上げずに突っぱねたあと、アーシェは、ぽつりと呟いた。
「ステレンスはね。ごうつくばりのハゲオヤジって感じで、私は嫌いだったけど――危ない橋は渡らない、勝てると思った戦いしかしない人間でもあったわ」
 モンスターを操る “力” など得なければ、きっと、クーデターには踏み切れずに “嫌味な大臣” で終わっていたと。
「あいつの背後には、たぶん。あなたたちが言う “魔族” がいるわ」
「アーシェ……」
「負けないからね、私」
 そうしてささやかな、近い未来の話をした。
「平和になったら、またカフェで一緒にお茶しようね」
「ええ」


 翌朝。
 ヨースト邸の正門に、迎えの馬車が到着した。

「お世話になりました、皆さん」
 ジルベールやメイドたちに礼を述べ、シーヴァスとウォルフラムに左右を護られて。
「じゃ、行ってきます!」
 ここを訪れたときとはまるで違う気合いをみなぎらせ。ファンガム奪還の戦いに発つ、少女は笑顔で手を振った。
「行ってらっしゃい、アーシェ――」
 クレアはその後ろ姿を、喜ばしく、けれど少し寂しいような気分で見送った。



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ファンガムのお国事情。国王と大臣が対立してたetcは捏造ですが、公式資料集にあった歴史を読む限り、こーいったことがあってもおかしくなさそうな気がしました。