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◆ 焼け跡に芽吹く花(1)


 ヨーストを発った貨物船は、雷雨や風向きに妨げられることなくタンブールへ辿り着いた。
 以前なら、とうに青みがかった屋根が見え始めていた辺りまで進んでも、建物らしき影は形も無く……一瞬不安が過ぎったが、

「あーっ、騎士の兄ちゃん!?」

 曲がりくねった道の先で、遊んでいた子供たちが口々にこちらを指差し。
 枯れ木の間にロープでも張ったんだろう、洗濯物が翻っている敷地内には――市街地でもよく見かけた、煉瓦とテントを組み合わせた平屋がぽつんと建っていた。
 そのカーテン状の出入り口がばさっと開き、ひょっこり顔を出した人物が目を丸くして。
「おやまあ、シーヴァス?」
 馬車を降り、老修道女に駆け寄ったシーヴァスは、深く頭を下げた。
「お久しぶりです、シスターエレン。ご無事でなによりです」
「ありがとう、おかげ様でね」
 不便な環境下で疲労も溜まっているだろうに、そんな雰囲気は微塵も感じさせず、
「今日はどうしたんだい? ひょっとして見舞いに来てくれたの?」
 シスターは柔らかく微笑みながらも、面目無さそうに言う。
「だけど、すまないねぇ。くつろいでいってもらおうにも台所からなにまで全部燃えちゃって……それに、ご両親から譲り受けた絵まで」
「いいえ、そのことなら――」
 気にしないでください、と続けようとしたところを遮って響くすっとんきょうな声。
「騎士様だって!?」
 間を置かず、ポニーテールの女性と一緒に平屋から飛び出した、金髪の幼女がパタパタと走る勢いのまま抱きついてきた。
「……よしよし、怖かったな。セアラ?」
 かがんで頭を撫でてやると。
 家族全員が無事だったからか、それとも心配させまいと強がっているのか――未だ口を利けぬ幼子は、嬉しそうに笑って首を振った。他方、
「あんた、どこ行ってたんだい? タンブールに居るはずだってわりに医師協会を訪ねていった形跡ないし、ローザたちも、居場所が分からなくなっちまったって言うしさ」
 詰め寄ってきたフィアナの反応に、怒りや侮蔑といった含むものは見受けられず。レイヴの言動を考えれば予想の範疇ではあったが、内心戸惑う……やはり天使は、シーヴァスの任務放棄を他の勇者に伝えてはいなかったようだ。
 開口一番なじられずに済んでホッとした反面、気持ちが悪いようにも思う。
「一度、国へ戻っていてな」
「え?」
「猫の手も借りたかったろうときに手伝いもせず、すまなかった。詫び代わりという訳でもないが――」
 そこへ荷台で作業していた御者が、声を張り上げ指示を求めてきた。
「ぜんぶ、このへんに下ろしていいんですかねぇ? 旦那」
「ああ、頼む」
「ちょっ? どうしたの、これ!」
 馬車に駆け寄ったフィアナは、山と積まれた木材に驚いた様子で。
「手土産だ。北から輸送してきた……ガラスや石材は、ここへ来る途中に物々交換でな」
「いや、ありがたいけど悪いよ。焼けちまったのはウチの教会だけじゃないし、まだ中心部も、あちこち雨ざらしなんだ――被災者が寝泊りする施設から、先に建て直さなきゃ」
 気後れもあらわに眉根を寄せた。
「怪我人は医師協会が面倒見てるけど、復興拠点は交易ギルドなんだよね。そっち行って、優先順位が高いとこから配分決めてもらって」
「ギルドには寄ってきた。避難民のキャンプへはもう、別の荷馬車に運ばせている」
 状況を説明するシーヴァスの傍らでは、
「いやあ、あんな馬鹿デカイ船、あっし初めて見ましたぜ! もう同業者が総出で積み下ろして――」
「まあ〜」
 港で雇った御者が、興奮気味に、シスターや子供たち相手に話をしている。
「さすがに船ひとつでは足りんが、明後日には別便でまた届く予定だからな。タンブールの規模を考えれば、余るほどとはいかんが……それでも焼失した家屋のうち7割は、住居として機能する状態に戻せるだろうと職員が言っていた」
 やがて、感嘆と呆れの入り混じった溜息ひとつ。
「さっすがヘブロンのお偉いさんは、やること桁違いだねー。街ひとつ再建するお金、ポンっと出せちゃうわけ?」
 フィアナは、開いた口が塞がらないとでも言いたげに唇を尖らせた。
「残念ながら私は、まだ当主ではないのでね。私財の処分権は無きに等しいんだ」
「じゃ、どうやって」
「簡単なことさ。タンブールの被害状況を伝え、諸侯に寄付を募った」
「頼んで集まるものなの?」
「それなりにな。純粋に善意の人間はもちろん、見栄や名声の為に出資を惜しまん輩もいるわけだ」
 シーヴァスは、軽く肩をすくめてみせる。
「そうと知るなり祖父が激怒したから、同じ手はもう使えないが」
「ううん。これだけあれば充分だよ、助かった」
 女勇者は納得したらしく、ぶつぶつと愚痴をこぼし始めた。
「ただでさえ草木が育ちにくい土地で林業やってるトコ少ないのに、タンブール周辺は丸ごと焼けちまったし。隣国のキンバルトなんて、クヴァール以上に砂漠ばっかりだしさ」
「ああ、この教会は孤児院も兼ねているからな。ちょうどギルドの再建予定リストでも上位とされていた……他所に気兼ねせず使ってくれ」
「分かった、ありがと」
 頷き、そうして伏し目がちに切り出す。
「あ、だけどさ。言いにくいんだけど、教会に飾ってあった、あの絵ね――」
「焼けたんだろう? 知っている」
「……知ってたんだ?」
 拍子抜けたように繰り返し、同じく意外そうなシスターを窺って。
「ぜんぶ焼けたわけじゃなくて、下半分くらい煤けて残ってるんだよね。まあ、飾って眺めるにはちょっとって感じだけど――エレンが、あんたが来るまではって取っといたんだ」
 一気にまくしたてると、気遣わしげに訊ねた。
「どうしようか、持って帰る? それとも焼却処分にしていい?」
「それは勘弁してくれ」

 もはや絵と呼べる代物ではなくなってしまっても――それでも、同じ末路だけは。

「差し支えなければ、そうだな……ここの庭に埋めて。目印代わりに、花の苗でも植えてくれないか?」
「なるほどね、オッケー。どうせ花壇も作り直さなきゃだったし」
「天使様の絵だったんだから、やっぱり白い花が良いかねぇ」
 フィアナとシスターは顔を見合わせ、笑って快諾してくれた。そこへ子供たちが加わって、
「お花畑作るの? シスター」
「僕ね、昨日タンポポの綿毛見つけたよ。持ってきて埋めたら春に咲くかなぁ?」
 新たな花壇をどんなふうにするかで、わいわいと盛り上がり始め。
「あ、こっちだよ。礼拝堂に保管してるの」
「礼拝堂?」
「なんかもうねー、不恰好もいいとこな出来だけど。あたしらなりに頑張ってたのよ? 教会なんだから、やっぱり礼拝堂だけは無いと落ち着かないって、みんなが言うから」
 シーヴァスが首をひねると、フィアナは先に立って歩きだす。
「リオはともかく他の子たちに力仕事はちょっと無理だし。たまに同業者が手伝いに来てくれたりもしてたけど、はかどらないったら――まあ、どのみち建築資材が足りなくって作業は中断してたんだけどね」

 テントをぐるりと裏手に回んでいったところに隣接する形で、それらしい建物はあった。
 記憶が正しければ、ちょうど、以前礼拝堂があったのと同じ位置に。
 どっしりした石造りの土台に、白い壁、窓にはステンドグラスが嵌め込まれており――仮設住宅より一回り小さくはあるが、なかなか立派なものだった。

「……すまんが」
「んっ?」
 女勇者は得意げに振り返り、
「ここの床下、掘り返してもかまわないか?」
「は?」
 冷静であれば愚問と分かりきった問いを、半ばうわ言のように発したシーヴァスに、きょとんとした眼を向けたのは一瞬。
「なに寝惚けたこと言ってんだい!!」
 問答無用で、ヒトの後頭部を張り倒した。
「あんたねぇ! 人手も物資も無い無い尽くしでここまで建て直すのに、どんだけ汗水垂らしたと――」
 そこいらの女性の平手であれば痛くも痒くもなかったろうが、勇者として賞金稼ぎとして戦い続ける剣士の拳は、ダメージも半端でなく。
「…………」
 殴られた後頭部を片手で押さえつつ、激痛に呻きそうになるのを、見栄とプライドでどうにか堪えるシーヴァス。
「あ、ごめん。つい癖で……だいじょぶ?」
 フィアナは、怒鳴るだけ怒鳴ってから我に返ったようで、ポリポリと頬を掻き小首をかしげた。
「床下って? なにかあんの?」
 頼むから殴る前に訊いてくれないだろうか、とは言うに言えず。
「落し物というか探し物というのか――火事の最中に、失くしたものがあってな」

 正確には、捨てるつもりで捨てて行った。

「そうなんだ……大事なもの? 間違いなくこの下にあるわけ? だったらしょうがないよね」
 うーんと唸ったフィアナは渋々了承しながら、だけど、と釘を刺す。
「床板も土台も、ちゃんと元に戻してよ?」
「いや、必ずここにあるとは限らない。代わりが手に入らない訳でもないんだ――やめておこう」
 勇者仲間の態度が変わらないからといって、何食わぬ顔で戦線に戻るわけにもいくまい……これも一種の天罰だろうか。
「建材を無駄には出来んし、礼拝に訪れる人にも迷惑だろうしな」

 まずは天使に会って。
 潔く謝るところから、仕切り直しだ。



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シーヴァスとフィアナって、顔見知り程度の関係なのかどうなのか。二人きりにしてみると、けっこうよく喋っておもしろい。だけどお互い、異性として好みのタイプじゃあないと思う。