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◆ ヤルルの戦い


「ジャックハウンドが、敵の手に落ちた……!?」

 カノーア王国、首都ノティシア。
 南西へ連なる街道を歩いていた、勇者は、唖然と訊き返してきた。

「そこらのモンスターなど寄せ付けぬ強さを誇っていた、あの神獣を――相手は何者だ? まさか、堕天使が」
「いいえ、レライエという合成獣です。生き物を洗脳したり、物理攻撃を無効化するといった、高位魔術の使い手らしくて……」
 落ち着かなければと思うも逸る気持ちを抑えきれず。
「目撃者の話によれば――ジャックは、戦闘中にヤルル君を庇って、異次元へ引きずり込まれてしまったと」
 クレアは、急き込んで話し続けた。
「でも、長く地上で暮らしていたとはいえ神獣ですから。敵の術中に嵌っても、そう簡単に殺されたりはしていないと思います」
 生きていると信じたいだけかもしれない。
 根拠といえばリュドラルから伝え聞いたことだけ……だがそれでも。
「レライエを倒せば、助け出せるかもしれません。リュドラルさんたちが、今も探してくださってはいるんですけれど――」
「リュド……誰だ?」
 訝しげな顔つきになった、シーヴァスの問いに。
「デュミナスにある “竜の谷” の、神官さんです。モンスターと人々の間に起きた諍いを、仲立ちしながら旅をしている人物で」
「ファンガムの王女に、竜の使いか――君もずいぶんと顔が広いな」
 答えると、溜息まじりに苦笑いされてしまった。
「あ、はい。ええと……?」
 なにか口調に引っ掛かりを感じた、クレアは首をかしげるが。
「まあいい、捜索に加わる人数は多いに越したことはないだろう。アーシェ殿も無事、ルースヴェイク城に保護されたことだしな」
「はい! お願いします」
 請け負ってくれたシーヴァスが港へ向かうというので、とにかく仕事を優先することにした。

 そうしてフィアナにも依頼するため、リメール海を南下し始めて間もなく。

「ああ、良かった……クレア様!」
「どうしたの、なにか進展が?」
「合成獣レライエが見つかりました――リュドラル様たちが、アーテム近郊にて追跡中です!」
 クヴァール方面から飛んできた妖精が、息せき切って報告した内容に、
「ええっ、本当に!?」
 捜索は難航するだろうと考えていたクレアは、一拍遅れて状況を呑み込むと。
「と、とにかく案内して。ローザ」
「分かりました!」
 タイミング悪く依頼済み。無駄足を踏ませてしまいそうな勇者に心の中で謝り倒しつつ、現場へ急行していった。

×××××


「おーい、天使様! リュドラルたちなら森へ突入していったよ、二手に別れて挟み撃ちするって」
「ありがとうございます!」

 巨体ゆえ、木々が密集する地形には入り込めないからだろう。
 山岳より連なる樹海の境を見張っていた、ドラゴンとすれ違いざまに礼を述べ――魔族とヒトの気配を辿っていった先に、
「リュドラルさん、だいじょうぶですか? ヤルル君は……」
「ああ。俺は、なんとか」
 アンデッドモンスターの残骸を足元に、ひたいの汗を拭っている青年がいた。
「足止め食ってるうちに見失っちまったけど。レライエが逃げた方角に、あの子もいるはずです!」

 そうして彼と妖精の感覚を頼りに、さらに森の奥へ進むと。

「逃がさないったら逃がさないぞ、もう一回勝負しろ! この悪魔!!」
 縦縞ポンチョの少年がブーメランをかまえ、レライエと思しき、青光りする異形の大蛇と対峙していた。
「父さんを罠にかけた卑怯者め……絶対に、許さないからな」
「ええい小童どもが、しつこいぞ! つい数日前、完膚なきまでに叩きのめしてやったことをもう忘れたか!?」
「なんだい! おまえこそ、あのときラッシュにボコボコやられかけてたくせにッ」
 敵の咆哮にも怯まず、ヤルルは口を尖らせ言い返す。
「たった一回、変な手品使って勝ったからどうだっていうんだよ? 消えちゃう前にぶっ飛ばせばいいんだろ?」
「頭の悪いガキだな――」
「性格悪い怪物よりマシだい! なんでもいいから、ラッシュを返せよ!」
「返せ? 父親の仇である魔獣を返せとは」
 レライエの嘲笑がくっくっと、鬱蒼とした空間にこだまする。
「ヤツが消え失せて、せいせいしたはずだろうに……気でも狂ったか? 小僧」
「心臓を狙って刺すのと、そんなつもりじゃなかったのに殺させられたのは全然違う! 父さんがここに居たって、そう言うさ!」
 ヤルルは、幼い顔を真っ赤にして怒っていた。
「ラッシュを何処にやったんだよ!?」
「なにをいまさら。邪魔者のジャックハウンドなら殺したぞ、目の前で見ていたろうが?」
「死んじゃうとこなんか見てないや! 今度はちゃんと、自分で確かめる――おまえに誘拐されても脱出できた動物がいたって、リュドラル兄ちゃんが言ってたんだ!」
 キッと睨みつけてくる少年の追及に、とぼけた態度を一変させたレライエは 「チッ……!」 と舌打ちする。
「まあいい。あの意固地な、天使の獣――村人の命を盾に脅してやろうかと思っていたが。貴様が死ねば、繋ぎ留めるものも無くなるだろうからな」
「おまえなんかに負けるもんかっ!」
 すかさず言い返した、ヤルルは、気合とともにブーメランを投げ放った。
「……フン、無駄だということがまーだ分からんのか」
 防御結界によほど自信があるのか、飛来物を避けようともせず攻撃呪文を唱え始めた合成獣の様子に。
「! まずい――」
 血相を変えたリュドラルが、ヤルルに駆け寄っていき。
 我に返ったクレアは、あわてて浄化魔法の発動体勢に入るが間に合わず。けれど、
「あ、あら?」
 脅威と聞き及んでいた現象は、発生することなく。
 まともにブーメランを喰らったレライエは 「ごがっ!?」 と苦悶の声を上げ、草木生い茂る一帯をのたうち回った。
「ほら、やっぱり! 消えちゃう前に当たれば当たるんじゃないか!」
 しゅるるるっと手元へ旋回してきたブーメランを掴み止め、びしりと敵を指差すヤルル。
「……イ、イウヴァート様? ありっ!?」
 そんな少年には目もくれず、無敵ぶりを誇っていたはずの合成獣は、眼球をぎょろつかせ尾をばたつかせ。
「ななな、なんで魔力が――」
 おろおろおたおたと視線を泳がせ、自問している。
「なんだよ? 僕が子供だからって手加減してるつもりか?」
 不審げな眼を向けたヤルルは、相手に無視されていると感じたか怒髪天を突く勢いで。
「ごちゃごちゃ余所見してないで、ラッシュを今すぐ返せーっ!!」
 放たれた二撃目は、注意力散漫もいいところだったレライエに命中して、すっこーんと小気味良い音をたてた。
「ぐっはあ!?」
 もんどりうって倒れた合成獣は、もがき足掻くも、それきり起き上がれずピクピクと痙攣している。
「……なにか、あいつの術を使えなくする魔法かけたんですか? 天使様」
「いいえ。私は、まだなんにも」
 ヤルルの勝利自体は喜ばしいのだが、あまりにも呆気ない決着に、クレアは思わずリュドラルと顔を見合わせていた。

「消滅したというのか、まさか――」

 こちらの当惑など眼中にない様子で、倒れたレライエは、忌々しげに歯軋りしつつ吐き捨てる。
「これからという、ときに、先走りおって……イウヴァートめ……!!」
「イウヴァート?」
 きょとんと首をひねるヤルルにも応えず、
「くそっ、選択を誤った……か……慎重を期すなら、アポルオンについておくべきだっ、たな……」
 くぐもった声で呟いた、合成獣は一瞬のうちに崩れ落ち、消えた。


 それと入れ替わるように森の上空、木洩れ陽の隙間から、なにかキラキラと輝く球体が渦を巻き始め――
「危ない!」
 異空間の裂け目から放り出された、四つ足の影を見とめた、青年は空を仰いだまま走りだす。
「りゅ、リュドラルさん!?」
「うわ、痛っ……!」
 まっ逆さまに降ってきた、ジャックハウンドの体躯は人間が支えるには重すぎて、それでもリュドラルに受け止められたことで衝撃もいくぶん緩和されたようだった。
「ラッシュ!!」
 叫んだヤルルは武器も放り捨て、彼らに駆け寄っていった。



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イウヴァートが消滅したから、配下レライエの魔力も半減して、透明魔法は行使できなくなったという感じで。特殊防御魔法を使えるなら、案外基礎防御力は低いんじゃないかと思うのです。