◆ 竜王の称号(2)
「リュドラルさーん! ああっ良かった、ここにいらっしゃったんですね――大変なんです!!」
なんだか毎回おんなじこと叫んで、天使様を探してるような?
泣きたい気分で翔け戻った竜の谷では、赤いシャツの青年と、若草色な旅装束の少女が、ちょうどお昼ごはんを終えかけていたところで。
「……シェリー? フェリミ・マクディルの追尾は」
午後にはレイヴ様の捜索に発つ、と言っていたティセナ様が、まだこの場に留まっていたのは不幸中の幸い――だって私じゃ、もしものとき何も出来ない――だったろうけど。
(やっぱり人選を間違えたんじゃないですか、ティタニア様ぁ?)
戦闘じゃたいした役に立てないし、事件を発見しても半分以上が手遅れで、上司の休憩時間もちょくちょく潰しちゃってる補佐妖精ってどうなんだろう。
「それどころじゃないんですよ! ラルースの村にっ、デュミナス軍が侵攻を開始しました!!」
「は?」
二人そろって、目をまん丸にして。
「なに? モンスター討伐に出向いてきたの? もうマキュラとの決着はついたのに、対応遅すぎ」
「まあ、村の復興でも手伝ってくれれば助かるけどさ……俺は近づけないから」
「違いますよ違います、そうじゃなくって」
私が必死に訴えても、意味が分からないと首をひねるばかり。
もどかしいったらありゃしないけど、無理もない――だって現場を見てきたって、なにが何だかサッパリなんだから。
「后妃ミライヤが兵士をけしかけて、村人を襲わせてるんですってば!」
「なんだって!?」
ろこつな表現に変えれば、さすがに伝わったらしく。地面にあぐらをかいてたリュドラルさんは血相変えて飛び起きた。
ティセナ様も、唖然としながら立ち上がる。
「自国の民を攻撃してるってこと? ……なにそれ」
マキュラドラゴンの反乱が起きる前日に。
フェリミさんは、お姉さん宛の手紙を出していて。
だけど帰国したミライヤ后妃はほとんど休息も取らず、郵便物に目を通すこともなく、カノーアから引き上げた軍勢を率いて南へ――壊滅したラルースに、救援物資でも届けに行ったのかと思ったら。
瓦礫の山から堀り出した布や木材でテントを作って身を寄せ合い、これからどうしようと話し合っていた村長たちを。
現れたデュミナス軍に気づいて、ああ助かったと駆けよってきた男女を冷たく一瞥して。
『皆殺しになさい』
命じられた兵士は驚くどころか、弱いもの虐めを愉しむ悪人みたいな笑顔で剣を抜いたのだった。
……どっかおかしいとしか思えない!
油断して近づいてしまった数名が斬り殺されて、村人は散り散りに逃げだして。
地の利はラルースの住人にあるから、今はまだ森のあちこちに隠れてるけど――完全武装した軍を相手に丸腰で、いつまでも逃げ延びられるわけがない。
「くそっ、なんてことを!」
毒づきながら剣を手にした青年へ、ティセナ様が声をかける。
「助けに行くの?」
「当たり前だろ!? あのときみたいに守り切れないのなんて、俺はごめんだからな!」
即答した、リュドラルさんは切り立った斜面を滑り降りると、ラルースの方角を目指して全力で走りだした。
「当たり前って言えちゃうところが、すごいよね」
そんな後ろ姿を見送って、ティセナ様は感嘆まじりに 「誰かさんも、あれくらい素直だったらいいのにねえ?」とつぶやいた。
誰のことを指してるかは、だいたい分かる。
同感と言いたいとこなんだけど……あんな熱血ストレートで爽やかな勇者様って、もう別人な気がするなぁ。
×××××
「あれは――ワイバーンに、ドラゴンパピー?」
山林の中腹に、侵略者の一団を発見したリュドラルさんは。
何体もの大型モンスターが障害物を叩き壊して、行く手を阻むものが無くなったあとを人間たちが悠々進んでいく、という光景に眉間の皺を深くした。
「デュミナス軍によって、使役されてるみたいですね」
追いついたティセナ様が看破する中、悲鳴を上げて逃げ惑う村人を見つけた兵士が、嬉々として大声を張り上げる。
「敵は目の前だ、行くぞ!」
「モンスターを盾にするなんて……許さないからなッ!」
ぎりっと奥歯を噛みしめた青年は崖から跳び下りて、デュミナス軍の前に立ち塞がった。
「な、なんだ! 貴様は?」
「あんたたちこそ、なにをやってるんだ! 向こうにいるのは山賊なんかじゃない――ラルースの避難民だぞ!?」
かんかんになって怒鳴る彼の剣幕に、デュミナス兵は一瞬だけ怯むも傲然と居直った。
「ミライヤ様の御意志だ! 逆らうものには、死を……」
「まず、そいつから嬲り殺してしまえ!!」
居丈高な命令に従って。
雄叫びを上げた獣の群れは、剣をかまえたリュドラルさんに飛び掛かるけど――寸前で「ギャウッ!?」 と一啼き、硬い壁に弾かれたみたいに四肢を仰け反らせて、ばたばたと地面に転がった。
そのままピクリとも動かなくなったモンスターを前にして、どよどよたじろぐデュミナス兵。
「……ティセナ!?」
「傀儡の邪法に操られてるだけ、あとでクレア様に診てもらえば済みます」
リュドラルさん曰く “氷漬け” ――以前ボルンガ族を拘束したのと、同じ魔法を使ったらしい。
「だけど、そっちの人間たちは違う。自我そのまんまで魔族とは無関係だから、悪いけど……私は手を出せません」
「いや、助かった! ありがとう」
出来ることなら戦いたくなかったんだろう、リュドラルさんの表情が少し和らいで。
そのぶんまた、操られてるわけでもないのに極悪非道を働いていた男たちを、険しい眼で睨みつけた。
「ミライヤ様……万……歳……!」
最後の一人がしぶとく呻いて倒れるまで、10分も必要なかった。
ものすごい体格差のマキュラドラゴンと互角以上に戦ってた青年は、片手で数えられる程度の兵士に後れを取ったりしなかった。
折り重なって伸びてるデュミナス軍を眺めて、溜息ひとつ。
離れた木陰から遠巻きに、こっちを窺っている村人たちには背を向けたまま、振り返ろうかどうしようか迷ってる様子でいたけど。
「強いわね。たった一人で、これだけのモンスターや兵士を倒すなんて――」
新たな軍勢を引き連れて獣道を登ってきた、デュミナス后妃の賞賛に、さっと飛び退いてかまえた。
「総大将自らのお出ましかよ、どうしてこんな真似をする!?」
「……どんな真似かしら?」
ミライヤさんは、きょとんと小首をかしげた。
「モンスターの命も、人間の命もなんとも思っちゃいない! これ以上、こんなこと許さないからな!」
「どうして?」
怒ってるリュドラルさんが可笑しいと言わんばかりに、くすくすっと笑う。
「一人に、これだけ束になっても敵わない。そんなモノには、なんの値打ちもないと思わない?」
青年に倒された部下たちを、労りの欠片もなく見下ろして。
「ラルースもそうよ。なんの “力” も無いくせに――竜に守られているというだけで、のうのうと暮らしていた。竜の守りを失ったら、無力な人間が住むゴミのような村よ」
キレイな顔を急にくしゃっと歪めて、舌打ち混じりに吐き捨てた。
「そういうの、嫌いなのよね」
「だからこんなことしたって言うのか? まともじゃない、あんたは……」
あんまりな理屈に呆然となったリュドラルさんの呟きも、非難も、まるっきり彼女の耳には届いていないみたいで。
「私ね、あなたにとても興味があるわ。強いんだもの」
だけどちぐはぐな会話の中で、ミライヤさんは妖艶に微笑んで言った。
「いくらでも褒美を弾むわよ。私の為に戦ってくれない? ラスエル様もきっとお喜びになるわ」
「!?」
偶然の一致とは思えない固有名詞に、耳を疑う私たち。
「おまえみたいな奴のために戦うなんて、まっぴらごめんだね! とっとと失せろよ――でなきゃ、力ずくで出て行ってもらうぜ」
だけどそうこうしている間にも、誘いを突っぱねたリュドラルさんは敢然と言い放った。
「竜の守りが無かろうが、俺がいる限り、この村には手出しさせない!!」
「あら、そんな怖い顔するものじゃなくてよ?」
またおもしろそうに、そんな彼を眺めたミライヤさんは、
「でも、ラルースを攻めるのが割に合わないってことは、よく分かったわ。あなたに免じて、ここは退いてあげる――気持ちが変わったなら、いつでも帝都にいらっしゃい」
くるっと踵を返してそのまま、兵隊に囲まれて山を降りていった。
「なんて女だ……」
深追いしては危険だと判断したんだろう。
ぐったり息をついたリュドラルさんは、近くの崖によじ登ると、そこから四列縦隊で去っていくデュミナス軍が完全に見えなくなるまで監視し続けた。
そうして来た道を戻ろうと、歩きだしたところへ。
「あ、あの」
誰かが、おっかなびっくり話しかけきたと思ったら。
「……ありがとうございました」
「ああ……」
頭を下げたのはトリシアさんで――だけど曖昧に頷いた、リュドラルさんとの間には微妙な距離があって。
「あのときは、すみませんでした……」
「もう、いい。終わったことだ」
お互いぎくしゃくと、視線も逸らしたまま。
「もう軍の奴らが押し寄せて来れないように。北の高台に見張りかなにか、立てるようにするけど――君たちも、気をつけて」
それだけ言うと、立ち竦むトリシアさんの横を素通りしてしまった。
取り残された彼女は、おろおろ混乱した様子で振り返るけど、追いかけては来なくて。
「……良いんですか? 話、しなくて」
「無理だよ、まだ――あからさまじゃなくたって、怯えてることには変わりなかった。それに」
訊ねたティセナ様に、リュドラルさんは苦笑いして答えた。
「聖人君子じゃないからさ、俺は……いつかトリシアたちが笑顔で話しかけてくれたって、前みたいに自然にはいられそうにない」
リュドラル関連イベント、立て続けにゲームシナリオとは時系列が入れ替わっておりますが、そこはそれ二次創作におけるバランスの都合ということで。