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◆ 君に捧ぐ忠誠(2)


 首都グルーチの偵察を終えたクレアが、再びアーシェの元を訪ねた、数日後。

「――たとえ、なにがあろうと私は、この戦いから逃げたりはしません」

 ルースヴェイク城に設けられた、作戦本部。
 ファンガム奪還の為に集った人々をまっすぐに見据え、若き王女は、強く静かに決意を語っていた。

「父王の遺志を継ぎ、皆と共に、最後まで戦い抜きます」

 さすがに多忙を極めるユリウスの姿は無かったが、カノーア王家による全面的なバックアップを内外へ明示する為にもと、ミリアスが同席しており。
 指揮官としてウォルフラム、並びにヒューバート将軍。さらには、
『停戦協定を反故にしヘブロンに刃を向けた、逆賊ステレンス許すまじ……! 一刻も早いクーデター鎮圧を望む』 と。
 王族派への支援を約したヘブロンから、代表として派遣されてきたヴォーラス騎士団長の姿もあった。
 さすがに拠点がカノーア領内のみでは心許なく、伝令や移動だけで疲弊しかねないため――小隊を配置してファンガムとの国境線を守ると同時に、補給物資を提供してくれることになっている。
 尤も、まだ20代半ばのレイヴがそうであるように、ほとんどの兵士がかつての紛争を経験しており。
 ウォルフラム将軍も例に漏れず、『……助力はありがたいが、なるべくヘブロンに借りを作りたくない。市街地への被害を最小限に抑えるためにも、一気に決着をつけたい』 と考えているようだった。
 そういった遺恨を抱えていない者とて、やはり、早期解決を目指したい想いは一致する。

「我々の行いは、きっと神に――天使に祝福されているはずです」

 アーシェの台詞に、クレアが目を丸くする様に。
 いつもと変わらぬ無表情で、王女の演説を見守っていたレイヴが、ふっと口元を綻ばせた。
(なんだか……前より雰囲気が柔らかくなった、ような?)
 そんな勇者を少し、意外に思う。

 先日、上空から探ってきたグルーチ中心部の様子は。
 情報元を不思議がられずに済むよう、彼を介して将軍に伝えてもらい、兵力配分や陽動の段取りなど詳細な打ち合わせもすべて完了していた。
 アーシェの知人といえど、会議に同席出来るような立場にないクレアは、アストラル体の状態で耳を傾けていただけ――まあ、軍事面に関しては素人同然であるから、実体化していようと口を挟める話でもなかったのだが。
 親友を亡くした経緯を思えば、いくら国元の決定とはいえ……ファンガムに手を貸すなんて不本意ではないかと気になりつつも、訊くに聞けないままでいたところ。
『此度の助力、感謝いたします』
 あらためて挨拶に訪れ頭を下げた、元敵国の姫に、
『いや。これは貴国の問題に留まらず、ヘブロンの為、延いてはインフォスの――勇者としての務めでもある』
 だから気に病むことはないと、レイヴは首を振ってみせた。
『守旧派の横暴を阻止する。俺には、それで充分だ』
 騎士リーガルと再会して剣を交え、最期に和解出来たらしいとは、シェリーから聞いていたけれど……そうでなければ、こんなふうに割り切れはしなかっただろう。

「ともに勝利を信じて戦いましょう。ファンガムの、民の為にも」

 うおおおおっ!!
 燃え上がる戦意に、どよめき揺れる空気。

 最高潮に達した意気込みのまま、一斉に、勇んで外へ足を向けた皆の注意を引こうとするかのように、


「アーシェ王女」


 一人の将校が、心持ち声を張り上げた。
「出発する前にひとつ、お訊きしたいことがあるのですが――」
「なんでしょう?」
「その娘たちは、何者ですか?」
 一瞬、なにを指した問いであるか解らず。
 急に浴びせられた大勢の視線を感じて、ようやく、自分とティセナのことかと思い至る。
「……え? ええっと」
「私の友人です」
 いきなり注目されて、戸惑い口ごもるクレアを庇うように、アーシェは微笑して答えたが。
「占領されたグルーチから避難した折に、匿ってもらい、ずいぶん心配をかけてしまいましたから。この戦いを見届けてほしいと思い、同席してもらいました」
「どういうキッカケでお知り合いに?」
「どう、って」
 応じる声音に、じわじわ不快感が滲みだしていると、肌で感じてしまうのは長い付き合い故だろうか?
(でも、困ったわね……)
 まさか出陣を控えたこの段階になって、自分の素性など問題にされるとは思わなかった。
 ミリアスや兄王には、先日、ティセナともどもアーシェを通して紹介されており。
 彼女との関係や、自分たちの職務も差し支えない範囲で、ごく和やかに談笑しつつ会食は終わったのだが。

 以前、ウォルフラムが 『王女を探している』 と訪ねて来たとき、とっさに警戒せずにはいられなかったように。
 未だクーデターが続いている状況で、見知らぬ相手を前にしては、本当に味方かと勘繰りたくもなるだろう――などと納得している間に、

「見聞を広めるため、町を視察していた折に親しくなりました」
「その娘から話しかけて来たのでは?」
「そうです、けれど……それがなにか?」
「ステレンスが放った間諜であるという可能性は、お考えになりませんか?」
「なんですって?」
「クレアさんに失礼ですよ! なにを根拠に、そんな――」
「しかし王子! 聞くところによればアーシェ様は、クーデター発生時、お忍びで建国祭においでだったとか? しかも、その娘が一緒にいたと」
 割って入ったミリアスに負けじと、男に賛成する意見があちこちから飛び出して。
「留学中だった王女がたまたま帰国していた時に、守旧派が一斉蜂起するなど……あまりにも不自然じゃありませんか!」
「大臣に、アーシェ様がいつ何処へ向かうか報告が行っていたと考えれば、辻褄も合います」
 確かに筋は通っている、けれど見当違いもいいところの推論に、クレアが絶句していると。
「あ、あなたねぇ! 私が建国祭に――」
「黙って聞いていれば、さっきから」
 今にも男に食って掛かりそうなアーシェを制して、ずっと後ろに控えていたティセナが一歩、前へ出た。
「聞き捨てならないな……誰が、どこの何だって?」
「不自然といえば、この娘もです」
 彼女を胡散臭げに見下ろして、男は、さらに言い募る。
「こんな年端も行かぬ子供を護衛につけて、慈善活動だなどと。いったい、どこの教会がそんな酔狂な――」
「私が護衛とは思えない、と?」
 アイスグリーンの瞳を、すっと細め。
「だったら試すか? 我が主を侮辱してくれたことだしな……決闘なら、受けて立つ」
「馬鹿を言え。守旧派の回し者とはいえ、丸腰の、しかも女子供に剣を向けられるか――捕らえて調べれば済むことだ」
 もうすっかり、クレアたちを “敵” と決めつけている男を、呆れ混じりに見返して、
「王族や軍の人間じゃないから疑って、相手が子供だからと剣を抜かない? 半端な固定観念に縋っているから……」
 やれやれと嘆息したティセナは、おもむろに、左腕のブレスレットを外すなり、
「――そうやって、判断を誤る」
 振り向きざま、アーシェ目掛けて投げつけた。
「!?」
 正確には、その首筋をかすめた斜め後ろ――さっきまでは誰もいなかったはずの位置に。

 剣を振りかぶる、男が一人。
 投げ放たれたブレスレットは、そのマントを突き刺すように剣士の身体を押しやり、壁に叩きつけた。

「ぐはっ!」
 呻いた襲撃者の手から、長剣が床に転げ落ちる。
「なんなの……!?」
「姫、こちらへ!!」
 身構えるアーシェを、背に庇うミリアス。
「かまうな、王子もろとも殺せ!」
 響く大声、止めようとする者、避けようとする足音。
 騒然となった作戦本部で、クレアは防御魔法の発動体勢に入りながら、頼みの勇者を振り仰いだ。
「レイヴ……!」
 アーシェに襲い掛かろうとする輩を蹴倒しながら、頷いたヴォーラス騎士団長は、付き従っていた部下に素早く命じる。
「ウォルター、ブライアン! 今この場に刃物を持ち込んでいる輩が、間諜だ――全員捕らえろ」
「はっ!」
 ファンガムとカノーア、さらにはヘブロンの剣士たちが入り乱れ、混戦が続くこと10分余り。
 敵の腕がどうあれ、応戦した側も猛者揃い――加えて奇襲が失敗してしまえば、しょせん、この場では多勢に無勢である。
 アーシェには傷ひとつ付くことなく、刺客十数人がお縄になった。
 
 ちなみに、クレアたちに疑惑を向けた男は、まったくの善意から勘違いをしていたらしく。
「申し訳ありませんでしたっ!」
 天使二人を含めた方々に、平謝りしていた。
「そうそう他人なんて信用するものじゃないし。警戒心が薄い軍人ってのも困りモノだけど……上っ面ばかり気にしてると、ろくな目に遭わないよ」
 対するティセナの表情に、さっきの怒りは見えないものの。内心まだ腹を立てているのか、
「悪党が、見るからに怪しい格好で出歩いてるとは限らないんだから――現に、自国の大臣にやられたんでしょ? 国王と、王子をさ」
 彼らにとっては一番痛いだろう事実を、ずばずばと容赦なく突いて。
「そもそもクレアたちが守旧派の人間であったなら、私はとっくに毒殺なり暗殺なりされて、ここに立ってはいないでしょう」
 アーシェも強い口調で、先ほど連ねられた推論を否定する。
「はい、面目ございません!!」
「私の身を案じてくれたことは解りますし、嬉しく思いますけれど。憶測だけで人を疑い、敵と決め付けるような言動は――」
「でも、とにかく無事で良かったですよ! ね?」
 大きな身体を小さく丸め恐縮している男たちと、憤慨する少女の間に、まあまあと宥めに入るミリアス。

「ティセ……レイヴも、御存知だったんですか? 刺客が潜んでいるって」

 疑いを掛けられた当人ながら、思わぬ事態に付いていくのがやっとだったクレアが、動悸を抑えつつ訊ねれば、
「知っていた、という訳ではないが――」
 ヴォーラス騎士団長は、まるで動じた様子もなく応じた。
「アーシェ殿への支援を申し出た諸侯、武人は、無条件に迎え入れているようだったからな」
「よくあることですよ、味方のフリして敵が紛れ込むって」
「どうして教えておいてくれなかったの?」
 よくよく見れば自分が唱えるまでもなく、アーシェには防御魔法がかかっていた。
 演説が始まる前から、万が一に備えていたとしか思えない。
「敵を騙すには、まず味方から」
 不満げな上司を一瞥して、しれっと答えるティセナ。
「誰が怪しいというような、目星が付いていた訳じゃないですから……それに、敵がいる可能性が高いと知ってて、普通に振る舞えるほど器用じゃないでしょう? クレア様、アーシェも」
「だけど、レイヴとは相談済みだったのよね?」
 “嫌な予感” が的中した場合のことを――二人の態度からして、そうとしか思えなかった。
「こういうとき、ポーカーフェイスは便利ですよね。レイヴ様」
「…………」
 釈然としない面持ちで無言を貫く、騎士団長。
 噴き出したいのを堪えるように、さっと目線をそらす団員たち。

 そうこうしているうちに気が済んだらしい、アーシェが、こちらへ小走りに歩み寄ってきた。

「ごめんね、二人とも……また迷惑かけちゃって」
「私のことなら気にしないでください。アーシェ」
「実害があった訳じゃないしね。それに――たぶんこれで、間諜の類は一掃出来たと思う」
 軽く首を振って、まだざわめき残る作戦本部を見渡した、
「今ここにいる人たちは、アーシェの味方だよ」
 ティセナに促されるように、今まで王女にばかり注目していた面々は、互いに顔を見合わせた。
 これから背中を預けて戦うことになる、同志たちを。
「祖国奪還、がんばれ」
「当たり前よ! こうまでして私を狙ってくるくらい、ステレンスには、ブレイダリクの血筋が脅威なんでしょう」
 不敵に笑って返したアーシェは、握りこぶしで宣言した。
「望むところよ、返り討ちにしてやるんだから!」
 とたんに左右から詰め寄ってくる、血相変えたミリアスとウォルフラム。
「ひ、姫? 無茶はいけませんよ?」
「単独行動だけは慎んでください、アーシェ様! けっして、お一人で、どこかへ行ったりなど……!」
「分かってるわよ。頭に血が上ってたんじゃ、勝てる戦いにも勝てないでしょ」
 彼らとの良好な関係が見て取れる光景に安心しつつも、クレアは、少し寂しくなった。

 ずいぶん一緒にいたけれど。
 今後、アーシェを支えていくのは、ここにいる人間たちで――遠からず、守護天使としての役目も終わるのだ。
 その日を迎えるときには、こんな感傷を追いやって、ただ誇らしく思えるようになっているだろうか?

「……さてと、それじゃあ。手始めに」

 潜伏していた刺客を捕らえ、ともに王女の命を守るという過程を経て、出陣前に結束が強まった感のある作戦本部において。
「どこの誰が守旧派に与していて、他に、なにを企んでいるのか。キリキリ白状してもらいましょうか?」
 あえなく捕まった者たちを睨むアーシェは、すでに女王と呼んでも差し支えなさそうな、風格と威圧感に満ち溢れていた。



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当初の予定では、この場にはレイヴではなくシーヴァスが居合わせたんですけれども。事件発生のタイミング的に無理がある感じになったのと、せっかく勇者を共闘させるなら色んな組み合わせで書きたいなぁと思ったので、こんな感じに。