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◆ 握り返した、その手は(1)


「だ、だいじょうぶ? リュドラル兄ちゃん!」
「ああ。どうってことないさ、このくらい」
 片手を地面につき、もう一方の腕でジャックハウンドを抱えるようにして――倒れていた青年は、ゆっくり身を起こした。
「なんせ、もっとデッカイ仲間に囲まれて暮らしてるからね。ラッシュの重さなんて、かわいい部類だよ」
「そっか、ドラゴンが友達なんだもんね」
 納得した様子でしゃがみ込んだ少年は、青い毛並みをそっと撫でつつ傷の有無を確かめている。
「ラッシュ、どこも痛くない? レライエに苛められたりしなかった?」
「……ヤル、ル?」
 草むらに横たえられたジャックハウンドが、うっすら開けた目を一点に留めるなり、低く 「なぜ」 と呻き。
「なぜ、ここに――」
「手伝ってくれたんだ。このお兄ちゃんと、デュミナスの竜族たちが」
 素直な信頼をこめた眼差しで、リュドラルを仰いだ少年は、
「レライエって、あちこちで悪さして。色んなモンスターや動物からお尋ね者扱いされてたんだって」
「そんなことを言ってるんじゃない! 奴が魔力源を失っていなければ、今度こそ、殺されていたかもしれんのだぞ……!!」
「マリョクゲン? ってなに? 難しいこと言われても分かんないよ」
 ようやく助け出した相手に非難めいた声を上げられてしまい、拗ねたように口を尖らせる。

「 “イウヴァート” って」

 そんな中、立ち上がっていたリュドラルが首をひねり。
「確か、マキュラと契約してたっていう堕天使の名前だよな――そいつが消えちまったから、レライエは魔法を使えなかったってことか? どうなってるんだろ」
 意見を求めてくるが、クレアにもさっぱり分からない。
「寿命か外的要因により死滅……もしくは特殊な結界などに隔てられた世界へ行ってしまい、繋がりを絶たれた。可能性としては、いくつか考えられますけれど」

 ひそひそ話し合う二人にかまわず――アストラル生命体を映していない者には、リュドラルの独り言としか聞こえないだろうが――ヤルルは、青い獣と向き合っていた。

「ラッシュに会って謝って、仲直りしたかったから追いかけてきたんだ。それじゃダメなの?」
「!?」
「ごめんね……僕、子供で。ちゃんと話も聞かないうちに怒鳴っちゃって」
 ぺこんと頭を下げられて。驚きに目を瞠り、声もなく固まっていたジャックハウンドは、
「だけど、やっぱり “ルドックを殺した” だけじゃ分かんない。僕や母さんを騙してた訳じゃないんだって、言ってくれなきゃ分かんないよ」
「あのとき話したことがすべてだ」
 硬直状態から脱するも、避けるように目を逸らす。
「おまえがずっと探していた “父親の仇” は、私だ。ルドックがとうの昔に死んでいることを知りながら――それを隠してウィリング家に入り込んだ。騙していたんだ」
「それはあのとき聞いたよ! アルプの街で昔、なにがあったのかも……ラッシュが出て行っちゃったあと。なにがなんだか分かんなくって泣いてた僕に、母さんが教えてくれた」
 空に浮かぶ雲のような、白毛に覆われた前足がびくっと引き攣り。
「だから父さんのことは、もういいんだ。僕は、ラッシュの気持ちが聞きたいんだよ」
「良くないだろう! おまえの父親を奪ったのは――」
「僕だってさ、ブーメラン投げるけど。途中でなにか飛んできたものに当たったら、狙ってない方に曲がっちゃうよ」
 後ずさろうと動くのを逃がすまじとばかりに、ヤルルは、ぎゅうっと握りしめていた。
「自分の所為で誰かが死んじゃったら、すごく怖くて悲しいよ。そんなつもりじゃなかったのにって思うよ。ラッシュがレライエにされたの、そういうことだろ?」
「それでも私自身の意志で、人間を襲っていた!」
「だけど “悪いことした” って思ったから、父さんの代わりに僕の面倒を見たり、母さんの手伝いしてくれてたんでしょ?」
「……だが」
「ラッシュのこと敵だって思ってたら、僕らがガルフに住んでることなんか、父さんが教えるはずないもんね――って、これは母さんが言ってたんだけど」
 自虐的なジャックハウンドの言葉を遮って、たたみかけるように問い質す。
「違うの? お菓子の家の絵本に出てくる魔女みたいに。そのうち僕らのこと、食べちゃうつもりだったの?」
「違う!」
「だから、どっちなんだよ?」
 焦れたように頬をふくらませ、それでも掴んだ手は放さずに。
「ウチに来て、父さんのこと黙って何年も一緒に暮らして。なにがしたかったのさ」

 ちゃんと答えてくれるまで一歩も退かないぞ、といったヤルルの語調に観念したか。
「……償いのつもりだった」
 ようやくジャックハウンドは、重い口を開いた。

「レライエのような魔物から、遺族を守るために生きて――いつか成長したルドックの息子が、仇である私を殺してくれれば良いと思った」
 それでも俯いたまま、ぼそぼそと言う。
「だが、いつしか……おまえに嫌われることが。真実を話すことが怖くなっていた」
「うん。僕もラッシュに嫌われるの、やだな」
 険しかった表情から一転。ヤルルは笑って、ふさふさした首に抱きついた。
「戻ってきてくれる?」
「……私が居て、いいのか?」
「もちろん。悪かったら探したり、迎えになんか来ないよ」
 少年が力強く肯いてみせても、ジャックハウンドはまだ迷っている様子だったが。
「あのとき僕、一瞬でもラッシュのこと疑っちゃったけど。ラッシュだって僕が “戻ってきて” って言ったの、すぐに信じてくれなかったんだから――おあいこだよね?」
「あいこ、なのか」
「あいこ!」
 きっぱり言い切られて、目を白黒させながら。やがてヤルルの膝へ摺り寄せるように頭を委ねた。
「……ありがとう。すまない」
「それ、僕の台詞! ……助けてくれてアリガトね。ずっと、なんにも気がつけなくって、ごめんね」

 じゃれあう二人の姿にほっとしながら。
「仲直り、ですね」
「ああ」
 口を挟むに挟めず、はらはらと見守っていたクレアは、リュドラルと目配せしあって微笑んだ。

 しばらくしてヤルルが、心配そうに 「立てる?」 と訊ね。
「ああ――」
 応じて身じろぐも、まだ四肢の自由が利かぬようで。苦しげに、ふらつき再び倒れてしまったジャックハウンドは、
「ラッシュ!」
「瘴気中毒の類だろう。少し休めば、治る」
「しょ、食中毒?」
 “瘴気” という単語そのものに馴染みを持たぬ少年が、素で聞き違えたのに小さく笑う。
「……まあ、そんなところか」
「あいつに、なにか変なもの食べさせられたの? ぜんぶ吐いちゃわなきゃダメだよ、毒消しの薬草も要るかな?」
「胃に残っているわけではないが、そうだな――喉は渇いた」
「じゃ、あっちの小川で水汲んでくるね!」
 ぴょこんと跳ね起きた少年は、振り返って宣言した。
「リュドラル兄ちゃん。僕、ラッシュが動けるようになるまで、ここに残るよ」
「分かった。じゃあ俺は、ひとっ走りフェイを呼んでくるから」
 青年は頷いて、クレアを窺う。
「瘴気中毒の初期症状……ですね。回復魔法を使えば、10分程度で歩けるようになりますよ」
 ヤルルと入れ替わり、草むらに膝を突いたクレアは治療を請け負い。
「――」
 ジャックハウンドが気後れした面持ちで、なにか言いかけるのに、人差し指を唇にあて “静かに” と片目を瞑ってみせた。
 天使や魔族がどうこうといった荒事に、これ以上、人間の子供を関わらせるべきではないだろう。



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ラッシュは真面目一辺倒というか、己を擁護する発言にものっすごく抵抗を感じるタイプに思えます。擬人化ってジャンルに興味はないけど、ラッシュに限っては人間verを拝んでみたい気もする。きっと超美形さん。