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◆ 破壊の化身(2)


 以前、イウヴァート相手に戦っていた反動だろう。
 エスパルダ領の街を襲っていたビュシークを、叩きのめすことは造作も無かった。
 追い詰めても、また “時空の狭間” に逃げ込まれちまうんじゃねえか? って心配は、ティセが一帯に、結界を張り巡らせてくれたおかげで消え――オレは、思う存分暴れられた。

「……なにが不死だ。つまらないモンに取り憑かれやがって」

 人間の百倍はありそうなギョロッとした眼球は、すでに焦点を失い。
 荒地に横たわる、竜か大蛇かといった青くぬめる胴体を覆っていた炎も、燃えカスになって消えつつある。
 なに考えてやがんだと問い質しても、喋りやしねえ。
 目的があって動いているようにも見えねえ――トチ狂った領主の、成れの果て。

『無理矢理に生かされている、死体ってとこかな』

 いつだったか、ティセが言っていたな。
 手当たり次第に食らい尽くして壊すだけ、殺されない限り死ぬことも叶わねえ……ただ、生きているだけ。

『不治の病に侵され、生に固執するあまり』

 治らない病気ったって、そんときにゃもう孫が生れてるようなジジイだったんだ。
 城住まいの領主で、食うモンや娯楽に困りゃしなかったろう。好きなだけ医者に掛かれば良いし、世話してくれる使用人もわんさかいたはず――薬なり何なりで、ほどほどに病状やり過ごして、家族に看取られながら死んでいけたろうに。
(悪魔に魂売って、罪も無ぇガキを千人も犠牲にしてまで……手放したくなかった “命” が、これかよ?)
 リディアは、親父やオフクロは、こんなモノの為に殺されたのか。
 孫娘に思い詰めた暗い顔させて、しかも 『あの化け物を倒して』 とまで言わせるジジイなんざ、最悪じゃねーか。
 “子供狩り” の狂領主。
 領内外の人間から、怖がられ憎まれ恨まれた挙句に。
 こうしてオレに斬り倒されて、無様にひっくり返って死ぬ瞬間を待っている。
 ガキが読むような童話の類でも、悪魔と取引した人間の末路はろくでもねーって相場が決まってるだろうに――だいたい、他人を助けたり願いを叶えるどころか逆のことすっから、悪魔は悪魔って呼ばれてるんだろうがよ?

(……馬鹿な野郎だ)

 怒りらしい怒りも、ようやく家族の仇を討てたという感慨も湧いて来ずに。
 オレは不思議と冷めた気分で、目の前の合成獣を眺めていた。
「救いようのねえ馬鹿だな、こいつは――」
「そうだね」
 隣に立っていたティセが、ぽそっと呟く。
「だけど、今は……ちょっとは、救われたんじゃないかな」
「はあ?」
「宝箱のフタを開けた中に、悪いモノしか入ってなかったなら――終わりが来ることは救いだと思う」
 凪いだ眼差しで、瀕死の魔物を見下ろして。
「完全に、命尽きたら。イウヴァートのときと同じ……塵になって消滅するよ」

 そうして天使の言葉どおり。
 ビュシークだった塊が、黒焦げになった棒切れのように、生臭い砂塵になって崩れ去ったあと――なにか小さな光るものが、ポトッと地面に落ちた。

「……ん?」
 目を眇め、用心深く近づいていってみれば。
「指輪?」
 陽射しを浴びて黄金に輝くリングが、ひとつそこに転がっていた。
「おい……なんだこりゃ? まさか呪いのアイテムとか、そんなんじゃねーだろうな」
 オレが、とっさに伸ばしかけた手を引っ込め警戒していると。
「ううん」
 首を横に振りつつ、無造作に、懐から取り出した瓶の中身をぶちまけた、
「聖水、弾きも変色もしない――ただのアクセサリだよ。ビュシークが持ってたんじゃないかな」
「はぁ? あんなゴツイ獣の手に、こんな細っせえ輪っかが嵌るわけねえだろ」
「うん、だからさ。人間から魔物に変じて巨大化するとき、身につけていた装飾具が、体内へ取り込まれるかして……純金かな、これ? たまたま劣化しにくい材質だったから、原型留めて残ったんだろうね」
「お、おい!?」
 ティセは 「爆発なんかしないって」 と、拾い上げた指輪を、ぽいと放るように押しつけてきた。
「私が持ってたってしょーがないし。要らないんなら、捨ててく?」
「オレだって触りたかねえよ! こんな縁起でもねえモン、いくら高値で売れたって――」
 喚きながら突き返しかけ、ふと思い直す。
 本当にビュシークの物だったなら、一応、イダヴェルたちにとっちゃ遺品になる。
 元は人間でも魔族化していた所為なんだろう。遺骸の欠片も残らなかった、とはいえ、オレが 「倒した」 と言えば信じはするだろうが――
「 “クソジジイは死んだぞ” って証拠が……なにも無いより、マシかもしれねえな」
 名前どころか、家紋らしい模様も刻まれちゃいないが。

「……返してくらあ」
「そう」

 端から予想していたのかもしれない。
 どこの誰にと言わなくても、ティセはあっさり頷いて、話題を変えた。

「援護、必要無かったね」
 妙にしみじみと、オレの顔を眺めて言う。
「強くなったよね、フィン」
「ビュシークとだけは一対一で決着つけたかったからな。誰の手も借りないつもりでいたけどよ――戦いに集中出来たのは、おまえが、きっちり結界で敵の逃げ道を塞いでくれてたからだろ」
 いくら腕が上がったって、魔法が使えるわけじゃない。狭間だの何だのいう感覚的なことも分からない。
「まだ敵の親玉も残ってんだ。気ィ抜いてる場合じゃねえぞ」
 照れ臭さをごまかすついでにティセの頭に片手を乗せて、ぐしゃぐしゃに掻き回せば。
「…………」
 普段なら 『子供扱いしないでよ』 と、むくれて抵抗しそうなところだが。
 なんだかんだでクレアの不在が堪えてるんだろうか? ティセはオレにされるがままで、ただでさえ不揃いなライトブラウンの毛先は、あっちへ跳ねこっちへ跳ね。それでも髪が猫っ毛ぽく柔らかいからだろう、
「あーあ、フィンなら良かったのになぁ」
 溜息まじりにうつむく仕草につれ、サラサラ流れて元に戻った。
「あ? なにがだ?」
「いろいろ」
 こいつ、ときたま訳が分からねえ。
「おまえなぁ、独りごと言うだけ言って自己完結すんの――」

 やめろよな、と続けるはずだったオレの声は、いきなり起きた地割れと轟音に掻き消された。
「!?」
 ティセとほぼ同時に、左右へ飛び退いて身構える。
 ごうごうと吹き荒れていた灼熱の火柱は、すぐに消え。ついさっきまでビュシークが倒れていた位置には、

「なかなかやるな、貴様……」
「なんだ、テメエは!?」

 象みてえな魔物に跨ったオールバックの男が、にやにやと嫌味っぽい笑みを浮かべていた。
「我が名はアポルオン。貴様が倒したビュシークは、私が力を与えた魔物よ――」
「……アポルオン?」
 確か、クヴァールに住んでる女勇者を呪って人質に取り、クレアを誘き寄せたって野郎の名前じゃねえか。
「なるほどな。イダヴェルが言ってた悪魔が、堕天使だったって訳か」
「ふっ、悪魔とは――人間どもは馬鹿のひとつ覚えのように、その呼称を多用するな」
 なにが可笑しいんだかアポルオンは、肩を揺らして嗤い、
「しかし、おまえを殺し損ねたのは失敗だったな。この私が直々に、手を汚さねばならなくなった……」
 象の化け物が、こっちを威嚇するように、どしんと一歩踏み出してくる。
「そりゃあいいぜ。オレも、まだるっこしいのは嫌いなんだ」
 まだ鞘に収めていなかったグランメタリカを両手で握り、アポルオン目掛けて跳躍、
「連戦上等、今すぐ決着つけてやらあ!!」
 気合と共に振り下ろすが――敵は避けようとせず、反撃を繰り出してくることもなく、ナイフで林檎でも割るような呆気なさで真っ二つになった。
「んなっ!?」
 あんまりな手応えの無さに、逆に背筋に悪寒が奔り。
 慌てて首を巡らせればアポルオンの “中身” は、祭りなんかで使うハリボテと同じく空っぽで――ただ、本来肉や骨で構成されてるはずの部分に、なにか渦を巻く――黒っぽい靄が、
(しまった……!!)
 理屈じゃなく本能的にヤバイと感じた、膨張した靄が爆発するより。馴染みの気配に包まれる方が一瞬早かった、らしい。

「……性懲りもなく “シェード” を使って様子見か?」

 破裂して千切れ飛んだアポルオンだったものが。燃えながら石礫のようにぶつかってくる、端から、オレの身体を薄く覆う光に弾かれて霧散していった。
「ここまで来て、二番煎じが通じると思うな」
 アイスグリーンの眼も冷ややかに、ティセは、空中に話しかけていた。

『つくづく厄介な小娘だな――』

 堕天使の声も、なぜか全方位から重なって聞こえてくる。
『だが、時満ちるまでに、我らの居所を突き止められなければ……貴様らの敗北が、そのまま我らの勝利となる』
 どういうカラクリになってるんだか知らないが、余裕たっぷりな響きからして、まったくダメージを受けていないんだろう。さっきのは幻覚の類か――
『しかし私は、手駒選びを失敗したかもしれんな……』
 アポルオンは嘆くように、それでいてヒトを小馬鹿するような調子で、唐突に言う。
『己の感情にこそ忠実な、その魂――ガープ様もお気に召したろうに』
 ……手駒?
 もしかしなくてもオレのことか、そりゃあ?
「ふん。オレを手駒になんかしてみろ、それこそ “失敗した” って泣きを見てたろーぜ」
 どこからともなく感じる、舐めるような視線を睨み据え、腹の底から怒鳴り返す。
「オレはオレがやりたいようにやる、誰の命令にも従わねえ! 気まぐれでそっちについたって、今頃は、そのガープって野郎の首を掻っ切ってたろうさ!」
 ねちっこいうえに、正面から仕掛けて来ようとしねえ。こいつはイウヴァート以上に気に食わねえ。

「胸くそ悪いんだよ、テメーら見てると!」

 切った啖呵に、応えは無かった。
 嘲るような嗤い声が、かすかに響いて――辺りを浸していた圧迫感も、それっきり途切れて消えた。



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ガープとベルフェゴール戦は、難易度も飛びぬけていたけれど。他の中ボス陣は似たり寄ったりな実力というか――特にビュシークは戦闘前後にもなにも喋らないので、グリフィンにも、ようやくケリがついたくらいの感慨しか湧かなさそう。