◆ 失ってはならないモノ
クヴァール北端・ガルフが、合成獣に襲われていると。
ローザが報せに飛んできたのは――勇者たちを送り出したクレアが、ヨースト邸の客室をざっと掃除し終え、
(午後からは……ナーサディアに会いに、行こうかな)
深まる混乱に、表情も翳りがちになってしまった彼女と、未だ安否の分からぬ兄へ想いを馳せていた最中だった。
けれど現場に到着してみれば、すでに時遅く。
「僕、僕っ、ラッシュに」
倒壊した家屋、へし折られた木々に、あちこちに傷だらけで転がる魔物の群れと――
「ひどいこと言っちゃったのに、ラッシュは、戻って来てくれたのに。僕なんかを助けてくれて、死んじゃうなんて……!」
へたり込んで震えている、縦縞ポンチョの後ろ姿。
「あのとき僕が、あんなこと言ったから? だから悪魔がラッシュを連れてっちゃった? 目の前から消えて、なくなっちゃった――」
宙を呆然と仰いだ、あとはもう言葉にならず。
「気持ちは分かるけど落ち着きなって、君も怪我してるじゃないか! とにかく今は、少し休んだ方が……」
わんわんと火がついたような激しさで泣きじゃくる、子供の傍らに膝をつき、
「リュドラル、さん?」
気遣わしげに宥めている “竜の谷の神官” を見とめた、クレアは滞空したまま目を瞠るが。
「え、天使様? ッ、うわ!」
「ヤルル君……!?」
疲労と興奮、さらに泣き叫んだ反動の酸欠だろう――不意に少年が、その場にバッタリと倒れ。
「おい、だ、だいじょうぶか?」
「無理に揺さぶっちゃダメです、リュドラルさん!」
彼らの元へ舞い降りた、クレアは青年の手を借り、気絶したヤルルをウィリング家へ運び込んだ。
そうして。
戦闘の痕跡が色濃く残る、ガルフ近郊。
「天使様も、レライエを追ってきたんですか?」
村を一望できる丘に待機していた、ドラゴンと合流して、深緑の草原にたたずむ赤いシャツの人影。
「いいえ。私はただ、ここで魔物が暴れていると聞いて」
谷でも会った――確か、名前はフェイ――竜族に 「お久しぶりです」 と会釈して、クレアは、旧知の青年へ問い返した。
「前後の経過も、よく分かっていないんですけれど……レライエ?」
「傀儡の邪法でしたっけ? マキュラと同じ、あの魔法を使う怪物が現れたんです」
リュドラルは、悔しげに顔をゆがめた。
「ボルンガたちみたいに温厚だった奴らが、次々に、操られて人間を殺して。誤解されたまま “討伐” されて――中には全滅した種族も」
「ええっ!?」
息を呑むクレアの隣、ローザが急き込んで訊ねる。
「そ、それは、最初に被害が確認されたのは? いつ、どの地域で起きた事件だったんですか!?」
「ハッキリ掴んでるわけじゃないけど、たぶん、まだ一週間も経ってないと思う。生き延びたモンスターの証言でようやく、そいつの名前や特徴が判ったんだ」
「相手が竜族じゃなくても、野放しにはしておけないからね。デュミナスから近隣諸国をくまなく探して、ここの上空を通りがかったら……あの子が、レライエと戦っていて」
横から言い添えたフェイの鼻息に、小柄な妖精は 「きゃー?」 と吹き飛ばされかけ、
「あ、ごめん」
大きな身体をすくめた竜は、申し訳なさそうに口を噤んだ。
「俺たちも加勢に入ったんですけど、レライエの魔法には、剣もブーメランも刃が立たなくて――」
「魔法? “傀儡の邪法” に……ですか?」
「それとは別に。反則だろって感じの術を、もうひとつ使う怪物なんですよ」
どういうことだろう、と首をかしげるクレアに、
「自在に姿を消すんです。すかすか透明になって、空気を相手にしてるみたいに斬った手応えも何もなくて」
身振り手振りを交えながら、リュドラルは答えた。
「フェイが攻撃してもダメだったから、物理的な威力の問題じゃないと思います」
「おそらく結界の一種ですね」
「そうね、でも――」
ローザの見解に同意しながら、クレアは、おそるおそる訊ねる。
「さっき、あの子が言ったこと…… “ラッシュ” は、殺されてしまったんですか?」
「青い獣を、魔法の渦に吸い込んで消えるとき。レライエが吐いた捨て台詞は聞こえました――このままでは済まさん、貴様も道連れだって」
うーんと唸りながら、青年は難しい顔つきになった。
「あれじゃヤルル君が、そう思い込んで無理もない……けど、生きている可能性はあります」
「! 本当に?」
「邪法の被害にあった種族のうち、魔法にかからなかった――精神力が強かったのかな? モンスターが何匹か、やっぱり黒い渦に引きずり込まれて」
死んだものとばかり思われていた、彼らは。
「その翌日、レライエに出くわしたフレアドラゴンが、たまたま食事中だったとこをジャマされて。激怒して。呪文を唱える隙も与えずボッコボコに殴り倒したらしいんですよ」
「は、はあ」
「そうしたら連れ去られてた奴らが、全員。衰弱してるけど、とにかく生きたまま空から落っこちてきて……洗脳騒ぎを知らなかったフレアドラゴンが驚いてるうちに、レライエは逃げちまったんですけどね」
救出されたモンスターは、それぞれ仲間のもとで療養しているという。
「ジャ―― “ラッシュ” も、まだ助かるかもしれないと?」
「はい。また明日にでも、ここへ寄って……ヤルル君に話してみようと思います。俺たちと一緒にレライエを追わないか、ラッシュを探しに行かないかって」
リュドラルは、強く頷いて返した。
「相手がどこに逃げてても、フェイの背中に乗ればひとっ飛びで追いつけるしな?」
「もちろん、任せときなって」
「それは私たちにとっても、頼もしいお話ですが――良いんですか? 本来竜族は、あまり軽々しく人間と関わらないものと聞いていますが」
ローザの懸念には、苦笑して。
「さすがにもう、静観していられる状況じゃなくなってるしね。それに……他人事って感じがしないんですよ、あの子を見てると」
ヤルルと、ラッシュ、レライエの姿が。
過去の自分と、アウル、マキュラにだぶって映ったと。
「うわ言みたいに “謝らなきゃいけなかったのに” って泣いてて、なんか、訳ありみたいだけど――だったらなおさら、もう一度会わせてやりたいと思う――ちゃんと話せるように。俺には、出来なかったから」
「お父さんの願いだから、ですか?」
「え?」
「人と竜の間に立つ者として……そう、仰っていましたね」
「もちろん、アウルの遺言を守りたいって気持ちもありますよ。けど」
首を横に振った青年は、柔らかく笑う。
「モンスターと人間が争わずにやっていける、共存できる世界――それは、俺自身の夢でもあるから」
リュド、再び。円環の追加接触イベントでは、ヤルル&ラッシュとの絡みがあったとか――並ぶと兄弟っぽく、相性の良さげな二人ですねー。