◆ 破壊の化身(1)
ひょっとしたらヨーストに帰るために、船に乗ったんじゃ? とか、あれこれ考えて。
事件探索中のローザにも、シーヴァス様を見かけたら教えてって頼んで。
お日様が30回昇って沈むまで飛び回ったけどダメだったから、ひとまず天界へ戻ったら……ティセナ様は、ベテル宮の執務室にいた。
そーっとテーブルを見たら。
色違いのダガーが五本、浮かんでる地図の上――普段なら金色のダガーは、木っ端微塵に砕けて散らばっていた。
……嫌な予感が的中しちゃったみたいだ。
「油断してそこいらの魔物にやられたか、勇者でいる気が無くなったってことね」
報告を聞き終えたティセナ様が、あっさり容赦なく結論づけて。
「ううぅ〜っ……」
今になって思えばシーヴァス様、なんかちょっと様子が変だったし。強引にでもフィアナ様のところまで連れて行けば良かったと、しょげる私に向かって、
「でなきゃ、火気を大量に浴びた “水の石” が、限界越えて壊れたか――」
「あ、なるほど! きっとそうですよねっ!?」
ちょっと希望が持てることを言ってくれたけど、あとは無言で、壊れたダガーを睨んでるだけだった。
それから一緒に、クレア様が閉じ込められてるっていう、離れ小島の結界牢に向かった。
私がシーヴァス様を探してた間――しばらく守護天使代理って立場になるティセナ様は、インフォスの現状について山ほど書類を提出させられたり、軍部に呼ばれて行ったりバタバタで、事後処理から手が放せなかったらしい。
「どうせまとまった時間が取れないなら、シェリーが来てからでも遅くないかなと思って」
ファンガムの雪原みたいに真っ白、だけど暑くも寒くもない空間を歩きながら、ティセナ様は肩を竦めた。
「みんなから伝言預かってるのに、シーヴァス様の名前だけ出さなかったら、どうしてるか聞かれるだろうしね」
「……ですよね」
言っちゃうのかなぁ、火事の後から行方不明だって?
クレア様、びっくりするだろうなぁ。なにがあったのかって心配するだろうな――ただでさえ牢屋に一人で心細いだろうに、
(こんなこと報せに行くの、気が重いなぁ……)
だけど隠したってそのうち判っちゃうことだしなぁ、とか思いながら飛んでるうちに、ずいぶん奥へ進んでいて。
「ティセ? シェリー!」
聞き慣れた声がした方を見たら、長い通路の先――だだっ広い檻の中で。
「あ、クレア様っ!」
天使様が嬉しそうに、ひらひら片手を振っていた。
「だいじょうぶですか? あのオジサンたちから、ひどいことされませんでした!?」
檻はそんなに頑丈そうに見えなくて、私なら、するっと隙間から入り込めそうな造りだったから。
「平気よ。頭を冷やしなさいって言われて、ずっとここにいるだけだから」
クレア様に手を伸ばそうとしたら、もやっとした空気の壁みたいな圧力に遮られた……さすが “結界牢” っていうだけのことはある。
人間界の犯罪者収容所みたいに、重くも堅くも暗くもない。そもそも看守さえいない。
四大天使を含め、術に長けた十数人がかりで結界を張っているから、そのヒトたちが一致して “赦す” と決めない限り、勝手には出られないし――建物内じゃ種族関係なしに “力” を押さえ込まれるから、クレア様に危害を加えたり、逆に檻を壊して逃亡幇助なんてことも不可能らしい。
考え事するには適した環境かもしれないけど、こんな白一色の部屋にずーっと独りきりでいたら、
「外の景色も見えないし、退屈ですよね?」
静かすぎて、だんだん頭がおかしくなっちゃいそうな気がする。
「守護天使の任務に就いて、じっと座っていることって滅多に無かったし。なんだか落ち着かないけど……ラヴィや、エミリア宮の知り合いも来てくれて、いろいろ話してたからかな」
クレア様は、うーんと首をひねって。
「今のところ、退屈って感じはしないけど――務めてた医療施設の先生や、先輩からも、なんてことしでかしたのよ! って怒られっぱなしで」
少しだけ気まずそうな笑顔で、答えた。
「でも、やったこと反省する気にはなれないのよねぇ……困ったことに」
そうしたらティセナ様が、ぼそっと言った。
「 “なにも悪事を働いたわけじゃねーんだ、胸張ってろ” 」
檻の向こうで、サファイアブルーの瞳がきょとんと瞬いた。
「え?」
「伝言です。フィンから」
「……グリフィンらしいなぁ、もう!」
クレア様は 「ぷっ」 と噴き出して、そのままクスクス笑ってる。
「出会った頃に比べたら、ずいぶん変わったと思ってたのに。自分で “良い” って決めたって、ルール違反は違反なんだけどなぁ――」
「俺様ですもんねぇ、グリフィン様」
「むしろ、クレア様がフィンに感化されてきたんじゃないですか?」
「えー?」
盗賊団のお頭をネタに、ひとしきり盛り上がって。
「それからエスパルダ近郊で、ビュシークと似通った特徴を持つモンスターの目撃証言があったらしくて……フィンは今、現地へ向かっています」
「ビュシークが!?」
あんまり長居も出来ないから、これだけは伝えなきゃと、
「そう……私、援護には駆けつけられそうもないわね。こんな肝心なときに」
「だいじょうぶ、負けっこありません! なんたってグリフィン様は、堕天使イウヴァートをぶちのめした勇者様なんですよ?」
他の勇者様からのメッセージも、オーバーリアクションなくらい詳しく再現してみた。
心配してるってこと、だけど助けてくれて嬉しかったこと。
インフォスは必ず守るからって。
「きっと、ずっとクレア様が親身に接してたから。自分の仕事とか、遊ぶことで頭いっぱいだったヒトたちが、こんなふうに頑張るって言ってるんですから!」
「……違うわよ。それは元々、彼らの中にあった資質だもの」
クレア様は苦笑いして、首を横に振った。
「私は、どうなのかな――切っ掛けとか、支えにくらい、なれたんだったら良いけど」
溜息まじりに呟いて、少しホッとしたみたいに頬笑む。
「でも、そっか……ジャックが一緒にいてくれるなら、ナーサディアの気も紛れるわよね」
「クレア様だって、きっとすぐ戻れますよ! タンブールで起きたこと話したら、そんなに長くは拘束されないだろうって、ジャックハウンドも言ってましたし」
私が握りこぶしで力説したら、
「うん。他の皆も元気そうで、安心した――けど、ちょっと寂しいなぁ」
「へ?」
「アーシェ、ワガママ言わないんだ?」
なんだか残念そうなクレア様に、ティセナ様がしみじみ相槌を打った。
「もう、宣言しちゃいましたからね」
「ファンガムの、女王様を目指すんだもんね」
確かに、アーシェ様の性格がガラッと変わって、レイヴ様みたいな真面目さんになっちゃったら。寂しいっていうか……いやいや、それはさすがに怖いし有り得ないし!
「フィアナやレイヴも居るんだもの。だいじょうぶよね、インフォスは――」
自分に言い聞かせるように頷いて、それから。
「あ。ねえ、ティセ」
ちょっと気後れしたような表情になって、怖々と訊ねた。
「シーヴァスは? ……なにか言ってた?」
うわ、やっぱり訊かれたー!!
「――特になにも」
ぎゃっと固まる私の横で、ティセナ様は淡々と答えた。
「アドラメレクと戦って、かなりダメージもあったようですから。当面、彼に事件解決の依頼はしないつもりです」
「そっか」
傍から見ても分かるくらい、クレア様の肩が落ちて。
「疲れたって言ってたし……そうよね」
呟く声も、消え入りそうに沈んだけど――別れ際には、いつもどおり強い眼をしてた。
「みんなのこと、お願いね」
「分かりました」
「私も、がんばります! また来ますねっ」
そうして、来た道を戻りながら。
「……あの。ティセナ様?」
「ん?」
「シーヴァス様がいなくなっちゃったこと、言わないんですか?」
ホッとしたのが半分、もう半分は拍子抜けて質問したら、
「賭け――」
「ほえ?」
「クレア様が任務復帰するまでに、あのヒトが戻ってるかどうか」
ティセナ様は、小さく息を吐いた。
「見たまま言おうと思ってたんだけど、やめた。やっぱり先に、本人の居場所くらい突き止めなきゃね……牢から出られないクレア様に、行方不明だなんて教えても、胃痛の種を増やすだけだし。シーヴァス様の言い分、聞いてからにしとくよ」
「そうですね! もしかしたらもう、医師協会に立ち寄って――」
フィアナ様たちに加わって、復興作業の手伝いしてたりするかもしれませんし、と続けたかった言葉は、
「ティセナ様……!!」
いきなり響いた大声に掻き消された。
「エスパルダのフィチカに、敵が――ビュシークと思しきモンスターが現れました! 間もなくグリフィン様が、標的と接触します!!」
通路を一直線に飛んできたローザが、早口でまくしたてて、
「ありがと、行って来る」
頷いたティセナ様は、私たちを一瞥すると、
「二人とも、事件探索とシーヴァス様の捜索を平行してお願い。なにか見つかったら、自己判断で依頼まで済ませといて!」
いつもどおり転移魔法で消えてしまった。
「自己判断って……」
「あなたも、もう新米じゃないんだから。すべてに天使様の指示を仰がなくても、自分で考えて動けるでしょう? シェリー」
「……うん」
なにか起きたらクレア様たちに報せに行くのが、癖みたいになっちゃってたけど。
「黒衣の騎士を発見したら、レイヴ様へ。王都グルーチに動きがあれば、アーシェ様――ボルサの森に異変が起きたら、ナーサディア様に報せれば良いんだよね?」
「そうよ。ただ魔物が暴れているだけなら、一番近くにいる勇者様に頼めば良いわ」
「分かった、行動あるのみだよねっ!!」
私にも出来るって、期待されてるんだなって思ったら……窮地もなんのその燃えてきた!
「とにかく、インフォスに戻らないと――」
シーヴァス様がいなくなってしまったことを、説明しながら。
競うように、ベテル宮を目指して飛んでいく途中、見覚えがある人影に気づいて、
「ごめん、ローザ。ちょっと先に行ってて!」
「シェリー?」
方向転換した私は、金糸で縁取られたローブの後ろ姿に、声をかけた。
「ミシュエラ様、こんにちはー」
「? あなた、前にティセナと……」
「シェリーです! 呼び止めちゃってすみません。あのー、ちょっとお聞きしたいんですけど」
ウエーブがかった黒髪に、ワインレッドの瞳をした女の子。
「戒律違反の審議が今どうなってるか、ご存知です? クレア様が任務復帰できる時期の、目安だけでも判れば、勇者様たちも安心だろうなぁと思うんですけど」
「ちょ、ちょっとっ、シェリー!!」
先に行ってって言ったのに、追っかけてきたローザが血相変えて、私の服を引っぱった。
「あなた、なに馴れ馴れしくミシュエラ様に話しかけてるの!?」
「へっ? ちゃんと挨拶したよ。お会いするの、まだ今日で二回目だもん」
「そういう問題じゃなくて! 軽々しく口を利くなんて――」
「いいじゃん訊くくらい、減るものじゃないし」
「お馬鹿っ! 任命式典で大恥かいたこと、もう忘れたの!?」
「忘れてはないけど……」
今は、通路に他の上級天使とかいないし。ミシュエラ様は、けっこうおおらかっぽい感じだったし。
「――っていうか、ローザ、ミシュエラ様のこと知ってるんだ? 知り合い?」
「当たり前でしょう! 四大天使の後継者様なのよ!? お会いしたのは今日が初めてよ!」
ヒステリックな怒鳴り声が、回廊にわんわんこだまする。
「そのくらい私だって知ってるよー。だから、上層部の話し合いがどうなってるかも分かるかなぁって思ったんだもん」
「騒々しい子たちね……」
「はいっ、申し訳ありません!!」
ローザが直立不動に固まって、ミシュエラ様は、呆れ顔で両腕を組んだ。
「まあ、辛気臭いよりはマシだけど」
そうして、キッパリ告げた。
「クレア様のことなら、心配要らないわ。上級天使連中は、あーだこーだゴネて審議を長引かせるだろうけれど――これくらい罰を与えれば反省したはずって期間が過ぎれば、補佐役も含め解任なし、インフォス守護続行よ」
「ホントですか?」
「ええ。前例からして、謹慎十日ってところかしら? インフォスの時流に換算して、五ヶ月ほどね」
「でも、異変には堕天使が関わってるの判明してますし……ティセナ様みたいな軍人さんが、代わりに派遣されて来たりとか」
「守護天使の交代は無いわ。それこそ、上が許可を出さないわよ」
「なぜ、ですか?」
どうにか緊張が解けたらしくて、おそるおそる訊ねたローザに、ミシュエラ様は苦々しげに答えた。
「……怖いんでしょうね。悪魔と直接やりあうのが」
裏設定で、ミシュエラはラファエルの妹です。ゆえに黒髪赤目っぽい容姿はお揃い。もしもフェバ3が出たら、ミシュエラ主人公で書くんだけどなー……。