◆ 記憶の森(2)
ナーサディアの勧めに従い、まずタンブールの教会へ立ち寄ってみたら。
『会いたいと思っていませんでしたか?』
『……イキナリなに言ってんの? あんた』
フィアナから、ものすごく訝しげな顔をされてしまった。
他の勇者たちに同じ質問をしてみた場合を想像すると、やっぱり嫌そうにされるか、呆れられるか――内心いじけてるかどうかは別として、面と向かって訊ねる類のことではなさそうだ。
×××××
「こんにちは、お久しぶりです」
「おう、クレアか」
次に訪ねていったグリフィンは、キンバルト中央部を東へ向け移動中だった。
「…………」
彼に、例の問いを投げかけたらどうなるだろう? 無意識に、じぃっと凝視してしまっていたらしく、
「? なんだよ」
「あ、いいえっ!」
勇者が眉根を寄せるのに、クレアは、首と両手をはたはた振ってごまかす。
「ティセから聞きました。堕天使イウヴァートと戦ったんだと――援護にも来れず、すみません」
「いーよ、んなこたぁ。完全に奇襲だったからな」
グリフィンは、けろっと笑い返した。
「女子供を狙うたぁ、とんでもない野郎だぜ……まっ、オレたちを舐めてかかったのが運の尽きってヤツだろ。シルフェとバーンズには手ぇ貸してもらったけどよ。ティセ抜きでも、どうってことなかったくらいだ」
そうして少し、表情を引き締めて言う。
「堕天使の中でも、あいつは下っ端らしいし。まだ油断するわけにはいかねーけどな」
「なんだか元気そう……ですね? 戦闘疲れとかは」
「だから、たいしたことなかったんだって」
応じた言葉どおり、街道を歩いていくスピードもすたすたと、速くて軽い。気力体力ともに絶好調といった感じである。
「でも、宿屋で休んでいなくて良いんですか? どうしてオムロンからニーセンへ戻るのと逆方向に歩いてるんですか?」
拍子抜けつつ問い重ねれば、
「ああ。帰る前に、両親の墓参りでもしとこうかと思ってよ――」
答えたグリフィンは、思いついたように足を止めるが。
「おまえも来るか?」
「あら、お墓参りですか。良い心がけですね」
「…………」
賛意を込め、ぽんと両手を打ち鳴らしたクレアに、それまで機嫌良さそうだった顔をしかめてしまう。
「毎度毎度ふざけたこと言ってんじゃねぇぞ。やっぱ、行くのやめっかなぁ……オレ」
「な、なんでそうなるんですか? 行きましょうよっ!」
クレアは、うろたえつつ食い下がった。
「それに、ご両親のお墓があるなら、もっと早く教えてもらいたかったくらいです。あなたを勇者に選んだ時点で――お世話になりますって、きちんとご挨拶しておかなきゃだったのに」
「挨拶なら、前にティセがしてっから必要ねえだろ」
「! それで、どうして私には内緒だったんですかっ?」
「んな、おおげさな話じゃねえよ。ずっと事件だ何だでバタバタして、誘う暇っつーか機会も無かっただけだ」
バツが悪そうに後頭部を掻き毟りつつ、グリフィンは本音の一端をこぼす。
「それにおまえだと、そーいう細々したことに拘るから面倒だったんだよな。言うの」
「……あの、グリフィン」
この際だからと、クレアは思い切って訊ねた。
「私って、口煩いですか?」
「ティセに比べりゃ間違いなく、そうだろーな……って、どうしたんだよ? 深刻そうなツラして」
「だって最近、顔が怖いって言われたり、ケチとか堅物とか、いじわる天使とか――挙句の果てに、お母さんに叱られたって! 私まだ一応19歳なんですよ?」
するとグリフィンは、ぶはははっと爆笑した。
「なんだ、他の奴らもよく分かってんじゃねーか!」
「笑うところなんですか!?」
「イイ傾向なんじゃねえの? 昔よりゃ可愛げあるぜ、おまえ」
こちらの背をべしっとはたき、またケラケラと笑いだす。
「嬉しくないです……」
不服に思い抗議するが、グリフィンはますます激しく笑い転げるだけだった。
そうして互いに近況報告などしながら、クルメナへ歩いていくと、
「なんだぁ? どこのどいつだ、余計なことしやがって――」
案内されていった森の中、雨ざらしにされた年月が窺える木製の十字架には、春らしい色合いの花飾りが掛けてあった。
「いいじゃないですか。きっと誰かが、眠られているご両親を想って添えてくださったんですから」
花びらの瑞々しさ、丁寧な造りからしても。
以前ここへ来たグリフィンが置いていったものではないことは、瞭然である。
「こんなに綺麗なリース、編むだけでも大変だったはずですよ?」
しかめっ面をしている勇者を窘めながら、クレアは、墓碑の手前に跪いた。
道中で少しずつ手折ってきた花束を供え、一帯を見渡す。
「冬の間に落ち葉に埋もれかけてたの、見かねた誰かが手入れしてくださったのかもしれませんね」
掃除をするべく、はりきって来たが。
墓碑の周りにはゴミひとつ落ちておらず、整ったものだった。
「んなこたねーよ。このまえ来たときだって、何年も放ったらかしてたのに腐りもせずに残ってたしよ」
「何年も――って」
勇者が何気なく漏らした一言に、クレアは絶句した。
「それ絶対ここを見つけた、どなたか土地の方が気遣ってくださったんですってば! 放ったらかしにも程がありますよ!」
猛然と抗議する天使を見やり、グリフィンはぼそっと呟いた。
「……説教くせー」
「!?」
そうか、こういった言動が煩がられる原因なのか――衝撃を受けよろめくクレアだが、
「い、いーんです! 息子さんを叱りたくてもそう出来ない、グリフィンのご両親のぶんまで、多少なりとも私が代理を務めるんですからっ!!」
ぐっと気合で踏みとどまり、勇者の鼻先に指を突きつけた。
「てめ、フツーそこで開き直るか?」
「グリフィンこそ、普通、親御さんのお墓を放ったらかします!?」
わーわー。
ぎゃあぎゃあ。
静かな森の片隅で大騒ぎする二人組に驚いたか、小鳥が数羽、近くの木々から羽ばたいて逃げていった。
残る堕天使と決着をつける時も、そう遠くないだろうと予感される時期にしては、緊張感に欠ける昼下がりであった。
記憶の森2.3をまとめて。
グリフィンとクレアは、同行させてても甘い雰囲気にはなりませんです……やっぱり相性か。