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◆ 光と影の不文律(1)


「れっ、連行されたぁ!?」

 なんとか焼かれず済んでいた、交易ギルド本部の建物裏に。
「魔法で雨降らせたから、って――なにそれ! 大天使だか何だか知らないけど、頭おかしいんじゃないの!?」
 かんかんになったフィアナ様の、怒鳴り声がこだました。
「地上への介入が許されないって難癖つけるなら、そもそも……あんたたち守護天使をインフォスに派遣してること自体、思いっきり戒律違反じゃないか!」
「うん。おかしーって言うか、石頭の集団?」
 ティセナ様が、さらっと認めて。
「資質者を通して間接的になら、かまわないって考え方でね。フィアナたち、勇者に事件解決を依頼するのも、それが理由なんだけど」
「でも、あんたは暇さえあれば魔物退治に飛び回ってるだろ。クレアだって、アポルオンと戦ってたし――」
「魔物って枠の中でも、魔族限定でね」
 ファンガムで発生したクーデターを、例に出して。
「そいつが黒魔法で操られてたり、闇の眷属との契約で “力” を手に入れた場合は、どんなふうに薙ぎ払ったってお咎めなしなんだけど……たとえ堕天使に唆されてたって、野心や害意に基づく自我に則った行動なら、魔族って扱いにはならないんだよ」
 モンスターを使役する術を得た大臣・ステレンスはともかく、ただ守旧派による政権掌握を支持した兵士たちや、事件そのものに直に手を下すことは出来ないんだと説明した。
「堕天使や、その手駒に成り下がったものを滅ぼすことは正義。とっくに死んでるアンデッドを土に還す行為も問題ないけど、地上界のモンスターや犯罪者には手を出しちゃいけないって」
「ややっこしいなぁ! クレアは、そのこと知らなかったわけ?」
「ううん、もちろん知ってるよ。ただ、こっちには――タンブールを火の海にした巨人が、生まれつき発火能力を持ってたことが誤算だっただけ」
「火災の原因は、巨人族だったんですか……?」
 釈然としない口調で訊ねたローザに、静かに肯いてみせるティセナ様。
「そう。サラマンダーやファイヤードラゴンならともかく、相手が巨人じゃあ――また魔族に魅入られたモンスターが、街を襲ってるとしか思えなかっただろうし」
 ローザとは、さっきフィアナ様のところへ向かう途中に合流したばかりで。
「まあ、私が来たときにはもう、なにもかも終わった後だったから。クレア様が、焼け死にそうになってる街の人たち見て、そこまで深く考えてたかも分かんないけど」
「…………」
 燃え上がっている火柱に気づいて、北大陸から駆けつけてきたらしい。ローザは、まだ状況を把握しきれてない所為か――事態の深刻さにショックを受けているんだろうか、いつにも増して言葉少なだ。
「そんなモンスターが、タンブールを狙って来たことは……守護天使を戦線から外そうって目論んだ、敵の罠だったかもしれないね」
 ティセナ様が、溜息をついて。
「ついでに、炎から庇った相手が、不特定多数の人間ってとこもまずかったかな。どうしても上層部の眼に留まるし、ごまかしが効かないから」
 フィアナ様は無言で、腹立たしげに空を見上げる。
「とにかく、戒律なんか知ったことかってゴネても、査問会を長引かせるだけだから。クレア様にもそう言って、ひとまず天界に帰らせた――他の五人に事情を伝えたら、私も、いったん向こうに行くから」
「分かったよ。その間、クヴァール界隈のことは、あたしに任せといて」
「だけど、フィアナ様」
 二人の会話に、私は、おそるおそる口を挟んだ。
「言いにくいんですけど、あの教会……燃えちゃってて。とてもじゃないけど、みなさん暮らせるような状態じゃ」
「そっか、やっぱり――」
 呟いた勇者様の表情が、さっと翳る。
「礼拝堂や母屋に燃え移って、消し止めようにもどうにもならなかったって……リオが言ってた。木造部分も多いし、年季入ってる建物だから、ダメだろうなって覚悟はしてたけど」
 だけど声は、そんなに沈んでなくて。
「焼け落ちたんじゃあどうしょうもない。解体費用が浮いたと思って、一から建て直す――また賞金首取って稼ぎまくるさ!」
「……案外逞しいよね、フィアナも」
 握りこぶしを勢い良く振り上げる勇者様を、ティセナ様は、眩しげに眺めた。
「あとを託すぶんには、頼もしい限りだけど」
「砂漠の民の根性を、侮らないでくれる?」
 からっと言い返した彼女は、今度は、教会があった方角を見つめて。
「もちろん悲しいし、モンスターなんかにやられて悔しいよ。ずっと暮らした、大切な場所だもん……けど、ぜんぶ焼けて無くなったわけじゃない。エレンや子供たちが生きてるんだから」
 さっぱりした調子で、答えた。
「それにもう、近隣の町からテントや資材が運ばれてきてる。クレアのおかげで火は消えたし、飲み水もたっぷり確保できてるからね――平気って言ったら嘘になるけど、絶望に浸るほどのモンでもないさ」
 もっと気落ちされちゃうと思ってたから、フィアナ様の反応に、私は内心でホッとした。

「向こうでクレアに会ったら、伝えて」

 やっぱり、シスターたちが無事だったことが大きいんだろうなぁと思ったら。
 戒律になんの意味があるんだろうって、考えてしまう。
「誰が何て言ったって、あたしは嬉しかったよ。あのとき助けに来てくれて」
 大好きな人たちが死にかけてるときに、我関せずって、手を差し伸べてもくれない “天の御遣い” なんて。
 そんなんで勇者様を導くとか、信頼を得るとか、出来ると思ってるんなら……ちょっと大天使様たちって、人間を知らなさすぎだ。信心深いヒトより、神様なんてホントにいるのかもよく分かんないし、お祈りとか礼拝とか無縁に生きてるヒトの方が断然多いのに。
「だけど、あんまり無茶しないで――前にも言ったけど、あんたたちが戒律とやらに違反して、他の天使に代わっちゃうほうが嫌だから」
 少なくとも目の前の、現実主義な賞金稼ぎの剣士様は……もしクレア様が、天界上層部みたいに石頭の天使だったら、勇者になってはくれなかっただろう。

「あんたが戻ってくる日を、待ってるって」
「ん、伝えとく」

 ティセナ様が嬉しそうに、にこぉっと笑って。
 びっくりしたみたいに目を丸くした、フィアナ様は、照れ臭げにほっぺたを掻きながら、
 
「……そういや、フォルクガングの騎士様は?」
 きょろきょろっと辺りを見渡して、思い出したように話題を変えた。
「こんなとんでもない炎を操れるモンスターと戦ったんなら、どっかで休みたいだろ。ごったがえして狭いけど、街の中心なら炊き出しもあってるし――」
「シーヴァス様は、戦闘で疲れちゃったらしくて。教会の跡地に残ったんですけど……でも、さっき寄ってみたら見当たらなくて」
 まだティセナ様が駆けつけてくる前のことだったから、私は、代わりに答えようとして、

(あれっ?)

 無意識に勇者様の居場所を掴もうとして、気がついた――シーヴァス様の気配が、分からない。
 あれからまだ一時間も経ってないし、そんなに遠くに行ったはずないのに。
 ……おかしいな。
 フィアナ様と一緒に街を駆け回ってた間に、火の粉をたくさん吸い込んじゃったから、鼻や感覚も調子が狂ってるんだろうか?

「こっちで会いませんでした? フィアナ様」
「いや……」
 首をひねりながら、彼女は続けた。
「まあ、いくら半分焼け落ちてたって、何度も立ち寄ってる街の中だ。迷ったってことはないだろうし、そのうち来るよね」
「じゃ、私たちは行くから」
 同じ結論に至ったのか、ティセナ様が翼を広げて。
「うん、またね」
 手を振ったフィアナ様は、踵を返して、大通りへ駆け戻っていった。


「ロイー! そっちの瓦礫の撤去作業は終わったー!?」
「まだだ、女子供は近づけんなよ。怪我するぞ!」
 倒壊して道を塞いじゃってる建物の残骸を、リヤカーに積み込んでは退けている男の人たちと。
「おいおいヴァンディーク。そいつも一応、女だろうがよ――」
「女? ああ、生物学的には女だな。確かに」
「……なんだい、あんたら! ケンカ売ってんの!?」


 フィアナ様が怒鳴りあってる声が、わんわん響いてくる。
 タンブールは半分近く焼けちゃって、死傷者の数も把握しきれないような惨状だけど――とりあえず、ここの人たちは元気みたいだ。



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公式資料集によると、キンバルトは国だけど、クヴァールは広すぎて統一されておらず、日本でいう戦国時代ふうに領主がたくさんいる模様――とすると、イダヴェルの領地はどこからどの辺りまでなのかが気になります。