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◆ 紅蓮の街


 タンブール全体が、燃えていた。

「なに、これ……いったい火元はどこなのよ!?」
 真っ赤に染まった大通りを、フィアナ様が怒鳴りながら駆けていく。
「シェリー、どっかに抜け道は無いの!? それさえ見つかりゃ同業者に報せて、市民の避難誘導も手伝わせるから!」
「そ、それがダメなんです! 空に上がって見てきたら――」
 彼女と並んで飛びながら、さっき目にした光景を思い出す。

 日帰りで済みそうな仕事を探すっていう勇者様にくっついて、交易ギルド本部の掲示板を眺めていたら、火事だ火事だって騒ぐ声が聞こえて。
 びっくりして外に出たら、街のど真ん中から火柱が上がってて。
 続けて街外れをぐるっと、タンブールを封鎖するみたいに紅蓮が噴き上がった。

「ついさっきまで、街の北側は燃えてなかったんですけど。今はもう、そこも塞がっちゃってます!!」
 じわじわ、じわじわ、中と外から燃え広がって。
 半狂乱になって逃げ惑う人たちが、途中で出くわして、どっちにもこっちにも退路が無いんだと悟って、ますます大混乱に陥ってく。
「それじゃあ、あたしら全員、焼け死ぬ前に息が出来なくなって中毒死じゃないか。勘弁してよ……!」
「火を消すには水でしょう? 消防団とか無いんですかっ?」
「飲料水を確保するだけでも一苦労な砂漠の街に、そんな余剰貯水があるもんかい!」
「それじゃ、どっか川や湖を越えて避難したら」
「河川敷へ続く道も、焼き潰されて通れやしないよ!」
 毒づくフィアナ様の身体は、水の石が発するヴェールに護られているけど、このままじゃ彼女も危ない。
「じゃあじゃあ、火災の原因をなんとかしましょう!」
「放火犯をタコ殴りにしたって、火事はおさまりゃしないだろ! なんとかして逃げ道を作る方が先だよ!」
「そうかもしれませんけど、この炎って魔術じゃないかと思うんです!」
 行く手を遮ってる瓦礫を、斬って蹴ってぶち壊しながら進むフィアナ様に、私は、必死で考えたことを主張した。
「五分もしないうちに街の外側だけ一斉に燃え始めるなんて、自然現象じゃ有り得ないし――人間が火をつけたにしても、ちょっと燃える速度がおかしすぎますもん」
「魔物の所為だっていうんなら、そいつは何処にいるんだい!?」
「うう。視界が悪くて、タンブール全体に渦巻いてる炎の所為で瘴気の匂いも分かりません……」
「だったら言うなーっ!!」
 縮こまる私を叱りつけて、人垣を縫うように走りながら、
「どこもかしこも赤一色じゃ方角も分かりゃしない。教会はどっちなの!? エレンの足じゃ、逃げようって腰を浮かす前に炎に呑まれちまうよ」
 ぎりっと奥歯を噛みしめた勇者様の、ほっぺたに、ぽつっと空から水滴が落ちた。
「――あ」

 ぽつ、ぽつぽつ。

 私の羽もぱしゃんと打って、だんだん勢いを増しながらザーッと降りだした水の礫に、
「雨……? やった!!」 
 二人して、反射的に仰いだ空。
 黒煙に燻されて高熱を帯び、うねる大気の一点に――青に輝く、白い人影。
「あれって、クレア……?」
「ホントだ、クレア様ですよ!」
 ずっと怖くて焦ってたぶん嬉しさ百倍で、天使様に飛びついていこうとして、
「のの、のっ、上れないぃ〜」
 どんどん激しくなってる雨に押し戻されて、濡れた羽も重くてまともに動かせなくなった、私は、へちゃっと途中で落っこちてしまった。
「……なにやってんのさ」
 フィアナ様は呆れ顔、それでも、ひょいっと片手で受け止めてアーマーの肩に乗っけてくれて。
「怪我はありませんか? 二人とも」
「来てくれたんだね、ありがと!」
 こっちに気づいて降りてきたクレア様に、抱きついて弾んだ声で訊ねた。
「この雨、あんたが?」
「ええ、すぐさま鎮火という訳にはいきませんけれど――これ以上の、被害の拡大は防いでみせますから」
 星の一帯に渡る魔法を使って、精神力を消耗してるんだろうか? 答える声は、ちょっと苦しげで。
「そりゃ助かるけど、だいじょうぶなの? なんか顔色悪くない?」
「ここの熱さに眩暈がするだけです。もう少し火勢が弱まれば、平気ですよ……ついさっきガルフから南下して来てみたら、街が炎に包まれてて、どうしようかと思いましたけれど」
 だけど心配する勇者様に、笑って応えた。
「それから。そこの角を曲がった先――公園に、エレンさんが子供たちといらっしゃいます」
「えっ!?」
 ずっと探していた人たちの安否を報されて、フィアナ様は、弾かれたようにそっちを向いた。
「火の奔流に阻まれて、結晶石の反応も上手く辿れなくて。とにかく知っているヒトの気配を捉えようとしたら……セアラたち、何十人も一緒にいるから生命反応も目立ったんでしょうね」
 降りしきる雨の中、私たちはずぶ濡れで。
 耐性や “石” の加護があっても肺まで熱にやられそうだった、今は、水浸しの服が纏わりついてくる感触すら気持ち良いけど。
「教会から、ここまで避難していたみたいです。外傷は無さそうですが、疲労は激しいみたいで――他に、火傷した住民の方も大勢」
 妖精の私みたいに中途半端じゃない、水属性でアストラル体のクレア様は、まったく雨に干渉されていなくって。

 見えない傘でも差してるみたいに、水滴が弾かれて散っていく光景は……不思議。

「出来れば実体化して、治療にあたりたいところなんですけれど。火災の元凶を確かめないことには、まだ安心できません。私の聖気が底を尽きれば、雨も遠からず止んでしまいますから――皆さんの避難誘導を、お願い出来ますか? フィアナ」
「まかせて! おかげで煙と火も消えてきたし、ギルドの連中にも手伝わせるから」
 勇者様は、どんっと自分の胸を叩いて請け負った。
「だけどシェリーが、火事の原因は魔物じゃないかって言ってたよ。火元を確かめに行くんなら、あたしも一緒に行った方が良くない?」
「確かに、戦闘になる可能性はありますが、街の方々を放っておく訳にもいきませんし。それに……シーヴァスも、ここへ来ているようなんです」
「フォルクガングの騎士様が?」
「ええ。タンブールの街には、ずっとここで暮らしている、あなたの方が詳しいでしょうから――」
 立ち止まって独りごとを言ってるように映るだろう、フィアナ様は、普段なら通行人から不審がられてるとこだろうけど。
 土砂降りの雨を喜びながら、ときたま空に向かって口を開けて飲んだりしながら走っていく人たちは、まだ周りを気にする余裕も無いって感じだ。
「シーヴァスを探して、合流して、それから火元を根絶します」
「分かった。また、あとでね!」
 頷いた勇者様は、手を振りながら駆けだした。
「手が足らなかったら呼んでよ、すぐ駆けつけるからさ」
「ええ――」
 彼女の背中を見送って、雨雲と火柱がせめぎあっている空へ舞い上がる。

「シェリー」
「はい?」
「フィアナの補佐、お疲れ様。これ雨避けね」
 クレア様が、私のおでこをちょんと突いたら、豪雨にも煽られないで浮かんでいられるようになった。
「うわあ、ありがとうございます!」
 やっと余裕が出来て、公園らしい広場に目をやると、

「あーっ、フィアナ姉ちゃん!」
「まあ。良かった、無事だったんだね!」
「エレンーっ! みんなも」
 教会の人たちの輪に、フィアナ様が飛び込んで行ってシスターに抱きついた。
 リオ君の頭をぐしゃぐしゃに撫でて、女の子たちのことも次々に、とにかく子供たち全員をぎゅーっとして。
「ああ、ジェシカ。あんたが避難するの手伝ってくれたんだ?」
「もう、なにがなんだか分からないわよ! 教会に遊びに行ってたらさ、いきなり森からぐるっと燃え始めて、逃げ道も無くなって――あのまま焼け死ぬかと思ったわ」
 焼け焦げたスカートの裾をしぼりながら、手を空へ伸ばした、ジェシカさんが肩の荷を降ろしたように呟く。
「だけど、助かったぁ……こーいうのも恵みの雨って言うのかしらね?」
「そだね」
 ふふっと笑って相槌を打った、フィアナ様は、
「とにかく、まだ火も燻ってるし。川沿いに郊外まで避難しとこ――動ける? エレン」
 ベンチに座って汗を拭っていた、シスターの横に屈みこんだ。
「キツそうだったら、あたしが負ぶって走ろうか?」
「なにを言い出すかね、この子は……まだ、そこまで老いぼれちゃいないよ」
 シスターは、笑って言い返しているみたいだ。

 このまま雨が降り続いてくれたら、街の人たちは、今すぐどうこうってことはないだろうけど――
「ええっと、クレア様? なにか私に出来ることってあります?」
「シェリーは、上空に待機して。もし、また火の勢いが増してくるようだったら、まずフィアナ。それから私に報せて」
 いつもどおり、テキパキと指示をくれたクレア様は、
「もうすぐティセが来てくれると思うから、あとは状況を伝えて、彼女の指示に従って」
「はい!」
 ぐるっと辺りを見渡して、シーヴァス様の気配を掴んだのか、まっすぐ街の西側へ飛んでいった。

 炎は雨に打ち消されて、ちょっとずつ、ちょっとずつ弱まっている――



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アドラメレク戦、突入なのです。ヨーストは大火で焼き払ったのに、タンブールで狙うのは教会だけっていうのも不可解だなぁと思ったので、こんな感じに。