◆ 堕天使イウヴァート(2)
決着は、案外アッサリついた。
どこでどう噂されてたんだか知らないが―― “単細胞の腕力馬鹿” って分析は、見事なまでに的を射ていた。
バケモノ鳥が繰り出す技はどれも力任せ、イウヴァートの魔術も破壊力こそ凄まじいが、攻撃パターンを見抜いちまえばいくらでも防ぎようはある。
「こ、このオレが……こんな、ゴミクズの人間どもに……!?」
「ゴミクズゴミクズうるっせーよ! 女子供を、しかも不意打ちで襲いやがった下衆野郎が!!」
さすがに一人じゃ手に負えなかったろうが、敏捷性ではカンペキに敵を上回るバーンズと、シルフェの援護も揃えば。
インフォスを荒らしてる黒幕連中と判っても、正直、負ける気がしなかった。
「てめーらにくれてやる島は無え、失せな」
「こ、れで、終わりと、思うな――」
地べたに這いつくばって、それでも血走った眼だけは鋭くオレを睨みながら。イウヴァートは最期に吐き棄てた。
「必ず……我々、堕天……使は、おまえらを滅……ぼ、す!!」
青緑色だった身体がビシビシひび割れて、変化は見る間に、のたうち痙攣する怪鳥までも侵蝕し尽くす。そうして、
「!?」
ヒュウッと風になぶられた残骸は、生臭い塵になって――消えた。
「お疲れサマ」
「おう」
これまで切り抜けてきたゴロツキやモンスター相手の戦闘後と、大差ない会話を交わす、オレたちの横で。
「ティーアー、やったよ♪」
「あんな魔法も使えたんだね、シルフェって!」
駆け寄った少女と妖精は、きゃっきゃと姦しく盛り上がっている。
「もしかして……まだ子供の頃に、私が転んで怪我したとき、よくかけてくれた “おまじない” も?」
「あはは、アレの全力版ってとこかな?」
笑顔でVサインなど出してみせた、シルフェは、
「バーンズは見つかって、事の元凶も一匹ぶっ飛ばせたし! これで安心して帰れるわ」
「え? 帰る、って――」
「ごめんね、ティア」
どことなく相手の反応を怖がってるような、早口で告げた。
「私はバーンズを探すため、この世界に来てたから。女王様や仲間が待ってるから……もう、戻らなきゃいけないの」
「そんな、こんな急に!?」
「うん。インフォスに、グリフィンたち “勇者” が必要だったように――妖精界も、やっぱり守護獣がいなくちゃ万が一に備えられない。みんな不安がってるからね」
「でも、だけど……また会えるんでしょう? 会えるよね!?」
「たぶんもう、ダメかなぁ。今までティアと居られたことの方が特例だったし」
縋りつく少女に、苦笑を返しながら。
「ホントは特定の人間と、深く関わっちゃいけないの。妖精も、天使も。バーンズがここに居ることもね――魔族ほどじゃないけど、世界の境目を乱しちゃうから」
イウヴァートが死滅したと確かめるように、注意深く、跡地を嗅ぎ回っている守護獣を眺めやる。
「私がいなくなっても、だいじょうぶだよね? ティア」
「……やだ」
そんな妖精を、両手に抱え込んだまま。
「やだよ、シルフェに会えなくなるなんて――寂しいよ、怖いよ、いなくならないで!」
涙目の駄々っ子は、ぶんぶんと首を横に振った。
「ちっとも平気なんかじゃない、さっきだって! みんな戦ってるのに、私……ただ見てるしか出来なかった」
「ティーア?」
外見がどうでも人間とは成長スピードが違っても、やっぱ二人の関係は、シルフェが姉貴に違いないようだ。
「おじいさんたち守るために、幽霊に立ち向かえたでしょ? 気絶した私のこと、庇おうとしてくれたんだよね? グリフィンが堕天使に勝つとこ、ちゃんと見届けたじゃない――怖がりで泣き虫で、寂しんぼだったティアが。成長したよね」
「だった、じゃないよ……今も昔のまんまだよ」
「そんなことない、ずっと同じでいられるものなんて無いんだよ」
うつむくティアの頬を撫で、なだめてやっている。
「背が伸びて、歳を重ねて、知らなかった誰かと出会って。巡る季節と一緒に変わっていくんだもの、人間は――妖精だって、時間の流れ方が遅いだけ」
語調は柔らかでも覆せない事実を、諭された少女はとうとう泣きだしてしまった。
「私は、もう帰らなきゃだけど……ティアと過ごした日々、忘れないよ。インフォスに降りられなくても、妖精界から見てるから」
「うん、私も――思い出、ずっと大切にする。泣き虫も怖がりも、治すように頑張るから」
それでも思い切った勢いで手のひらを、シルフェを捕らえていた指先を離す。
「ありがとう、シルフェ。元気でね!」
羽ばたいた妖精は、頷いて笑い返した。
「バーンズも。さっき、私のこと助けてくれてありがとう」
「友達のトモダチ守る、当たり前!」
礼を言われた守護獣は、上機嫌でティアのスカートにじゃれつき。
「イウヴァートを倒したって、まだ終わりじゃないんだから。これからは、アンタがしっかり守ってよね!」
「任せとけ、堕天使一味の好きにゃさせねーよ」
「ホントに分かってんのかしら……」
「ああん?」
さっきからなんなんだと訝るオレに、ふいっと背を向け。シルフェは、意を決したように天使を呼んだ。
「さて、と――ティセナ! 帰り道、開けてくれる?」
「いいの? もう少し長居しても、ティタニア様なら目くじら立てないと思うけど」
「いいの、帰りたくなくなっちゃうから!」
別れを惜しむ少女たちを待っていた、ティセが応じて青空に舞い、魔方陣を描きだす。
「ほらほら、バーンズ。そこに立って」
うながされるまま幾何学模様が放つ光に包まれた、赤茶けた巨獣は、ふわっと重力を感じさせず浮かび上がり。
「んお、シルフェ? 俺、空飛んでる〜♪」
嬉々としてはしゃぎながら、虹色に波打つ穴へ吸い込まれていった。
「……ティア」
続いて飛び込もうとしたシルフェが、名残惜しげに振り返り。
「悪魔が一番、苦手にしてるのはね。強力な魔法や、武術家じゃなくて、ひねくれてない、まっすぐな想いなんだって――寂しいこと、怖いこと、辛いことに負けないぞって思う気持ち!」
また泣きだしそうな顔で見送っているティアに向け、自分も目元を潤ませながら叫んだ。
「あなたは、ちゃんと素質を持ってる。私が保証するから」
「シルフェ……」
「 “怖い夢” と、戦えるようになったら――きっと近いうちにね。もう一人、家族が増えるわよ」
「えっ、どういうこと?」
「分かったときのお楽しみ♪」
別れ際に妙なことを言われた、少女がきょとんと問い返すのに、シルフェは思いっきり手を振りつつ。
「じゃあね、ティア。元気でね!!」
答えにならない返事をして、案内役を務めるんだろうティセも一緒に行ってしまった。
「……お別れってヤツか、寂しくなるな」
「はい」
虹が消えた空を、飽きることなく見つめながら。
「でも、約束したから。めそめそ泣いたりしないで、心配かけなくて済むように、もっと自立した人間にならなくちゃ――」
どうにか涙を堪えきった、ティアは不思議そうに首をかしげる。
「だけど、シルフェ……最後に、なにが言いたかったんだろ?」
「さあ? いつか、おまえに赤ん坊でも生まれたら。こっそり妖精界を抜け出して、祝いに来るって意味かもな」
「ええっ!? 私、まだお嫁に行く予定も無いのに」
「けどじーさんたちは孫っつーか曾孫の顔、見たがってんじゃないか?」
「それは、ときどき冗談めかして言われたりもします。けど……」
オレが茶化すと真っ赤になって、もごもご呟きながらスカートの裾を弄っていたが、
「――風邪ッ!」
突然ハッと我に返った様子で、あたふたと周りの景色を見渡すと、オムロンの町めがけて走りだした。
「おじいさま、おばあさま! そういえば家もどうなって……きゃあっ!?」
ばたばたと丘陵を駆け下りる、途中でずべしゃと足を滑らせスッ転んだ。
故郷へ帰っていったシルフェが、すべての心配事から解放される日はまだ遠そうだった。
シルフェ&バーンズ、出番終了。兄妹ネタは持ち越しです。ちょっとずつ怖い夢と向き合って、記憶の場所を旅してもらうことにするかなぁ。